仮面ライダーオービット   作:壱肆陸

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task.8 拡散性プロタゴニスト

 O³コーポレーション ライダー事業部 活動報告

 

 ファンガスの件による特別休暇中、千才、先堂が進化系ロギアに遭遇。緊急により勤務時間外のウェブライダーシステム使用を認可。現場に居合わせたReVTechnica、九十九エンタープライズと共に討伐を試みるも失敗。

 

 出現した進化系の痕跡は、警察からの情報提供から2年前に確認された個体と一致していたと判明。

 

 本件で休暇を中断した千才、先堂の両名には後日別途で休暇を与えるものとする。

 

─────────────

 

「あった、これだ」

 

 O³がライダー事業部の設立にあたって購入した、過去のウェブライダー市場のレポート。その中から新歩は、2年前の報告を発見した。

 

 フェイクニュースのリンクからウイルスに感染した端末が、人間を次々に捕食した事件。まだ極めて珍しかった進化系ロギア───識別名『オクトパス』が起こした騒動だ。

 

 そして、当時開発されたばかりのリボルトがオクトパスに接触し、敗北したという記録があった。定かでは無いが、この時のリボルトが詩だった可能性はある。

 

「だから詩さん、あんなに動揺してたのかな……」

 

 それもあるだろうが、違和感が残る。

 2年前なら詩はまだ18歳。法律で定められたウェブライダーシステム使用年齢制限ギリギリだ。研究者である彼女が、そこまでして戦う道を選んだのは何故なのだろう。

 

「また余計なことを考えているな」

 

「帯刀さん」

 

「特別休暇の辞退もそうだが、少しはペースを落とせ。どれもこれもと目を向けるのはお前の悪癖だ」

 

「そういう帯刀君も、ちゃんと特休取ってくださいね。労政から怒られるの僕なんですよ」

 

 部長なのに放任主義すぎる古月が珍しく口を挟んだかと思えば、保身の先回りだったもので、帯刀は溜め息をついて言葉を投げ返す。

 

「適当にでっち上げてください。使えない部長から席奪うのに忙しいんですこっちは」

 

 今日も帯刀の口振はキレが鋭く、今日も古月は業務時間の大半を欠伸とネットの無料ゲームで過ごしている。「ははは……」と苦笑いする新歩と、一切興味無しの先堂まで揃っていつも通りの光景だ。

 

「でも、オクトパスの強さは僕が……オービットが対処すべきです。詩さんも万全に見えなかったし、この件が尾を引いてるのかも」

 

「そんな繊細なタマには見えんがな。だが、ここ最近のロギアが強すぎるのは確かだ。その件については先堂から報告がある」

 

 呼ばれた先堂が、そこでようやく体の向きをPCから離した。

 しかし明らかに不機嫌そうな顔。新歩の巻き添えで休暇が無くなったせいである。

 

「だから先堂は休めばよかったのに……」

 

[自分だけ休むとサボりみたいだろ]

 

「それに、コイツの解読は急務だった。先堂抜きでは亀の歩みだからな」

 

[オクトパス戦で言った数字のファイルのこと]

 

 オクトパスと戦った際、体に刻印されていた『15』の文字を、新歩は発見した。ファンガスには『16』。先堂が言うにはバットには『9』、カメレオンには『1』があったという。

 

[16と9と1、あとこの間手に入ってた15の欠片。この4つをえらくややこしい方法で重ね合わせた時、ほんの一部分だけ解読が進んだ]

 

「言ってた意味不明なファイル、読めたの!?」

 

[言い方ミスった。何も読めてない]

[読めそうになったってだけ]

[あと1つナンバーがあれば、解読は一気に進む]

[これだけは間違いない]

 

「そしてもう一つ確かなのは、この『ナンバー』を持つロギアが異常に強いということです。仮に『ナンバー』を守る門番のようなものだとして、強化プログラムも兼ねてるんでしょう。そこまでして守る門の奥には、さぁ何があるんでしょうか」

 

 古月の言葉で、改めて認識した。眼前に迫りつつあるのは完全な『未知』だ。そしてそれは間違いなく、人間が軽々しく手を出してはいけない類のそれ。

 

 誰の頭にも浮かんだ、そう言い切れる根拠を、帯刀は復唱した。

 

「そしてロギアには管理者がいる。ファンガスの一件で現れたあの男……Guffの住人だ」

 

 『デバッガー』。人間の姿をした、あの不気味な何か。

 自信を『Guffの番人』と、彼はそう言った。そしてファンガスの例のように、彼はロギアを操ることができる。

 

「ロギアを劇的に強くするプログラム、ファンガスの力を考えると相当なリソースを注ぎ込んでるし、管理者までいる。『ナンバー』には一体何が……」

 

「余程のもの……としか現段階では言えないな。だがヤツはナンバーを持つロギアを、ここに来て連続で繰り出している」

 

「何か大きな事が起こっているんでしょうねぇ、わかりませんけど」

 

「とにかく今は解読を進めるのが最優先だ。そのためにオクトパスを獲る」

 

 曖昧で漠然とした言い方が、かえって新歩の中の不安を煽る。

 

「……詩さん」

 

 詩はこのことを知っているのだろうか。

 知っていたから、あれほど必死だったのだろうか。

 今、ReVTechnicaとリボルトが置かれている状況。どんな不安よりも、新歩はそれが気掛かりで仕方なかった。

 

 

───────────────

 

『みんな私の邪魔をしないで! 私が、Guffを解かなきゃいけないのに!』

 

 口から飛び出たこの一言が、あの時あの場にいた配信者(キャスター)に録画されており、動画化され、拡散された。

 

『いま私って言ったの分かりました? なんと、あの最強ウェブライダー、リボルトの正体は女だった! しかも口調から若い女の子なんじゃないかと僕たちは考えて───』

 

 今まで頑なに変身者を隠していたリボルトの正体。

 それがこんなに軽率な形で、人々に知れ渡ってしまった。

 

「詩ちゃん、気分はどう? 何か欲しいものある?」

 

「あぁ東雲さん、僕が買ってきますよ。今は女性が出ていくだけで危険です」

 

「すみません楢宮さん。いやほんと出勤も大変で……このクソ配信者よくもやってくれたわね! ねぇ楢宮さんこいつBANできないんですか!?」

 

「いやまぁ『Be-Cast』は当社が提供してるアプリですけどね。あんまりムキになって隠すのもよくないんじゃないですかね、多分……」

 

