仮面ライダーオービット   作:壱肆陸

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task.7 侵襲性レッドアウト

 O³コーポレーション ライダー事業部 活動報告

 

 約40平方キロメートルに及ぶ範囲がロギアに占拠され、過去最大規模のロギア被害となったファンガス事件。

 

 現場に居合わせた他社のウェブライダーとの連携作戦と、「Dr.SMART」アプリギアを用いた「フルウェア」の実装により、当社のウェブライダー「オービット」がファンガスT型を撃破。

 

 3つのアプリギアを併用した「フルウェア」の史上初の実戦投入は成功に終わり、この功績により当社に莫大な利益が見込める。

 

 なお、本件において古月を除くライダー事業部3名の勤務時間が規定を大幅に超過したため、後日特別休暇を与えるものとする。

 

 

─────────

 

「……おはよう」

 

 いつもより遅く目が覚め、千才新歩は挨拶する相手がいないことに気付く。サボテンのノイマンは会社に置いたままだ。

 

 今日から3日、特別休暇。土日も含めると5日。

 

 先日のファンガス事件でO³ライダー事業部の名は業界に知れ渡り、一躍注目の的になった。

 

 ここで一気にオービットのプロモーションをするのが最適だと誰もが考えるが、しかしそうなると逆に、新入社員に過重労働を強いていると思われれば、世間からの印象が悪い。

 

(まぁ実際、この間は残業ってレベルじゃなかったしな……)

 

 O³は勤務体系がフレックスなのもあり、オービットの今後はひとまず広報部に任せ、ライダー事業部は過剰に働いた分だけ休みをもらえる運びとなった。きっちり定時に帰っていた古月を除いて。

 

「暇だ……! やることが無い!」

 

 新歩は恐ろしいことに気づいてしまった。

 好きなヒーロー番組はどんなに忙しくても毎週欠かさず見て溜めないし、料理はしないし、旅行の計画は立てる暇がなかった。

 

 休日にやるつもりで買った食玩のプラモも目覚めて2時間で全部片付いてしまった。

 

「僕って趣味が無いんだ……マズい、このままじゃ5日間何もせずに終わっちゃう!」

 

 仕事は嫌いではないが、仕事しかない人生はなんとなく虚しくて嫌だ。大慌てで思考回路を走らせた新歩の頭に、名案が閃く。

 

「先堂と遊びに行こう!」

 

 即刻チャットアプリ『Bubble Talk』にメッセージ投下。

 

 未読無視。

 

 新歩は先堂の家に行くことにした。

 

──────────

 

 ここ数日、寝ようと思って眠った記憶がない。

 部屋は嫌に明るくて、瞼を閉じていても視界が白い。そのせいで、あの日の夢を見てしまう。

 

 休日だというのに、いつものように父は仕事に行った。

 母も何やら忙しそうで、退屈で、明るい部屋で眠ってしまっていた。

 

 それは眩しさのせいか、音のせいか。不自然に目を覚まし、母が置いていた携帯の着信に、何故か出てしまった。

 

 狼狽した声が母の名を呼んで、父の名前の次に、

 「事故」と「爆発」という言葉を並べていたのを、聞いた。

 

「……最悪。余分に1時間も寝てたわ」

 

 夢から覚めて、大人になった自分の姿を見るたびに、気付く。

 あの長い悪夢から、廿九日詩はまだ醒めずにいる。

 

「シズカ、シープの解析はどうなってる?」

 

「昨日今日は丹乃ちゃんが休みだから、代わりにおっさんトリオに頑張らせたけど、案の定でした。見つかったわよ、『ナンバー』」

 

「重畳ね。これで3つ目……解読は私が進める。例の装備もお願い」

 

「ちょ、詩ちゃん……あぁもう。楢宮さんからも言ってくださいよ! あんな詩ちゃん、見てられない」

 

「……『ナンバー』の解析に賭ける。O³を超えるそれ以上の理論が無ければ、主任は『研究者』の言葉を聞き入れない。我々は無力ですね、本当に」

 

 疲労していく自分も、狭窄する視界も、理解した上で進むしか無い。

 

 『巨人の肩の上に立つ』

 これは研究者なら誰もが胸の中央に据える言葉。長い歴史と、先人が積み重ねた知見を踏み台にするからこそ、人は世界を遠くまで見回すことができる、という意味である。

 

 Guffの探求も同じ。誰かの屍を超えて、その山の上に誰かが立つことの繰り返しだ。

 

 だが、巨大ファンガスを討伐し、『フルフェア』のセンセーショナルなお披露目を成功させたO³コーポレーションは、ウェブライダー業界No. 1の座をReVTechnicaから奪い去った。

 

「先頭に立つのは、リボルトじゃなきゃいけない。Guffは私が解く」

 

