結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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のわゆ編最終回です


エピローグ:始まりの物語

 

 固い地面……否、樹海のつるの上で私は目を覚ました。

 

「ここは……そうか、私はあの後意識を失って」

 

 二体の大型バーテックスを倒して、その後駆け付けたキリトと幾度か言葉を交わしたのは覚えているがそれ以降の記憶がない。周囲を見渡すと樹海化は解除されていないようだが、既に小型バーテックスの姿すら見当たらない。

 

 戦いは終わったのか?

 

 疑問は頭をもたげるが、それを確かめるには動くしかない。

 未だに傷が痛み、体は悲鳴を上げるが、少し眠ったお陰で動くだけの体力は回復している。幸いな事に近くに友奈の姿はすぐに見つける事は出来て、横たわる彼女の傍に駆け寄った。

 

「友奈!」

 

 見れば、彼女も酷い傷だ。

 もう戦えそうにないというキリトの判断はまさにその通りで、逆にこれ以上無理をしていたなら彼女は死んでいただろう。そっと体を抱き起こすと、「うぅ……」と薄いうめき声上げるだけで目を覚ます気配はない。

 だが、息はある。

 その事実に安堵して、再び彼女を寝かせた。

 

「息はある、怪我は酷いが命にかかわる程じゃない。本当に、良かった……」

 

 涙が溢れそうになるのを寸前で留める。

 

「すまない友奈。もう少しだけ待っていてくれ」

 

 まだ見つかっていない奴が居る。黒いコートを纏った剣士の無事を確認できるまでは、泣くことは出来ない。私は友奈をこの場に置いていく事を惜しく思いつつも、樹海へと飛び出した。

 

「キリト。頼む、無事でいてくれ」

 

 キリトの姿を探すうちに、私の足は大橋の近辺までやってきていた。

 

「あれは……!」

 

 すると、そこまで来てようやくその姿を見つけた。

 小さくだが、黒いコートに傍らにある二本の剣はキリトの物だ。私は急いだ。あの剣士が無事でなくては意味がない。何より、あれほどの強者が負ける姿も約束を違える事も想像が付かなかった。

 だから私は、心の何処かで安心していた。

 そんなはずはないと、有り得ないと決めつけていた。あるかもしれない、むしろ十分にあり得る悲劇を見ないようにしていた。

 

「キリト、無事で………え?」

 

 その近くまで来て、私はようやく現実を直視した。

 折れた両足と、閉じた両目。どんな事があろうと負けなかった剣士はそこに、力なく倒れ伏していた。それだけならばいい。無事なら、どれだけの怪我をしていても生きているなら良かった。命さえあれば、どうとでもなる。

 ただ、大きな怪我をして、私や友奈のように倒れているだけ……

 

 ならば、どれだけ良かったことか――

 

「おい、キリト?」

 

 声は震えていた。

 焼けただれた半身と、ボロボロになった黒いコート。髪は短くなって、中性的でありながら綺麗な顔立ちも火傷で見るも無残な状態になっていた。それを見て、無事だなどと言えるほど私は能天気ではなかった。

 

「キリト……キリト!しっかりしろ!」

 

 間違いなく、致命傷だ。

 私が意識を失ってから、どんな熾烈な戦いがあればここまでの事になるのか……

 そもそも、最後に見た時は消耗こそしていても傷一つ負っていなかった。という事は、恐らく大社の言っていた『超大型バーテックス』が襲来し、キリトはそれと一人で戦ったのだ。それがどれだけの死闘だったのかなど、この傷を見れば想像に難くない。

 

 大型バーテックスを複数相手にしながらそんな芸当を出来る奴が、ここまでの傷を負う相手だったという事だ。

 そして、私はそんな強大な敵を残しておきながら何をしていた?

 

「頼む、目を…覚ましてくれ。頼むから……」

 

 ――何が『守りきれた』だ。

 

 何も、守れていないではないか……

 私が呑気に寝ている間に、キリトはこんなにも傷付いた。私が居たからといって、こうはならなかった等と言うつもりはない。だが、戦いの場に立つ事さえ出来なかった様では、もはやそれ以前の話だ。

 

「う……うあぁ……」

 

 涙はもはや止める事など出来なかった。

 ぽつぽつとこぼれた雫が、キリトの頬を濡らしてく。そうして数秒か、あるいは数分か、正確には分からないが……幾ばくかの時間が経った時、不意に私の頬に誰かの手が触れた。

 

「なに、泣いてんだよ……?」

 

 掠れた声で言った。

 

「キリト!?大丈夫なのか……?私は……私は……」

 