 ReVTechnica研究開発拠点、トランセンドベース。

 開発担当の東雲穏香が画面を割る勢いで、リボルト関連の動画を片っ端から通報、ブロック。それでも消しきれないほど、今やリボルトの正体を取り上げる動画は溢れかえっていた。

 

 リボルトは2年間『謎の最強ウェブライダー』として君臨していた。社長の意向ではあるが、結果的に他企業とは違う神秘性での売り出しに成功し、それが人気の要因の一つでもあった。

 

 そこに投下された『リボルト女性説』の決定的な証拠。

 それは余りにもセンセーショナルだったようで、誰も想定しないほど話題が肥大化してしまったのだ。

 

「最近はずっと本社に配信者や野次馬が殺到。問い合わせセンターはパンク状態。ネットは特定班が大騒ぎで、ReVの女性社員ってだけでストーカーやリボルトのアンチに粘着される始末ですよ」

 

「そうみたいですね、僕はその辺り疎いのでピンとは来てないですが……そりゃ主任もこうなってしまいますか」

 

 女性社員が多いトランセンドベースの中、騒ぎの渦中から逃れた楢宮は、苦笑しながら当事者の詩に目を向ける。

 

「シュージ、カップ麺できるだけギトギトしたやつ。あと菓子パンありったけ買ってきて」

 

 当然、そうなれば詩本人は外出もままならない。

 幸い詩の存在自体が秘匿されたものであるため、ネット上でもまだその正体に辿り着かれてはいない。このまま騒ぎが落ち着くまで隠れているのが得策だ。

 

「丹乃ちゃんは大丈夫だった? 変なことされてない?」

 

「えあっ!? えっと、ニノは平気です。はい……」

 

 オクトパスが再び現れてから、丹乃は明らかに暗くなった。

 責任を感じているのだ。間近にいたのにオクトパスに怯えるばかりで、この事態を防げなかったと。

 

 ───嫌な感じだ。不自由で、窮屈で、息が詰まるようだった。

 

 何時間も止まらない貧乏ゆすり。引き攣る表情筋。数分おきの舌打ち。その全部が詩の限界を物語っており、ついに彼女は椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

 

「───もう無理。行くわよシュージ、オクトパスを探しに出る」

 

「でも主任……」

 

「あれからオクトパスは中堅ウェブライダーを襲ってる。目星は付けられるはずよ。わかったら早く……!」

 

「楢宮さんを困らせないの、詩」

 

 閉塞したトランセンドベースの正面扉が開く。

 詩を諌める言葉で現れたのは、ReVTechnica社長、廿九日琴乃。

 

「ママ……私言ったわよね、リボルトの正体を公開してたらこんなことにはならなかった! いや今からでも遅くないわ、私がさっさと前に出て、こんな下らない騒ぎは終わらせる!」

 

「落ち着きなさい! 今出て行ってどうなるの? SNSをちゃんと確認してる? リボルトに関する的外れな推測や陰謀論、それを一身に受け止めることになるのよ」

 

「っ……それが……!」

 

「社長令嬢の若き天才研究者は、一時は脚光を浴びるかもしれない。でも民衆はもう架空の真実しか受け付けない。廿九日詩はエンタメとして一瞬で消費されるわ。母として、それを見過ごすわけにはいかない」

 

 正しさで母に勝つことはできない。わかっていたことだ。

 しかし、ここで引き下がることはできない。その先に来る言葉は、分かりきっていたから。

 

「もう終わりにしましょう? 『リボルト』は無期限の運用停止とします」

 

「待って!! なんでそうなるの、ママはそれでいいの!? パパがいなくなったのを、このまま終わらせていいわけないでしょ!!」

 

「社長決定です。今後はGuff探索に特化したウェブライダーを開発・運用すること。装着者は人事部で選定します」

 

 冷酷に、社長としての言葉がトランセンドベースに響いた。

 正解が何も浮かばない。詩の意地を肯定するような、そんな正しさはどこにも無い。

 

 今日もまた、ペダルを空回しするように時間が過ぎる。巨人の肩も、自分を追い越していった背中も、遠くなっていく。

 

 定時だ。いつも通り家には帰れないが、この研究所が酷く狭く感じた。

 

 どうしてこうなった?

 今は緊急時、こんな思考は非効率だ。自分の中で問答が循環してエラーを吐くだけ。それでも、原始のコンピュータにも劣るような無駄な演算を、繰り返さずにはいられなかった。

 

 あの時に感情任せになったのが悪い。

 オービットより先にフルウェアを出せてれば、ファンガスは獲れていたはずの成果だった。

 2年前にオクトパスに勝ててれば、母の過保護だってマシだった。

 デビュー時に無理矢理に正体を出していれば。

 最初から意地を張らずに正規の変身者に任せていれば。

 

 そうだ、最初から、あの夜に子供のままいることを選んでいたのなら、今ごろ普通の大人になれていたのだろうか。

 

 そうすれば、皆んなをこんな行き止まりに付き合わせずにすんだんじゃないか。

 

「詩ちゃん?」

 

 腕の中に顔を埋めていた詩に、東雲が声をかけた。

 詩は声に気付いてから少し間を置き、東雲に顔を見せないように頭を上げる。

 

「……なに」

 

 頑なに振り返らない詩の声は、少し絡まっていて、

 東雲は何も聞かず笑って言葉を続けた。

 

「お疲れ様。ちょっとリフレッシュしない?」

 

 

 

 

「……それで、どうして野球なんですか?」

 

「野球じゃなくてバッティングセンターですよ、楢宮さん。鬱々してる時は体を動かすに限る! 改善中のホログラムルーム、テストしなきゃとは思ってたんですよね」

 

「いやぁ僕そういうのにも疎くて……」

 

「研究者って社会経験ほぼ無いですもんね」

 

「そんなだからシュージは結婚できないのよ」

 

 巻き込まれた上に女性陣に厳しい言葉を浴びせられた独身40代男性、楢宮修司。彼らがいるのは研究所内のホログラム室。立体映像とナノマシンで再現されたバーチャルバッティングセンターだ。

 

「詩ちゃん野球は?」

 

「やったことない。あっちの大学では人気だったけど」

 

 詩が思い切り振ったバットは空を切った。遅れてボールの着弾音が聞こえ、詩は不機嫌そうにバットを下ろす。

 

「私、野球嫌い」

 

「球速下げる?」

 

「余裕よ、そのままでいい」

 

 隣で楢宮も空振っているのを見て、詩は隣にいる東雲に言った。

 

「呼んでもらってなんですけど、こういうのは僕より能西さんの方がいいんじゃないですか?」

 

「呼ぼうと思ったんですけど、丹乃ちゃん帰ってて。それに……」

 

