俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~   作:岩重八八十

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34話 ……バカだ、俺。

「……あぁ……」

 思い出した。どうして忘れてしまっていたんだろう?

 ずっと、ずっと、ずっとずっとずっと後悔していた筈なのに!!

「……バカだ、俺。自分がバカだって事すら忘れてたんだから」

 

 仲のいい幼馴染み? そんなの、過去の話だ。

 あんな終わり方を迎えて。

 あれだけの事をしておいて。

 

 アリスが、何一つ過去を糾弾しようともせず。

 ずっと側に居て、微笑みかけてくれるだと?

 

「ふざけんなっ!!!」

 

 気がつけば天井に向かって叫んでいた。

 涙が、止め処なく溢れる。

 黒く淀んだ感情がどんどん膨れあがっていく。

 

 そして、漸く気付いた。

 

「そっか……だから、胸が痛かったんだ……」

 

 アリスと共に過ごし、笑うほどに感じてきた胸の疼き。

 どんどん膨れあがっていったその正体は、どうしようにも無い程の〝自己嫌悪〟だった。

「本当のアリスが……笑ってくれる筈が無い。そんな当たり前の事に、どうして気がつかない? おかしいと思っていながら、どうして受け入れてきた?」

 

 そんな自分への問いかけも、答えなんか分かりきっていた。

 

 あんな事をしたのに。

 あんな最後を迎えたのに。

 自分にそんな資格なんて無いと、思って居る筈なのに。

 

 それでも……アリスの事が好きだった。

 

 後悔で黒く潰れた初恋を。自分が悪いと理解して、自分が愚かだと理解して。それでも尚、諦める事が出来ないその弱さに嫌気が差した。

 

 あり得る訳がないのに。

 心の何処かでずっと、アリスに受け入れて貰いたいなんて思っていた。

 そんな資格が、何処にあるというのだ。

 

「〝アリスが微笑みかけてくれる〟〝アリスと一緒に居られる〟そんなの、俺の幻想でしかないんだ。それも、弱くて、醜い、自分勝手な妄執なんだっ!!!」

 俺は現実を、漸く思い出せた。

 

 跳び上がるように起きる。

 ――……なんで忘れてた!?

 胸の痛みは、もう無い。

 無性に走り出したくなって、そのまま寮の外へと飛び出した。

 何処へ向かうでもない。

 

 ――……向き合わなければいけないって、そう思った筈なのに!!

 ただ、猛然と。全てを振り払うように走って。

 走って、走って。

 大して進んでも居ない、グラウンドの中央で。

 力尽き、倒れた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 自分がバカだとか、そんな判りきっている事はどうでも良い。

 走り抜けて、無駄な力が抜けた。頭も冷えた。

 今考えなければならない事。その整理が付く。

 

 俺は改めて冷静に考える。

 仮に。本当にアリスがあの過去を寛大な心で許してくれて。この不慣れな環境に適応するために俺を頼ったとしよう。それ自体はあり得なくもない話だ。

 

 だが、やはりあの露骨なまでに好意を示すような仕草は納得がいかない。

 考えられるなら、嫌々、仕方なく接触してくるか、或いは過去の一切合切を無かった事にしてそれこそ〝友達〟のように振る舞うかだろう。

 

 少なくとも〝好意〟と取れるような行動を何の意図も無く行うなんて考えにくい。

 つまり、

「あのアリスの行動には何かしらの〝意図〟がある筈……」

 だが、意図とは何だ? 俺を誘惑して一体何の得があると言うのだ。

 

 仮説。何者かが俺の過去を暴いた上で、アリスになりすます事で俺に近づこうとしている。そして何らかの目的に俺を利用する。

「何らかの目的ってなんだよ……俺は一般人だぞ?」

 何も特別な事は無い。俺を突いたところで出てくるのは情けない悲鳴と僅かばかりの金品だけだろう。強いて思いつくなら……世間にその名を轟かせる大魔導士、ルクシエラさんとコネクションがある事、とかか。

 

「ルクシエラさんは敵も多い。俺を陥れて、誘拐とか拷問とかして揺さぶりをかける、とかか? ……んな訳ねぇだろ」

 いくら面識があるとは言え俺は所詮ルクシエラさんに取っては他人なのだ。ルクシエラさんを揺さぶるにはあまりにも回りくどい。俺を狙うくらいなら、血のつながりはなくとも養子縁組をしているドライズを狙う方がよっぽど合理的である。

 

「そもそもあのアリスは本物なのか?」

 改めて考えてみる。自分に好意を向ける事以外でアリスの言動に違和感を感じる事は無かった。それに、過去の俺の話を良く引き合いに出していたし、俺とアリスの二人だけしか知らないような事を知っていた。なりすましでそこまで演じる事が出来るのだろうか? 仮に出来たとして、そこまでしてアリスを演じ俺に接触して何になると言うのだろうか。

 

「……確証はねぇけど、俺にはあのアリスが偽物だなんて思えねぇ」

 だが、もしもアリスが本人だとするならば。尚更困った事になる。他人が何らかの目的でアリスになりすまして俺に好意を向ける振りをするならまだ説明もしやすいが。アリスが本人の意志で俺に近づく意図とは?

 

 話は戻るが、例えば大魔導士であるルクシエラさんに取り次ぐ為の足がかりにする、とか?

「でも今までルクシエラさんを紹介してくれだなんて一言も言われなかったし、あの社会科見学の日、アリスはルクシエラさんに対して特別な人だから、って距離を取ってる感じだった」

 

 俺は今まさに、過去を思い出すまで。完全に幻想に飲み込まれ自分に好意を向けるアリスの事を受け入れてしまっていた。取り入る、付け入るなら絶好の機会だった筈だ。なのに、アリス側からこれといって目立つアクションはない。

 ……いや、本当に何もなかったのだろうか?