 言葉が纏まらない。

 声が震えて、まともに言葉にならない。そんな私を見て、キリトは仕方ないとばかりにふっと笑う。

 

「いいんだ……もともと、これ以上の結末なんてなかった……」

 

「何を言って……」

 

 言葉の意味が分からなかった。

 すると、キリトは少し申し訳なさそうにして口を開いた。

 

「ごめん、先に謝っとく……もう、あまり長くないみたいだし」

 

 諦めというには、あまりに穏やかな声音だった。

 達成感を滲ませた、やりたい事を全部やったとでも言いたげな様子に私は唇を噛む。

 

「そんな顔するなって………そんな風に泣いてたら、折角の美人が台無しだぞ?」

 

「お前は……!こんな時まで、何故そうも……」

 

 こんな状況になってまで軽口を叩く。

 でも、こいつはそういう奴だ。仲間が泣いていたら、自分がどれだけ辛くてもそっと手を差し伸べる事が出来る。それは、私にはない強さだ。

 

「………もう殆ど、感覚も無い……こうして喋れるのも、勇者の加護のおかげなんだ」

 

 そう、こんな致命傷でも意識があるのは勇者の加護が風前の灯火を保っているからだ。

 私もいい加減分かっている。キリトはもう助からない。喋れているのすら本来なら奇跡で、だからもう言いたい事をいわせて楽にしてやるべきなんだ。こんな風に泣いてばかりいては、それが出来ないままになってしまう。

 乱暴に涙を拭って、しゃんとする。

 それが、勇者のリーダーとして今出来る唯一の事だ。

 

「ありがとう。皆にも、そう言っといてくれ………あと、ひなたには『面倒かけてごめん』って……それと……」

 

 段々と話す言葉も拙くなっていく。

 それでも、私は涙だけは流すまいと必死に堪えた。

 

「ああ、ああっ!何でも言え、何でも聞いてやる。私に出来る事なら、何でも……」

 

 最後まで、一言一句余さず言葉を聞いてやるのだ。

 それしか私には出来ない。もしその命をかけて足りない事なら、魂すらかけて応じる。その覚悟が、今の私にはあった。

 

「そりゃ、いいな……あぁこんな事なら、もっとお前が困る様なのを、何か考えとけば良かった」

 

 少年のような笑みを見せる。

 そうか、それがお前の本当の笑顔なんだな。問題行動を起こす癖に、球子と一緒にいたずらする癖に、いざって時は大人びていたキリトの年相応の顔。出来る事なら、もっと早くに見せて欲しかった、何者にも縛られない等身大の笑み。

 

「じゃあ、そうだな………」

 

 ちっぽけでありながらあまりにも尊い願い。

 

 

 

 

「皆、元気で生きてくれ」

 

 

 

 

 

 だが、それが決して、当たり前のものじゃない事を私は知っている。平和も、安らぎも、幾つもの犠牲の上にようやく成り立つ。それだけの苦労をしても壊れる時は一瞬で、だからこそ万感の思いを込めるに値する。

 

「……っ!分かった。私は、私達は、お前の願いの分まで生きる。沢山笑いあって……お前の思い描いた景色の中で、力強く生きると誓う!」

 

 ようやく言う事が出来た。

 それを聞いて、キリトはちょっと驚いたような顔をすると、すぐに安らかに表情を緩めた。

 

「おう。頼んだぞ、リーダー」

 

 その言葉を最後に、ゆっくりとその目は閉じる。

 旅立っていく。

 剣士は、今この時から何処かへ。もう二度と目を覚ます事はない。内に留まっていた魂とも言うべき何かの消失を感じて、私はあまりにも大きな喪失感を味わう。

 

「っ……あ……あぁ……」

 

 それが最後だった。

 

「うあああああああああ……!」

 

 声を上げて、幼い子供みたいに泣いた。

 樹海が解けた後もずっと、その体を抱きしめて私は泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 あまりに多くの事があった。

 私も、友奈も、あの戦いで負った傷は大きく一時は生死も危うい状況だったものの、大社の医療技術と神樹の加護のお陰もあって、奇跡の生還を遂げた。

 だが、同時に帰らなかった者も居る。

 

 黒衣の勇者――キリト。

 

 その死は、民、大社、そして勇者に大きな衝撃を与えた。

 最後の戦いで、一人目の犠牲者が出てしまった事は、それだけ重い事実となって勝利の余韻に影を落とした。

 

 勇者であれば、戦いの中で命を落とす可能性だって十分にある。バーテックスは強大で、それは実際に戦った勇者達であれば誰しもが知っている事だった。故に覚悟はしていた、しかし同時に『変わらない姿』で帰ってくると信じていた。