「ニノには……かける言葉が見つからない。それに、私のせいでみんなには迷惑をかけたから」

 

 詩は弱々しく心の内を吐露する。

 今になって、後悔とか、申し訳なさとか、見ないように努めていたものの重さに潰されそうになる。だが、楢宮も東雲も、あっさりとした口調で返した。

 

「あぁ、それでさっき出て行こうとしたんですね。能西さんや他の社員を庇うために」

 

「O³に抜かされたとか言われてるけど、全然そんなこと無いし。私たちにとっては、ずっと詩ちゃんがナンバーワンよ」

 

 大人はいつも察しがいい。自分でさえ気づかないようにしてた部分を、当然のように見透かしている。だから詩は心の奥にあった本質を、思わず声として溢してしまった。

 

「私は、アラタになりたかった」

 

 詩はバットを構え直して、言葉を重ねる。

 

「私は最大効率で進んできた。でも私は、自分で思っていたよりもずっと、ワガママなだけの子供で……アラタみたいにはできなかった」

 

 入社と同時にオービットに選出され、Guff内で進化系を討伐。その後も次々と進化系を葬ってみせた、天才大型新人。

 

 そして、ファンガスの一件で千才新歩が魅せた活躍は見事なものだった。自分の意見と現実と会社の利益を全部を両立させた、将棋における神の一手のような、理論上最も美しい『正解』だった。その上、『ナンバー』にも自力で辿り着いてしまった。

 

 そこにあったのは、詩が成りたかった理想だった。

 

 詩は自分にもできると思っていた。

 でも、現実はそうじゃなくて、あの時の新歩の言葉通り『置いていかれた』のをようやく自覚できた。

 

「ねぇシュージ、シズカ。私はどうすればいい?」

 

 楢宮にとっては意外な光景だった。

 こんなに弱々しく、漠然として、自信がなさそうに他人に頼る詩は想像もできなかった。

 

「……僕は自分が天才と思ったことはありません」

 

「え、楢宮修司がそれ言いますか。嫌味ですか」

「面白くないわよシュージ、そのジョーク」

 

「手厳しい……いや本当なんです。いくら努力しても、研究と精査を重ねても、僕の頭上には常にガラスの壁があった。歴史上の天才には絶対に届かない確信がありました」

 

 楢宮はもうバットを空振ることは無くなっていた。

 球速とコースを計算し、的確な位置と角度でバットを当てる。こんなのは物理学を極めれば誰にでもできることだ。その証拠に、詩と東雲も既にほとんど空振っていない。

 

「それでも壁を持ち上げ、押し続けました。そうやってなんとか積み上げた自信も……廿九日詩に出会ったことで崩れ去った」

 

 突如ReVTechnicaに入社してきた少女。彼女の言葉、発想、行動、それら全部が容易くガラスの壁をぶち破る力を持っていた。

 

 不意に、詩のスイングがボールの芯を捉えた。

 飛んで行ったボールは部屋の最奥で止まり、『ホームラン』の文字が表示された。

 

 自分は一生かけても、絶対に彼女には勝てない。

 天才がどういう人間なのか、あの時やっと楢宮は理解したのだ。

 

「Guffが発見されてから、天才の定義は変わったように思います。効率よくソツのない答えを出すだけならGuffのテクノロジーが叶えてくれる」

 

「そうそう、私たちが大好きな詩ちゃんは、そんなところに収まる子じゃない。私たちは『完璧な誰か』じゃなくて、詩ちゃんについてきたのよ」

 

 東雲も両手を詩の肩に乗せ、楢宮の言葉に続く。

 

「私たちは詩ちゃんの滅茶苦茶さに人生を変えてもらって、ここにいる。娘に無理してほしくない社長の気持ちも分かるけど、それでも、私はもっとワガママな詩ちゃんでいいと思う」

 

「社長には僕が叱られますから、好きにやってください」

 

 何秒か、落ち着いて目を合わせる時間があった。

 久しぶりに息を深く吸えた気がした。

 

「……ありがとう」

 

 少しだけ軽くなった頭が、その時僅かな光明を見た。2人の言葉が背中を押して、頭の上に次々と新たな可能性が浮かんでくる。過去を振り返る暇がないくらいに。

 

 詩がバットを仕舞い、自信に満ちた顔で踵を返す。皆を置いていってしまうくらいの早足で、何も言わずに席に戻って思考を回すその姿は、いつもの彼女だ。

 

 誰でも登れる巨人の肩の上から、何をやりたい?

 『天才』とは、その新たな定義とは何だ?

 詩の答えはもう出ていた。

 

 翌日、詩はトランセンドベースの中心で宣誓する。

 

「やるわよ、フルウェア。予定は変更、『Be-Cast』を使う」

 

 不遜で対等。凡人には理解不能で、理論値で語る無茶苦茶な指示。いつもの詩が帰ってきたと、所内が沸き上がった。

 

 そんな中、浮かない顔で出社した丹乃に、暗さを撥ね飛ばす勢いで詩が詰め寄って言う。

 

「ニノ、私のことが見える?」

 

「へ……!?」

 

 詩はそう言って、液晶ペンタブレットを丹乃に差し出した。

 

──────────

 

 その後に見せたオクトパスの動向は、非常に単調だった。ロギアと戦うウェブライダーを襲い、姿を消す、その繰り返し。

 

 単調であると同時に、狡猾でもあった。

 以前の戦闘からオービットが自身を脅かす戦力を持つと判断したようで、オクトパスは露骨にオービットを忌避していた。

 

「いたちごっこ、だな。少しでも動けば逃げられる。バットの時のようにGuffまで追えればいいんだが」

 

「すいません……あれ以来うまく潜れなくて」

 

 帯刀が眉間を押さえて息を吐く。

 新歩がGuffで活動できないのは、いい。バットの一件は例外の極みだったと言われた方がまだ納得できる。あんな異常事態を頼りにはできない。

 

「問題なのは、こちらの行動が読まれ過ぎているということだ」

 

「まさか、内通者とか……!?」

 

「考えにくいな。そうでしょう古月さん」

 

「ですねぇ、それを防ぐための少数精鋭でもありますし。何より社内の人間がロギアと取引するメリットがありません」

 

「オクトパスの能力と捉えた方が自然でしょうね」

 

 情報収集と発信に特化したロギア。デジタルが支配する今の社会において極めて強力な個体と言わざるを得ない。

 

 何か仕掛けをされたとするなら、ボウリング場での交戦時か。

 

「じゃあ……ファウストも同じなんですかね」

 