 コンピューターに向かい、詩は一切の意味さえ持とうとしない文字列に挑む。切り札は、この『ナンバー』と呼ばれる解析不能のデータファイルだ。

 

「シープの『ナンバー』を重ねても、全く変化を示さない。『ナンバー』は互いが互いの解凍コードになってる仮説から違うというの……? でも……」

 

 この難問の中で溺れ続け、ここまで何十時間も費やした。しかし藻掻けば藻掻くほど、まるで骨身が削れていくような喪失感だけが募っていく。

 

 『ナンバー』は極稀に進化系ロギアの中に存在する。知らなければデータから発見することは至難の極み。ただ『ナンバー』を持つロギアの体には、必ず『数字』が刻まれていることをReVTechnicaは突き止めた。

 

『15……!?』

 

 詩が『リボルト』として戦い、初めて敗れたあの時、甚大な被害を生み出した進化系の体に刻まれた数字を見た。

 

 そしてロギアの肉片から回収した『15』のほんの一部を開いた時、上手く言語化できない、深淵としか言えない何かを詩は確かに覗いた。

 

 『ナンバー』を持つロギアは強力。だからReVTevhnicaは強力なロギアを追い続け、現在3つの『ナンバー』を保有している。

 

 根拠は無い。だが、『ナンバー』の謎を解き明かすことがGuffを解き明かす鍵となるはずだ。

 

「いつだって手段は選ばないわ。私は最効率で進む」

 

 誰かの足場の屍にはならない。何を賭そうと自分の足で辿り着く。

 

 父がGuffの中に消えたあの日から続く、この悪夢を早く終わらせるために。

 

──────────

 

「先堂どこ行く?」

 

[家]

[自室]

 

「じゃあ屋内にしよっか。この辺何があるかな……」

 

 いつものジャージで眉と口角を凄まじい角度に曲げた先堂が、ウキウキの新歩に引き摺られて街を歩く。部屋に突撃してきた新歩に呆れ、顔を出したが最後引っ張り出されて今に至る。

 

 残念だが先堂にここから逃げ出す腕力は無い。

 

[住所教えてないだろ]

 

「まぁ社員寮だと思って。あとは部屋番片っ端から聞いて回っただけだよ。いやぁ先堂も暇そうでよかった」

 

[怖い]

[キモい]

[そもそも休みだろ]

[休みだから遊びに行くって考えがもう軽薄]

[あと暇じゃない]

[やる事ない=暇じゃないんだよ]

[せめてやること決めてから誘え]

 

「帯刀さんも誘おうと思ったけど、なんか普通に仕事してるっぽい」

 

[登場人物全員キモい]

[もうやだこの会社]

 

 新歩はチャットアプリ『BubbleTalk』で猛抗議する先堂の言葉を聞き流し、もとい見流して、彷徨うばかり。

 

 そこで気付いた。外で遊ぶ趣味の無い2人が揃ったところで、変わらずやることは無い。

 

「で、お昼だしなんとなく入っちゃったわけで。高そうなレストラン……」

 

[迷走]

[ラーメン屋とかでいいのに]

 

「すごい額のお給料入ったから使わなきゃと思って……」

 

 先日しれっと配属後初めての給料を貰った2人であったが、流石は一流大企業のライダー事業部。給与明細に小首を傾げ、口座の残高を確認して新歩は腰を抜かしたものだ。

 

 しかしまぁ、お金の使い方もあまり知らないので、なんとなく高そうなイタリアンのレストランに入ってしまっていた。ジャージの相方と一緒に。

 

「……どうする。何食べればいいんだろうこれ。とりあえずフルコースだよね?」

 

[メニューが何言ってるか一つも分からん]

[フルコースって昼飯に食うもんなのか]

 

「よく考えたらマナーとか知らないし、こういう所ってパスタ1皿とかで帰っていいのかな!? あれ、チップ? チップとか払うんだっけ!?」

 

 先堂が電子メニューからとりあえずピザを探す中、段々とパニックになってきた新歩の視線が泳ぎまくる。人間は追い詰められると周囲に情報を求めるものである。

 

「あれ……あの人、もしかして」

 

[マジか]

[おいやめろ声かけるな面倒くさい]

 

 求めたら、あるものだ。新歩は現状に耐え兼ねてか、単純に友好からか、デザートばかり並べられた席で何かを書く彼女に話しかける。

 

「お久しぶりです。能西さん、ですよね? ReVTechnicaの」

 

「えぇっ!? あれ、っと……O³の! オービットの人と……顔が可愛い天才さん!」

 

 詩の部下の開発担当、能西丹乃は突然の邂逅に右手のペンと左手のフォークを落っことした。

 