 

 共に戦っていた私達ですら想像だにしなかった、剣士の死。

 だが、キリトは勝った。

 勝っていたのだ。

 

 ただし、自身の命を拾い上げる事だけが出来なかった。

 

 

 

 目を覚ました頃には、既に八月は終わり、九月になっていた。

 まず、キリトの葬儀は本人が事前に希望していたのもあって、勇者や関係のある巫女といった関係者だけで行われた。

 本来なら四国を守った英雄として、然るべき式をするべきだとは思ったが、それも本人が望んでいないなら仕方がない。

 

 皆、葬儀が終わってもずっと泣いていた。

 それだけで、かの剣士がどれだけ大切に思われていたのか分かる。

 

 葬儀の翌日、ひなたの口から私達に『キリトの背負っていた代償』について語られた。

 記憶の損失により、最後の戦いの時点では既に取り返しのつかない状態で、それを聞いて私はようやく最後の言葉の意味を全て理解した。

 

 当人が記憶保持の為に付けていたという日記も見せてもらったが、この日記こそ私が誕生日に贈った物で……

 その内容もまたあまりに筆舌に尽くし難いものだった。

 

 何より、それら全てを知らずに居てなお、キリトを最後に一人にしてしまった事にとめどない後悔を覚えた。

 

 

 

 結局、約束の夏祭りにも行けないまま、私は今もこうして病室のベッドの上で安静を取らされている。

 

「若葉ちゃん、入りますよ」

 

 言って、ひなたが入ってくる。

 

「ひなた。すまないな、忙しいのに毎日来てもらって……」

 

 目を覚ました時、傍に居たのもひなただった。

 彼女は最後の戦いから、以前とは比にならない程に忙しなく様々な事を行っている。その詳細までは知らされていないが、私がキリトの最後の言葉を伝えると、彼女は一粒涙を流したきり何かを決意した様だったのを覚えている。

 

 今にして思えば「面倒をかける」、これが「後を任せる」という意味なのは、私にも何となく分かった。

 

「いえ、私がしたくてしてる事なので、気にしないでください」

 

 負担にしてる風もなくそう言う。

 ベッドの傍らにパイプ椅子を持って来て座ると、窓の外に視線をやってから彼女は言った。

 

「もう一か月ですね……」

 

「ああ、早いものだ」

 

 たった一か月、されど一か月。

 節目と考えればそれなりに多くの事があったから、まるで年単位に時間が過ぎたような錯覚に襲われる。

 

「友奈の様子はどうだ?」

 

「もう随分と安定しましたよ。知っての通り、一時期は随分と酷い荒れようでしたけど……」

 

 友奈に関しては、思い出すだけでも苦しい。

 

 戦いの後、私より少し後に目を覚ました彼女は、キリトの死を聞かされて酷く自分を責めた。彼女は自分がちゃんと役割を果たさなかったから、キリトは死んだのだと言ったのだ。

 私の目から見て、彼女の言葉は全てが正解でもなく、また不正解でもなかった。

 確かに友奈が大型バーテックスをちゃんと倒せていれば、キリトは死ななかったかもしれない。しかし、それは単なる結果論だ。大型バーテックスの力はあまりに強大で、私でも二体倒して力尽きたほどだった。

 それも大天狗の優位性あっての物で、元々パワー特化で不安定な酒呑童子では難しい相手だったのだ。

 

 

 当時の事は一言一句違わず覚えている。

 

『私……私のせいだ!私がちゃんと戦わなかったから……こんな事なら、私が代わりに死ねば――――』

 

 そんな風にのたまう友奈の頬を、私はひっぱたいた。

 

『キリトは、お前にそんな事を言わせる為に戦ったわけじゃない。あいつは"元気に生きてくれ"と言ったんだ。だから、自分が死ねばよかったなんて、嘘でも言わないでくれ……』

 

 そう言って、抱きしめた胸の中で友奈は嗚咽交じりに泣いた。

 

 

 もっとも、私も人の事を言えたものではない。

 何せ、キリトが背負っていた代償を聞かされた時には、私も同じくらいにやさぐれていた。

 

「……若葉ちゃんも、あまり自分を責めてはいけませんよ?」

 

 心配そうに言ったひなたに、私は微笑んで返した。

 

「分かってる。あいつの願いの分まで、生き抜くと約束したからな。こんな所で、立ち止まってはいられない」

 

 球子や杏、歌野や水都ともまだあまり話せていない。

 千景に至っては未だに音信不通の状態で、ひなたは大丈夫だと言っているが、心配は拭い切れない。

 

