端的に言えば、勇者部での日々はそれなりに楽しいものだ。
入部の経緯こそ微妙ではあったが、活動自体はやりがいのあるものだし、美森と協力してホームページの改良などに着手するのは純粋に楽しい。
部のアットホームな雰囲気は、この学校に居場所を見出せていなかった俺にとって、心のオアシスも同然だ。
今はもっぱら昼休みに部室で昼飯を食べた後に、持ち込んだソファー(勝手に)で昼寝をするのが日課となっている。
三ヶ月もすれば、この家庭科準備室で過ごす時間は、俺にとって当たり前のものとなりつつあった。
「前より依頼も大分増えたわねー。これもアタシの女子力のお陰かしら?」
「俺と美森がホームページの改良を頑張ったからですよ」
依頼も前よりかなり増えてほくほくしておられる部長こと風先輩に言う。
だが彼女の言う通り、この所依頼の件数は以前とは比べ物にならないほどに増えている。部員がボランティア活動に真摯に取り組み、そして依頼を受け取る基盤であるホームページを俺と美森で急ピッチで仕上げた結果だ。
「でも嬉しい反面、部員四人だけで回せる範囲にも限界がありますし……今月の分はそろそろ切ります?」
と、部の備品PCと向き合いながら訊ねる。
「うーん、まだ大丈夫じゃないかしら?処理しきれなくなったら、流石に考えるけどね」
「了解」
そう言った形で風先輩との会話が終わっても、部室が沈黙に包まれる事はない。
「和人くん。ホームページの改良が一区切りついたから、少し見てもらってもいいかしら?」
黒髪の大和撫子が呼ぶ声に反応してそちらに視線を向けた。
東郷美森、クラスは俺と違うものの結城友奈と共に勇者部に入部してきた同士の一人だ。彼女はこの部で、俺を覗けば唯一電子機器やデジタルその他の技術に明るく、ホームページの作成から改良などは俺と美森で分担して行っている。
「分かった。どれどれ……」
部室に設置したソファーとテーブルは大変有効活用されていて、今や作業するならそこが定位置となっている。
ここで作業する時は、基本的に俺と美森のどちらかが備品のPCを、もう片方は俺が部室に持参したノートPCを使う流れになっている。今日は美森がノートPCを使っていて、俺が彼女の隣に座るとモニターを覗き込む。
「どう?」
「……うん、悪くないと思う。アクセス数の表示も遊びが効いてて面白いし、このコラムってのは何が………ん?」
パッと見のデザインは前よりもかなり進歩していて、随所に彼女なりの遊び心も効いていて非常に見やすい。
だが、その中の一つの『コラム』と書かれたキャッチーなアイコンをクリックした途端に俺の頭を困惑に包まれた。表示されたのは、『本日の我が國』なる筆書きフォントのタイトルで書かれた、日本についてかなりマニアック知識をこれでもかと披露した超長文。そして、最後には『東郷美森 拝』である。
何故こんなものが学校のボランティア部のホームページにあるのか、部外者からしたら全く意味が分からないだろう。
まあ、俺も分からないのだが。
「……………美森、これは?」
「我が国の素晴らしさを、より多くの人に知ってもらう為の評論文よ!」
なるほど、まるで訳が分からない。
別に中学の部活で作ったホームページに多少遊び心を加えたくらいでとやかく言いたくはないが、これだとホームページを見に来た人に別の部活だと誤解されかねないのではないだろうか?