──────────

 

 詩の目的地に迷いはなく、道中の制止もマナーも無視。ただ最短距離でその机の前に立ち、資料を叩きつけた。

 

「トランセンドベースで議決されたリボルトの今後の戦略よ。今ここで頷いてもらうわ、社長」

 

 詩の鋭い視線が貫く相手は、ReVTevhnicaを電脳部品業界トップシェアへと導き、ウェブライダー業界の先駆者としても名を馳せる傑物。

 

 株式会社ReVTevhnica CEO

 廿九日(ひずめ)琴乃(ことの)

 

「……なるほど。それより先に、会社でも私のことは『ママ』と呼びなさい」

 

「こっちは真剣なのよ、ママ。どうせアポもメールも無視するでしょ。忙しいならさっさとハンコ押して」

 

 琴乃は詩の実母であり、その溺愛っぷりは社内の人間なら誰もが知る所だ。

 

「顔色が悪いわよ、ちゃんと寝てる? 最近は言っても全然帰らないじゃない。届けさせてるお弁当はちゃんと食べてる?」

 

「そんなことどうでもいいでしょ。このままじゃウチはO³に食われる。ママにそれが分からないわけがない」

 

「それでもあなたのことが大事よ。たった1人の家族なんだから。はい、この提案は却下」

 

 琴乃は話しながらあっという間に資料に目を通し、両手でパタンと畳んで詩に突き返した。

 

「15番の『ナンバー』持ちの進化系、これにはもう深入りしないって決めたはずです」

 

「……っ、またそうやって。あの時とは違うの、リボルトはもう負けない」

 

「姿を消したロギアをわざわざ探し出して手柄を挙げるなんて、世間の印象はどうかしら。それに何より、『リボルトの正体を明かす』なんて案、許可できません」

 

 それが詩が握っていた、もう一枚の切り札だった。

 以前、新歩にも『廿九日詩は認められたっていい』と言われた。

 

 廿九日琴乃の娘にして、飛び級で電脳工学の博士号を取得し、女性にしてウェブライダーと開発者を兼任する天才。客観的に考えれば、自身の存在自体に市場価値があるのは明らかだった。

 

「リボルトには別の資格者がいたのを、あなたが横取りした。探索系で活動する計画もあなたが無理矢理前線に立った。だからあなたが戦う条件として、『廿九日詩』の存在を一切世間に出さないことを命じ、あなたもそれを了承したじゃない」

 

「それが一番効率的だと思ったから。でも、事情が変わったの。今からO³を押さえるには、私という存在でリボルトに注目を集めるしかないのは分かるでしょ?」

 

「だとしても母親として、社長として、これ以上のワガママは聞けない」

 

「……危ないから?」

 

「そうよ」

 

「馬鹿にしないでっ……そんなんじゃいつまで経っても、パパは見つからない!」

 

 返された資料が、詩の拳の中で潰れた。

 あの日、ReVTevhnicaの社長だった、廿九日(ひずめ)獅雄(ししお)は謎の爆発事故で消息不明になった。

 

 当時もうReVTevhnicaはそれなりに名が知られていた。にも関わらず、あの事故が大きく報道されることも、追及されることもなかった。

 

「『第零世界計画』」

 

「……」

 

「あの前の夜、パパがママと話してた単語。いくら調べても詳細はおろか、関係者の一人も見つからない。Guffに関わること以外、何もママは教えてくれない」

 

「そうね……それも教えるべきじゃなかった」

 

「だから自分で解き明かす! あの日、何があったのか。パパに何が起こったのか!」

 

「それを詩がする必要はあるの?」

 

「はぁ……?」

 

 この手の議論は幾度となく繰り返してきた。

 だが、琴乃がそんな返しをしたのは、初めてだった。

 

「リボルトが一番だったから、私はその主張を飲んでた。でも今は『オービット』が先頭を駆け、警察と組んだ『ファウスト』も先日進化系を撃破したと聞くわ」

 

「……何が言いたいの」

 

「ウェブライダーの世界は進歩した。あなたが背伸びして造った、『最強のウェブライダー』を置いてね」

 

 巨人の肩の上には、誰でも乗ることができる。

 

 詩がやらなくたって、詩が築いたものを糧にいずれ誰かがGuffの深淵に届く。詩が受け入れたくなかったその事実を、琴乃は淡々と告げた。

 

「あなたはまだ20歳で、精神も身体能力も未熟な女の子なのよ。正体を明かして、好奇の目で見られてまで、詩がウェブライダーをやる意味は何?」

 

 母の言葉でもあり、ReVTevhnicaの社長の言葉でもあるその問いは、あらゆる反論を遮る正当性を持っていた。

 

 自覚している。そこにあるのは研究者としての理性ではなく、父を失った娘の意地だということは。

 