「それは九十九エンタープライズの意向が大きいだろうな。あそこは昔から徹底して冒険しない社風、民間人の被害が出ない以上は様子見を決める気だ」

 

 ファンガスの時は恐らく廉太郎の強行が大きかったのだろう。こうなってくると前のような他企業との連携は難しい。なんとかオクトパスの裏をかけないかと思案する新歩に、先堂が焦った様子で手振りを飛ばす。

 

[ReVがなんかやってる]

 

 新歩と帯刀、古月も先堂が指さすPC画面を覗き込む。

 ReVTechnicaはあの暴露動画以降、明らかに表立った動きを見せなくなった。リボルトや詩のことについての情報も何も入ってこない。

 

 PCが表示していたのは騒動の発端になった動画配信アプリ『Be-Cast』の画面。ReVTechnicaの公式チャンネルが、1時間後に始まる予約配信を投稿していた。

 

[配信の内容は全部伏せてある。サムネはノイズ加工]

[でも待機所に人だけは集まってる]

 

「……謝罪会見、ではないか。ふざけすぎだ」

 

「廿九日さんは謝らないでしょうしねぇ、こういうのでは。こういうセンスはどっちかといえば娘さんの方ですかね。リボルトの正体を明かす気でしょうか」

 

「詩さん……!」

 

 新歩の体から血の気と熱が引いていく。

 配信の意図は分からないが、起こりうる事態は誰よりも早く察してしまった。

 

「もし詩さんが生配信に出る気なら……襲撃されます! オクトパスなら絶対に場所を特定してくる! 今すぐ助けに行かないと!」

 

「待て千才、行くったってどこに……!」

 

「まずはReV本社に!」

 

「おい! ……っ、外出届は出しといてください古月さん! お前も来い先堂!」

 

[あいつマジで]

 

 襲撃のリスクに詩が気付かないわけがない。十中八九これが何かの策だと分かっていても、新歩は動かずにはいられなかった。

 

 新歩はリボルトが負ける姿を見て、オクトパスに詩が殺される可能性が十分なものであると知ってしまった。いくら新歩が変わろうと、それだけは許容できない。思いを交わした人間の死だけは。

 

 エクステンストライカーを飛ばして新歩は最速の経路を行く。

 しかし、最速だからこそだ。バイクの進路を塞ぐように、その男は道路の真ん中を陣取っていた。

 

 迷惑者に構っている暇は無い。多少乱暴にでも避けようとした新歩だったが、その顔を見て急ブレーキをかける。

 

「おー、本当に轢き飛ばさねぇんだな。面白ぇ」

 

「『デバッガー』……!?」

 

「三度目、だな。青いウェブライダー」

 

 Guffの番人、ロギアの管理者。

 デバッガーが片眉を上げて新歩を待ち構えていた。

 

 読まれた、新歩はそう確信した。

 最短を進んだことが仇になったのだ。

 

「No.15には荷が重いと思ってな。まさかまた素通りなんて、言わねぇよな。ちょっくら遊ぼうぜ」

 

「悪いけど仕事なんだよ。通してもらう! 変身!」

 

《Circuit-Open! Trace-On!》

《ORBIT!》

 

《Can-View!》

Find yourself(あなた自身をみつけよう).》

 

 バイクから降りると同時に変身したオービットは、全速力での突破を試みる。しかしデバッガーは人間の姿のまま先回りし、片腕でオービットの加速を打ち切った。

 

「なんだ、2枚分にはならねぇのか?」

 

「硬い……! やっぱり人間じゃない!?」

 

「だからそう言ってんだ……ろっ!」

 

 オービットの側面を横薙ぎの衝撃が襲う。それがデバッガーの蹴りだと認識するまで、オービットの性能を以てしても0.5秒を要した。今まで戦ったどんなロギアよりも速く、強いのは疑う余地が無い。

 

「……ウェブライダーの情報収集だろ、お前の目的は。そんな魂胆には乗らない……!」

 

「そう言うなよ。弱い者イジメって言うんだろ、こういうの。好きじゃねぇんだ」

 

 トンネルの中に蹴り飛ばされて、暗闇がオービットの視界を鈍らせる。それで生じる動きの遅れに畳み掛け、デバッガーの殴打が次々と炸裂していき、最後に踏み付けるような蹴りがオービットをトンネルの壁に叩き付けた。

 

「仕事だからなぁ」

 

 そう言いながら薄ら笑う顔。老獪な猛者のようでもあり、力をひけらかす子供のようでもあり、ロギアよりも人間に近く、同時に遥かに掛け離れた存在。

 

 オービットの検索機能が、ただ『不可解』であると。この存在が危険であるとだけ強烈に警告していた。

 

「ロギアを使って……何を企んでいる。『ナンバー』持ちを使ってまで、何を!」

 

「マジかよ、そこまで来てんのか。やるなぁ。俺だって怒られてんだぜ?」

 

「答えろ! やっぱり……人間界を侵略する気なのか、Guffは!」

 

「そりゃそうだ。やられた分だけ、やり返せってよ。だから俺はこう思った、もっとやり返すにはどうすりゃいいか……ってな」

 

 直感的に身震いが走る。だが、それを言語化する時間を、デバッガーの猛攻は与えてくれない。

 

 やはりフルウェアを使うべきか。しかし、使ったからと言ってデバッガーを突破できるとは限らない。デバッガーは、それ程の脅威と言わざるを得ない。

 

「動くな!」

 

 その声に動きを止めたデバッガーの眉間を、光の銃弾が撃ち抜いた。その声の主は、新歩を追いかけていた帯刀だ。

 

[いや撃つんかい]

 

「的が止まったら撃つに決まってるだろ。無事か千才、コイツの面倒を見てたら遅れた。次からは置いて行く」

 

 ここまで車で来たものの、乗車までの道中で足をつった先堂が帯刀の後ろに隠れる。

 

 デバッガーの銃創が書き換えられて消えていく。銃撃程度では体勢を崩すこともできなかったが、全く効いていないというわけでもなさそうだった。帯刀は引き続きスマートガンの銃口をデバッガーへと向ける。

 

「あーそうか。わかった、小休止と行こう。時間だからな」

 

 デバッガーが指を鳴らすと同時に、空中に映像が浮かび上がる。

 そこにはカウントが表示されていた。ReVTechnicaの配信の待機画面だ。

 

「一緒に見ようぜ、あの赤いウェブライダーが死ぬところを」

 

「ッ……! お前……!」

 

