風船みたいな生成物に注意しつつ、アドバルーンのような巨体との距離を縮めていく。
勇者の身体能力は凄まじく、バーテックスが相手でも対抗するだけの戦闘能力は十分に所持している。その証拠に、この数キロにも及ぶ距離をほぼ二つ跳びで踏破し、最初に迎撃した四発も含めて爆弾も全て無傷で切り抜けていた。
そして、今まさに間近に会敵する。
「近くで見ると凄い迫力だな。これは骨が折れそうだ」
バーテックスの周囲に漂っていた
「爆弾には生成の前に溜めがある上に、帯も厄介だけどそこまで早い訳じゃない。手札がそれだけなら、十分にやれる!」
更に加速してバーテックスを翻弄し、その隙をついて懐に潜り込む。
▽片手剣2連撃技▽
バーチカルアーク
振り抜いた剣が二度の斬撃を刻む。
すかさずその場から離脱すると、再び隙を見て接近し剣を振る。使う度に手に馴染む、この技の名前は『ソードスキル』。特定の動作を斬撃の前に挟む事で発動し、一時的に限界を越えた速さで剣を振る事が出来る。
その威力も、通常の斬撃とは比べ物にならない。
バーテックスに反撃を許さないまま、鬼気迫る勢いで攻め立てる。
敵には見たところ再生能力があるようだが、ならばそれすらも上回る速度で破壊すればいい。
帯と爆弾を捌きながら、一進一退の攻防を繰り返す。
途中、何度も帯の攻撃や爆発の余波で頬や薄皮を切って血が流れるものの、そんな物は意識を乱すトリガーにはなり得ない。
「集中だ。直撃さえもらわなかったら、かすり傷程度は無視していい。それよりも厄介なのは……」
常に手を変え、敵を倒す方法を考え続ける。
再生能力のせいであと一押しが足りない今、もっと効果的な一撃が必要だ。
しかし、その為にはもっとこの力に順応する必要がある。少なくとも今のままでは力不足、撃破に必要以上の時間がかかってしまう。
「帯の攻撃で一々距離を離される上に、この再生力。斬撃との相性が悪い」
攻めあぐねる状況が、焦燥を駆り立てる。
然しそこで、救援が駆け付けた。
「和人、アンタ前に出過ぎよ!」
響いた風先輩の声で、俺は意識が急速に元の速度へと戻る。
こちらに跳躍してくる風先輩と樹。見たところ、その姿はどちらも勇者として変身しているようだった。
「和人先輩、傷だらけじゃないですか!?無茶し過ぎです!」
血相を変えた樹が俺の体を心配そうに見つめていた。
「え?あぁ……大丈夫。これくらいかすり傷だよ」
案の定、かすり傷は無視していただけに体中それなりにボロボロだ。
あの苛烈な攻撃の中を動き回っていたのだから、当然と言えば当然。悪く言えば、少しばかり気に留めな過ぎただろうか。
「かすり傷って、アンタねぇ……幾ら
そこで、風先輩の話した内容に聞き覚えのない単語を見つける。
「ちょっと待ってください。精霊のバリアってなんです?」
その問いに風先輩は見た方が早いとばかりに指を鳴らす。
「この子の事よ」
「うおっ、何か出た!?」
風先輩の前に、突然モモンガみたいな不思議生物が出現する。
「これが、この世界を守ってきた神樹様の遣いである精霊よ。この子達がアタシ達にバリアを張って、バーテックスの攻撃が身を守ってくれるの。アンタのも居るでしょ?」
「いや、特にそう言ったのは……」
返答すると、風先輩は動揺を露にして声を張り上げた。
「はぁ!?嘘……じゃあアンタ、精霊のバリア無しで
信じられないと言った様子で俺を見る風先輩。
しかし、忘れてはならないのがここは戦場だと言う事である。その真っ只中で平和的な会話をしていられる時間はそう長くない。
「お姉ちゃん、バーテックスが!」
樹が声を上げる。
その示唆した先では例にもれず、バーテックスが俺の与えた傷を再生し、今にも活動を再開しようとしていた。その様子を見た風が僅かに舌打ちし、ビシッとした様子で俺に言い放った。
「ああもうっ!とりあえず和人はこの場で待機!バーテックスはアタシ達でどうにかするから、精霊のバリアがないアンタは絶対に前に出ちゃダメ。樹、行くわよ!」
「うん。和人先輩はここで休んでてください!」
「ちょっ、おい!…………行ってしまった」
既に風先輩も樹も遥か遠く、置き去りにされた俺は何とも言えない表情で立ち尽くした。
□
風から見た和人の戦いぶりは、鮮烈の一言だった。
