神保町チェンソー   作:岩ノ森

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だいぶ遅くなりました。ミノスをどう絡ませようか悩んでいたらずるずると遅くなってしまいました。


早川アキと神保町の1日

 早川アキの朝は早い。

 起床後すぐに洗顔、歯磨きを済ませ、自分で淹れたコーヒーを片手にベランダで新聞を読む。

 早朝の静けさと涼しさを味わいつつある程度情報を入れ終わったら、贔屓にしているブランドの煙草を吸い一服。その頃には同居人のデンジも起きてくる頃だ。もう一人の同居人は惰眠をむさぼっているが。

 

 ささやかな至福のひと時も終わり、そろそろ朝食を作る時間だ。この家では基本的にアキが炊事当番である。というよりアキしかまともに料理を作れる存在がいない。というか他二人に任せていたらどんな破壊兵器を作り出すか分かったものではない。

 もはやルーティーンと化している炊事を完遂すべく、キッチンへと向かうアキ。その前に思い出したことがある。毎朝配達される牛乳の存在だ。

 

 牛乳を取りにドアから外に出るアキ。そこに広がっていたのは。

 「へっへっへ、パワーんちの牛乳を空の牛乳瓶とすり替えて『えっえっ?』ってさせてやりますの。日頃から迷惑かけられてる趣返しですの」

 「・・・・・・・・・・・」

 「あっ」

 隣人の悪魔、邪神ちゃんの下卑た行為だった。

 

 「・・・・・・・・・・」

 「お、おはようございますですの・・・」

 「朝っぱらから何やってんのこのドグソ畜生がーっ!!」

 「げびひゃばっ!!!」

 邪神ちゃんは突然出てきたゆりねに壁に頭をぶちまけられ、頭蓋骨をひしゃげさせられた。

 

 「またうちの邪神ちゃんがご迷惑をおかけしました」

 「いえ・・・・・」

 邪神ちゃんが悪戯をする。それを見たゆりねが折檻という名の残虐行為を行う。アキはこのアパートに来てまだ日が浅いが、もはやその残酷映画顔負けの光景に慣れきってしまっていた。というか一種のルーティーンと化してしまっていた。

 「お詫びと言っては何ですけど、うちで朝食食べていって下さい。邪神ちゃんに作らせますから」

 「お、おい・・・。頭部粉砕されてる状態の悪魔に飯作らせる気か・・・」

 「今度は体ごと粉々になるわよ」

 「今すぐ作ります・・・・・」

 邪神ちゃんは頭がぐちゃぐちゃになった状態で、よろよろよろめきながら部屋に戻り、朝食を作りに行った。

 「・・・・・・・・・・・・」

 「どうかしました?」

 「ああ、いえ。うちの奴ら起こしてきます」

 アキはデンジとパワーを呼びに自室に戻る。その最中思った。

 (あの二人、岸部隊長採点で100点だろうな)

 と。

 

 

 

 という経緯で邪神ちゃんゆりね宅で朝食を取る早川家一行。静かな朝の厳かな朝食。

 「てめえパワー食い過ぎですの!客なんだからちったあ遠慮しろ!!」

 「うぬの臭い手で作った臭い飯を最強のワシが食ってやってるのじゃ!!それだけでありがたいと思え!!」

 になるはずがなかった。邪神ちゃんとパワーがいるのである。

 「何じゃこの飯の量は!!もっとたんまり食わせろ!!!」

 「お前の茶碗なんか米一粒でいいですの!節子の時代の飯と比べたら富豪も良い所ですの!!」

 ギャースカビースカと爽やかな朝に怒声が響き渡る。アキとデンジはなるべく二人をいない者と見なし、漫然と朝食を口に運ぶ。

 「二人とも、朝食は静かに」

 「ぎゃっ」「びっ」

 ゆりねの投げた箸が、二人の眼球に直撃し、脳髄まで達した。

 「なあ、刺し箸はいけねえってアキ言ってなかったか?」

 「・・・時と場合による」

 残酷ショーを尻目に、アキは朝食を食べ終わる。

 味は自分の作ったものより旨かった。

 

 

 

 騒がしい朝食タイムも終わり、早川アキはデビルハンターの仕事に向かう。今回は自分が住んでいる神保町の見回りである。

 見回りをしながら、アキは考えを巡らせる。

 (あの邪神とゆりねさんの主従関係、契約がないと言っていたが・・・)

