俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
夢を見たのだ。
最初は、いつもの嫌な夢だと思っていた。
でも二度寝してもまたアリスの姿を夢に見て、そのアリスはいつもの夢を違って泣いていた。泣きながら、何かか必死に逃げていた。不安になって、またすぐ目が覚めた。
「所詮夢の出来事だって思ったけど嫌な予感がしたから、殆どダメ元で夢に見た場所、街の大通りに来てみたんだけど」
建物の影に身を隠しつつ、俺はアリスに経緯を伝える。
「特に変わったところも無くて、気にしすぎかと思って帰ろうとしたらアリスの声が聞こえたんだ」
そこでもしやと思い『破魔のルクスエクラ』を発動してみたら空間が割れて霧に包まれた大通りに繋がる入り口が出来た。恐らくアリスの『ナイトメア・ダークマインド』と同じ、異空間系の固有魔法か何かだろう。そして霧の中を捜索していたらアリスを見つけた訳である。
「私の『霧の結界』に侵入してくるとは。流石は八天導師、テラの尖兵と言った所か」
男の声が空間に響く。
ティアロ校長をテラと呼んで居るという事はこの男は校長の知り合いなのだろうか。
「だが、お前一人で何が出来る? 貴様は所詮下っ端だろう、炎天ファルマ?」
どうやら敵はこちらの内情にも詳しいらしい。俺が何者なのかもお見通しという訳か。
八天導師なんてついこの間結成されたばかりだというのに耳の早い事だ。
「貴重な研究サンプルを返して貰おうか」
声が響くと同時に、滝のような轟音が聞こえる。どうやら敵は俺達をあぶり出す為に手当たり次第に『第四水流魔法(タイダル・ウェイブ)』を発動したようだ。
「マジかよっ!? 一体何者なんだあいつ!?」
第四階級の魔法を詠唱無しで使用するだけでも尋常じゃ無いのに、同時併用なんて聞いた事も無い!
「飛ぶぞ、アリスッ!!」
「え? きゃっ」
俺はアリスを抱えたまま、強く地面を蹴って跳躍し、屋根へと登った。『エンハンス』で身体能力を強化しているからこそ出来る芸当だ。
眼下の大通りが幾つもの大波にのみ込まれ水に浸されて洪水状態となった。
屋根に逃げるしか無かったのだが、それは姿を晒すこと同義、誘い込まれた形だ。
「そこに居たか」
案の定、同じく屋根に登っていた敵がこちらを発見した。
「『第三水流魔法(アクア・バレット)』」
すかさず、水の弾丸が飛んでくる!
屋根から屋根を跳躍して回避するが、こうしていつまでも耐えられるとは思えない。
「くそっどうするっ!?」
これだけ水属性の魔法を多用しているのだ魔石による発動とは考えにくい。つまり相手の得意属性は間違い無く水属性だろう。
属性相関において、火属性の魔法は水属性の魔法によってかき消されてしまう。つまり、俺の主要攻撃の殆どが無効化されるという事だ。
しかも、元が『夢で見た』なんていう不確かな情報を元にやってきたので、誰かに伝える事もしなかった。せめて一言でもドライズや他の八天導師に相談していれば救援も望めたというのに。
「ハル君……」
抱きかかえたアリスが、胸の中で不安げにこちらを見上げていた。なんとしてでもアリスだけはこの場から離脱させたい……。
「アリス、そろそろ立てそうか?」
「え、う、うん」
「なら『ミラーズ・ミラージュ』で自分の鏡像を作って逃げるんだ。鏡像をバラけさせれば相手も簡単には追えなくなる」
「え、で、でもそれじゃあハル君はどうするの!?」
「――出来る限りアイツの足止めをする」
相性は最悪、相手の力量も底が見えない。
一対一で戦って勝てる見込みは正直ゼロだろう。アリスもそれが判って聞いている様だ。
「大丈夫、意地でも時間は稼ぐからさ。死んでも君だけは逃がしてみせる。だから、行くんだ」
俺は主人公じゃ無い。仲間のピンチに颯爽と現れて、難なく敵を倒して、めでたしめでたし、とはいかない。
分が悪いのも、決死なのも覚悟の上で、それでも……アリスだけは守りたい。
不思議と恐怖は無かった。自分がどうなるかよりも、アリスを失う事の方がよっぽど嫌だった。元より、俺なんてちっぽけな石ころみたいなもんだ。俺がいなくなった所で、世界は変わらず廻り続ける。そんなちっぽけな命を賭ける時が来たのだ。
拳を強く握りしめ、覚悟を決める。
アリスはそんな俺の覚悟を読み取ったのか、ハッと息を呑み。口を結んだ。
そして、俺は抱きかかえていたアリスを下ろし、
即座に反転して向かってくる水の弾丸をハルベルトで叩き落とした。
続く弾丸を払い除けながら、叫ぶ。
「行けッアリスッ!!」
捌ききれなかった水弾が四肢に埋まる。
奥歯を噛みしめ痛みをこらえ、反撃にハルベルトを投げ放った。
「『二連朱槍』ッ!!」
二つの炎の弾丸は、やはり敵には届かず。水弾にかき消されてしまう。
続く水弾が俺の身体を貫こうとした。
しかし。
「『ミラーズ・ミラージュ』!!」
銀色の板が俺の前に現れ、水弾を阻む。
「なっ、アリス!?」
気がつけばアリスが俺の横に並んで立っていた。
「逃げろって言っただろ!? どうして――」
戸惑う俺の言葉をアリスは遮って、
「やだ、やだよっ!! ハル君を見殺しにするなんて、そんなの嫌だからねっ!!」
だだをこねる子供の様に、叫ぶと、アリスは力強く敵を睨み付ける。
「ハル君が来てくれて、嬉しかった。大丈夫、今ならもう、怖く無いよ。だから、だからね。〝死んでも〟なんて言わないで。一緒に戦おう? アイツを、倒して、一緒に帰ろう?」
「アリス……」
本音を言えば、やはりアリスには逃げて欲しかった。
けれど……!
「……判った。一緒に戦おう」
二人で戦っても、勝てる保証は何処にも無いのに、それでも。
一人じゃ無い、そう思えるだけで。
勇気が、無限に湧いてくる。アリスもきっと、同じ気持ちだろう。
決死なんかじゃ無い。
アイツを倒すッ!! アリスと一緒に!!
「こうなったらもう、手段は選ばない」
俺は懐に忍ばせていた黄金の魔石を取り出した。