 彼女達は皆、勇者として戦った同士だ。それぞれ、感情の折り合いを付けるのに多くの時間を要するだろうが、それでも私達は前に進まなければならない。辛くても、死にたいほど苦しくても、自責の念に足を取られている暇などない。

 

 しかし、思うのだ。

 こんな事なら、ちゃんとお前も生きていてくれよ。と……

 

 それなら、私がここまで悩む必要もなかった。本当に、最後まで困った奴だ。全部置いて自分はさっさと先に行ってしまう所は、いつまでも変わらない。

 

「大丈夫ですよ。皆さん、強い人達です。少しずつですが、自分のやるべき事に目を向け始めています」

 

「そうなのか?」

 

「――当然でしょ」

 

 ガラっと病室の扉が開く。

 

「な、千景!?それに、友奈まで……」

 

 そこには、長い黒髪の少女と車椅子で引かれる快活な少女の姿があった。

 

「お前、これまで何処に居たんだ?随分と心配したんだぞ!」

 

 二人が当然のように一緒に居る事もそうだが、ずっと行方不明だった千景の来訪は私にとって予想外の出来事だった。

 

「お疲れ様です、千景さん。頼んでいたものはありました?」

 

「はい、ちゃんと買って来たわよ」

 

 無視か?

 え、この期に及んで無視されるのか?

 

 スーパーの袋を持って病室の小さなキッチンへと消えていく二人に、私はやりどころを失ったように手を伸ばす事しか出来ない。そんな様をどう見たのか、友奈はおかしそうにくすくすと笑っていた。

 

「ふふっ、ぐんちゃん。最近になって、こっちに戻ってきたんだって。何でも、山奥のお屋敷に避難してたらしいよ?」

 

「や、山奥の屋敷?すまない友奈、私には全く状況が掴めないのだが……」

 

 キリトやひなたが何処かしらで連絡を取っているようだったので、無事なのは知っていた。

 しかし、こうして実際に顔を会わせるのは数か月ぶりで、私も戸惑いを隠せない。百歩譲って山奥に避難というのは、千景の起こした事の重大さを鑑みれば分からない事じゃない。そういう準備を元からしていたと言われれば、それまでだ。

 

 だが、それにしたってこの状況に説明もないのはおかしいと思う。

 

「あなたがこうして寝てる間に、私も色々とやってたって事よ。今じゃ完全に上里さんの使いパシリだけど……」

 

 先に戻ってきた千景が(うそぶ)く。

 そんな彼女は、若葉の知る限り変わらない郡千景のままだ。むっとしていて、不機嫌そうに見えても、内には優しい心を持つ少女のそれ。だが、あまりにいつも通り過ぎて、若葉は余計に動揺してしまった。

 

「……お前は、私を恨んでいないのか?」

 

「何ですって?」

 

 何に対してなのか、キリトを死なせた事か、それとも別の事か。

 口にした瞬間にしまったと思うも既に遅い。

 

「すまない、今のは―――」

 

「逆に聞くけど……恨んでるって言ったら、あなたはどうするの?」

 

 言われて、私は口を噤んだ。

 そう、どうしようもない。千景と私は殆ど場合で火と油みたいなもので、私が何と言っても彼女の機嫌を逆撫でするだけなのは明らかだ。病室に重い空気が流れ、友奈も困ったように右往左往としている。

 やがて、沈黙を破ったのは千景だった。

 

「はぁ……本当に、馬鹿な人ね」

 

 見かねたように言った。

 

「恨むとか、恨まないとか、もうそんな事にかまけている権利なんてないのよ。私達には……」

 

 彼女らしくないハッキリとした口調で、若葉と目を合わせて話す。

 

「そりゃ、最初はぶん殴ってやりたかったわよ。あなた程に強い人が傍に居て、何であの子(桐ヶ谷さん)を守ってくれなかったの?って……でも、それは傍にすら居なかった私が言っていい事じゃない。私は、桐ヶ谷さんもそうだけど……あなたや、高嶋さんにも守られたの。それなら、『元気に生きてくれ』と言い残したあの子の願いを、少しでも果たしてあげるべきでしょう?」

 

「千景……」

 

 声音に含んだ悲痛な色を聞き逃す私ではない。

 きっと、キリトといっとう仲が良かった彼女の事だ。沢山悩んで、泣いて、ようやくそういう結論を導き出したのだろう。もしも私が千景の立場だったとして、同じ様に考えられるかは分からない。

 彼女もまた、多くの悲劇を乗り越えて成長したのだ。

 

「あぁ、えっとぉ、二人とも喧嘩しないで?ほら、折角久しぶりに会えたんだし!」

 

 耐えかねた友奈の言葉に千景は微笑む。

 

「大丈夫よ、高嶋さん。こんなの喧嘩じゃないわ。それに、うるさい人達(・・・・・・)もそろそろ来るでしょうし……こっちは高嶋さんに任せるわね?」

 

 その場を友奈に任せると、千景は再びキッチンへと戻って行った。

 というより、うるさい人達とは何の事だ?

