英雄譚《しゅやくたち》を歌う歌姫《まがいもの》~異聞・英雄《しゅやく》になれない槍使い~ 作:笹木さくまのファン
「何なのよ、あの眼鏡女っ!」
(怒りが凄まじいな。……そして既にこのクラスの女子達リーダー格になりつつあるな)
バンッと机に八つ当たりしたのは、零の言う通り早くも女子のリーダー的な存在となった陽向。
先程は皆を鎮めるため、大人ぶった態度で退いてみせたが、本当は悔しくて堪らなかったのだ。
「陽向ちゃん、でも仕方ないですよ~」
小学生かと見紛うほど小柄な、『
「そ、そうだよ、私なんてただの盾だし、A組なんて……」
「いや、盾も重要な役割があるんだがな……」
恥ずかしがりやなのか、長い前髪で目を隠しているが、胸は隠しようもなく主張している『
しかし、陽向はまだ納得いかないと、一人唸るのであった。
「でも、勝手に決まった武器の優劣で、あそこまで見下されるなんて許せないじゃない!」
教室の設備がボロいのは我慢できる。
だが、まだCEと戦ってさえいないのに、落ちこぼれ扱いされるなんて理不尽ではないか。
そう叫ぶ陽向を、爽やか優等生といった感じの『
「よすんだ、一番悔しいのは彼らだろ」
優太が視線で指したのは、窓際の席で我関せずと教科書を開いている宗次と響。
宗次は模擬戦で英人を圧倒し、響はその後のエクスカリバーによる一撃を破壊したにも関わらずD組に押し込められた不遇の槍使い達。
「……そうね、もう言わない」
「当事者達が納得してるのに外野がとやかく言えんしな……」
彼らが黙って堪えているのに、自分達に騒ぐ権利はないと、陽向も矛を収めるのであった。
もっとも、当の宗次と響は教室や扱いの差など、これっぽっちも気にしてはいなかったのだが。
「しかし、綾子先生もキツイけどエエ女やったな~、ピンヒールで踏まれたいわ~」
「変態だな」
「うわぁ……」
響の隣の席で懲りずに戯言を吐く映助を、響はドン引きし、宗次は適当にあしらっていたのだが、ふと誰かが宗次の横に立ったのを感じ顔を上げた。
「こ、こんにちは」
緊張した様子で挨拶してきたのは、小柄で線の細い美少年が立っていた。
ズボンを履いていなければ、女子にしか見えなかったであろう。
「こんにちは」
「隣の席、使ってもいいですか?」
「どうぞ」
まだクラスで席を決めたわけでもなく、好き勝手に座っていただけなので、宗次は何も遠慮する事はないと勧める。
すると、美少年は嬉しそうにハニカミながら宗次の隣に座った。
「僕、『
「空知宗次だ」
「私は音宮響だよ。宜しくね、斑鳩君」
「はい、よろしくお願いします」
ぶっきらぼうな宗次と興味深そうな響の挨拶にも、美少年こと一樹は笑みを絶やさない。
それをジーッと見ていた映助は、神妙な顔で切り出した。
「なあ、一つ聞いてええか?」
「はい、何でしょう」
「自分、本当は女やろ」
「……はい?」
一瞬、何を言われたのか分からず固まる一樹。
その細い肩を、映助は荒々しく掴む。
「女なんやろ!? サラシで隠しとるけど実はボインちゃんで……「一樹は生物学上、立派な男だよ! この変態野郎が!」ぎゃー!? 目が、目がぁぁぁぁぁぁ!?」
「凄く漫画的な目潰しだー!?」
鼻息を荒くした映助がそう言おうとするとその目に向けて指が目にめり込むというギャグ漫画の様な目潰しが叩き込まれ、映助は激痛にのたうち回るはめになった。
椅子から転げ落ちて激痛にのたうち回る映助を、憐れに思う者はクラスに一人もいなかった。
そこにいたのは髪を背中で乱暴に括った、中性的な容姿の美少女だった。
……スカートを履いていなければヤンキーの様な雰囲気や言葉遣いから男子にしか見えなかったが。
「き、君は……?」
「俺は『
「ま、誠ちゃん……やりすぎだよ」
「やりすぎなんて事はねぇよ。つか、骨格でわかれっつうの」
「ああ、一樹の骨格は男だな」
「わぁ、分かってくれるんですか!」
「ふーん……昨日も思ったけど、お前も武術をやってる口か?」
武術家特有の観察眼で見抜いた宗次に一樹は感動して目を輝かせ、誠はそんな宗次に感心する。
