英雄譚《しゅやくたち》を歌う歌姫《まがいもの》~異聞・英雄《しゅやく》になれない槍使い~ 作:笹木さくまのファン
午後の授業をこなし、少し早めの夕飯を食堂で食べると、ようやく特高での一日は終了する。
慣れていてまだ元気の残る二、三年生と違い、新入生達は誰もが疲れ果て、這うように寮へと戻っていく。
特にD組の生徒達は疲労が激しく、半数近くは直ぐ己の部屋に戻り、布団に身を投げていた。
しかし、残り半分はというと、一階の談話室に集まって、真剣な表情で顔を突き合わせていた。
「さて、皆分かっとるな」
映助が代表し、集まった者達の顔を見回す。
この場にいるのは男子のみ。そして女子はというと、浴場で汗を洗い流している最中である。
となれば、何をするかなど自明の理であろう。
「女子風呂を覗く、これがワテらの任務や」
「何て事を言い出すんだっ!」
「そんな事を真面目そうな顔で言うな馬鹿!」
机を叩き怒声を上げたのは、委員長的なリーダー気質の爽やか優等生、優太と他クラスであるもののこの寮で暮らす英人である。
「そんな犯罪行為、許されるわけがないだろう!」
「そうだ! 幾らなんでもヤバイだろ!」
正義の雄叫びを上げる優太と英人に、男子達は白けた眼を向ける。
「覗きは犯罪、そんな事は言われんでも皆分かっとるわ」
「なら――」
「せやけど! やめろと言われてやめられるなら、この世に警察はいらんのや! そんな程度で無くなる煩悩なら、この世に子供は生まれんのやっ!」
「なっ……!?」
「く……!?」
謎の説得力を放つ映助に、優太と英人は思わず気おされてしまう。
だが、そこに別の声が加勢してくる。
「あの、やっぱり覗きとか良くないと思います」
そう反対したのは、女子と見紛うばかりの美少年、斑鳩一樹であった。
「そんな白けた事を言えんのは、一樹たんが女やからや」
「女じゃないですし、たんって呼ぶの止めて下さい」
『だから一樹は男……!』
『ストップ!』
『落ち着きましょうね~』
ム~と頬を膨らませるが、それもリスみたいで愛らしく逆効果であった。
「ほら、宗次さんも何か言って下さい」
「……あぁ、そうだな」
「と言うよりも、空知君は何を……!? みんな、覗きはやめましょう!」
一樹に袖を引っ張られた宗次は、学校から支給されたスマホを慣れない手付きで操作するのに忙しく、気のない返事をするだけであった。
そして、遥は宗次が何をしてるのかを覗き込むと、顔を青ざめさせて即座に男子達に覗きの中止を懇願した。
「海野、急にどうしたんや?」
「いや、須藤さんの名字を聴いてからずっと聞き覚えのある名前だと思って首を捻って考えていたんだけど……思い出した。彼女は、『
「「「血塗れ須藤!?」」」
『懐かしいあだ名だな』
『本当に呼ばれてたんだ……』
遥が告げた誠の物騒すぎるあだ名に画面を覗き込んでいる宗次以外の全男子が驚愕した。
「海野君は僕らと同じ中学校だったの?」
「中学は違うけど近くではあったんだ。だから、須藤さんの名前と噂は聴こえてきて……」
「……どんな噂なんや?」
一樹の疑問にそう返した遥に映助は顔を引くつかせながら尋ねる。
「えっと……思い出せる範囲では喧嘩では常に敵の返り血に染まる位に殴ったとか、須藤さんの姉貴分の女子高生を部活内での下らない嫉妬で自分の彼氏に犯させようとした人間を彼氏もろとも須藤さんの拳と顔が返り血で濡れ、相手の顔が整形でもしないと戻らないって言われた位に変形するまで殴ったとかヤリサー化してた姉貴分の高校のサッカー部の部員全員を一人で病院送りにしただとか色々あるけど……覗きで関連性があるのは修学旅行の時かな?」
遥が話した誠の武勇伝に既に覗きをしたいという気持ちが盛り下がりつつある男子達に遥は駄目押しの話をする。
「なんでも中学の修学旅行で他校の人まで巻き込んだ覗き騒動があったみたいだけど……須藤さんはそれを一人で制圧した上に、主犯の生徒達を殴り殺して地面に埋めたんだそうです」
「誇張が酷い!? そこまではしてないよ!」
『『そこまでは』って事は……』
『それなり以上の行動はしたのね……』
『まあな』
遥の言葉に一樹は幼馴染みが誤解されるのを防ぐために慌てて噂を訂正する。
「最初の喧嘩での噂は返り血は相手がナイフとかの凶器を出して抵抗した時位だし、お姉ちゃんの騒動は顔の骨は折ったけど整形までは行ってないよ。……彼氏さんの股間は潰したみたいだけど、それは誠ちゃんも犯そうとした正当防衛だったし、サッカー部の事件は誠ちゃんとお姉ちゃん経由で弱い部を脅迫してたサッカー部を告発されて部を潰された事に対する一部の先輩達が逆恨みで夜道で襲いかかったからだし……病院送りにしたのは本当だけど……」
