結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第一話:目覚め

 

 神世紀299年4月10日――

 『ずっと一緒』……それはいつの頃だったか、誰かに言われた気がする言葉。

 顔も思い出せない、名前も何も分からないのに、目が覚めた瞬間から、俺の胸中にはずっとこの言葉がある。もっとも、誰に言われたか覚えていない時点で、俺はえらく薄情な人間って事になる。

 でも、それだって仕方ないだろうと言い訳をさせて欲しい。

 

 俺、桐ヶ谷和人は……数か月前より以前の記憶を失っているのだから。

 

 

 

 眩い朝日が窓辺から差し込む。

 それが瞼の上から不愉快の刺激を与えて、眠りからの覚醒を余儀なくされる。薄めを開け、時計を見ればまだ朝の六時で、嬉しいのか悲しいのか分からなかった。しかし、今日ばかりは二度寝を決め込む訳にもいかない。

 何せ、本日は四月十日。

 俺がこれから通う事になる『讃州中学』の入学式がある日だからだ。

 

「ふわぁ……ねむ」

 

 あくびをかきながら、朝食のトーストにジャムを塗ってもしゃもしゃと食べる。

 閑静な住宅街にあるマンションの三階にある1LDKは、男子中学生一人には少し手広であり、贅沢に見えて逆に掃除が面倒だったりする。

 俺がここに移り住んだのは二か月ほど前の事で、当時はかなり驚いたものだ。何せ、病室のベッドでいつもの如くゲームをしていた俺の所に、突然仮面をかけた不気味な者達がやってきて、俺に住む場所を与えるとか言い出したのだ。

 

 

 

 その経緯を細かく語れば、それなりに長くなる。

 目が覚めたらそこは病院のベッドの上で、記憶を探れど名前以外は何も思い出せず、待てど暮らせど俺の親族の類いはやって来ない。

 

 やがて、医者が俺にこう言った。

 

 ――大橋で起きたで事故が原因で、君は事故以前の記憶を失った。親族も行方が掴めない。

 

 何ともおかしな話だ。

 

『そう、ですか』

 

 荒唐無稽すぎて、実感もわかなくて、そんな空返事しか出せない。

 でも、何だか大切な事を忘れているような……そんな気がしてならなかった。

 

 記憶が無くて、親類もなく天涯孤独。そんな"男子中学生"が一人で生きていけるほど、世間は甘くないって事は何となく分かる。幸いな点があったとすれば、中学までの一般教養や一般常識的な部分の知識は失っていなかった事だろう。

 記憶喪失の殆どは、主に強いトラウマや脳へのダメージなどで引き起こされる、一種の自己防衛本能による物が多いらしいが、こういった風に一部それに関係しない記憶が残る事は多々あるそうな。

 

 とは言え、それがあったからどうという訳ではない。せいぜい、年相応の教養があるというだけ。

 しばらく事故のリハビリとか、療養が続いて、ただ漠然とした日々をベッドの上で浪費する日々……それが終わったのは、目が覚めてから一か月ほど経った頃の事だった。

 

 突然、俺の病室に現れた仮面の大人達。

 曰く、彼らは自分達を『大赦の神官』だと名乗った。

 

 彼らが言うには、俺はもともと大赦に属する家の生まれで、世間的には有名ではないが、それなりに重要な立ち位置だった。だから、俺の衣食住を保証し、事故後の面倒を見る義務があると語られた。

 

 正直、胡散臭すぎて警戒心全開だったが、大赦に属している点は疑いようもないらしく、主治医だった医者はそれなら安心だと太鼓判を押した。

 

 

 

 主にそういった経緯で、今俺はここに暮らしている。月の仕送りはちゃんとされているし、家事なども必要最低限はこなせるので特に困った事は起きていない。家族がいない一人での生活、それに寂しさは覚えこそすれ、耐えられないほどの孤独ではない。

 

「讃州中学、か。何かこう違和感があるんだよな。その『中学』って部分に……」

 

 俺の年齢的に、今年入学する新中学一年なのは間違いない。

 でも、どうしてか中学校入学という部分に言いようのない違和感を覚えるのだ。

 

「まるで一回経験した事があるみたいな……そんなはずないんだけど」

 

 中学の入学式が人生で二回訪れる事などありない。

 ましてや経験した事なんて、一度としてあるはずがないのだ。

 

