俺は主人公になれない 〜〝ただの石ころ〟が、誰かの〝特別〟になる物語~ 作:岩重八八十
オレは今日も箒に乗り、学園の空を飛行していた。
目を皿のようにして地上を探る。
「静かで、平和だなー」
口ではそう言いつつも、目は真剣そのものだ。
「ファルマの報告以来、奴さんに何の動きも無いのが気になるぜー」
第四の賢者を名乗る存在、ティル爺の旧友カイ。
突発的に学園の生徒であるアリシアを襲い、ファルマと交戦した後に撤退。ファルマの報告によると、戦闘の結果は一方的でありこれといった損害を与える事はできなかったという。即ち、敵はいつでも動ける状態にあるという事だ。
「ったく、不気味なもんだ。一体何を企んでやがるのか是非教えて欲しいもんだぜー」
そう呟いたその時。ぴく、とオレの耳が僅かに動いた。
直後箒の上で跳躍する。
次の瞬間、空中に取り残された箒に暗紫色の魔力が殺到した。
箒はズタズタに引き裂かれ、力なく大地へ落下する。
「おいおい、随分なご挨拶じゃねーか?」
風属性のエンチャントを自分自身にかけ、オレは空中で静止したまま背後に得物を差し向けた。両手持ちの巨大な斧が襲撃者に突きつけられる。
「ふむ、腐ってもテラの弟子か。魔力も気配も完全に遮断していたというのによく気がついたな」
そこには、音も無く現れたのは細く角張ったメガネをかけた痩せぎすの男。無精ヒゲが目立つ男性。年齢は四十代前後、報告通りの容姿。
「おまえさんが〝第四の賢者〟かー」
その男の周囲には暗紫色の霧が球状に広がり、男は空中に浮遊していた。
ティル爺の話では〝第四の賢者〟ことカイは水属性の単色の筈。ファルマの報告によると闇属性の〝原初の魔力〟と思われる魔導も扱っていたらしいが……。
感じ取れる魔力の気配も、水と闇で間違い無い。
「風属性はなし、他に推力を感じる魔力の気配も無し。どーやってこの土俵に立ってんだか……」
敵の得体が知れない。じとりと冷や汗を流す。
「なに、簡単な理屈だよ。人は、モノは何故地に落ちるのかを考えれば良い。あとはこの魔力でその力を遮断してやるだけの話だ」
暗紫色の魔力を右手の上で球状に放出し、弄ぶ。
――つまりは重力の遮断だとー? んな魔導聞いた事ねーよ。
オレは巨大な斧を振り上げ、
「まーそっちがその気なら、」
身体を軸に回転させながら遠心力に乗せて投げる!
「こっちもよーしゃしねーぞ!」
追って指先で虚空に軌跡を引いて魔法陣を描く。
「『我が命を以て示すは自由の象徴』ッ」
空気を切り裂くように素早く指が走り、緑色の光を放って魔法が発動する!