「槍をじいちゃんから習ってた」
「そうなんですか? 僕、何故か今みたいに女の子に間違われる事が多くて、誠ちゃんに守られる事が多くて困っているんです」
「……え、何故か?」
「…………」
いや、誰がどう見ても美少女に間違えるだろう――と、映助や響を含むクラスの大半は心の中でツッコム。
「それで、宗次さんみたいに男らしくなりたいなって、えへへっ」
「…………」
照れてはにかむ一樹を、宗次は暫し黙って観察する。
そして、肩を優しく叩いて告げた。
「諦めろ」
「まあ、予想はしてた。……うちの道場で鍛えても全くダメだったからな」
「えぇぇぇ―――っ!?」
「そうや、諦めて一樹たんはワテの嫁に――」
「お前は黙ってろ、変態!」
「ぶへえ!?」
宗次が涙ぐむ一樹を慰め、まだ錯乱している映助の頭に誠の回し蹴りが打ち込まれる。
そんな無駄話をしていると、スピーカーからチャイムが鳴り響き、見計らったように教室の扉が開いた。
入って来たのは、ジャージがはち切れんほどの筋肉をまとった、角刈りの大男と寮であった眼鏡の女性。
「私が諸君らの担任、『
「昨日も言ったと思うけど、副担人の桜ノ宮了子よ」
「なんでやねぇぇぇ―――んっ!」
無難な自己紹介に全力でツッコンだのは、言うまでもなく映助である。
「A組はムチムチの女王様系女教師なのに、何でワテらはむさ苦しいオッサンやねんっ! リコールや、せめて担任が了子先生なら我慢するわ!」
男子ならば思わず心の中で頷いてしまう、熱い魂の叫び。
それに、大馬は黙って映助の元まで歩みより――
「ふんっ!(ゴキッ)」
「あべしっ!」
「北斗のモヒカンかな?」
スリーパーホールドであっさり絞め落とした。
その断末魔に響は世紀末救世主に殴り倒される悪党の断末魔を思い出す。
「…………」
唖然と固まる生徒達に、大馬は低いがよく通る声で告げる。
「諸君、勘違いしてもらっては困るが、ここは普通の学校ではない、CEからこの国を守り抜く戦士を育てる養成所だ。あまり馬鹿をすると体罰も辞さないので覚悟しておくように」
「……はい」
「と言っても基本的には優しくて頼りがいのある先生だから、悩みがあったら遠慮なく言ってね?」
鍛え上げられた兵士の鋭い瞳で睨まれては、ただ頷く以外に選択肢はなかった。
そして、そんな生徒達に苦笑いをしながら了子が補足の説明をする。
教室が静まり返るなか、宗次は床に倒れた映助を起こし、両肩を掴みながら膝で背中を押すという、時代劇でよく見る方法で目覚めさせる。
「げほっ……はっ、金髪のお姉ちゃんはどこや!?」
「ええ……?」
「もう一回寝るか?」
幸せな夢を見ていたらしい映助の首に、大馬の太い腕が再び巻き付く。
「ひぃ! 堪忍やゴリラ先生!」
「それ、逆効果じゃないかな!?」
「それが謝る態度かっ!(ギリギリッ)」
「ぐえええぇぇぇ―――っ!」
響の忠告も虚しく、大馬によって気絶しないがとても苦しい絶妙な加減で首を絞められ、潰れた蛙のような映助の悲鳴が鳴り響く。
「元気だな」
「いや、これは元気って言うか……」
「ただのアホだな」
宗次や響を除いたクラスメイトの全員が揃って思ったことを零が代弁した。
「さて、時間を無駄にしたが、早速授業を始めよう」
「遠藤君、しっかり! 死ぬにはまだ早いよ!?」
白目を剥き、口から魂を吐いている映助は放っておき、大馬は教壇に立って皆を見回す。
「まずは入学おめでとう、諸君はこれからエース隊員として訓練を積み、CEからこの日本を守る任務に就く。当然だが危険な任務だ、命を落とす危険性もある」
ゴクリッと誰かが唾を飲み込む音が、妙に大きく教室に響いた。
「正確に言えば死ぬわけではないが、死ぬよりも辛い状態になるだろう」
大馬はそう言いながら、教壇の下からノートパソコンとプロジェクターを取り出す。
暫し無言で操作した後、黒板に映し出されたのは、ベッドに横たわる痩せ細った患者の姿。
「CEの攻撃を受けた者は、意識不明の昏睡状態に陥り目覚めなくなる。今のところ治療方法は見つかっていない」