「もしかしたら、まだ事故の後遺症的なのが残っているのかもしれない。だったら、気にしない方がいいか」

 

 医者も記憶に矛盾のような物を感じても、あまり深く考えないように言っていた。

 実際、今の生活には満足しているし、それ以上に何か欲しいとも思っていない。そうして、俺は首を横に振って違和感を掻き消す。

 

「行ってきます」

 

 誰もいない家に挨拶をして、俺は一度目の登校へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 体育館に集まった見知らぬ生徒達。中学とは殆どの場合、小学からの繰り上がり式で同じ地域の児童が集まるから、全員が初対面と言うのは極めて稀な例だろう。直前に引っ越して来たとか、俺みたいに記憶喪失であるとか、何かしら一般的とは言い難い理由が付いて回る。

 

 何処もかしこも、隣の者と話してたり、知り合い同士が当たり前。

 そこはもはや一人孤立した別世界みたいなもので、俺にとっては感慨とか物思いに耽る以前の問題だった。

 

「……気まずい」

 

 その一言が俺の心情全てを物語っていた。

 集団生活において居心地が悪いと感じるのは、大抵は本人のみである。ならば当人が気にせず、和気あいあいと周りに接すれば問題は解決するかもしれない。だが、それが出来ればそもそも苦労しないのだ。生憎と、俺はそんな高度なコミュニケーション能力は持ち合わせてはいないし、距離感の詰め方など知っている訳がない。

 

 記憶喪失の癖に対人スキルが高かったら逆にビックリだ。

 

 そうなると、自己防衛の一環として、誰とも話さないとも言った判断になるのも至極当然だろう。

 俺は悪くない。

 そう、悪くないのだ。

 

 悪いのは、俺を事故で記憶喪失なんかにしたこの世界そのものだ。オーケー方針は固まった、ステイクールステイクール。

 

「よし、帰ろう」

 

 入学式から、教科書配りといった本日の予定を(つつが)なくこなした俺は、即座に教室から出た。戦略的撤退である。本日は入学式という事もあり学校も昼までなので、このまま帰宅したって誰にも文句を言われる筋合いはない。

 部活動体験?

 無理無理、今のテンションで行っても身になる訳がない。

 

「昼飯はかめやの肉うどんだな」

 

 家に帰って具なしペペロンチーノを決めるのも乙なものだが、折角だしこの陰鬱とした気分は美味いうどんで消し飛ばそう。

 そうと決まれば、それまで重苦しかった足取りもとても軽快になる。今日は帰ったら何のゲームしようだとか、こういった事を考え、計画している時間が一番楽しい。

 そうやって一人の世界に浸っていると、傍らから声がした。

 

「はーいそこの男子、ちゅうもく!」

 

 女の子の声だった。

 何処となく聞いた事のある定形文が耳に入っても、振り向くような事はしない。多分、声をかけられたのは別の奴だからだ。そう結論付けて、俺はその呼びかけに見向きもせず耳にイヤホンを指す。

 

「え、無視?ち、ちょっと待ちなさい!」

 

 何か追いかけてきてる気がするが、きっと気のせいだろう。

 あと数歩で昇降口の下駄箱に辿り着かんとした時、今度は明確に後ろから肩を掴まれた。

 

「アンタよ、ア・ン・タ!先輩から声かけられたら、返事くらいしないさい!」

 

 ため息をぐっとこらえる。そこでようやく、俺はイヤホンを外して振り返った。

 そこに居たのは、長い金髪の女子生徒だ。先輩と自称していた事から、恐らくは俺の一つ上の二年生だと思われる。だがそんな彼女は、明らかに不機嫌そうな様子でこちらを見ていた。

 

「すみません。えっと……」

 

 返答に困った。

 要件は大方察しが付くが、初対面の女子、それも先輩に声をかけられた時に返すべき適切な文言なんて当然知りやしない。そんな俺の様子を察してか、目の前の少女は口を開いた。

 

「アタシは二年の犬吠埼風、勇者部の部長よ。そして、この時間に、この場所で、先輩のアタシから後輩のアンタに声をかけるとしたら、その目的は一つしかないわよね?」

 

「……部活動の勧誘、ですよね?勇者部ってのは初めて聞きますけど……」

 