 考えているのはゆりねと邪神ちゃんのこと。元よりアキは上司のマキマに頼まれ、数々の悪魔を従えているというゆりねの監視任務のため、この神保町にやって来たのである。

 (確かに身のこなしを見ていても花園ゆりねが単なる学生とは思えない。といってデンジと同じ悪魔と合体した人間とも思えない。あの邪神から力を借りているわけでもなさそうだ)

 契約も何もなしに悪魔と渡り合う、そんなゆりねの存在はアキにとって前代未聞だった。

 (どうやらまだ監視は続ける必要があるみたいだな)

 謎の少女、花園ゆりね。彼女が味方となるのか敵となるのか。判別がつくまで自分のこの街での生活は続きそうだ。

 

 「あ゛ぁ~~・・・。あ゛あ゛ぁぁ~~~~~・・・・・・」

 「・・・・・・・・」

 そんなシリアスな雰囲気になっている最中、アキはパチンコ店「人生シアター」から出てきた生気のない目をした邪神ちゃんと鉢合わせてしまった。

 

 

 「あ゛・・・・・。あ・・・・・・?」

 (しまった。目が合った)

 「おおー!チョンマゲですの!!頼む!金貸してくれぇ~!!!」

 邪神ちゃんはアキを見るなりスライディング土下座をかましてきた。

 「お前・・・こんな朝からパチンコ屋に入り浸っているのか?」

 アキは夏場の腐った残飯でも見るかのような目で邪神ちゃんを見下す。正直言って自分でもこんな冷ややかな目ができるとは思わなかったほどに。

 「私のせいじゃないですの!!私の中の“熱”が来いと!!人生シアターがお前が来ないと寂しいと囁くんですの!!!」

 「10割お前のせいだ」

 「頼む~!ゆりねから預かった夕飯の食費使い込んじまったんだ~!!このままじゃゆりねに殺されちまう~!!!」

 邪神ちゃんは涙やら鼻水やらで顔をぐちゃぐちゃにしてアキの脚にしがみついてくる。おかげで割と高めのスーツが台無しだ。

 

 「ゆりねさんからこう言われている」

 「へ・・・?」

 「邪神が金貸してくれと泣きついてきたら踏み砕いてでも金は貸すな、と」

 「ぞん“な”ぁ“~っ!!この恩知らず~!!朝お前の飯を工面してやったのは誰ですのぉ~!!!」

 「やめろ、人聞きの悪いこと言うな」

 「お願い捨てないでぇ~!!お前に捨てられたら私は川に飛び込んで死ななきゃいけなくなるぅ~~~!!!!!」

 昼ドラの女のようにすがりつくことで周囲の人々の同情を煽り、アキに金を出させようとする邪神ちゃんの卑劣な手である。事実、どんどん人が集まってきており中にはアキを指さしひそひそ話をしだす人も出始めた。

 「・・・・・・・・」

 自分には重要な任務がある。デビルハンターとしてその任務を遂行しなければならない。

 だが。

 (帰りたい・・・)

 アキは生まれて初めて、マキマの命令を無視してどこか遠くへ行きたいと思った。

 

 

 

 何とか邪神ちゃんを振り切り、見回りに戻ったアキ。

 昼食を取ろうと近場のレストランに入ったはいいのだが。

 「オラーッ!俺は強盗だーっ!全員手を上げろー!!」

 何故か寄りにもよってレストランで強盗と出くわしてしまった。

 (この町は異常者しかいないのか!?)

 心の中でアキは天を仰いだ。

 

 「おらーっ!怖い強盗だぞー!全員頭を伏せろー!」

 強盗はナイフを手にし、レストランの人間全員を脅す。客もスタッフも恐れおののき、机や床に伏せてしまっていた。

 (あの程度の強盗、隙を見れば抑えられるな)

 「そして俺は悪魔と契約してるんだー!警察を呼んでも無駄だぞー!」

 「!!」

 強盗の背中から凶悪そうな悪魔が顔を覗かせる。

 (そこまで強そうな悪魔ではないが・・・レストランの人間を巻き込んでしまう)

 アキも日頃から悪魔と戦っているデビルハンター。自分一人なら悪魔と契約した強盗程度倒せるだろう。だがこんなに多くの人がいる、それもレストランのような閉鎖空間で戦ってしまっては死傷者が出ることは避けられない。

 (面倒な事態になったな・・・)

 何とかけが人を出さずにあの強盗を抑える手段を探していたその時。

 「あの・・・」

 紙袋を被った妙な格好をした少女が強盗の前に乗り出した。

 

 (バカな!危険だ!!)