「『ディザイア・リバティー』!」
魔力で作られた風の刃が、不規則な軌道で駆け抜けカイを包囲するように殺到する。
そこへ最初に投げ飛ばした斧も飛来し、全方位から同時に攻撃を仕掛ける。
だがカイは動かない。
手のひらを突き出し、正面から飛んで来る斧を軽々と受け止め。
風の刃は何をするでもなく、ただカイに近づいただけで暗紫色の魔力に阻まれ消え去った。
――ある程度の魔力は簡単に遮断できるってかー? でもわざわざ手を使ったっつー事はマテリアライズした物質みたいな高密度魔力体までは防げないって所かー。
新しく斧をマテリアライズしながら、状況を分析していた。
対してカイは苦笑いを浮かべる。
「おいおい、物騒だな。そう殺気立たないでくれたまえ。今日は争いに来たわけでは無いのだよ?」
「不意打ちで攻撃仕掛けたヤツがよく言うぜー」
「いやいや。先ほどのは攻撃ではない。プレゼントだよ、私なりのね」
カイはクスリと不適に笑って見せた。
「だが。そうだな。少々急いてしまった様だ。失礼した」
彼はわざとらしくお辞儀をした。
「では、こちらの領域に招待させて貰おうじゃないか」
「んだとー?」
「そこでゆっくり確かめて見ると良い。私の〝プレゼント〟をね……」
続いて、ニタァと、笑顔と呼ぶのもおこがましい程に邪悪で陰湿な表情を浮かべ。彼は指を一つ鳴らした。
「『霧の結界』」
音が波として広がっていく、その様子が視覚化されているように。
藍色の魔力が波動となってカイを中心に放たれる。
突如として濃霧が立ちこめ、数歩先すら見えない程の白い世界がアイルを取り込んだ。
「『第三疾風魔法(ガストウィンド)』」
一陣の風がオレを中心に吹きすさび、濃霧を打ち払った。すると、学園の上空に居たはずがいつの間にかグラウンドの中心にぽつんと立ち尽くしている。
「報告にあった空間魔導かー」
アイルは警戒心を高め。周囲の気配を探る。景色はいつもの学園と同じ、けれど人の気配が全くない。数秒を待たずに、空から声が降ってきた。
『ようこそ。ここは私の実験場なのだよ』
「へーそうかい。悪いがこっちは、大人しくあんたのモルモットになってやるタマじゃぁねーぞー!」
オレは再び魔法陣を描く。
「『我が命を以て示すは自由の象徴』」
今度は詠唱を乗せて、更に強く風の魔力を練り込んで。
「『ディザイア・リバティー』!!」
放たれた風の刃は、無作為に四散しつつも索敵するように空間を縦横無尽に駆け抜けていく。そしてオレは深く呼吸をして目を閉じた。
風の鼓動に耳を傾け、大気の震えを肌で感じ取る。
――……読めたッ!!
「そこだぁーっ!!」
カッと目を見開き。
強く踏み込み、跳躍する。
一見何も無い虚空に向けて、渾身の一振りをお見舞いした!
キィンと高い音が響く。何も無かった筈の虚空に、腕で斧を防ぐカイの姿が現れた。
「ふむ、ファーストコンタクトの時もそうだったが。よく判ったな?」
斧の刃を阻むカイの腕には魔力で生成された水が膜のように覆われていた。
「伊達に〝風天〟を名乗ってる訳じゃねーよ。大気の流れ、風の囁き、そしてお前さんの呼吸。人間が生きている限りその痕跡は必ず空気に現れる」
「名付けるならば、『風読み』と言った所か。面白い」
「余裕ぶってんじゃぁ、ねーぞっ!」
オレは斧を引き戻すと同時にカイから距離を取った。
「この程度の魔導、私には通じないと学習しなかったのかね?」
暗紫色の魔力がカイの身体から立ちこめる。
「〝この程度〟かどうか、味わってみる事だなーッ!」
「む?」
一見無軌道に散開していた様に思えた風の刃。
その軌跡が淡い光の筋となって浮かび上がる。オレは斧を斜め下に構え、再びカイに向かって突き進んだ。
「『魔導の深淵、仰ぎ見る果てなき蒼空』ッ」
風の刃もまた、そのまま一斉にカイを狙い押し寄せる。
光の軌跡は魔法陣を形成し、強く輝いた。
風の刃と、オレの斧が澄み渡った空のように美しい青色の光を帯びる!
「この魔導は――」
カイは暗紫色の魔力を球状に展開し、自身を包み込んだ。
球状の魔力に姿を隠したカイめがけて、アイルの魔法が発動する。一同に集った風の刃はカイを包囲すると斬り付けながら上昇気流の様に空へと上っていく。一拍遅れて、アイルが青く輝く斧を天へと強く切り上げた。
「『セレスティアル』ッ!!」
強力な魔力の奔流が、青い螺旋の塔となって天を貫く。
文字通り、空に孔が穿たれた。
大気が震え、景色が歪む。
オレの放った大魔導は、その余波だけで虚構の世界を打ち崩した。