結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第五十八話:間違いを正す勇気

 

 中継は切られ、騒然となった演説そのものも大社の者達の手によって中断させられた。

 大社の大人達が対応に追われる中、裏手の控室では俺を囲うようにして若葉、友奈が問い詰める形を取っていた。

 

「キリちゃん、何であんな事をしたの?」

 

 単刀直入な問いだ。

 しかし、その声音からは一声で分かるほどの憤りを感じられた。

 

「……ごめん。友奈達の事を、あんな風に悪く言って」

 

 その返答に腕を組んで悠然と構えていた若葉は、ギリっと歯を食いしばった。

 

「っ、そんな言葉が聞きたいんじゃない。私は、お前が何故あんな発言をしたのか、その理由を聞いているんだ!今更、その内容がどうだったかなんてどうでもいい」

 

 内容を変えて再度投げかけられた問いによって、俺は若葉の意図を正しく理解した。

 それは本当に、彼女らしい怒りだ。嬉しさと、少しの自嘲を込めて微笑し、俺は答えた。

 

「あぁそういう事か……それなら、理由なんて語るまでもないだろ?俺はただ、向かうべき憎しみの矛先を()げ替えた。それだけだ」

 

 吐き捨てるようにして視線を伏せると、つかつかと詰め寄った若葉が胸倉を掴み上げた。

 

「何が『それだけ』だ!?お前は、自分のやった事の意味を本当に理解しているのか?あんな事を群衆の前で言えば、今後お前は……」

 

 俺はその手を払いのけて反論する。

 

「仕方ないだろ……ああするしか方法なんて無かった。逆に聞くけど、若葉には何か考えがあったのか?」

 

「それは……私があの場で人々に呼びかけて……」

 

 その返答を一蹴する。

 

「……若葉、確かにお前は凄いよ。そのカリスマ性があれば、大抵の事態は声一つ上げるだけでどうにかできるだろうさ。でも、今回ばかりは状況が悪すぎる。どう好転的状況を作っても、最終的には誰かがヘイトを請け負わなきゃならないんだ」

 

 勇者たちはその武力と反比例して、精神的には未熟な面が多い。

 ただでさえ精霊の加護の副作用で、心身が不安定になっているんだ。そんな彼女たちのいずれかに人々の不安を受け止めろなんて、言えるわけがない。故に、これは俺が負うべき責務であり、果たすべき役割なのだ。

 やり方が多少杜撰で酷いものだったのは事実だし、結果的にメリットとデメリットはとんとんだ。

 でも、目的は果たせた。

 それだけで、俺にとっては十分だった。

 

「どうせ、大社は責任を全部チカっちに押し付けようとしてたんだ。違うのは結果だけで……その矛先が俺になったってだけだ。あいつらだって思い通りに事が運んで、さぞ満足だろうよ」

 

 きっと、その一言が若葉の琴線に触れたのだろう。

 目を見開いた瞬間、室内に聞いたこともないような怒号が飛んだ。

 

「貴様ァ!!」

 

「若葉ちゃんダメ!」

 

 殴りかかる勢いだった若葉を友奈が羽交い締めにして止める。

 

「離せ友奈!こいつは、こいつは……っ!」

 

 当然の怒りを、まさしく当然のように発露しただけ。

 俺は別にそれを咎めるつもりもなく、ただ受け止めるつもりで冷淡に構えた。しかし、振り上げられた拳は届くことはない。そうした激情の最中で、ふと若葉が冷静になったのは背後からすすり泣くような声が聞こえたからだった。

 

「やめてよっ。もう……」

 

「友奈?」

 

 それまでの熱が嘘のように冷め、若葉は腕を下して背後に目を向けた。

 

「私達、仲間だよ?友達だよ?なのに何で、こんな……」

 

 すすり泣きは嗚咽に変わって、友奈は数歩後退ったあとに顔を両手で覆ってその場にへたり込んだ。

 もしかしたら、初めてかもしれない。友奈がそうして涙を流す姿を見るのは……いつも快活に笑う彼女からは考えられたないほど悲壮的な姿に、俺はバツが悪そうに俯くことしかできなかった。俺も若葉も、涙の理由を明確に知りながら、何も言葉なんてかけられない。

 

 やがて、騒ぎを聞きつけたひなたが部屋にかけつけた。

 彼女はすっかり憔悴した友奈に寄り添うと、若葉から事情を聞いた。そして、俺達に対して、憤りと、多くの後悔を含む声音で言った。

 

「状況は、何となく理解しました。お二人とも、今日はもう帰って頭を冷やしてください」

 

 その言葉に逆らう事なんて出来るはずもなく、俺と若葉はそれぞれ違うタイミングで部屋を後にし、ろくに話も出来ないまま寮へと帰る事となった。

 

 

 

 

 

 

 その夜、若葉は寮から程離れた石垣の上で、夜風に当たっていた。

 

「また、やってしまった……」

 

 あんな風になるつもりはなかった。

 しっかり話をして、その上でキリトを窘めるつもりだったのに、気が付けばお互い言い合いになって激情は抑えの効かない所まで来てしまっていた。少なくとも、友奈を泣かせるほどに冷静さを失い、激昂したのは完全に若葉自身も不徳の致すところだった。

 

 キリトの言い分は……手段はともかくとして、ある一点では的を得ていた。

 若葉は知っていた。彼女とて、本気で民衆の不安や怒りを言葉一つでどうにかできるとは思っていなかったのだ。しかし、その上で批判されようとも勇者達を守ろうと決めていた。

 

 しかし、それはきっとキリトに言わせれば絵空事だったのだろう。

 事実だけに焦点を当てれば、もっと理性的で、かつ合理的に問題を解決する方法はあっただろう。それはキリトの明確な落ち度だが、それを責める資格は若葉にはない。少なくとも彼女自身はそう考えている。