 「ああ!?なんだお前は!?殺しちゃうぞー!!」

 「私の目、見ていただけますか?」

 その少女は紙袋を取り、自分の顔を強盗に見せた。

 すると。

 

 「あ・・・・・・・」

 

 カキーンッ

 

 あっという間に強盗は悪魔ごと石になってしまった。

 (!?)

 「皆さん、もう大丈夫ですよ」

 少女は紙袋を被り直し、明るい声を皆に向けた。

 「何だかよく分からんが・・・助かった・・・・・?」

 「や、やったぞー!!」

 「紙袋のお姉ちゃんありがとー!!」

 人々から歓声が上がる。少女は照れくさそうに体をもじもじとさせていた。

 

 (あの石化能力・・・まさかマキマさんの資料にあった・・・?)

 ただ一人、アキだけはその少女に警戒心を持っていた。

 

 

 「あの、すみません」

 「はい?」

 レストランの事件が終わった後、アキはその少女に話しかけた。

 「私は公安のデビルハンターの者です。先ほどは事件を解決していただきありがとうございます」

 「ああ、いえいえ。当然のことをしたまでです」

 少女は謙遜するように照れる。

 「あっ、もしかして早川アキさんですか?」

 「ご存じでしたか?」

 「はい。ゆりねさんとパワーちゃんから聞いていたので」

 そう言えばパワーが最近自分にしもべができたと話していたことを思いだした。まさか相手が資料にあった石化能力を持つ悪魔「メデューサ」とは思わなかったが。

 「邪神ちゃんがいつもお世話になってます」

 「あ、いえいえ・・・」

 (下手な人間より礼儀正しいな・・・)

 悪魔の割に妙に上品である。アキは別の意味でペースを崩されていた。

 「あの、つかぬ事を聞くようで申し訳ないのですが・・・」

 「はい?」

 「何故あの場で犯人の目の前に繰り出したのです?犯人は悪魔と契約してました。もしかしたら危険が及んでいた可能性も・・・」

 「えーっと、正直怖かったですけど・・・。でも、何もしてない人たちが殺されるのを見捨てておけなかったので・・・」

 「・・・・・・・・・」

 天使か。とアキは思った。悪魔どころか人間でもこんな聖人君子はいないだろう。

 

 「・・・この度は感謝の言葉もありません。後日、公安の方から正式にお礼に伺います」

 「いえいえ、そんな」

 悪魔を退治するデビルハンターが悪魔に感謝するなどおかしな話である。だがこの悪魔が人を助けた、それもまた事実であった。

 (マキマさんはこの悪魔が危険と言っていたが・・・本当に正しいのだろうか)

 上司であるマキマのことは信頼している。だが目の前で起きた現実は、上司の言っていた事とは真反対だった。

 

 

 俺が良い意味で悪魔のことをもっと知りたいと思ったのは、これが初めてかもしれない。

 

 

 「おーっす、メデューサ。げっ、チョンマゲもいますの」

 「お前・・・」

 「邪神ちゃん!」

 アキが一人でシリアスな雰囲気になっていたところ、呑気そうに邪神ちゃんが現れた。

 「まあいいですの。おいメデューサ。約束通り金は持ってきたんだろうな?」

 「は?」

 「うん!またバイト増やしたから!でもゆりねさんには内緒だよ!?」

 「え?」

 「わーってるよ!こんなことゆりねに知られたら殺されちまうよ!お前はバカだなー」

 「あの・・・」

 アキは目の前で起きている現実を信じたくなかった。

 「これでまた人生シアターで一仕事できますの!じゃーなメデューサ!またよろしく頼むなー」

 「うん!またねー!」

 「・・・・・・・・」

 アキは頭痛を抑えるように、こめかみを押さえていた。

 「あんなこと言ってますけど邪神ちゃん本当は良い子なんで、これからもよろしくお願いしますね」

 「・・・・・・・はい」

 声を絞り出すしかなかった。

 

 

 (しかし、何故メデューサという名前でエジプト風の衣装なのだろう・・・?)