 またしても謎を残した千景だったが、今度はその疑問も数秒程度で氷解する。

 

「よっすー!見舞いに来たぞ、若葉!」

 

「お邪魔します」

 

 また病室の扉が開いて、今度入って来たのは土居球子と伊予島杏の二人だ。

 球子は両腕に金属の義手をはめており、杏は松葉杖をついての来訪だった。二人は同じ病院内という事もあり、これまでも何度か若葉の病室には来た事があったので特に不思議がる事もない。

 

「球子、それに杏まで……今日は来客の多い日だな」

 

「わたしも居るわよ!」

 

 続けざまに、今度は歌野が部屋に飛び入って来る。

 白鳥歌野、彼女は長いこと入院生活を余儀なくされていたが、先日の折に晴れて退院を果たした。今は自身の畑を持って、私達が遠征のさいに持ち帰った種を使い栽培に勤しんでいる。

 

「歌野、それに水都も来たのか?流石にここまで来ると、何者かの作為めいた物を感じるのだが……」

 

「えっと、私達ひなたさんに呼ばれて来たんです。何でも、全員揃って行きたい場所があるとかで」

 

「ひなたが?」

 

 水都の言葉に疑問符を浮かべていると、(くだん)のひなたが千景を伴ってキッチンから出てきた。

 

「あら、皆さんもう揃ってるみたいですね?」

 

 その手には何やら風呂敷が包まれていて、いよいよ持って彼女の意図が分からなくなってきた。

 だが、そんな若葉とは対照的に他の者達は何の事なのか分かっているらしく、当然のようにそれぞれ外出の準備を始めていた。

 

「待て、これから外に出るのか?」

 

「はい。外出の許可は取ってますので、若葉ちゃんも一緒に行きますよ。確かもう、ちょっと歩くだけなら大丈夫でしたよね?」

 

「まあ、そうだが……」

 

 重傷だったとは言え、どちらかと言えば友奈の方が傷が深かったくらいで既に検査入院の段階に入っている。

 ひなたの言う通り、許可さえ取れれば短時間なら外出も許される。だが、こうして改めて全員で外に出るというのは、一体どういう了見なのだろうか?

 

「行けば分かるわ」

 

 戸惑う若葉に千景はぴしゃりとそう言う。

 それ以上の質問は受け付けないとばかりに、それぞれ病室から出て行って若葉も着替えてひなたと共に外に出る。

 

「車?」

 

 病院の外に出ると先程病室を出ていった面々が待っていて、目前には車が二台が止まっている。

 

「若葉ちゃんはこっちです」

 

「あ、あぁ……」

 

 それぞれ四人ずつで乗り込む形となり、私はひなたに先導されるまま、友奈、千景との四人の組み合わせで車に乗った。運転席には壮年の男性が座っており、ひなたは前の助手席に居る。

 

「皆さん、シートベルトは付けましたね?では、お願いします」

 

 ひなたが言うと、車が発進する。

 行き先を聞かされていないのもあって、胸中には不安と警戒心がどうしても芽生えてしまう。今は刀も持っていないので、何か不測の事態が起こっても何も出来ない。そんな私の様子に気付いたのか、友奈を挟んで反対の窓側に座っていた千景が口を開いた。

 

「彼―――この車の運転手は、一年前に諏訪から逃げのびて来た人みたいよ?今はタクシードライバーとして働いてるみたい」

 

「ほう……?」

 

 きっと、私を安心させる為にそういってくれたのだろう。

 そんな千景に友奈も何だか嬉しそうにしていて、それだけで幾分か雰囲気も軽くなる。

 

「はい、一年前。白鳥様と桐ヶ谷様にはバーテックスに食われる寸前で、命をお助けいただきましてね。こんな老体ではありますが、タクシードライバーをしつつ、当時の事を話して回ってるんです」

 