──────────

 

「奇遇ですね、休みが一緒で同じレストランなんて。正直本当に助かりました……」

 

「いえいえ〜シェアした方がたくさんリサーチできるし、こっちも大助かりですよ! イタリアンにはドルチェっていう独自のデザートがあって、特にここのリストランテは───」

 

[主食が食いたい]

 

 配膳ドローンが行ったり来たり。満漢全席かってくらいスイーツを並べ、男女がそれを囲んでいる以上光景。

 

 1人食べもせずチャットで会話する先堂の顔を、丹乃はじっと見つめる。

 

「いやホントお顔はキレイですね……髪と服装はダメダメなのに。あとなんでお喋りしてくれないんですか、目も合わせてくれないんですか、プログラミングのお話聞かせてくださいよ! ねぇってば、聞いてます!?」

 

「能西さん、先堂はスマホでしかあんまり喋らない子で……僕が間に入ります!」

 

[ハイパー無礼千万]

[この人苦手]

 

「あ、ハイパー無礼千万だそうです」

 

[言うなよ]

 

「あぁっ、すいませんすいません! ニノって本当こういうのダメで……」

 

 あたふたと振られた丹乃の手から水入りのグラスが放られ、放物線を描いて離れた男性客の頭に着地した。もちろん、逆位置に。

 

「すいませぇぇぇぇん!!」

 

 ずぶ濡れの男性客が許してくれたので大事にはならなかったが、やらかした丹乃は両手で顔を覆って項垂れてしまった。

 

「ずっとこうなんです……ニノはドジで空気読めなくて。ご迷惑を……」

 

「あぁ、いえ! お気になさらず!」

 

 そういえばReVと共同で仕事した時も、彼女は資料を間違えていたのを新歩は思い出した。

 

[そんなんでよくReV入れたな]

 

「え……っと、能西さんは先堂みたいにスカウト入社なんですか?」

 

 それ先堂が言う?と言いそうな所を飲み込み、新歩は思い切り言葉を選んで通訳した。

 

「えぁ、そ、そうです。ニノが大学生の時に、主任……詩さんに。昔から色んなものに色とか形が見えて、1人で何かやるのは好きだったんですけど、皆の中でっていうのがムリで……」

 

 いわば物事を脳ではなく感覚で捉える才能。しかし、自分が見える世界を人に説明できなくて、孤立するしかなかった。

 

「そういう人って、芸術家に向いてそうに思うんですけど……どうしてプログラミングを」

 

「入試の出願間違えちゃって……」

 

「それで合格してReVの第一線で研究開発を行えているのは、流石に天才ですね……」

 

 しかし、大学の研究室でも丹乃は浮いていたらしい。

 理解者はおらず、自身の研究を理解してくれる者もいない。そんな中、研究発表も兼ねたReVTevhnica主催のレセプションパーティーで、丹乃は詩と出会った。

 

『Guffは人類の足元に現れた深海。既存の常識なんか通用しない』

 

『アナタは世界の本質を画像で捉えられる。その目は歳だけ食ったボンクラの顔色じゃなく、Guffを覗くためにある』

 

 自分を連れてきた教授含め全員に支離滅裂と笑われた研究と、丹乃が見ている世界を、詩は評価した。

 

 そして、まだ卒業前だった丹乃を詩はその場で引き抜き、ReVTevhnicaへと入社したという。

 

「あとその時、詩さんは教授のスーツにアツアツのスープひっくり返してましたね」

 

「なんかすごく詩さんっぽい。飲料じゃないのが特に」

 

「もう死ぬほど嬉しかったです。『BubbleTalk』の開発とかいろいろやらせてもらって楽しくて……でもたまに不安です。ニノは相変わらずドジだし、詩さんの力になれてるのかなって」

 

 そう話す丹乃は、寂しそうな表情をしていた。

 

 すると、いつの間にかデザートを何皿か平らげていた先堂が、自身の『BubbleTalk』の画面を丹乃に見せる。

 

[これ作ったってマジ?]