「あぁ動くな動くな。お前らが無理矢理逃げれるのと同じで、俺だって無理矢理アイツら殺せるんだぞ。大人しく仲を深めようや、人間は好きなんだろ? 弱い者イジメ」

 

 オービットがどう動いても被害を避けられない。停滞を強いられ、考えが纏まらないまま時間だけが過ぎ───カウントは、0を示した。

 

 映し出された場所には見覚えがあった。

 『バブルバース』。以前リボルトが戦闘に用いていた、リボルト専用の仮想戦闘空間だ。

 

「なるほどな、Guffに近い空間を作りやがったのか。だが焼け石に水だぜ」

 

 感覚的にではあるが、新歩にも理解できてしまう。いくら仮想空間に逃げ込もうと、オクトパスならGuffを介して侵入してくる。僅かな時間稼ぎにしかならない。

 

 だが、そんな不安や焦燥は、次の瞬間に一撃で吹き飛ばされることになる。

 

『───やぁみんな、聞こえているかな』

 

 画面に女性のホログラムが映し出された。

 

 人間ではなく、いわゆる二次元のキャラクターだ。可愛いと美しいを傲慢に量取りするバランスで描かれた顔つきに、スラっと長い手脚が羽織るのは魔改造された機能性皆無の白衣。その下はこれまたやや現実離れした、恐らく学生服。

 

「なんだこりゃ」

 

「……さぁ」

 

 何が起きているのか誰も分からなかった。

 新歩に分かるのは、あのキャラクターのデザインが非常に優れていることくらい。しかし、そのデザインの奥に何か既視感がある。

 

[このデザイン、BubbleTalkの筆致]

[あの子だ]

[ReVのドジっ子]

 

「能西さんがどうして……?」

 

 元デザイナー志望の天才プログラマー、能西丹乃の名前が浮かんだ時に、既視感が線で繋がった。

 

 このキャラクターのデザインコンセプト、デザイナーの拘りが垣間見えるショートカットの髪型、そしてこの声と表情は───

 

「詩さん!?」

 

─────────────

 

 コメントが『バブルバース』を流れていく。

 『BubbleTalk』の機能で展開したエリアでのみ有効で、詩の動きに完全にシンクロするアバター。そして何よりこのデザイン。

 

 世界を絵で捉える能西丹乃の才能。その目が見る『廿九日詩』をデザインするように頼んで仕上げられたのがこのアバターだ。

 

 随分とハードルを上げてくれたものだと、最初は戸惑った。だがそれが仲間の中の自分だと言うのなら、全うしたい。だからこの作戦の決行を決めたのだ。

 

 ReVTechnicaに前と同じは無い。

 だから、誰が何と言おうとも、もっとずっと自由に。

 

「諸君が私に興味津々なのはここから見ていたよ。まぁ実に好き勝手やってくれて感謝してる。そこまで言うから、仕方なく、少し早めに挨拶しておこうかなって」

 

 流出した詩の言葉に合わせて、落ち着きはありながら少し子供っぽく。平時よりも言葉一つ一つに感情を乗せる。

 

 コメントが流れる。

『リボルトの変身者!?』『顔出ししろよ』『謝罪会見の自覚あるのか』

 

「顔なら出してるじゃん。私の時代じゃこれがスタンダード。それに、謝らないといけないことをした覚えは無い」

 

 彼女はコメントに返事をしながら、全身のディテールを見せつけるようにターンを多用してバブルバースを歩く。

 

『じゃあリボルトが女なのは認めるのか』『【朗報】リボルト女性説で確定』

 

「リボルトは私の時代の技術を以て、私が作り上げたんだ。私が使って悪いかな?」

 

『だから時代って何』『何の話』『これ何やってんの』

 

「私は200年後の未来から来た。未来を変えるためにGuffの解明に挑む美少女研究者さ。どうぞよろしく」

 

 コメントの流れが加速した。

 ただ正体を明かすなんて、そんなありきたりな行動はReVTechnicaじゃない。やるならもっと自由に、想像の上を行ってこそ。

 

 配信の借りは配信で返す。話題は話題で塗り替える。丹乃のデザインとモデリングに、東雲が調整したホログラム。トランセンドベース総出で考えたキャラ設定。完璧なものを叩き付けて、興味を掻っ攫う。

 

 その証拠に、コメントの何割かが否定ではなく、『質問』へと変わり始めた。

 

『名前は?』

 

「そうだね。200年後はGuffのテクノロジーでこの時代とは全く違うディストピアなんだ。私の識別番号は『U1_R19』、そんな世界を変えるために私は時を超えた」

 

 この質問を待っていた。

 彼女は宣言する。これが箱庭を破る、廿九日詩の新たな定義だ。

 

「巨人の肩からご機嫌よう、私は『U1(ウル)』。未来から来たバーチャル天才研究者、『ウル』だよ」

 

 バブルバースにコメントが溢れた。

 この地点から話題がネット中に広がっていく。上昇する同接数の熱に乗って、彼女───『ウル』は足取り軽く仮想世界を舞う。

 

『どうやって未来から来たんだよ』

 

「質問答えていくね。それはもちろんタイムマシンだよ、でも事故で壊れて帰れなくなっちゃったんだ。未来に帰るためにも、私はここでこの時代の文明レベルを上げてタイムマシンを作るしか無い」

 

『リボルトは未来のウェブライダーってコト?』

 

「ウェブライダーなんて化石の技術、私の時代には無いよ。だからこの時代に不時着した後、私が作ったの。知識はしっかり未来産だから安心して」

 

『職業は?』

 

「ReVTechnicaで雇われスーパー研究員やってます。めちゃくちゃ給料もらってるから派手な企画とかやりたいな。未来では超有名大学飛び級して超エリート科学者やってたガチ天才だよ」

 

『2039881×4421198=』

 

「9025449404738」

 

『はや』『電卓使ってんだろ』『ガチじゃん』

 

『どのくらい金持ってるんですか』

 

「自家用ヘリでブイブイ言わせてる」

 

 半分くらい事実だけど、逆に非現実的になってしまった。だからこそのバーチャルキャスター作戦でもあるのだが。これでも盛られまくった皆の案から詩が添削しているのだ。

 

 是だろうが非だろうが、コメントはもう『ウル』に完全に巻き込まれていた。

 

『趣味』

 

「この時代に来てからはアウトドアとかハマってるよ。スケボーがマイフェイバリット。あと最近はね、仮面闘士っていう昔のヒーロー番組を見てる」

 

『デビューおめでとうございます! ゲームとかはされないんですか?』

 