 ドライバーが語った内容に、私自身もあまり他人事のようには思えなかった。

 キリトの事を悪く言う者も居れば、こうして実際に救われた者も居る。先の演説があったから、蔑む声もあれば悼む声もあるが、それも今は徐々に後者が多くなってきていた。そう、戦ってきた歴史はそう簡単には覆らない。行ってきた悪行には必ず報いが下るように、善行もまた然りなのだ。

 

「若葉ちゃん、嬉しそう」

 

「そうか?」

 

「ええ、これ以上ない程には」

 

 友奈とひなたにそう言われて、少し照れ臭くなる。

 でも、そう思ったのは事実だ。誰かに認められたくて勇者として戦った訳じゃないが、やはり仲間の戦いが少しでも報われるなら、それ以上に嬉しい事はない。それに私自身も今は、そういった承認欲求に基づく動機であろうと、決して不純な物ではないと考えている。

 

 人間として、求める物が何処にあるのか、それは個々人によって違う。

 私が平和を願ったように、他の者達にもそれぞれの願いがあった。ただそれだけの事だからだ。

 

 

「着きましたね」

 

 三十分ほどで、目的地に到着した。

 車が停止して降りると、そこは大橋記念公園である事が分かる。

 

「記念公園……目的地とはここだったのか?」

 

「いえ、もう少し先です」

 

 二台目に乗っていた四人も降りてきて、記念公園を少し歩く。

 瀬戸大橋記念公園は、以前と比べると別の意味合いがある。瀬戸内海の向こうにある本州は神樹の強化された結界によって遮られ、もはやその向こうを見通す事も出来ない。故にここは、大橋建設の記念であると同時に、悲劇の歴史が最も色濃く実感できる場所でもある。

 

 八人で談笑しながら歩いていると、先に程なくしてドーム状の建物が見えてくる。

 そこは確か『マリンドーム』と呼ばれる施設で、木製ドームの内側には大きなステージに観覧席があったはずだ。でも、そこまでは談笑などしていた面々も、ドームに近付くと会話はパタリと止んだ。

 それを見て、私は直感的に目的地がここなのだと気付いた。

 

「ここです」

 

 ドームの中に入ると、そこは既に私の知る場所ではなかった。

 観覧席だった椅子は全て取り払われ、ステージだった場所には『英霊之碑』と書かれたモニュメントが鎮座している。だが、その中で一つだけ、最前列辺りにたった一つだけ墓標のような石がポツンとあるのを見つけた。

 

 背筋に、汗が伝う。

 

 一歩が重く、けれど踏み出さない選択肢はなかった。

 

「……っ、これは」

 

 その石には『桐ヶ谷』と書かれていた。

 そこでようやく、私はひなたが何故このように全員を集めたのか悟った。

 

「桐ヶ谷さん……いえ、キリト(・・・)さんのお墓です。勇者として戦い抜いた剣士を、悼み、弔う為の……」

 

 風呂敷から取り出したのは、キリトが好きだった辛めの料理が数品。

 タッパに入れられたそれを備えると、皆もまた目を閉じ黙祷した。私もそれに習い、祈りを捧げる。しばらく、そうした後に目を開くとひなたが語った。

 

「本当は、お墓は立てるなって言われてたんです。こっぱずかしいとか、そういう空気にしたくないとか、色々と理由をこねて……でも、そんなのってあんまりじゃないですか」

 

 声は震えていた。

 両の手をぎゅっと握り込んで、彼女は過去にキリトと交わした会話を想起しているのだろう。

 

「あの人、私に『面倒をかけてごめん』って言ったんです。自分が一番辛かった癖に、そんな事を言われて、最後にはあんな(・・・)―――ッ…………」

 

 ひなたは何かを言いかけて、寸前で口を噤んだ。

 そっと震える肩に手を添えると、決壊した感情を押しとどめるようにひなたは私に縋りつく。

 

「本当、あの子らしいわね。取り残される人達の事、全然考えてないんだから」

 

 歌野は呆れ半分にそう言った。

 聞けば、彼女や水都は四国に来る前のキリトとも関りがあったらしい。彼女達だけが知るキリトの姿もあったのだろう。

 

「そうだね、うたのん。でも、キリトさんは私達に泣いて欲しくなかったんだよ」

 

 お墓を立てたがらない意図は、若葉にも少しは理解できた。

 

「大方、お墓なんて作ったらその前で皆が泣くとか思ったんだろうな。たく、かっこ付け過ぎだっての」

 

「でも、その気持ち、何となく分かるよ。大切な人だからこそ、笑っていて欲しいもん」

 

 球子も杏も、それぞれ思った事を口にする。

 

「昔から勝手な人よ。こうして死んでまで、優しさの空回りだわ」

 