 そんな気はしていた。

 というか、最初からそれしかない。新入生争奪戦は部の維新をかけた戦いと聞いたことがある。こんな所をうろついてたら一回くらいは声をかけられるとは思っていたし、それ自体は別に不思議じゃない。

 大切な事は、俺にその気がないという事だけだ。

 

 ――何も聞かずに断るってのもあれだし、ちょっと説明を聞いたらていよく乗り切ろう。

 

 そう辺りをつけて、俺は彼女に話を聞く姿勢を見せる。

 

「勇者部の活動目的は、世の為の人の為になる事をやっていくこと。各種部の助っ人とか、町内の掃除や行事のお手伝いとかもやっているわね」

 

 言って、ポップな感じのイラストが書かれたチラシを渡してくる。

 

「なるほど、要するにボランティア部って事ですか」

 

「そっ、アタシ達くらいの年頃って、そういう事したくても恥ずかしくて出来ないって子が多いでしょう?それを勇んでやるから勇者部!」

 

 敢えて曖昧な印象の名前を採用することで、奉仕活動への先入観を誤魔化す。それ自体は悪くない手法のように思う。

 活動内容もありがちなボランティア部のそれだが、各種部活への助っ人なんかは、どれか一つに絞れないという人からしても魅力的な部分だろう。勇者という響きも、何故か胸にひっかかりのような物を覚える。

 でも、残念ながら俺の返事は最初から決まっている。

 

「あの、誘ってくれた所悪いんですけど、俺帰宅部の予定で……」

 

「あら、何か習い事でもしてるの?」

 

「いや、別にそういう訳じゃないですけど、一身上の都合というか」

 

 正直、面倒というだけだ。

 部活という物自体を否定するつもりはないし、基本的には入った方が良い事も重々承知している。しかし、俺はどうも乗り気になれない。家に帰って機械いじりでもした方が余程楽しい。そう考えての発言だったが、次に先輩が口にした衝撃の事実によって、その意図はたやすく砕かれる。

 

「この学校、ちゃんとした理由がないと帰宅部は無理だと思うわよ?」

 

「……はぁ!?う、嘘ですよね?」

 

「いえ、本当よ。もともと習い事とかやむを得ない事情があるなら別だけど、基本的には何処かしらに入部しないとダメね。あ、嘘とかついてもすぐにバレるからやめといた方がいいわよ?」

 

「そんな事、さっきのホームルームでは……あ、いや、言ってたかも」

 

 聞き流していた内容の中に、そんなのがあった気がする。

 しかし、これはマズイ事になった。俺の用意していた断り文句と悠々自適な中学生活が早くも瓦解してしまった。そして、そんな俺の動揺を見逃す先輩でもなかった。

 

「まあまあ、そうげんなりしなさんなって!ほら、ここにアットホームかつ素晴らしい活動内容の部活があるじゃない?少しだけ、ほんのちょっとだけで良いから、我が部室に足を運んでみなさいよ」

 

 そう言って、先輩が腕をがっしりとホールドしてくる。

 だが、まずいと思った時にはもう遅い。先輩は華奢な体からは想像も付かないほどの力で、俺をひきづり部室まで連れて行こうとする。

 

「ちょ、まだ行くなんて一言も……って、力つよ!?ビクともしないぞ……!」

 

「おーい、力強いとか言うな!アタシの完璧な女子力に傷がつくでしょうが!」

 

「少なくとも女子力のある人は、こんな風に後輩を無理矢理連れてったりしませんよ!」

 

「それはそれ、これはこれよ」

 

「何が"それはそれ"なんですか!?せめて、もっと納得の行く答えを用意しといてくださいよ!」

 

 あれこれ言い合いながら、俺はこの邪知暴虐の魔王に連行されていく。

 その様子に周囲の生徒は面倒事には巻き込まれまいと知らんふりをし、そもそもこの学校に友人など居ない俺に助け舟を出してくれるような物好きは居ない。その上で敢えて言わせてもらおう、こいつらは薄情者だと……

 

 

 

 途中からは抵抗するのもアホらしくなり、連れられるままに部室である家庭科準備室へと入室した。

 

「本当に、もう一人連れて来た……」

 

「ボランティアは力仕事とかも結構あるし、男手も一人は居た方がいいでしょう?」

 