これは流石に一度苦言を呈すべきかもしれない。
「ほう、因みに何故
「こんなもの?」
「ひっ!?」
途端、光の消えた目で睨まれた。
それはもう般若や鬼の形相といって全く遜色ない。
「こんなものが、何かしら?」
「いえ!何でもありません!」
――触らぬ神に祟りなしだ。
東郷さん家の美森さんは、こと友奈と護国思想に関しては異常なまでの執着がある。仮に俺が何と言っても無駄に決まっているのだ。勝てない敵にはそもそも挑まない、リスクリターンを考え、最適な立ち回りを選ぶのはゲーマーとして必須の思考能力だ。
「そ、そんな事よりさ。友奈はまだかな?」
このままの空気で居られる自信なんてないので、即座に話題を変える。
まだ部室に到着していない最後の部員の名前を口に出すと、美森をそれまでの殺伐とした雰囲気を嘘のように霧散させた。
「日直が長引きそうって言ってたけど、そろそろ来る頃じゃないかしら?ほら、噂をすれば……」
家庭科準備室の外から聞こえてくる足音。
部室の前まで来ると、ガラッと扉を開けて姿を表した。
「遅くなりましたー!結城友奈です!」
赤い髪の元気っ子ことこの場における俺にとっての救世主が登場する。
結城友奈、彼女が美森と一緒に入部してきた少女だ。明るく前向きで、誰にも優しく、車椅子生活の美森と一緒に過ごしてるだけあって気の回し方もうまい。たまに空回りする所があるのは
「やあ、友奈。日直お疲れさん」
「こんにちは、カズくん!東郷さんと風先輩も、待たせてごめんね?」
「気にしなくていいわ、友奈ちゃん。遅れたと言っても、ほんの少しなんだから」
勇者部の活動時間は基本的に、放課後と土日。
放課後なんかは部の助っ人などが多めで、休日は一日通した大きめの依頼の消化に回る。活動自体も別に全員が揃っている必要はなく、各々が出来る事をやる自由度の高いスタンスを基本としている。しかし、朝の一時間前や昼休み、放課後の最初には一度全員で集まってミーティングをする決まりになっている。
「それじゃあ、全員揃った事だし、さっさと始めちゃいましょうか?」
「おー!」
■++■
学校に行って、授業を受けて、勇者部として活動する。
そんな日々を過ごしていると一年が経つのなんてあっという間だった。
学年が二年に上がると、俺は友奈や美森と同じクラスになった。前述した通り、時間が経つのはあっという間とは言ったが、変化はそれなりに多かったと思う。
勝手に勇者部の部室を改造しようとして美森にボコボコにされたりとか、俺の住んでいるマンションがまさかの犬吠埼家と同じだったとか、それはもう色々と……後は細かい事だが、勇者部に来る依頼も数やバリエーションがかなり増えた。
中でも一番大きな変化と言えば、犬吠埼樹が入部した事だろう。
その名から察せられる通り、彼女は風先輩の二つ下の妹に当たる。しかし、性格は先輩と真逆の、人見知りで、恥ずかしがり屋なおとなしい少女だった。
新たな仲間を迎えた勇者部は、それまで以上の活気が溢れる。
そうして、季節はもう春下がり、神世紀も節目たる三百の台に入り、四月も終わりかけだ。
ある晩、俺こと桐ヶ谷家の部屋には夜遅くまで電気が付いていた。
寝室に備えられたデスクで、三つのモニターと睨めっこしながら、ひたすらにキーボードをカタカタと打つ。
「ふあ……ん、もう二時か」
目の前の作業が一括りした時には、既に時刻は深夜の二時となっていた。
大きく伸びをすると、凝り固まった体がパキパキと小気味いい音を鳴らす。こんな夜遅くまで作業していたのは、勇者部の依頼で急遽取り掛からなければならない作業が増えてしまったからである。
美森は最近ホームページのスマホ版に着手し始めたばかりで手が空いておらず、そうなるとお鉢は俺に回ってくる。
とは言え、流石に今日はもう店じまいだろう。
「ダメだ、さすがに眠い。これ以上はもう、限界……」
一度眠気を自覚すると、瞼は刻一刻と下がってくる。
何とか指を『Ctrl+Sキー』に走らせてプロジェクトだけ保存すると、あえなくそのままデスクに突っ伏す。ベッドに行く暇もなく、脱力した体は就寝態勢に入り、限界ギリギリになった眠気は容易く俺の意識を夢の世界へと誘った。