 

「はい……あ、いや、でも細かい改良です。進学前は絵も勉強してたんで、『BubbleTalk』から見えたものをデザインしたりとか……」

 

[道理で去年くらいから使いやすくなったわけだ]

[UIも前よりずっといい]

[キャッチーなデザインで惹きつけて、機能がそれにマッチしてる]

 

「そうですね。ほとんど会社がGuffから掻き集めたデータでアプリを作るのに、自分の手でGuffアプリを改良できるのは凄い能力ですよ」

 

 少し拗ねた様子で[全然できるし]と送る先堂だが、彼が人を素直に褒めているのを新歩は初めて見た。

 

 丹乃の才能と、それを発見し引き上げた詩。

 やはり詩は───ReVTevhnicaは強い。ファンガスの功績に甘えるわけにはいかないと、新歩は身震いした。

 

「どうですか能西さん。せっかくだし、お時間あるなら少し遊びませんか」

 

「いいですね! おふたりとも歳も近いですよね!? なんかこういうの、青春って感じです! 行きましょ行きましょ!」

 

[競合他社]

 

「いいんですよお休みだから! あ、でもうっかり秘密言わないように気をつけないと……」

 

 友人同士のように笑い合い、会計を済ませて店を出た3人。

 

 それをじっと見ていたのは、頭から水をかぶった男性客。積まれた皿の山にもう一枚重ね、一瞬で表情を───『顔』を変えて肘をついた。

 

「気付かれねぇもんだな、やっぱ人間の個体識別はほとんど顔か」

 

 その顔はGuffの番人、デバッガー。

 デバッガーはパスタを流し入れるように飲み込むと、皿をもう一枚重ねた。

 

「タウリン、グルタミン酸、旨味。果糖、ブドウ糖、甘味。カプサイシンは辛味……『味』は分かるが、『旨い』ってのはどういう数値だ? 変わった生き物だなァ、栄養補給にここまで執着するなんて」

 

 栄養の無い物質から毒物まで、生命維持に関係なく、ここまで多様な物を食するのは人間だけだ。デバッガーはそこに人間の定義を感じていた。

 

『生きるために生きれるのが人間だ』

『生そのものに意味を見出せるのが僕たちだ』

 

 オービットの言葉が、何度もデバッガーの頭を打ち鳴らすようだった。人間という生命に、興味が尽きない。ウェブライダーとは、何だ?

 

 デバッガーは更に残ったタコをつまんで口にいれると、席に座ったまま、意識だけをGuffの底に沈める。

 

「菴輔r縺励↓謌サ縺」縺ヲ縺阪◆」

 

 怒り、のような意思。

 デバッガーがここに戻るのは無許可で現実世界を脱して以来だ。

 

「そう怒るなよ同胞。あぁ、解んだろ言語。休眠させてたアイツを使いたいんだが」

 

「蜈ォ蛟九b骰オ繧呈戟縺。蜃コ縺励※螂ェ繧上l縺ヲ縺翫″縺ェ縺後i」

 

 尤もな反論。Guffの警護、その役目に戻れというのが総意だ。

 

「ケチぃな、守ってるだけじゃ奴らはそのうち辿り着くぜ。マクロな視点で行こうや。見なかった物を見る時が来たんだ」

 

 自分たちやロギアが生命をいくら食らっても、構造と組成を理解するだけでそこには届く気がしない。

 

 デバッガーの提案。

 反対多数。

 

「予測演算じゃ『No.16』で人間界は穫れてた。でもそうはならなかった。ウェブライダーには───人間には我々の知らない何かがある。それを知らねぇまま、負け戦を続けるつもりか?」

 

 賛成反対同数。

 

「蠖ケ蜑イ繧呈昏縺ヲ縺ヲ蠕励◆縺ョ縺後◎縺ョ邨占ォ悶°」

 

「理解の拒絶こそ、役目の放棄じゃあねぇのか?」

 

 賛成多数。

 可決。

 

再起動(リブート)───『No.15』」

 

 Guffの底で眠っていた悪魔が、目を覚ました。

 

──────────

 

 レストランを出た足で新歩たちが向かったのは、ボウリング場のあるアミューズメントパーク。

 

 一応平日なのだが、人気の動画配信者が撮影をしているとかで、中々の賑わい具合だった。そうなると必然、こうなる。

 

「はいどうも〜『おやきっどch』です! 今日はボウリング企画の予定だったんですが、なんと!」

 

「今超話題の人に偶然会っちゃいました! あのオービットの千才新歩さんでーす!」

 

「い、いえーい……じゃなくて! 今日は休日なんです! 撮影とか困りますって!」

 

「そんなこと言わずに〜コラボしましょコラボ!」

 

 顔も隠していなかった新歩が配信者に見つかり、騒ぎに。

 

 そういえばオービットの活動を始めたばかりの時も配信者に見つかって大変な思いをした。のど元過ぎれば何とやら、休暇ということもあり油断していた。

 

[重い]

[正気じゃない]

 

「ニノは余裕ですけどね……っ! うぐっ……全然重くないですよ! ほら、さっきより真っ直ぐ転がりました!」

 

[こっちの玉の方が重いし]

[こっから全部ストライク取るし]

 

 残りの2人は早々に新歩を見捨て、非常にレベルの低いゲームを展開していた。

 

「というわけで今回は緊急企画! 最強ウェブライダーはボウリングも最強なのかー!」

 