 メデューサと別れたアキは一人そんなことを考えていた。

 

 

 

 夕方、神保町も茜色に染まるころ、早川アキは帰路に着いていた。

 「ん?」

 公園の方から子供がはしゃぐ声が聞こえる。通りがかりに見てみると何かから逃げているようだ。

 (追いかけっこか)

 自分にもかつてあんな時代があった。と何だか懐かしくなった。

 その子供たちを追いかけていたのは。

 

 頭に角が付いた魔人だった。

 

 ギンッ

 

 「っとぉ!危ねえ!」

 反射的に刀を持ち飛び出したアキ。だが無情にもその攻撃は魔人にいとも容易く防がれる。

 (急所を狙ったはずだったんだが)

 「お、お兄ちゃん・・・?」

 「安全なところまで逃げろ」

 3人の子供たちを庇うようにアキは魔人の前に立つ。

 「いきなりで何だかよく分かんないけどさ」

 その魔人は青い髪に牛のような角を生やしていた。

 (マキマさんの資料にあった怪力の悪魔か)

 「喧嘩売るって言うなら買うぜ」

 向こうの悪魔も臨戦態勢に入った。

 今、神保町の小さな公園で、悪魔とデビルハンターの熾烈な争いが。

 

 「オッス、ミノス。何してんだ?」

 「おー!邪神ちゃん!」

 「は?」

 始まらなかった。

 「てかチョンマゲも何してんだ?中二病に目覚めた学生みたいに刀構えてよ」

 「なーんだ!邪神ちゃんの知り合いだったのか!それならそうと早く言ってくれよー!」

 「えぇ・・・」

 臨戦態勢に入ってたところなのに、気が抜けてしまった。

 

 「ちぇー!邪神ちゃん邪魔すんなよー!」

 「そうだよー。せっかく面白いバトルが見れそうだったのにー」

 「あの・・・、君たちはあの悪魔に襲われていたんじゃないのか・・・?」

 「んなわけないじゃん。ただ鬼ごっこして遊んでただけだよ」

 「・・・それなら戦う前に止めてくれ」

 「だって目の前でジャンプ漫画みたいなバトルが始まりそうだったら止める道理ないだろ?」

 「・・・・・・・・」

 アキはまたもやこめかみを押さえる。今日何度頭痛に襲われたか、数えるのすら億劫だった。

 「いやー、ごめんな!邪神ちゃんの知り合いだってのに戦おうとしたりして」

 「いえ・・・、こちらこそ誤解と言えすまないことをした・・・」

 「気にすんなって!あたしの体は丈夫にできてるからさ!」

 あっはっはと悪魔は豪快に笑う。気の良い悪魔もいたものだ、とアキは内心思った。

 「あたしミノスって言うんだ!」

 「・・・早川アキだ」

 「アキ!お前中々強そうだな!謝りたいって言うなら代わりに今度正式に戦おうぜ!」

 「いや、そういうのは・・・」

 「あっはは!冗談だって!でも考えてくれると嬉しいぜ!」

 ミノスはアキの背中をバシバシと叩く。なるほど、資料に違わずかなり力の強い悪魔のようだ。

 「じゃあ私今日夜勤あるからさ!みんなまたなー!」

 「「「うん!じゃあねー!!」」」

 子供たちがミノスに元気よく別れを告げる。慕われてるのは一目瞭然だった。

 「・・・・・・・・・・・・・」

 「お前今日私とよく会うなー。何かの縁だし金貸せですの」

 「貸さん」

 何となく、某ゆりねのように邪神を一刀両断したいと思うアキであった。

 

 

 

 明朝、いつものように牛乳を取りに外へ出るアキ。

 「あ」

 「おー、アキ!おはよう!」

 先日一戦交えかけたミノスがそこにいた。

 「このアパートに住んでたのか!不思議な縁だなー!あたしもこのアパートに住んでるんだー!」

 「この牛乳、ミノスが配達していたのか」

 「おう!金も稼げるし体も鍛えられるし一石二鳥だぜ!」

 今日日悪魔の方が働き者かもしれない。アキはそう思った。

 「というわけでさ!はい!」

 「・・・これは?」

 「お隣さんのよしみ!あたしからの奢りなー!」

 ミノスは牛乳を一本おまけしてくれた。

 「じゃあなアキ!今度また戦おうなー!」

 ミノスはそのまま馬車馬のごとく去って行った。牛なのに。

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・」

 「ん?どうしたんだよアキ?変な顔して」

 「いや・・・・・」

 アキは用意した朝食をつまみながら物思いに耽る。

 

 「長く居ても飽きなさそうだなと思ってな」

 「はぁ?」

 今日も神保町での1日が始まる。

 

 




アキくんには神保町でくらい幸せを掴んでほしい、と願いながら書いてます。
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