俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
夢を見た。今まで何度も見た事がある夢だ。
女の子が自分の元に駆け寄ってきて。
他愛のない会話。下らないやり取り。
その子は全てを受け入れて、笑ってくれる。
何も特別な事は無い、ありきたりな——。
『〝幸せ〟だよね?』
× ×
ぼうっとした意識のまま、俺は身体を起こす。
「眠……何時だ今……」
目を擦って腕時計を確認。午前4時、相変わらず日の出前。
「……起きるか」
ベッドから降りて伸びをする。
「ん……。こういう時って『良い朝だ』とか言うのがお約束だよな」
誰に話しているでもなく、しょうもない独り言を呟きながらストレッチをして。
「まぁでも真っ暗だし良くも悪くも無い普通の朝だと思うけど」
寝癖を整えに洗面台へ。鏡で自分の姿を確認し、苦笑。
短めに切られた紅毛が、それこそ焚火みたいにちりぢりに跳ねていた。
「うっわひっでぇ寝癖……そして冴えねぇ顔」
何故か妙に早朝に目が覚めた以外はいつも通りの朝が過ぎていく。
頭から水を被り、顔を洗って寝癖を直し。欠伸を一つした。
「ふぁ……っ!?」
ふと、胸がトクッと疼き僅かな痛みを感じる。
「……?」
しかし、痛みは中々消えない。まるで何かを警告するように、疼き続けた。
「おはよう。今日も早起きかい?」
二段ベッドの梯子を降りながらドライズがカーテンに顔を突っ込んでくる。
「ああ、なんか目が覚めちまって」
ゲーム画面から目を離さずに答える。
大してドライズはからかう様に笑った。
「やっぱり子供だなぁ」
「朝っぱらからなんでディスられてんの俺?」
俺は抗議するように顔を上げた。
ドライズは梯子を降りきった後、その長い髪をまとめながら言葉を続ける。
「どうせ、今日の社会科見学が楽しみで眠れなかった、とかじゃないのかい?」
「そこまでガキじゃねぇよ!!」
電子ゲームをスリープモードに変えてベッドから出る。
「ていうか完全に忘れてたわ。今日は一日それだったか」
「なぁんだ違ったんだ、ごめんよ。でもじゃあなんで早起きなの?」
「いや、なんか目が覚めて」
「また悪夢かい?」
× × ×
ドライズの言葉に、疑問を感じた。今朝見た夢は、悪夢だっただろうか?
「ん? どうだったかな——良い夢だったような気がしたんだけど」
「そっか」
今日もまた、いつも通りの日常が始まっていく。
「ハル君、おはよう!」
寮の入り口で投げかけられる明るい声。
「おはよう、アリス」
アリスはこのごろ毎日、こうして寮の入り口で待っていて流石の俺も声をかけられることに慣れた。最近、ドライズは気を遣っているのか登校時間をずらしているので、ほぼ毎日アリスと二人だけで登校している。
「今日は天気も良いし気温も快適、良い朝だね!」
「良い朝でも俺は相も変わらず寝不足だけどな」
俺は歩きながらふわぁと口を大きく開いてあくびをした。
「あ、今日は社会科見学だからワクワクして眠れなかったのかな?」
「それもう言われた。そして違うから」
「そうなの? 昔はこういうイベントすっごくはしゃいでたよね」
「昔の事は言うなって。思い出したくない事ばっかなんだからさ」
「嫌な思い出だったんだ、ごめんね」
寮から校舎、教室まで同じ敷地内にあるから本当に短い距離しかない。そんな数分程度の僅かな時間だがこうやってアリシアと二人で登校する事に慣れてくると妙に心地よく感じてくる。
「社会科見学だけど、全校生徒合同だしハル君と一緒に見て回れないかな~。あ、今日のお弁当は気合い入ってるからね!」
ディストピアの食事だと指摘された翌日から。アリスは毎日のようにお弁当を用意してくれるようになった。因みに昼食を食べる場所は天気にかかわらず部室になり、シジアンだけのけ者にするのは可哀想だとアリスは三人分弁当を持ってくる。
「いつも気合い入ってると思うんだけど」
「そう言ってくれるのはうれしいかな! 期待しててね!」
初めはあれ程戸惑っていた俺も、今やこうした日々を当たり前の日常だと受け入れるようになっていた。
「それじゃあ、また後でね~」
アリスは手を振りながらB組へと入って行く。
「ああ、それじゃ」
俺はぼんやりした様子で自身の教室に入り、席に着いた。頬杖を突いて窓の外を眺める。鳥たちがちゅんちゅん鳴きながら横切って。
「平和だ……」
そう漏らした言葉とは裏腹に。
俺の胸に走る小さな痛みは疼き続ける。けれど寝不足も相まって、うつらうつらと意識が朦朧として。気がつけば痛みも甘い睡魔に溶けて消えゆき。少しの間だけ意識が飛んだ。
ゆさゆさと揺れを感じる。
「もうっ、早起きしても居眠りしてたんじゃ意味無いじゃないか」
投げかけられる、聞き慣れた声。
「ん……ドライズ?」
「もう時間だよ、ほら起きて」
「ああ……」
ここ最近、眠くて仕方が無い。それに良い夢を見るモノだからふとした拍子につい睡魔に負けてしまう。
「君、元々よく寝る方だったけど最近は前以上に眠そうだよ。疲れたりしてる?」
「え、いや……別に……」
特に心当たりは無い……気がする。
「とにかく、早く校庭に行かないと置いて行かれちゃうよ」
意識を懸命にたぐり寄せる。そう言えば、今日はホームルーム無しで授業開始時間に合わせて全校性とが校庭に一端集合しなければならないのだ。
「さ、行くよ!」
俺はドライズに引きずられるように校庭へと向かう。
校庭には各学年の生徒がそれぞれクラス別に並んで立っていた。最も、皆列は崩さずとも各々談笑しており騒然としているが。四年A組の列に並ぶ。すると当然横にはB組が並んでいる訳で。ふと、少し前方の方に居たアリスがチラリとこちらを向いた。気配を感じたのだろうか。そして、目が合うと言葉はなくニコッと微笑んで小首を傾げる。
「っ……」
俺は咄嗟に視線を逸らした。
……って、なんで目逸らしてんだ俺? 何照れてんだか。
自分に呆れながら頭を掻いた。
……そっぽ向いてるみたいでアリスに失礼じゃねぇか。……あれ、でも前もこんなことがあったような……。
ふと頭に過る違和感。
……確か編入してきた時……アリスの顔、見れなかったんだよな。でも、なんで?
つい最近の事なのに記憶が朧気で、当時の心情を思い返せない。
疑問と共に少しずつ胸の痛みが大きくなっていく。
× × × ×
何か大切な事を忘れている様な気がして気持ちが悪い。そうやって頭を悩ませていると、キィンとハウリングが鳴り意識をそちらに持って行かれる。視線を向ければ一人の教師が校庭の壇上に上がっていた。