「か……い。……と先輩」
心地よい揺れと、鈴の鳴るような声が聞こえ、カーテンの隙間から差し込む日の光が瞼の上から瞳孔を刺激する。
「和人先輩、起きてください!」
意識が徐々に覚醒し、今度はハッキリとその声が聞き取れた。
呻き声を発しながら薄目を開ける。垣間見えた端から鮮明になっていくのは見覚えのある金髪。
「んー……樹?あれ、という事はもう朝か?」
「『朝か』じゃないですよ。また机でそのまま寝ちゃったんですか?」
言われて、俺は自身の状況を見て苦笑した。
どうやら自身はまたしてもベッドにも入らず、夢現のうちにデスクで眠りこけてしまったらしい。昨晩は夜遅くまで作業していたので、そこの所の記憶は割と鮮明だ。
「いやぁ、昨晩はちょっと遅くまで作業してまして……」
誰にするでもない言い訳をしながら、立ち上がって身体を伸ばす。
リビングの方からはすでに美味しそうな匂いが漂って来ていて、朝の空きっ腹を大層に刺激する。
「ダメですよ、夜更かししちゃ……朝ごはんもう出来てますから、早く支度して出てきちゃってください」
「ああ、いつも悪いな」
言って、樹はリビングの方へと消えていった。
そんな後ろ姿を見送ってから、俺は早々と部屋着から学校の制服へと着替えて、一つ大きなあくびをかいてスマホを手に取る。時刻は朝の六時半、およそ四時間は睡眠を取れたにも関わらず机で寝てしまった事が原因なのか、全く疲れが取れていない。
リビングからは、犬吠埼姉妹の談笑する声が聞こえる。
一応言うと、ここは俺の家だ。
では何故、犬吠埼姉妹が朝っぱら我が家に居るのかと言うと……それはおよそ三ヶ月前の出来事に遡る。
彼女達と共に朝食、並びに
とある理由から、俺は先輩から普段の食生活について問い詰められる事があった。
何でも、普段から部室で100円の購買パンばかり食べてるのが気になったらしく、それをきっかけに根掘り葉掘り聞かれる事となり……
言い逃れなど出来る訳もなく、そもそもの話が別に隠すような事でも無かったので、洗い浚い吐くことになった。
しかし、楽観的な俺とは対照的に、それを聞いた風先輩は激昂し、どうにか俺の食生活を矯正してやると息まいたのだ。
その結果、住むマンションが同じだったのもあり『どうせなら朝と夕は一緒に食べよう』という話になって、今に至る。
最初こそ樹はまだ中学への入学前だった事もあり、あまり積極的ではなかったが、最近はもっぱら日常の一部となっている。
「おはよう」
リビングに出ると、既に風先輩と樹は朝食を食べ始めていた。
「おはよう、和人。先にいただいてるわよ?」
「はい、お構いなく。俺もすぐに食べますんで……」
椅子に座って、ハムエッグが乗せられたトーストを前に手を合わせる。
「いただきます」
犬吠埼家との食事は、基本的に朝は家に来てもらって、夕方は俺が向こうにお邪魔するといった形になっている。
因みにこのローテになったのは俺が樹以上に朝が弱いからだ。今日なんかは寝てた場所が場所だったので目覚めも早かったが、いつもは風先輩の愛の正拳突きによってパッチリな目覚めを果たしている。
「風先輩、今日の活動って何がありましたっけ?」
「ん?幾つか部の助っ人に出てくれって依頼が来てるけど、和人が出るようなやつは無かったはずよ」
「よし、それなら放課後は部室で昼寝してても大丈夫そうだな」
「そういう事は思ってても言わない方がいいんじゃ……」
そんな取り留めもない会話が、朝の桐ヶ谷家の食卓の様子だ。
それぞれ朝食を食べ終わると、樹と一緒に片付けをして、家を出る。
学校までは大体徒歩で二十分ほどなので、七時に出発すれば朝の集合にも遅れる事はない。
とは言え、俺も樹も学校に遅れるほどではないにしろ、そんな早朝に起きる事が出来るような人間ではない。その為、いつも風先輩に頼りきりになっている現状がある。
だからって正拳突きで起こすのはやめてほしいが……
□