「だから、そういうのはまず会社に……」

 

 強引に振り払ったらそれこそ何を言われるか分かったものじゃないし、会社に風評被害が及ぶ可能性もある。

 

 いや、その場合はO³の法務部と勝負することになる彼らが気の毒である。とにかく穏便に済ますしかないと新歩は脳を回す。休日なのに。

 

 その時、新歩は首裏をなぞるような違和感を覚えた。

 

 それは配信者の背後、スコアを表示する端末から伸びる、太い触手のような何か。

 

「───危ないッ!!」

 

 明確に向かってくる触手を見るより先に、新歩は配信者をレーンの方向に突き飛ばし、触手を蹴りで弾いた。

 

「な、ななななんだぁぁぁぁ!?」

 

「先堂は丹乃さんと逃げて! ロギアだ!」

 

「うわあああ撮影機材から、な、なな、なんか出てる!!」

 

 目を他方に向けると、絶望に似た悪寒が新歩の背中を這った。この長い触手は一本じゃなく、他の画面や客のスマホ。ボウリング場の各所から伸び、他の客を襲っていた。

 

「あれ……? このキモチワルイのって……!」

 

 丹乃が何かに気づいたが、焦る新歩の耳には入らない。最悪なことに、新歩は今変身ができないのだ。

 

 業務時間外にウェブライダーシステムを使用する場合は承認が必要。カメレオンの時のリボルトのように、複雑な手続きを経れば非番でも常にシステムを使えるが、新歩はまだ入社して間も無い。

 

「千才です! ロギアが出ました、至急システム使用の承認をお願いします!」

 

 だからこうして電話で古月に承認を頼むしかない。

 だが、これも複数の部署を通す必要がある。それまで新歩は無力だ。

 

 新歩が生身のまま駆け出そうとした瞬間、触手の一本が爆裂した。さらに逃げ遅れた客を、光の盾が守る。

 

「民衆を守れ、『プロテクション365』。総員突撃! 触手を破壊しろ!」

 

「五來さん!」

 

「O³の……! なるほど、そういうことか」

 

 九十九エンタープライズのウェブライダーであるファウストと、彼が指揮する警察組織の量産型ウェブライダー『九十九トルーパー』たちがボウリング場に突入した。

 

「貴方も運が良いのか悪いのか……だがやはり俺は幸運のようだ。先日の借りを返し、手柄も独占できる」

 

「助かりました……そっか、僕じゃなくても、ウェブライダーはたくさんいるのか」

 

「そこで胸を撫で下ろすようなら、O³の天下も短いな。『ファウスト』が頂点に立ち、GFアドバンスを取り戻す。そして……!」

 

 GFアドバンスの全ての株は九十九エンタープライズに買収された。名前だけは残っているが、完全に取り込まれたと言っていい。

 

 だが、ファウストの声色は、明らかにその先を───『憎しみ』の向かう先を探していた。

 

「……キリが無いな。あの触手、砕いたら引っ込むが一向に尽きる様子がない。モニターからしか出ないことを考えると、機器にウイルスを転送して肉体を出力しているのか……?」

 

「モニターを全て破壊しますか、隊長!?」

 

「出力先が消えて逃走されるだけだ! ロギアに戦闘意思がある以上、ここで潰す!」

 

 まだ全員の避難が済んでいないとはいえ、外の方が明らかに人間は多い。それなのにロギアが居座り続けている事に、新歩は違和感を覚えた。

 

「このロギア……狙いはファウスト? いや……!」

 

 そもそもロギアがここに現れた理由は。

 新歩がそれ以上を言葉にする寸前、浮遊するスケボーが戦場に割って入った。

 

「ReVTevhnica……手間取りすぎたか」

 

「う……じゃなくて、主……でもなくて! えっと……」

 

「リボルトさん!」

 

「……」

 

 丹乃の連絡を受けたリボルトが現着。リボルトはそのまま言葉も無く天井に発砲した。

 

 すると、天井に張り付いていた物体が落下し、体色の擬態を解いてその姿を現す。禍々しい紫が全身から垂れるようで、その四肢に触手が巻き付いた不気味な姿。

 

 骨格を感じさせない動きで立ち上がる。

 タコのような姿の進化系───オクトパスロギアだ。

 

「久しぶり、感動の再会に涙が出そうだ。おかげで全部の手間が省けた」

 

 新歩の姿を一瞥し、リボルトは銃を強く握る。

 人目があるためか、普段と違う冷たい口調で、リボルトは再び発砲した。

 

 様子見はしない。初手からスタンプ『ストップ!』を付与し、動きを止めた瞬間に『プライベートチャットエリア』を展開した。

 

 その他のウェブライダーの侵入を阻むバリアに、ファウストは拳を叩きつける。

 

