昼休みが終わると、午後の授業が始まる。
教室の端で、窓際に位置する席に座っている事もあり、何処か授業は上の空に外の景色を眺めながらあくび交じりにノートを取る。昼休みに部室で寝ていなかったら、確実に俺の意識は夢の世界へと連れ去られていた事だろう。
そんな折、教室内にこれまた愉快な声が響いた。
「あっ、な、何でもない……!」
「結城さん」
「はいぃ!?」
ガタっと音を立てて、友奈が席を立つ。
「はぁ……何でもなくないですよ?」
「すみません……」
驚きの色を含んだ友奈の声と、国語教師の声、そしてクラスの笑い。
見れば友奈が慌てた様子でしどろもどろとしていて、大方授業も聞かずに別の事でも考えていたのだろう。そんな彼女の姿に、眠気は吹っ飛んで自然と笑みがこぼれる。けれど、その時教室に響いたのは、友奈の声でも、誰の物でもなかった。
聞き覚えのないけたたましいアラームが、ある一点から響いたのだ。
「結城さんの携帯ですか?」
「は、はい」
おずおずと言った様子で、けれど予想外を顔に貼り付けた友奈が自身のカバンからスマホを取り出す。そんな様子を俯瞰していると、今度はもう二つ、同じ音のアラームが響いた。
「えっ、俺のも?」
一つは美森、もう一つは俺のスマホから発せられていた。
しかしスマホの電源は授業前にしっかり切っていたはずで、第一こんな音のアラームを設定した記憶はない。普段から豆で生真面目な美森まで同じタイミングという事に、若干の訝しみを覚える。
「今度は桐ヶ谷さんと東郷さんですか?」
呆れ交じりな教師の声。
授業中にアラームが鳴るのは自身の不注意でしかないので、身の縮む思いをしながらスマホを取り出した。
「ん、何だこれ?」
すると、画面には妙な表示がされていた。
危険性をほのめかす赤いディスプレイに、デカデカと画面を占有する樹海化警報の文字。FORESTIZE WARNING、人類保護、出動してください、バーテックスなどと言った意味の分からないものだばかり。
画面をタップしても、電源ボタンを押しても、スマホはその画面のまま一切の操作を受け付けない。ウイルスにやられた可能性を考えた時、ようやくアラームが止まった。
「すみません、止まりまし…た……」
安堵の滲んだ友奈の声に、続いて困惑の色が浮かぶ。
だが、その困惑は当然のものだと言える。かく言う俺も例に漏れない。周囲を見回すと、それまで小笑いしていたクラスメイトも、呆れ交じりだった教師も、その全てがまるで時間そのものが止まってしまったかのように、ピタリと停止して、動かなくなってしまっていたからだ。
だが、見ればその中で、友奈と美森だけは困惑の表情を浮かべて右往左往としていた。
「友奈、美森!良かった、二人は
「うん。でも皆、いきなりこんな風になっちゃって……どうしちゃったんだろう?」
友奈が周囲を見回しながら言う。
明らかに尋常ではない雰囲気、日常的な風景だからこそ感じるこの途轍もない違和感。少なくとも、これがクラス中巻き込んだ盛大な悪ふざけとか、そう言った類いの事象じゃないのは明らかだ。
「分からない。とりあえず、他の教室も見に行ってみないと」
「……そうね」
不安そうな二人を元気づけてやる余裕はない。
だが、速やかな状況の分析が必要だ。二人も俺の提案に頷いて、友奈が美森の車椅子を引く形で教室のドアに手をかけた。だがその時、今度は強い揺れが教室を襲った。
「地震?」
美森が呟く。
しかしその流れ、状況に、俺は意識するでもなく反射的にこう言っていた。
「……違う。これは……」
途端、窓の外から眩い光が指す。
「友奈、美森!!」
俺は二人を守ろうと、必死に手を伸ばした。
■
光に包まれた白い視界。
それが晴れて、景色が変化したのは一瞬だった。目を開くと、飛び込んで来たのは虹色彩の幻想的な景色。そこは俺達が元居た教室でも、普段生活している讃州市でもない。非現実、仮想と空想をこれでもかと如実に表した奇怪な世界。だが、何処か言いようのない見覚えを感じる。
――俺は、ここを知ってる?