 だが、その行動を正しいと認める事も、彼女にはできる訳がない。

 

「謝るべきか……いや、しかし……」

 

 言い方が悪かった事は認めるが、だとしても今回のキリトの行動は度が過ぎていた。

 確かに一側面から見れば、あの行動にも筋や理は通っているのだろう。しかし、どうも大局的な部分が見えていないように思える。普段の冷静沈着なキリトなら、少なくともあんな自暴自棄みたいな方法を取るとは考えにくい。

 

 何かが変わったのは確かだろう。それによって、キリトが吹っ切れたのも理解できる。

 しかし、吹っ切れるとは時として恐ろしい結果を招くことも多々ある。迷いがなくなるという事は、つまり恐怖心の欠落に言い換えられ、本来なら理性的に踏みとどまれる事にも、平然と手を出してしまう可能性を秘めているからだ。

 

「ならば、私はやはり止めるべきなのか?」

 

 自問自答したって分かりはしないのに、そう問わずにはいられない。

 

「若葉ちゃんがそうしたいなら、そうすればいいんじゃないですか?」

 

「……っ!?」

 

 不意に背後から声がして振り返ると、そこにはひなたの姿あった。

 

「ひなた、どうしてここに……というより、いつから聞いていた?」

 

「殆ど最初からですよ。こんな夜遅いのに、寮から出る若葉ちゃんが見えたのでついてきたんです」

 

 そんな風に言って自然と若葉の隣に立ったひなたに、若葉は顔を俯かせるしかなかった。

 

「そうか……また、情けない所を見せてしまったな。だが、私は……」

 

 その先は若葉の迷いだ。しかし、だからこそ安易には口に出来ない。

 言葉が喉元で詰まると、中々それ以上は言い出せないものだ。だが、それを雰囲気や空気感で察せられるのが親友の特権というやつなのだろう。ひなたは微笑み、頷いた。

 

「夜風のおかげで、頭は冷えたみたいですね。……それなら、若葉ちゃんのやりたいようにやるのが、一番だと思いますよ?」

 

「私のやりたいように?」

 

 ひなたは首肯し、言葉を続ける。

 

「だって、桐ヶ谷さんがやりたいようにやったんです。それなら、若葉ちゃんにだってその権利くらいあると思います」

 

「いや、そんな単純な話じゃ」

 

「単純な話なんですよ。これは……」

 

 若葉は反論しようとしたが、途端ひなたの顔に浮かんだ言い知れない悔いの色にそれ以上は何も言えなかった。

 

「私には、そんな単純な事をする勇気すらありませんでした。止める手段も選択肢もあったのに、それらを取れなかった。……でも、若葉ちゃんは違います」

 

 真剣にそのものな眼差しが若葉を見つめた。

 

「若葉ちゃんの望む事を考えてください。その為に自分がどう行動すべきかを決められるのは、若葉ちゃんだけで……私にはそれを、後押しする事しかできないんです」

 

 ひなたはキリトの行動を認めてしまった時点で、若葉の選択も必ず認めるという風に、自分の中で決めていた。

 これは二人の、勇者の問題だ。大分こじれてしまったが、大社も、バーテックスも関係なく、勇者どうしで解決すべき事だ。残念ながら、今勇者として戦場に立てる者は三人とごくわずかだ。そして、優しい友奈にそんな事を任せるのは酷だろう。

 ならば、今何かを変えられる可能性を持つのは若葉だけだ。

 

「私の、望み……」

 

 バーテックスから人々を守り、人類の地を取り戻すこと。

 だが、これは『勇者』としての大義だ。若葉が自身がどうしたいのか。間違いない事は一つだけあって、それは今回のキリトの行動を絶対に認められないという事。だが、認めないだけでは意味がない。

 若葉はただ、皆で一緒に同じ道を歩んでいきたいだけなのだ。

 

 誰かを守るために誰かが犠牲になる。そんなのは決して、容認したくない。それは自分も含めてそうでなければならないのだ。

 

 無論、キリトにだって言い分はあるだろう。並々ならない事情があるのは想像に難くないい。だけど、それを聞き出せるのだって生きているうちだけなんだ。後からこうしておけばよかったとか、それが虫のいい考えなのは……散々思い知った。

 そんなのは、もう沢山だ。

 

「そうか……」

 

 考えればひなたの言った通り単純な事だった。

 これは意地だ。キリトと若葉の両方に、自らが正義とする意地があって、キリトは先にそれを実行したまでに過ぎない。何事にも報いを、それは若葉が既に解脱しながらも、過去には確かに囚われていた言葉の一つだ。

 だが、若葉の根元にある心情は、結局これに多分な影響を受けているのだ。故に……

 

「そうだな。ひなたの言う通り……あいつの好き勝手にも、そろそろ雌雄を決する時が来たようだ」

 

「若葉ちゃん……因みに、どんな風な事をするつもりなんですか?」

 

 相手が友ならなおの事、若葉はそうしなければならない。

 これは、彼女をおいて他の誰にもできない。

 

「なに……あの分からず屋の馬鹿に、一つ灸を据えてやるだけさ」

 

 言って、若葉は微笑しながらスマホをタッタと軽く操作した後に、ひなたに見せた。それを見て、ひなたは一瞬驚いたように目を見開いた。

 

「これは……いえ、実に若葉ちゃんらしいと思います」

 

 けれど、すぐにその表情は優しいものへと変わる。

 若葉が見据えるのは、丸亀城本丸の向こうにある人類の最終防衛ライン。大橋だ。




この二次創作、非常に難しいです
100話目の大台に突入しても、作者は頭を抱えまくりながら床を転がってます
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