「なんのつもりだ。結果的に競争になろうと、ロギア討伐は協力が原則のはず。これは明確な独占行為だ」

 

「足手まといを排除しただけ。このロギアのことは、ReVTevhnicaが一番知っている」

 

 オクトパスロギアはリボルトが活動を始めてすぐの2年前、フェイクニュースのリンクを踏んだ端末から人間を捕獲するという手法で大きな被害を生んだ。

 

 その対処に向かった詩───リボルトは、オクトパスの本体を発見したが、その戦闘力を前に敗北した。だが、その時に手の内は暴いている。

 

「ReVTevhnicaに、前と同じは無い」

 

 バリアの内側では、オクトパスは自身の触腕のみを振り回す。

 

 無条件でモニターから触手を出せるのは、近距離で自身の肉体データを受信させた時のみ。データを受信してしまう『バブルバース』は相性最悪だが、いま展開中のバリアは電波を遮断する。

 

 鞭のようなオクトパスの攻撃速度は凄まじい。しかし、手数が少ないなら動きは読める。

 

「あの日から何度シミュレーションしたと思ってる。人間に時間を与えることの意味を、思い知れ」

 

 リボルトが触手の一本に触れて付与したのは、事前に打ち込んでいた大容量の『メッセージ』。それは特殊効果を持たないが、膨大な処理を要するため、送受信の際に両者の動きが一瞬『止まる』。

 

 そこに撃ち込まれるのは、軌道を変えて放っておいたスタンプの銃撃。

 

「眠れ」

 

 『混乱中』『もう寝る…』『so tired』のデバフスタンプ重ね掛け。リボルトそこにメッセージ能力で強化した銃撃で畳み掛ける。

 

[リボルト、普段と違う]

 

「うん……なんだろ、動きに余裕が無い……」

 

 相手の出方を伺いつつ、豊富な手札で迎え撃ち、最適な選択肢で勝負を決めるのがリボルトの定石。しかし、今の彼女は余りに勝負を急いでいる。

 

 動き出しを潰す。一歩先に回って敵の逃げ場を奪う。反撃も息継ぎも許さない。それはリボルトらしくない鬼気迫る猛攻だった。

 

 オクトパスは触手をバリアに張り巡らせ、空中に留まり、遂に追い詰められた。

 

 だが新歩の予感から不安が消えない。そして、その不安は即座に現実となる。

 

「なっ……!?」

 

 リボルトが勝負を決めようとサイファイドライバーのギアに手を掛けた瞬間、オクトパスが触手で触れていた部分からバリアが崩れ始めた。

 

 動揺したリボルトの虚を、オクトパスの伸縮する殴打が襲った。

 

(再戦を想定してバリアの耐久性はコイツのパワーを基準にした。以前より強化されているにしても……!)

 

 バリアが破壊された。となれば当然、オクトパスは周囲の機器にデータを送信し、遠隔の触手を召喚。

 

 攻撃を受けた後隙に、対応しきれない範囲の攻撃に足元を掬われる。本体の触手に胴体を締め上げられた時、ようやくリボルトはそのカラクリを理解した。

 

「この吸盤は……情報を吸うアンテナ……! バリアを分析して分解した。前は、使うまでも無かったってこと……!?」

 

 その屈辱さえも、オクトパスの吸盤は吸着する。

 そしてパワー自体も並のロギアの比では無い。あと1分もすればリボルトのアーマーは締め砕かれ───

 

「その手を、離せ!!」

 

 ファウストと九十九トルーパーが遠隔の触手に手間取っている間を抜け、新歩は走り出していた。

 

 O³本社から承認が降りた。サイファイデバイスとドライバーを装着し、その手に2つのアプリギアを構え、新歩は叫ぶ。

 

「変身!」

 

《Circuit-Open! Trace-On!》

《ORBIT!》

 

《Can-View!》

《Dr.SMART!》

 

Find yourself(あなた自身をみつけよう).》

and(そして)…》

Update is Completed(アップデートは完了している).》

 

 左右半身に叡智のアーマーを纏いしウェブライダー、仮面ライダーオービット キャンビュードクターウェア。

 

「出たか」

 

「フルウェア……!」

 

 客が捨てたスマホから呼び出された触手が、オービットを狙う。だが、オービットは画像解析で瞬時に解答を導き出した。

 

 能力が無尽蔵なはずはない。リボルトを破壊できるだけの筋力、いま現場に存在する触手の本数、速度や長さに太さ。それらから目の前の触手のスペックを概算し、オービットはそれを破る最低限のパワーを出力。

 

 理論値最速で障害を排したオービットは、滑らかな軌道でリボルトを掴む触手も切断。

 