「この時代のゲームは面白いよね。今まで忙しかったけど、これからはガンガンやっていこうかなって。天才研究者のゲーム実況、見に来てねー♫」

 

『好きな食べ物とかありますか?』

 

「カップ麺とスイーツが好きかな。は? いいの未来人は太んないから。あと……甘い卵焼き、とか。納豆はきらーい。あれ好きな現代人が本当に理解できない」

 

『音楽関係はどう?』

 

「ギターを弾けて、歌はラップが好きだし得意。そのうち歌とか出そうかなって考えてる。まぁでも───それも全部生きて配信を終えられたら、だけど」

 

 泡の世界にノイズが駆け巡った。生じた黒点から生い茂っていくように、増殖する触手が歪みを抉じ開けて、侵略者は来たる。

 

「お客さんだね」

 

 配信画面上にも映る電子の悪魔の姿は、オクトパスロギア。

 コメントが荒波と化す。言うまでもなく当然、彼らは公開処刑を見に来たわけじゃない。

 

「騒いでいいけど慌てないの。いつも通り対岸の火事だと思って、手を叩いてればいい。安心して、放送事故になんてさせないから」

 

 想像よりも早い侵入、想定外だ。それでいい。

 天才は想定外を想定外で塗り替える生き物だ。

 

 ウルが銃───『ReVサイファイドライバー』と『BubbleTalk』のギアを構える。初めて電波へと乗る『リボルト』の変身は、四方から出現する触手に遮られた。

 

『うそ』『ウルちゃん死んだ!?』『ヤバいってこれ』

 

「はいここでウルのワンポイント講義。この空間は『バブルバース』。私の命令を受信する機能を持つけど、このタコちゃんの能力でも同じことができるんだ。こんな感じで」

 

 ギアを通して空間を変形させ強襲を凌いだウルは、余裕そうに視聴者に目配せする。今は両者でバブルバースへの命令権を奪い合っている状態、このままだとジリ貧だ。

 

 ならばどうするか。ウルは新たなギアを指に挟んだ。

 

「───誰かが言った、天才の定義とは何か。それは正解を導き出せる人間じゃない。天才とは通った道を正解にできる存在。私が谷を拓き、山を貫き、古い世界に新しい正解を魅せつけてあげるよ」

 

 ドライバーの『セントラルギア』に隣接するように『BubbleTalk』と『Be-Cast』が装填され、3つのギアが完全に噛み合った。

 

 スカートを翻して舞い、指を鳴らして、ウルは笑顔で歯車を廻す。

 

「変身!」

 

《Circuit-Open! Trace-On!》

《REVOLT!》

 

《BubbleTalk!》

《BeーCast!》

 

 笑顔が仮面に覆われて、上半身がマゼンタの装甲を纏っていく。その換装は腰元の境界線を超え、ハニカムの幾何学模様を描いて爪先まで黄色くパステルに光る。

 

Enjoy, popping life(弾ける毎日を楽しもう).》

plus(加えて)…》

Be anyone you want(なりたい『あなた』になろう).》

 

「追いついたわよ、アラタ」

 

 ミュートの内側で詩が呟いた。

 そして、チャットの大喝采の中、完全な姿としてリボルトが再誕する。

 

 無料チャットアプリ『BubbleTalk』×動画配信アプリ『Be–Cast』

 仮面ライダーリボルト バブルキャストウェア

 

「見せちゃうよ、天才ウルちゃんの堂々オンステージ」

 

『ギア2枚マジ!?』『オービットと同じやつ!』『フルウェアキターーーーー!!!』『Be-Castはエモすぎる』『ReVもか!』『フルウェアって言うんですかこれ』『リボルトもフルウェア!』『ウルちゃん天才すぎる!』『神』『フルウェアだーーーー』

 

 配信の高評価スタンプ───『Jam!』が新たな時代の到来を祝福する。

 

 追加装着されたアーマーの能力により、ハニカム形状の浮遊ユニット『ブロードサイト』が生成され、リボルトの周囲を旋回しはじめた。このユニットはリボルトの戦闘をあらゆる位置・角度から撮影し、配信に反映させることができる。

 

「やっほー見えてる? よしっ、じゃあ行こうか」

 

 弾む空間を踏み締めて、リボルトがオクトパスへと駆け出す。オクトパスは動き出しを確認して即座に能力を発信。その悪性命令を受信したバブルバースが、蛇のように畝る触手を生み出した。

 

「おっと危ない。悪い子だね、マスターは私だよ」

 

 避けるついでに入力したメッセージを、リボルトは銃撃に乗せて発射。被弾した触手が泡となって爆散し、命令に従って宙を踊る。

 

 その幻想的な光景に視聴者が湧き立つのを後目に、『カチコチ』のスタンプを付与した泡を足場にリボルトも舞う。

 

 しかし、そうなればオクトパスは命令を上書きした後、新たな触手を生み出すだけ。これは後出しジャンケンの繰り返し。こうなることは予測できたから、リボルトは前回バブルバースを使わなかった。

 

 『ブロードサイト』はリボルトの窮地も平等に撮影する。コメントに緊迫感が纏わりつく。

 

「私は可愛くか弱い女の子。これが続けば、勝つのはタフなロギア───なんてね」

 

 その時、勝利を予感し大振りな攻撃を続けていたオクトパスを、文字の洪水が襲った。それは従来のリボルトがやっていたようなメッセージ弾よりも圧倒的に大規模で、オクトパスが混乱に陥る。

 

 その正体は『コメント』。視聴者が書き込んだそれらは文字通りの『弾幕』となり、リボルトの援軍として火を吹く。

 

『フェイク乙』

『真に受けてるヤツ馬鹿すぎwww』

 

「はいっ、冷笑いただき」

 

 アンチコメを見つけて飛びつき、リボルトが地表に投擲。

 

 『BeーCast』で実体化した視聴者のチャットに『BubbleTalk』を適用させ、バブルバースに命令を与える。瞬間、オクトパスの足元が凍結して動きを封じた。

 

 リボルトと『ブロードサイト』が残像の軌跡を描く。

 

 オクトパスが命令を上書きする隙にリボルトが肉迫した。その速度に瞠目するオクトパスが腕を振り抜く。それよりも更に速く、リボルトの左脚が軟体の胴に突き刺さった。

 

「さぁさ飛ばすよ、瞬き厳禁」

 

 そこから数秒、オクトパスの動きが止まった。

 その間にリボルトは至近距離から発砲。

 

 ダメージと同時に『軽っ!?』のスタンプを付与されたオクトパスは容易く吹き飛ばされ、泡を蹴ってアクロバティックに先回りしたリボルトの左脚が、再び直撃した。

 