「ふふっ、でもそういう所がキリちゃんの凄く良い所なんだよね」

 

 言って、千景は懐からゲームソフトを一つ取り出して墓の前に置いた。それは、以前千景やキリトと共に私もプレイしたタイトルだった。

 それに連れ添う形で友奈も優しく微笑みを浮かべて、思いの丈を語る。

 

「本当は、もっと一緒に居たかったよ。私の事、沢山聞いてくれるって約束したのに……一緒に、ヒナちゃんが選んでくれた浴衣を着ようって……」

 

 次第に友奈の声は震え、一筋の涙が頬を伝った。

 

 誰だってそうだ。別れたくなどなかった。

 あまりにも唐突に、終わりは訪れた。心の準備など出来ようはずもなかった。恐らく、最期を看取る事が出来た私は大層な幸運だったのだろう。だから皆、いまは思いを吐き出す場所が必要だ。

 墓とは、弔いとは、当人の為だけにあるのではない。いやむしろ、残された生者が自身を慰める意味合いこそ強いと言える。

 

「キリト。皆、お前に言いたい事は山程あるようだぞ?」

 

 誰も居ない。

 そこに魂はない。

 だが、生きた証は確かに存在している。ならば、かける言葉もあるはずだ。

 

「お前の言葉、温もり、全て忘れない。看取ったのが私だった事を、後悔するくらいに文句だって言ってやる」

 

 生きていこう。

 この身が朽ちるまで、『皆で』守り切ったこの世界を力強く。

 

 言いたい事があったらまたここに来ればいい。

 

「だから、見守っていてくれ。私達の行く末を……」

 

 お前の願い通り、それぞれの道を歩んでいくよ。

 だから、もしも何処かで見ているなら、どうか安心して欲しい。泣いても、私達は前に進める事をこの人生をかけて証明しよう。そして、もしも遠い未来で、また何処かで会えたなら言えなかった分まで沢山の感謝を言ってやるのだ。

 

 これは、戦い抜いた少女の物語。

 そして、長らく続く戦いの―――――――始まりの物語。

 

 

 

 

◆+外伝:託された剣+◆

 

 

 

 

 大橋を神輿が進む。

 今夜、英雄の体は『贄』として捧げられる。

 

「英雄を火に」

 

 上里ひなたの言葉を合図に、本州から先の煉獄へと剣士(キリト)の遺体は投げ出された。それは、キリトがひなたに託した最後の役目だった。死する前に色々な方策を練り、その全てをひなたにのみ開示していたキリトだったが、中でも最も重要だったのが――――『奉火祭』だ。

 

 大社が用意していた第二のプランにして、人類存続の為の最終手段。

 結界の強化と同時に、神に許しを乞う捧げの儀式。本来それは、神に近しい体を持つ複数人の巫女を外界の煉獄にくべる事によって執り行われるはずだった。しかし、捧げられたのは英雄の遺体だった。呪術的な観点から言えば、彼であり、彼女でもあるその体は、一個の聖遺物として捉える事もできる。

 

 

 平行世界の自身と繋がり、その力を借り受け、最後には自身の物とした稀有な依代。

 その身は『天の神』への赦しを求める捧げ物としては、これ以上ないものだ。

 

「あなたの意思は消えません。必ず、いつか……」

 

 ひなたは、後方の神官達と同じ様に頭を深く下げながら思い出す。

 

 

 

 

 

 それは最後の決戦から一週間ほど前、その日もひなたとキリトは大社内部に関する事で打ち合わせを行っていた。戦いが終わった後、大社内部に確かな地盤を築き、内外ともに堅牢なものとする。これは二人が、一部の巫女たちと共にかねてより計画していた事だ。

 

「……今、何と言いました?」

 

 そして、この日の議論は特に荒れた。

 

「『奉火祭』の贄は、俺がやるって言ったんだ」

 

 何処からその話を聞きつけたかとか、そんな事はどうでも良かった。

 目の前の友人が言っている事の意味をひなたは正しく理解し、そして言った当人も同様である事を確信する。目を見開き、眉をつり上げ、胸に立ち込めた激情を抑える事など出来ようはずもなかった。

 

「ふざけないでください!」

 

 ならば、それに対して声を荒げて抗議するのは当然の事だった。

 

「そんな事を言われて、私が素直に頷くとでも思ったんですか……あなたは、私を馬鹿にしているんですか?」

 

 今までも散々無茶ぶりをされてきた自覚はあるが、今回ばかりは許容できる範囲を越えていた。

 