『色々やったのね……』
『でも、大半は相手の方が悪いよね』
『女の敵ばっかりですね~』
『お姉ちゃんって事は、斑鳩君のお姉さんなの?』
『ちげえよ。俺や一樹の家の近所の年上の幼馴染みだよ』
誠への一樹の擁護を男子達はその話し方で巻き込まれたんだろうなと思いながら聴く。
「最後の覗きの騒動に関しては確かに一人で制圧したけど……その後は覗きをした男子達の学校の先生達を呼びに行ったから殺してないよ。それに、殺してたら特高にこれないよ?」
「それもそうだよね……」
「下手をしたら少年院行きよね……」
「おーし、ついたな」
その言葉で殺される事はないと解った事で男子達はホッとしたが……凄まじい強さを誇る誠に対して完全に腰が引けたらしく、大半が覗きに消極的になっていた。
「なんやなんや! たった一人の武勇伝にわてらのミッションが阻める……「既にバレてるし、後ろにいるぞ」ギャー!?」
「い、何時の間に!? と、言うよりも会話をなんで知ってるんだ!?」
映助はそんな仲間達を激励しようとして……後ろにいた誠に後頭部をアイアンクローで握られて悲鳴をあげ、英人は誠が映助主催の覗きの相談を何故か知っている事について驚いた。
「ああ、そりゃ空知が小向井に頼まれてスマホで会話を流してたからな」
「これで良かったのか?」
「海野も覗きの阻止に乗ってくれてありがとうね」
「いや、それ程でも。僕も覗きに賛成しようとしたし……」
「それでもお礼は言わせて!」
誠が宗次に話を振ると、宗次が男子達に向けたスマホに映っていたのは「通話中」の文字と、離れた声も拾える「ハンズフリーモード」のアイコン。
そして、通話相手の名前「小向井心々杏」の文字。
遥も誠の武勇伝を聴かせた事によって男子達の士気を盛り下げた事を女子達に感謝される。
「き、兄弟! 裏切ったんか!?」
「いや、覗きは普通に犯罪だと思うが?」
「「全くもってその通りだ!」」
映助の言葉に宗次は常識的に返し、優太と英人はその言葉に頷きながら同意した。
「さ、遠藤君以外の男子はお風呂に行くと良いですよ~?」
「今からこいつの処刑が始まるからな」
「ま、待った! 覗きいうても未遂なのに、体罰とかやりすぎや!」
必死に命乞い(?)をする映助に、陽向と誠は意外にも頷いて見せた。
「そうね、CEと戦うエース隊員が、体に怪我を負うのはまずいわよね」
「おぉ、分かってくれたんか!」
「だから、心に傷を負ってもらうぜ」
「……えっ?」
訳が分からず困惑する映助の前に、零が歩み出てくる。
その手には一台のタブレットPCが握られており、見覚えのある白衣姿の女性と眼鏡の女性が映っていた。
「京子先生に了子先生っ!?」
『うん、女子の皆に頼まれて、悪い男子の遠藤君に罰を与える事になりました』
『青春をしろとは言ったけど、犯罪は絶対に駄目よ?』
校舎の地下研究所らしき場所と教師用の部屋から、保健医こと京子と副担任の了子が実に楽しそうな笑顔で通信を送ってくる。
『その罰だけど……実は皆を本校に招く前に、身辺調査をしていたのよ』
「えっ?」
『持病が無いかとか、親族が怪しい宗教に入ってないかとか、調べておかないと後で問題になるのよね』
日本の国家機密に関わる隊員を育成するのだから、その程度の調査と選別はして当然であろう。
『その中で、皆の性格を分析するために、図書館で借りた本とか、通販サイトで買った本とかも調査したの』
「まさか……」
『というわけで、遠藤君が買ったり借りたりした恥ずかしい本のタイトル暴露大会、始めるわよっ!』
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
『あ、あなた達は早く行った方が良いわよ? でないと読み上げるから』
「「「失礼しましたーーーー!」」」
映助の悲鳴が響き渡る中、他の男子生徒達は了子の言葉に慌てて風呂場へ向かって走り出す。
「やはり、男だよな」
「あんまり見ないでください……」
「空知、ちょっと失礼だぞ?」
「乗らなくて良かった……」
「だよな」
「だけど、ちょっと同情しちゃうよな」
「そうだな……」
男子達は映助が受けているであろう拷問にほんの少しだけ同情しながらのんびりと湯船に浸かっていた。
こうして、一年D組の夜は更けていくのであった。
……風呂から上がった後で見に行くと映助は真っ白な灰になって椅子に座っていた。
如何でしょうか?
次回も頑張ります!