 停止させ、その隙に有効打を叩き込む。リボルトはこれを空間を縦横無尽に使って繰り返していく。

 

「痺れるでしょ。私の左足を喰らった敵は一定時間スタンする」

 

『ずっこい』『ハメ技じゃねーか』『これが天才の戦い方か…』

 

「はいそこうるさいよ。まぁ何発も当てるほど停止時間が短縮されるなんて、凡人のリスナー様方にはバレないだろうし?」

 

 オクトパスは思考する。停止の種明かしは喰らえば解析できることだ。そんなことよりも解せないのは───

 

「強すぎる?」

 

 リボルトの一言が的を貫く。

 そう、オクトパスが2年前に記録したデータよりも、つい先日のそれよりも、フルウェアを加味したとしても飛躍的にリボルトの身体能力が上昇しているのだ。

 

「君も感じるでしょ。みんなの熱狂、歓声、好奇の目線。フルウェアのリボルトは───インプレッションをエネルギー出力に変換する」

 

 風景を塗り潰すコメント。レンガのように積み上がる、数字の入ったカラフルなチャット。どこまでも昇っていく数字。その全てがリボルトの背中を押す。

 

 

「なんとか上手く行ってるみたいですね……ギリギリでしたけど」

 

 現実世界でPCから配信を見守る楢宮が、胸を撫で下ろす。

 

 開発から配信準備、各所への根回しまで含めて、本当の本当に限界の勝負だった。特にモデリングホログラムと装備を担当した東雲、デザインとアプリギアのプログラミングを手がけた丹乃は最大の功労者だ。

 

「きゃーーーーっ!!! ウルちゃーーーーん!!! 強い! 可愛い! 大・天・才!!!!」

 

「穏香さん、今! 今の見ました!?!? ファンサ神すぎます! あっダメです最高すぎて語彙力が。投げ銭するしかない。この尊さは投げ銭じゃないと表現できない」

 

 一番疲弊している功労者が一番大はしゃぎしているのは、これ如何に。会社から出る給料を会社に還元しているのもこれ如何に。

 

 だが、画面の中を所狭しと躍動するリボルトの姿を見て、楢宮も穏やかに微笑む。

 

「楽しそうですね、主任」

 

 楢宮は初めて出会った時から、この時を望んでいたのだ。

 世界が廿九日詩を見つける、この時を。

 

 国内トレンド1位。急上昇動画1位。同接数100万を突破。

 これがオクトパスを確実に葬るための策。今のリボルトは、最強という言葉でしか語れない。

 

「───!」

 

 オクトパスの吸盤がバブルバースの一部を吸収。そうして自身の触腕を肥大化させ、オクトパスが薙ぎ払いを放つ。

 

 だが、空間そのものを吸着するその必殺の一撃に、リボルトは正面から殴り勝ち、宙に浮かぶ『w』の文字で触腕を切断した。

 

 リボルトが迫る。銃口を向けられる。そして、気付いた。

 バブルバースにオクトパスのデータを送信できない。

 『ブロードサイト』から発生する何かが、バブルバースを塗り替えている。

 

「もう撮れ高は十分でしょ。『BeーCast』専用ファイアウォール『プロポリス』。これでもう、この世界は不正なアクセスを受け入れない」

 

 メッセージを付与された泡が巻き上がり、オクトパスの視界と逃げ場を塞いだ。そして、リボルトはドライバーの歯車を再び回し、両手で銃を構えて敵の中心を見据える。

 

《Circuit-Full-Open!》

《BubbleTalk!》《BeーCast!》

 

「───これで勝ち確ね」

 

 インプレッションをエネルギーに変換。それは当然、身体能力や機能の向上に留まらない。限界以上に加速した配信の『数字』は、純然たるエネルギーとしてドライバーへと集約された。

 

 膨大な力が銃口という一点に絞られていく。それはまるで、研ぎ澄まされた針のように。

 

《IGNITION-OVERDRIVE》

 

 余りにも速く、余りにも静かに、

 空間を歪ませる熱量を持つ極細のレーザーが、オクトパスを貫いた。

 

 その光が、あと()()()

 向けられた視線と殺意は、満天の星空の如く瞬いて。

 

「今日の配信はここまで。お相手は天才美少女研究者、ウルちゃんでした。じゃあまた、少しだけ先の未来で」

 

 リボルトが指を鳴らし、無数の閃光が爆ぜた。

 

 ───大爆発。

 

 あらゆる角度から射抜かれ、オクトパスは跡形もなく消滅した。

 爆風に乗って舞い上がる泡の中で、変身を解いたウルは投げキッスで配信を締め括った。

 

────────────

 

「ははははははははははっ! 面白ぇなオイ!」

 

 オクトパスが敗れたのを見て、デバッガーは腹を抱えて笑う。新歩もまた呆気に取られながらも、その心は沁み入るような感動で満ちていた。

 

 新歩はどこかで、廿九日詩という天才を侮っていた。

 それを自覚して笑いさえ込み上げてくる。

 なんて烏滸がましかったのだろう。彼女ならあの程度の逆境、乗り越えられないはずがなかったのに。

 

「見たか、僕たちは……お前らになんか負けない!」

 

「あー面白ぇもん見た。いいぜ、それでこそってもんだ」

 

 デバッガーがオービットから目線を外し、ゆったりと両手を挙げた。すると、彼の体が地中へと沈み始めた。いや、地中ではなく、この世界の裏側───Guffへの逃走だ。

 

「時期尚早で悪かったな。次こそちゃんと遊ばせてくれよ」

 

 消えていく姿を新歩は追いかけない。追ったところで失うものの方が大きいと分かっているから。この悔しさに従うことは、新歩の仕事じゃない。

 

───────────

 

 リボルトのオクトパス撃破───世間の話題性的には『ウル』のデビューによって、ReVTechnicaは名実共にウェブライダー業界のトップへと返り咲いた。

 

「すごいですね詩さん。史上最速で登録者100万行ったらしいですよ」

 

[歌配信で一気に跳ねたな]

 

「そうそれ、詩さんめちゃくちゃ歌上手で……いやぁ名前負けしてなくてすごい。でも結局、詩さんのことはバレないのかな」

 

[中の人を特定する動きは依然ある]

[無粋な輩共。家にカメムシ湧けばいい]

[でも業界の人間以外は名前も知れないくらいだし、大丈夫でしょ]

 

「くだらん話してないで働け。あの令嬢だぞ、どうせすぐ失言で炎上するのがオチだ」

 