(かつての幻晶の民の攻撃を受けた者と同じか)
(かつてはせめてもの情けとして殺されていたが……この辺りは時代か)
生気を失った瞳でただ天井を眺め、腹に穴を開けて管を通し、胃に直接栄養を送り込まれながら、排泄の世話をして貰う存在。
それは果たして、人間として生きていると呼べるのか。
自分がそうなった姿を想像し、生徒達の顔は一斉に青ざめる。
「CEの攻撃はレーザー兵器のような光線で、速くて避けるのは難しい。ただレーザーと違って射程は三十m前後と、拳銃と大差ないのが救いだ」
続いて映し出されたのは戦場の光景。
非現実的な六角形の結晶体が、中心の赤い球体から光を放ち、それを浴びた市民が耳を覆いたくなる絶叫を上げて倒れこむ。
「これはピラーが出現した長野県松本市で、当時そこで撮影していたテレビカメラマンが、衛星通信で局に送ってきた貴重な映像だ」
「あの、その人は……」
「死んだろうな、幸運な事に」
「…………」
大馬の重い答えに、質問した生徒は余計な事を聞いてしまったと俯いた。
CEの攻撃を受けても、意識不明になるだけで直接命には関わらない。
だが、自ら動く事ができなくなった人間が、救助されず野晒しのまま放置されて、いったい何日生きられるだろうか。
「ピラーを中心に撮った衛星写真も有るが……見ない方がいい」
「見たいって言うなら、放課後に職員室に来なさい。……興味本位で来て職員室で吐いた人もいたわね」
見るか? ――と聞く事すらはばかられる、地獄がそこには映っているのだろう。
地面に打ち捨てられ白骨化した何十万もの死体と、その周囲を漂う場違いなほど綺麗な結晶体の群れ。
「お父さん、お母さん……うぶ!?」
両親の末路を想像してしまった響が口を押さえて洗面所に走ったが、大馬も他の生徒も彼女を責めなかった。
「CEの攻撃は貫通性が高く、防弾ジャケットやライオットシールドの類では防げないが、戦車の装甲や分厚いコンクリート壁なら防げるようだ。アサルトライフル以上、アンチ・マテリアルライフル以下の貫通力と覚えておくといい」
「大馬君、それは銃器について詳しい人間にしかわからないわよ?」
「おっと、すまなかった。とにかく人間の装備では防げないと思ってくれ」
了子があきれ気味にツッコムと大馬は苦笑しながら訂正した。
「ただし、諸君らが身にまとう『幻子装甲』は別だ。これならばCEの攻撃も十数発は耐えられる」
それを聞き、重い空気に潰れそうだった生徒達から、ほっと安堵の溜息が漏れる。
「散々脅したが、諸君らエース隊員が倒れる事はまずないだろう。今は生徒の数も増えて、余裕のある戦いが出来ているからな。実際、昨年は一人も犠牲者が出ていない」
市民や自衛隊員の被害も、CEの情報が無かった最初期こそ甚大なものであったが、行動パターンや対処方法が確立された今では、ほとんどゼロに抑えられていた。
「しかし、戦場に絶対は無い。昨日までが安全でも、明日も安全な保障は無い。命の危険がある事を忘れず、常に気を引き締めて任務に当たって欲しい」
「特に実戦では新人程危ない人間はいないわ。常に気を張り摘めろ……とは言わないけど、油断だけはしないで」
そう告げて、大馬は無骨な笑みを浮かべた。
D組の生徒達も、その笑みを見て安心する。
彼は厳しい教師だが、了子の言う通り自分達の身を案じてくれる優しい先生でもあるのだと。
「では、CEに負けない体力を作るため、今からグラウンドを五十周だっ!」
「やっぱりそうなるのね……」
そして、見た目通りの体育会系で、鬼コーチなのだと知った。
……了子の苦笑いからこれが日常茶飯事なのだとも理解した。
「「「えええぇぇぇ―――っ!?」」」
「文句を言う暇があったら、さっさとジャージに着替えろ。遅れた者は十周追加だ」
急げと手を叩かれ、生徒達は慌てて立ち上がった。
「ジャージ、持ってきておいて良かった~!」
響はジャージを忘れたために慌てて走る女子達を見ながら、着替える為に女子用の更衣室へと走り出すのであった。
如何でしたか?
次回も頑張ります!