午前の授業を越えて、昼休みになれば俺にとって至福の時間がやって来る。そう、部室での昼寝だ。まず、勇者部の部室に向かう時はいつも友奈や美森と一緒に向かうので、二人に視線を向けた。
すると、二人も同じタイミングこちらを見て、いそいそとやって来た。
「お待たせ、カズくん」
「おう、それじゃあ行くか」
二人を伴って教室を出ると、一直線に家庭科準備室へと向かう。
「和人くん。お昼を食べ終わったら、またスマホ版のホームページについて意見をもらってもいい?」
「ああ、良いぞ。あっちは美森に任せきりだし、それくらいはお安い御用さ」
それによって昼寝の時間が減る事になるが、本来なら俺がやるべき仕事を彼女に押しつけてしまっているので、せめて手伝いくらいはしてあげたい。
部室に到着すると、三人してテーブルで弁当を広げる。
「友奈と美森のは相変わらず気合い入ってるな。見事に全部和食だし……」
横目に友奈の弁当箱を見ながら言う。
「カズくんのも凄く美味しそうだよ!確か、風先輩が作ってるんだよね?」
「それなら、和人くんも十分に幸せ者よ。先輩程の腕前の人が、毎日食事を作ってくれてるんだもの」
「お陰様でな。そりゃあもう、感謝してもしきれないよ」
実際、風先輩の作るお弁当はめちゃくちゃ美味い。
先輩にはそこまでしなくて良いと言っていたのだが、二人も三人も変わらないと言い張る彼女に根負けして、今ではもうすっかり世話になりっぱなしだ。
一応、昼の食費は三人分俺持ちなので、それで何とか相殺している。
そうして、三人ともまばらなタイミングで昼食を終えると、後は自由時間だ。
という訳で、俺は美森の傍から覗き込む形で作業に着手する。友奈は何か面白そうに後ろから眺めていた。
「ここの事なんだけど……」
「そこはこうすれば……」
勇者部内にヒエラルキーはないが、少なくとも得意分野は割と顕著だ。
中でも俺と美森は電子機器特化な部分があるので、自然と二人で作業する場面は多い。
だが、そうしていると……
ふとした時に懐かしさのような物を感じる事がある。
何故かは分からないが、まるでそうした時間を彼女と過ごすのが初めてじゃないかのような、そんな感じがしてならないのだ。
そして、この既視感とは、いつも俺が失った記憶を刺激された時に起こるものに似ている。
その事から、一度彼女に過去に会った事がないか聞いた事がある。
しかし、何と彼女も俺と同じく、大橋での事故が原因で小学最後の二年間ほどの記憶がなかったのだ。
故にそれ以降は、お互いそういった事はなるべく話さないようにしてる。
今もまた、そうだ。
「ありがとう、助かったわ」
「ああ、また何かあったらいつでも聞いてくれ」
粗方のアドバイスを終えると、再び美森はパソコンに向かう。
それを横目に、俺はぐっと背筋を伸ばしながら、待ちに待った時間へ突入する。
「少し寝る。友奈、時間になったら起こしてくれ」
「りょーかい!」
言って、ソファーに寝転ぶ。
数ヶ月ほど前に部室に設置したソファーは、俺にとって昼休みの楽園だ。そこで昼寝をして、午後のパフォーマンスをより良いものにする。だから多少の夜更かしも計算の内という事だ。
薄く微睡んだ意識に、友奈達の話し声が聞こえてくる。
途中からそこに風先輩や樹の声も加わって、昼下がりの雰囲気はより温かな物になる。
今ではこうして何事もなく讃州中学に通い、勇者部での活動をエンジョイしている。
しかし、俺と言う人間はその一年よりも前の記憶がない。
両親の事も、友達の事も、何も覚えていない。
その片鱗さえも有り得ない事から、もはや記憶が戻る事を半場諦めている自分が居る。以前はそれこそ、抜け殻に等しかった俺にとって、こうして昼休みに部室で過ごす時間すらもかけがえのない物だ。
もしも、それが危険に晒されるような事があれば、俺は迷わず自身の命をかけてでも守るだろう。例えそれが、自分より遥かに強大な敵と相対する事だったとしても……
ただ単に友奈に「カズくん」と呼んでもらいたいし
東郷さんには「和人くん」て呼んでもらいたいし
樹には一人だけ「先輩」って呼ばれてて欲しいですよね
そういう概念が作者の中にありました