 

「……夢?」

 最近、アリスの夢ばかり見ていた気がする。自分が浮かれているせいだと思って納得してしまっていたが。あるいは、無意識の内に異常性を受け入れようとしていたのか。

 同じような夢をそう、毎日毎日何度も見る事が普通か?

 

 ルクシエラさんの言葉を思い出す。〝夢〟に干渉する魔法攻撃を受けていた……?

 

「でも、あの夢は昔から見ていたヤツだしな……」

 後悔はずっと引きずっていた。アリスと再び出会い、和解する夢は時々、思い出すように見ていた。俺に取って都合の良い、醜い幻想そのものを体現した悪夢だった。だからこそ見る度に自己嫌悪に襲われたのだ。

 

「……あれ? 今日見た夢は、本当にいつもの〝あの夢〟だったか?」

 胸の痛みと吐き気によって飛び起きて、霧散してしまった夢の内容を記憶の底から必至にたぐり寄せる。

 

 たしか、アリスが笑って居た。それはいつもの通りだった。

 でも続く言葉が、いつもよりもずっと、甘く、絡みついてきたような。

 ずっと眠っていても良いと思える程に、魅入られていた様な……。

 

「……〝幸せ〟?」

 ズキン、と頭に亀裂が走ったかのような痛みが広がる。

「ぐっ……」

 夢の中で、全ての過去を、そして俺の心を塗りつぶす様にアリスが並べた言葉を、思い出す。

 

『私が貴方を、幸せにしてあげる……!』

 

 それこそが……アリスの意図?

 

「意味が判らねぇ。俺を〝幸せ〟にして、アリスに一体何の得があるっていうんだ」

 浮かび上がった答えに。いまいち納得がいかない。動機がさっぱり不明だ。寧ろ恨まれて然るべきだと思うのに。

 

「まだだ……あと少し、何かに辿り着いてない……」

 

 アリスが俺を幸せにする。

 それで一体誰が得をするんだ?

 誰が一体そんな事を望むんだ?

 

 近づいていく。

「……え?」

 

 余りにも荒唐無稽で、けれど。妙に確信めいた推察に。

 もしも。もしもその予想が当たっていたら。

 

「……嘘だろ、そんなの」

 そんな現実、認めたくない。

 だが。

 

 ……ここは魔法も、神秘も、謎もある特別な世界で。特別な人々が集まる場所で。

 その、最悪な答えが真実であるという可能性を――否定する事はできない。

 

 どんな奇跡も、起こってしまえば一つの〝魔法〟。理論は、理屈は、後から付いてくる。

 

「……ははっ」

 俺は力無く笑った。呆れ、嘲笑を込めて。

 

「……本当に。そうだとしたら」

 思い過ごしであって欲しい。飛躍した妄想で。何かの間違いで。

 もっと、それらしい、本当の答えがあって欲しい。

 

「……たらればで良い。見当外れだったってんなら、それが一番だ」

 

 でも。

 

 心の何処かで、納得してしまった。辿り着いた、その答えこそが真実であると。

 証拠なんて何処にもない。何処にもないが……。

 

 手が震える。バクバクと再び心臓が高鳴って行く。

 顔が、怒りにゆがんでいくのを感じた。歯がカチカチとぶつかって。

 俺はめい一杯、最大限の声で、吠えた。

 

「ふざけるなぁッ!!!」

 

 その言葉は、二回目だ。何度言っても、言い足りない。

 手にしたその答え。間違いであって欲しいその答えを潰すように拳を強く。爪が手の平に食い込み、血が流れるほどに強く握り込む。

 

 荒げた呼吸と整えるべく息を深く吸い込んだ。

 そして立ち上がろうとした時。

 俺の視界に、今更のように映り込む。

 

「あ……」

 

 空に輝く、満天の星々。

 一つ一つが眩いほどに煌めいて、俺を見下ろす。広大なグラウンドに突っ伏して、一人であーだこーだと悩み、惑い、苦しむ自分がどれ程ちっぽけな存在か。それを、思い知らされる。あの星々はみな、特別なのだ。

 

 夜空の闇には、輝くことの出来ない星が、幾つも、幾つも隠れて居る。

 俺は徐に手を動かした。そして指先にコツンと当たる。

 手にしたのは、石ころだ。

 

 何の変哲も無い、ただ、グラウンドに転がっていた石ころだ。

 特別でも何でも無い、石ころだ。

 

 それを天に向かって放り投げた。

 石ころは空を目指して真っ直ぐ飛んで行き。

 

 進んで、進んで。

 

 けれど空へは届かず、やがて勢いを失い。

 堕ちる。呆気なく、当たり前の様に。

 

 石ころは、俺のすぐ側に転がった。

 石ころを空へ向かって投げたところで星になれる訳がない。

 

 判りきっていた事だ。

 

 石ころは石ころだ。何も特別な事なんて無い。それが石ころの限界だ。

 でも。そうだとしても、やらずにはいられなかった。

 

 俺は立ち上がる。

 

 そして、自分が投げた石ころをもう一度拾い上げた。

 石ころをローブのポケットに仕舞い込み、決意する。

 

「俺に出来る、全てをやる」

 

 思い過ごしなら。考えすぎならそれでいい。でも、万が一この答えが真実であった時の為に。俺は覚悟を決めた。

「そうじゃないと、俺は、もう、二度と——」

 続く言葉を噛み殺し、向かう先は永久の森。まずは、素材を調達しなければならない。

 もう、都合の良い幻想に惑わされたりはしない。

 

 向き合うんだ。己の弱さに。




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