全ての攻撃を紙一重で避け、自身の斬撃で相手を削る。持ち前の速度を活かしたヒットアンドアウェイは実に有効な一手だが、実行するには相当な技術を必要とする。それをやってのける強さと、光り輝く剣技の純粋な威力。
彼女が知らせられていた和人の情報は、もとよりそこまで多くない。
『常軌を逸した存在』『勇者の枠の越えた者』といった曖昧な評価のみで、風にはその真意が見えていなかった。ただ、男であるにも関わらず勇者に選ばれるほどのセンスがある、という程度の認識。
それは今、丸っきり覆った。
聞けば、彼は精霊のバリアなしであの戦いぶりを演じていたらしいのだ。何故彼にだけ精霊が居ないのかは不明だが、事実として彼はそんな死と隣り合わせの極限状態で、バーテックスに凄まじいダメージを与えた。それも自身は、大きなダメージを受けることなく。
だが、それを風は容認する訳にはいかない。
戦闘が進むと、そこに友奈も参戦して戦況は徐々に有利に働く。
決め手になったのは、彼女の拳がバーテックスに致命的なダメージを与えて、封印の儀式が可能になった事だ。敵を囲んで封印の儀式を行えば、弱点である御霊が出現し、それを破壊する事でバーテックスを撃破できる。
「それなら、私がッ!!」
友奈が跳躍して拳を御霊に叩きつける。しかし、御霊の硬度は予想以上で傷一つ付かない。
「か……かったぁぁあいい!?」
厚い岩や鋼を素手で殴ったら、拳の方が砕けるのと同じように、友奈は拳に走った痛みに悶絶する。
そうしている間にも、封印できるカウントダウンは刻一刻と迫っている。
「友奈変わって!ここはアタシの女子力を込めた渾身の一撃で……」
生半可な攻撃では埒が明かないと判断し、風がバーテックスの巨体すら踏み台にして一際大きく飛び上がる。
「喰らいなさい!!」
落下の勢いを乗せた大剣を振り下ろす。
すると、御霊に一筋のひびが入る。あと数撃、同等の攻撃をすれば破壊できる。その予感が確信に変わった時、その場に少年の声が響いた。
「──ナイス、風先輩!」
上空から黒いシルエットが一直線に御霊へと落下してくる。
「和人!アンタは前に出ちゃダメって言ったじゃない!」
風が怒鳴り声を上げるが、生憎と既に攻撃体勢に入った彼には届かない。
▽片手剣重単発技▽
ヴォーパルストライク
引き絞った剣にクリムゾンレッドの光が宿り、ジェットエンジンのような轟音を立てる。
その切っ先に揺らめく炎のような赤が、今の彼に放てる最大の一撃を刻む。
「これで……終わりだ!」
渾身の刺突が御霊に突き刺さる。
その硬度を諸もとせず貫いた重一天により、御霊は完全に破壊され、核を失ったバーテックスも砂となって消えていった。
■
バーテックスを倒すと程なくして、俺達は現実に戻ってきた。
樹海が解除され、そこは讃州中学屋上にある祠の前だった。目の前には、何事もなく時を刻み始めた讃州市の姿がある。それを見てようやく、俺達は世界を守ったのだという実感を持てた。
「皆、今回の出来事には、気付いていないんだね」
「そっ、他の人からすれば、今日は何の変哲もない木曜日。アタシ達で守ったんだよ?皆の日常を……」
戦いは終わった。
そう思うと、ドッと疲れが出てくる。
「何はともあれ、一件落着って事か」
「あっ、因みに世界の時間は止まったままだったから、今はもろ授業中だと思う」
「はぁ!?」
矢先にこれだ。
風先輩の言葉通りなら、俺達は授業中にいきなりアラーム鳴らしてその場から消滅した不思議存在確定だ。
「まあ、その辺は大赦からフォロー入れてもらうわ。……それよりも、和人?アンタにはこれから保健室で怪我の治療と、勝手に前に出たお説教が待ってるからね?」
ゴゴゴと擬音が先輩の背後に見える。
笑顔なのに目は笑っていない表情を見て、俺はあからさまに顔をしかめる。
「げっ、忘れてた……冗談じゃない。治療はともかく、あんなしんどい戦闘の後に説教なんてごめんだ!」
となれば、ここは逃げの一手だ。
俺は一目散に屋上から逃げ出す。
「あっ、おいコラ!待ちなさい和人!!」
授業中である事も忘れて開始したリアル鬼ごっこ。
結果だけ言うと満身創痍の状態でフィジカル化け物の風先輩から逃げ切れる訳もなく、俺は一分後にあっさりと捕まり、保健室に連行された挙句にこってり絞られたとさ。
キリトくんの力はこの先物語でめちゃくちゃ大切になってくるから描写するのも結構慎重になります
彼の力はまだまだ謎だらけの状態なのでその辺をこれから少しずつ回収していきたい