こういう漠然とした既視感を、この一年で何度か経験した。今回も、それと同じものだ。何処で経験し、何を見たのか、それらの過程も結果も分からないのに、ただ『覚えている』という事だけが確かな、奇妙な感覚だ。
考えるほどに深みへと落ちていく、そんな感覚を表層まで戻したのは、二人の言葉だった。
「さっきまで、教室に居たのに……」
「私、また居眠りしちゃってるのかな?」
状況が示す通りではあるが、そこには友奈と美森も居た。
それだけで、今の俺にとってやるべき事は即座に確定する。少なくともそれは、正体の分からない感覚を追いかける事じゃない。状況を即座に分析し、二人を守る。ここは勇者部の男手一つとしてやらなければならない。
「二人共、携帯を」
「え?あっ、うん!」
声をかけると、我に返った友奈と美森もスマホを取り出した。
「表示が、変わってる?」
美森がそう言う。
先程までの赤い表示は消えているが、画面に映し出されているのは普段通りの姿ではない。特殊な背景に、数の目減りしたアプリ、残っているのは『勇者部』で使用しているSNSアプリと通話機能くらいなもので、これではどうする事も出来ない。
八方塞がりな状況でその場に居ると、傍らの茂みが不意に揺れた。
「っ、誰だ!」
反射的に叫ぶと、そこから出てきたのは見知った顔の二人だった。
「アタシ達よ。三人共、無事でよかったわ」
「……何だ、先輩と樹か。脅かさないでくださいよ」
警戒心マックスで「誰だ」とか叫んだのが恥ずかしい。
状況は依然として変わらないが、一先ず知り合いに会えた事に胸を撫でおろす。
「わああ!風先輩、樹ちゃん!良かった、二人とも何ともなくて……」
相当不安だったのか、友奈が二人に抱きついた。
無理もない。さっきまでは美森や俺を不安にさせない為に気丈に振舞っていたが、こんな状況で怖がるなって方が難しい。だが、それはそれとして考える事、並びに不可解な事は沢山ある。まず、風先輩や樹までここに居る理由、更に不自然に変化した勇者部のアプリ。見ればそれは、部員各員の居場所を示すマップへと変貌を遂げている。
それらの事情を、恐らく
他ならない。このアプリを入れる事を推奨したのは、部長たる犬吠埼風なのだから。
「不幸中の幸いね。アタシ達が『当たり』だとは思わなかったけど、三人がスマホを手放してたらもっとまずかったわ」
「やっぱり、この状況に関して、何か知ってるんですね?」
俺が問うと、風先輩に皆の視線が集まる。
俯きがちに真剣な表情をした先輩に、場の雰囲気も重苦しいものになる。その眼差しと沈黙は、彼女が俺達の知らない何かを知っている事を暗に示していた。それを前にして、俺は「頼むからあなたから言ってくれ」と乞うような思いだった。
彼女を問い質すような真似は、出来ればしたくないし、同時に疑うのもごめんだ。だから、俺が何か言うまでもなく彼女から言ってほしいのだ。
「………皆、落ち着いて聞いて」
それが通じたのかは分からないが、幾度か逡巡を経て先輩は話し始めた。
その話は衝撃的なものだった。
風先輩は大赦から派遣された者であり、彼女は意図してこのメンバーを勇者部として集めた。彼女が言う『当たり』とは、文字通り俺達がこの世界に呼ばれた事そのものを指すものであり、この奇妙な空間は神樹が作り出した『樹海』と呼ばれる特殊な結界らしい。
そして、彼女は言った。
「神樹様に選ばれたアタシ達は、ここで
「戦うって……」
――何と?