 競合他社の躍進があった割には、O³コーポレーションライダー事業部の雰囲気は穏やかだった。というのも、新歩がその方向が苦手なのもあり、O³は広告戦略にあまり力を入れていない。

 

 探索や戦闘をバランスよく堅実かつ高水準でこなして利益を上げるO³に対し、今回でエンタメ性に全振りしたReV、意外と棲み分けはできているのだ。

 

 あれから『ウル』は瞬く間に大人気配信者となった。騒動の発端となった動画の配信者なんか蹴散らすレベルの影響力を手に入れ、今はもうあの件がネガティブな話題として出ることは無い。

 

「やっぱりロギアとの戦闘を配信するのがウケたと思うんですけど、意外とありそうでなかったんですね、そういうの」

 

「まずリスクが大きすぎる。負ければ死亡事故を流して会社が終わるからな。だから強さが前提になるが、そうなるとエンタメがグズグズになることが多い。お前みたいにな」

 

「うっ」

 

「アレはリボルトの馬鹿げた強さと技術力、配信映えするスタイル、彼女のマルチタレントぶり、BeーCastを運営するReVの直接バックアップがあって初めて成り立っている」

 

[真似する有象無象は出るだろうけど]

[確実に失敗するだろうな]

 

「ReVの社長の手腕で、あの世界は実質的な独占市場と化した。当分は飛躍的に業績を伸ばすだろうな。追い抜いたと思ったが、全くしぶとい連中だ」

 

 新歩もアナリストの三河から聞いている。ReVの今後の戦略として、ウェブライダーで二匹目のドジョウは無理にしても、『ウル』のブランドでバーチャルキャスター事務所を立ち上げる動きもあるらしい。

 

 価値があると見るや否や掌を返し、実の娘だろうと即座に戦略に取り込む。そんな琴乃の合理的すぎる決断力も恐ろしいが、発想自体は詩のものに違いない。

 

 まさに廿九日詩にしかできないやり方。新歩には、その声高な存在証明が素直に嬉しかった。

 

 そして確信した。ウェブライダーが行うべきはやはり競争ではなく、連携であると。一刻も早く警鐘を鳴らさなければ取り返しがつかなくなる。デバッガーという存在は、それほどに───

 

「千才君、メール見ましたか? すぐ対応するので準備してもらって」

 

「あっすみません古月さん。えっ……と、メール……」

 

 送信元はReVTechnica、トランセンドベース。詩がメールを送る時に使うアドレスだった。

 

────────────

 

「主任……時間ですよー」

 

「シュージうるさい。あと600秒寝かせて」

 

「そうさせてあげたいのは山々ですけど、先方を待たせるわけにもいきませんよ」

 

 詩が配信部屋の床で倒れているのを楢宮が起こす。普段の業務に加えて配信と広報活動。正気を失うくらい忙しいが、前のような息苦しさは感じない。

 

 『詩がウェブライダーをやる理由はあるのか』。それなら若い女性の研究者だからこそできる方法で勝負する。使えるものは全部使う。その不合理が、母の正しさへの返歌だ。

 

「ニノ。会議の後しばらく落ちるから、あと任せていい?」

 

「はいっ、ゆっくり休んでください! 今日はウルちゃんの鬼ゲー耐久配信あるので頑張ります!」

 

「どういう感情で言ってるのそれ。やるけど」

 

「あと社長からこれ、預かってます!」

 

 丹乃は今回の一件で自信を得たのか、前よりも精彩を放っているように見える。

 

 しかしここまで彼女が『ウル』にのめり込むのは想定外。いつも配信で東雲と一緒に凄い額の投げ銭をしているのを詩は見逃していない。そのうち指摘するべきだろうか。

 

 そんなことを眠たい頭で考える詩に、丹乃が渡したものは弁当だった。毎日母が欠かさず届けてくれていたのを、喧嘩してからは断っていたのだが、言葉にせずとも伝わってしまうのが親子というものらしい。

 

「……」

 

 詩は弁当を開けて絶句した。

 中身は『ウル』のキャラ弁で、海苔で「すすめ!ウタ!」の文字が。

 世間的に母がどう思われているのか詩は気にしたことが無いが、この極端さは詩の存在共々隠すのが賢明だろう。

 

「……流石に甘すぎ」

 

 容器の面積の大半を占める卵焼きを口に入れ、詩は呟く。

 

 腹を満たして詩と楢宮は本社の応接室へと向かった。オクトパスの『ナンバー』を手に入れた今、機は熟したと言っていい。

 

「ご足労かけたわね、あんまり外を出歩きたくなくて」

 

 集まったのは、O³コーポレーションから千才新歩と古月充吾、九十九エンタープライズから五來廉太郎と乙黒要介、そしてReVTechnicaの廿九日詩と楢宮修司。

 

「さぁ始めるわよ。Guffの解を見つける作戦会議を」

 

 

 




File-14 仮面ライダーリボルト バブルキャストウェア

【挿絵表示】


能力拡張支援ユニット「ブロードサイト」

【挿絵表示】


仮面ライダーリボルトが無料通話&チャットアプリ「BubbleTalk」と動画配信プラットフォームアプリ「Be-Cast」を同時使用したフルウェア形態。「ショットリプライヤー」とサイファイドライバーによる変幻自在の銃撃に加え、能力拡張支援ユニット「ブロードサイト」を生成・操作する能力を獲得。戦闘中「ブロードサイト」が撮影・編集した動画データをライブストリーミング配信する事で、視聴者数や「Jam!」ボタンによるJamポイント加算を機動力・攻撃力に変換、また視聴者からのコメントの具現化等が可能となる。足先の「シグナルプッシャー」はそれぞれ「踏み鳴らした回数×10秒間の高速移動(右足)」と「蹴った対象の静止・拘束(左足)」の能力を有しており、変身者のセンスと相俟ってよりトリッキーなバトルスタイルへと進展している。

File-15 デバッガー

【挿絵表示】


仮想電脳空間「Guff」から人間世界に来襲した謎の存在。人間の男性の姿をしているのはロギア同様に人間から奪った情報を再現しているためであるが、ロギアのそれよりも遥かに精度が高く、外見での判別は不可能。ロギアを管理・使役することに留まらず、人間界への侵攻する用途に限り「Guff」深部に保管された「ナンバー」を持ち出す権利を有する。戦闘においては現時点では特殊な能力を用いないが、素手のまま獣を思わせる凶暴性を剥き出しにし、雷電の如き速度と馬力で一方的な猛攻を展開するなど、進化系を凌駕する凄まじい戦闘能力を発揮する。
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