 なるほど、最もな意見だ。

 その被害者が俺でなく、尚且つ強制連行じゃなければ……だが。

 部室に来ると、そこには足が不自由なのか車椅子に座った黒髪の少女と、赤い髪の少女が居た。二人も俺と同じ新入生だろうか、だとしたら可哀想に……きっと二人も話半分でこの傍若無人の先輩に連れて来られたんだろう。

 同情しよう。

 助けてやる事は出来ないが。

 

「どうも、この先輩に強制連行されてきた新入生Aです」

 

「強制連行!?」

 

 黒髪の子が驚愕の声を上げて先輩の方を見た。

 

「ちょっと、人聞きの悪い事いわないでよ!?それじゃ、アタシがアンタを無理やり拉致って来たみたいじゃない!」

 

「"みたい"じゃなくて、まんまそうでしょうが!ただ男手が必要なだけなら、俺じゃなくて他を当たればいいでしょう?」

 

「いやー、声をかけはしたのよ?でも、皆もう入る所決まってるらしくて……」

 

 ――だったら諦めろよ……

 その言葉を喉元でぐっとこらえる。それを言った所で、また不毛な言い合いが始まるだけだ。眉間を押さえて現状に上手く脳の処理を追いつかせる。

 

「だからって、無理矢理は良くないと思いますよ?ちゃんと彼の話も聞いてあげた方がいいと思います」

 

 黒髪の子が言う。

 そうだそうだ、もっと言ってやれ。

 

「う……それを言われると痛いけど、でも……」

 

 口ごもる先輩。

 そんな様子を静観していると、赤髪の子が話しかけてきた。

 

「ねぇねぇ、君って私達と違うクラスの子だよね?私、一組の結城友奈!君は?」

 

「……三組の桐ヶ谷和人。えっと、結城さんはどうしてこの部活に?」

 

「私は、もともと勇者って言葉の響きに憧れてて、かっこいいなーって思ったからかな。それに、世の為の人の為になる事を勇んでやるって、凄く素敵な事だと思う!」

 

 快活な笑顔でそう語る彼女に俺は微笑をこぼす。

 

「かっこいい……ね」

 

 経緯を気にしなければ、活動内容自体は素晴らしい物だとは思う。実際、そういう事をしてみたいって奴もそれなりに居るだろう。

 

「無理にって訳じゃないけど……私は、和人くんとも一緒に活動出来たらいいなって、思うよ」

 

 結城は、繕いのない本音でそんな風に語る。

 

 実際、経緯は最悪でこそあるが部の雰囲気は悪くない。

 見たままに真面目な様子の黒髪の子に、明るく快活な結城友奈、雑な面もあるが基本的には人が良さそうな犬吠埼風。それに、先程の先輩の話が本当なら、どちらにしろ俺は何処かの部活に入部する必要がある。

 剣道部なんかは少し興味があるが、それでも運動部をやるほどのアグレッシブさは無いので、そうなると必然的に文化部になる。

 

「たまには、流されてみるのも悪くはないか」

 

 それなら、この部でも、他の部でも、最終的には大して変わらない。

 仮にここで彼女を振り切っても、またしつこく追いかけてくる可能性すらある。そう考えると、もう俺に選択肢は一つだけだった。

 

「……分かりました。俺、この部に入部します」

 

 意を決して、俺は部室に響く声音でそう言った。

 

「本当!?」

 

「はい。他に入りたい部活もありませんから」

 

 どうせなら、この縁に従ってみるのも悪くない。

 

「そう来なくっちゃね!改めて……ようこそ勇者部へ!」




ゆゆゆ編本格始動です
早速キリトくんは記憶がない様子で……これにはちゃんと深い事情があります

実は最初はSAOアンダーワールド編みたいにキリト自失状態で園子様視点から始めようと思ってたんですけど、それだとどうしても物語が途中で行き詰まり
挙句の果てに讃州組との関わりも薄くなるし、勇者の章の途中でとんでもない詰み状態になるので断念

のわゆ編の執筆で一年の準備時間をもらってなかったら、それに気付かないままストーリーを進めていたと思うと背筋に冷たい物が……

ですが、ちゃんと結城友奈の章内で園子様と銀は大きな役割を果たします
その為にも、今はキリトくんと友奈達の物語に集中しようと思います
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