そんな問いへの答えは、友奈の質問が明らかにした。
「あの、そう言えばこのマップに表示された点……何ですか?」
言われて視線をスマホに落とすと、そこには俺達四人以外に別の表示が一つこちらに近付いて来ていた。
ピンク色の、俺達よりも一回り大きな表示で『乙女型』と書かれたそれ。風先輩はそれが来ている方向を睨んで言った。
「来たわね。遅い奴で助かったわ」
風先輩の見ている方向に、目を凝らす。
すると、何やら巨大な生物のような物がふよふよと浮かびながらこちらに向かってきていた。遠目からでも分かるのは、アドバルーンのような奇妙な見た目をしたそいつが、地図に表示された謎の存在であるという事。
「あいつはバーテックス。アタシ達の世界を殺す為に攻めてくる、人類の敵よ」
「世界を、殺す?」
「あいつの目的は神樹様に辿り着き、この世界の恵みである神樹様を破壊すること。そうなれば、アタシ達の世界は終わる」
あまりにもスケールの大きな話にたじろぐ。
人なんかよりも何倍も大きく恐怖的な存在を前にした事による恐怖と、世界が終わるという単語への危機感。その二つの板挟みに苦しみながら、俺は彼女に問いを投げた。
「戦うって言っても、あんなのを相手にどうしろって言うんですか?」
「方法はあるわ。戦う意思を示せば、このアプリのシステムがアンロックされて、神樹様を守る『勇者』となるの」
勇者、またしてもこの単語だ。
「戦う?そんな化け物と、俺達が……?」
――勇者として……
それを聞くたびに胸が熱くなって、指すような痛みが走る。でもそれは、戦う事に対する恐怖じゃない。それならば、最初から俺にとってやるべき事は一つしかない。シンプルでかつ明確な二択が目の前に存在して、
――戦う道を選ぶ。
「っ、皆伏せて!!」
風先輩が叫んだ。
その瞬間、バーテックスが放った丸い物体がこちらへと飛んできた。それをある種加速的な意識の中で見つめ、叫ぶ。
「俺は、俺の意思で戦う……!」
赤く鮮烈な光が脳裏を幾度も過った。
閃くのは銀色。
星を撃ち落とす光が数多の『戦闘経験』をこの身へと投影する。
それは僅かコンマ一秒程度の停止であり、刹那、この身は意思のままに躍動した。手元に出現した黒い直剣を僅かな動作で振る。
「はああ!!」
▽片手剣4連撃技▽
ホリゾンタル・スクエア
滑らかに繰り出した神速の四連撃で、接近してくる丸い物体を全て切り裂く。
斬られた物体は空中で爆発して、その熱い爆風を背に受けながら、俺は再び元の場所に着地した。
「カズくん、その姿……」
友奈だけでなく、他の面々も同様の反応だった。
俺の姿はそれまでの制服から一転して、質感がよく軽い布地の黒い上着とズボン。まるでファンタジー世界の剣士を思わせる格好に、手に持っているのはこれまた漆黒の刀身をした直剣だ。
「これが和人の勇者としての姿……それに今の斬撃も、早過ぎて全然見えなかった」
事情を知っていた風先輩すらも驚いている様子。
でも、そんな三者三様な様子の彼女達とは対照的に、俺の思考は透き通る事なんとやらの言葉が付きそうなくらいにはクリアで、同時にこれ以上ないほどに集中できている。その証拠に先程の斬撃は、意識せずとも
細胞単位で体が戦い方を覚えている。
そう表現できるくらいには、この姿にしっくりくる。手にどっしりと伝わる剣の重みすらも、魂の空虚を満たす。
「俺は……戦うよ」
その一言が、俺の答えだった。
「戦って、それで皆が守れるって言うなら、俺にそれ以上の理由は必要ない。……それに、勇者部唯一の男として、カッコ悪い所は見せられないからな?」
微笑んで、強がって、視界に映る大切な存在を眼に焼き付ける。
「和人先輩……」
背に樹の心配そうな声を受けながら、剣を構える。
――そうだ、この半身を引く構え。これでいい、深くは考えるな。
迷えば負ける。今はただ戦う事にだけに集中し、それ以外は全て捨て置く。足に力を込めて、バーテックスへ向かって一直線に疾走する。頬を撫でる風を感じながら、再び剣を強く握りしめる。
この日、俺は日常を生きる讃州中学勇者部の桐ヶ谷和人から、非日常を駆ける『剣士』となった。
メタい話、キリト君をそのままわすゆ編から持ってきたりすると強すぎてバランスが崩壊するので記憶関連で大幅にナーフが入ってます
衣装はAW編のカセドラル上る時のやつです
それでも技とか技量は引き継いでるのでめっちゃ強いです