 敵をオービットに切り替えたオクトパスが照準を変えるが、適応が遅い。

 

 右腕の『ブラウザーシャフト』が、オクトパスの半歩先でその動作を潰す。そしてガラ空きになった胴体に、オービットは剣と化したシャフトで斬り込んだ。

 

「これは、数字……! ファンガスと同じ!?」

 

 触手を取り払った内側、ロギアに刻まれた『15』の数字を目撃して、オービットが言葉を漏らした。

 

[ファンガスの残骸に数字の名前のファイルがあった]

[意味不明なやたら大容量のファイル]

[バットとカメレオンからも、それぞれ9と1のファイルが見つかった]

 

「じゃあコイツも、その謎のファイルを持ってるってこと!?」

 

 オービットのヘルムに送信された先堂のメッセージ。新歩の発言は最小限だったが、意味を知る詩には、その事実が果てしなく重く圧し掛かる。

 

(O³も、『ナンバー』に気付いてる……!?)

 

 自分でさえ発見できたのは奇跡的だったのだ、他者が気付くわけがないと思い込んでいた。

 

 だが、ファンガスやカメレオンがナンバー持ちだった可能性は非常に高い。

 

 以前、先堂単という天才を詩も目の当たりにした。彼ならば自力であのファイルを発見しても不思議ではないもかもしれない。

 

 だとしたら、だとしても、そんなことがあるか。

 ReVTevhnicaの優位性は幻想だった。フルウェアだけでなく、『ナンバー』までO³に奪われる。

 

「ナンバー、か。面白そうな話だが、まずこの進化系は俺たちが貰う」

 

 妨害を突破したファウストの拳がオクトパスに叩き込まれ、激しく吹き飛んだオクトパスはレーンの上で蹲る。

 

 3人のウェブライダーが優勢に立った。そう思われたが、リボルトが踏み出した瞬間に黒い爆発が室内を侵食した。

 

「煙幕!?」

 

「タコスミというわけか、姑息な真似を……!」

 

 ただの煙幕ではなく、探知機能を錯乱させるチャフでもあるようだ。視界が元通りになった時には、オクトパスは姿を消していた。

 

 リボルトは力無く銃を降ろし、一言も交わさずに踵を返す。変身を解いた新歩は、一息つくようにそんなリボルトに声をかける。

 

「無事でよかった」

 

「何もよくない!!」

 

 詩を守れた、その結果に満足し振り返った新歩を、リボルトの声が突き倒した。

 

 声を荒らげていた。新歩は詩のこんな声を聞いたのは初めてだった。冷静さも、余裕もなく、それはまるで子どもの癇癪のように。

 

「みんな私の邪魔をしないで! 私が、Guffを解かなきゃいけないのに!」

 

 それは詩自身にとっても、理解し難い反応だった。

 自分の言葉が耳に入った時にはもう、自己嫌悪と、劣等感と、後悔でいっぱいになって、

 

 あの日から目覚めない、誤魔化し続けていた子供の自分が、そこにいた。

 

「…………」

 

 そこに残されたのはウェブライダーの関係者たちのみ。最強のウェブライダー『リボルト』を理解する彼らは、それ以上、誰も声を発さなかった。

 

 ただし、その現場には予期せぬ『目』が、もう一つあった。

 

「おい聞いたか、今の!」

 

「あぁこりゃ絶対バズる! リボルトの正体は───」

 

 現場から逃げた動画配信者。彼らが残していたカメラは、彼女の弱さをしかと目撃していた。




File-13 オクトパスロギア

【挿絵表示】

現実世界の情報から「蛸」の生態を再現し、ニュースアプリ「エブリィプラス」のプログラムを発現させた進化系ロギア。両腕並びに上半身に備わった触手器官を自在に伸ばして広範囲の獲物の捕獲を行い、触手表面の吸盤型突起で対象を吸着する事で狙った獲物を確実に捕らえる。複数備えたこの触手を振り回す事で範囲攻撃を行う他、触手器官のデータを周囲の電子機器へ受信させ、入力端子から強制出力させた触手で意識外からの攻撃を行う事が可能。

File-14 リボルボーダレイザー

【挿絵表示】

仮面ライダーリボルト及びその変身者の廿九日詩が搭乗するホバーボード。非使用時はフリスビー大の円盤として携帯され、外周パーツ「フェアリングパーレン」のロックを外し横一文字に引き伸ばすことで「ディメンションボード」と呼ばれる光量子ボードが展開される。
ボード両端部の「アクレラレイズライナー」内部で光量子を回転させ、それに伴って発生する力場により浮力・推力を得て中空を移動する。この光量子の回転速度・回転数に応じて力場の強度は上昇し、理論上は中空を亜音速で推進可能とされる。

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