「そんな訳ないだろ……残酷な事を頼んでるのは分かってる。でも、だったら何人もの若い巫女を『あの火』の中に放り出すのか?そんなの決して許される事じゃない。例え人類を存続させる為であっても"それだけ"は絶対ダメだ」

 

「何がそれだけ(・・・・)なんです?私からすれば、友人を火の中に放り出す方が余程残酷で度し難い悪行です。それくらいなら、私は見ず知らずの巫女を差し出す道を選びます」

 

 お互いに譲れない部分がせめぎ合って、議論は平行線を辿る。

 この場合、どちらが正しく、悪であるかという明確な基準はないのだろう。

 

「よく考えるんだ!俺はどちらにしろ、戦いが終われば廃人か抜け殻だ。それなら、未来ある方を……」

 

「綺麗ごとをぬかさないでください!」

 

 ひなたの一喝がキリトの言葉を遮る。

 

「未来とか、優先順位とか、もう沢山です。如何に頭の中で理解していても、美辞麗句を並べられても……嫌です」

 

 最後の一言が彼女の本音を表すこれ以上ない言葉だった。

 上里ひなたはリアリストだ。物事に伴う犠牲を、代価を正確に把握し、そして受け入れられる冷徹さを持っている。だが、それを仕方ない事と割り切るには、彼女はまだ若く優しすぎる。起きた不幸を全て自分の責任だと解釈してしまうくらいには、彼女は自罰的だ。

 

「巫女は、あなた達勇者を死地に送り出す事しか出来ません。どう考えたって、奉火の儀式で贄になるべきは、私達じゃないですか」

 

「違う」

 

 キリトは明確にそれを否定した。

 

「俺達は、手段(武器)があるから戦うんじゃない。勇者だから戦うんだ。例え戦う事を運命付けられていたとしても、逃げる選択は誰にだって取れる。こうすべきだとか、ああするべきだとか、そんな義務感で犠牲になるのは、少なくとも俺は見過ごせない。それは命に対する冒涜だ」

 

 自らの意思で命を燃やすのと、他者の決定で投げうつのでは全く違う。

 自暴自棄は罪だ。確かにキリト達も最初は義務感で戦場に立っていたのかもしれない。しかし、最終的には誰もが明確な願いと信念を持って武器を握っていた。武器を取るには理由が必要だが、その理由が他者から与えられる物であってはならない。

 

「俺は、死にたくないって思ってる奴を、死なせたくないだけだ。ただそれだけなんだよ」

 

 皆に生きていて欲しい。

 そんなシンプルな行動指標を前に、ひなたは口を噤むしかなかった。

 

「それにこれは、未来の為(・・・・)に必要な布石でもある。だから……………頼むよ」

 

 

 

 

 これが最終的に、どんな運命を導くのか分からない。

 だが、上里ひなたは自身の責務を全うするつもりでいる。その為の準備も、現在進行形の施策もあらゆる形で動き始めており、数年かけて様々な情報が改ざんされ、またその痕跡を消すために多くの事が闇に葬られる。

 火に捧げられた、かの剣士の存在ですら……

 

「あなたの剣、託されました」

 

 いつかの時、英雄の帰還によって運命が動くその時を、信じてその剣を継いで往く。




のわゆ編完結です

改めて、お待たせして申し訳ありませんでした
作者も迷走の限りを尽くし、とんでもない道筋を辿りながらも、ようやく63話に及ぶ大長編が幕を閉じました

途中、皆さんを失望させる展開もあったのは自覚しています
それも含めてこの二作品を最大まで引き立ててあげられなかったのが悔しいです
まだまだ詰め切れてない部分も多いので、今後余裕が出来たら番外編などで補足していくと思います


次回は遂に『ゆゆゆ編』へと入ります
一年かかりました
ようやくです

何で『のわゆ編』を先にやったんだと皆さん思ってる事でしょう、僕自身もなんで安心してください



ここからは補足情報を載せます(めっちゃ長いです)

①最後に出てくる『ゆゆゆ世界線キリトの墓』って神世紀ではあるの?
無いです
とある理由で後に消失します

②高嶋友奈が神樹と同化するくだりは?
物語後、天寿を全うした後に彼女自身の意思で神樹の元へと行きます

③千景の名前は英霊碑に刻まれてる?
はい、刻まれてます

④英霊碑ってもっと早くにあったはずでは?
ゆゆゆ世界線キリトが四国勇者の中で最初の犠牲者なので作られたのも最終決戦前後あたりです()


心身新たにゆゆゆ編へ
ようやく物語も折り返しを過ぎました
このまま完結まで頑張ります!

良ければ高評価ptなど頂ければ作者のモチベがあがります!
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