俺達が勇者になってから、約一か月半が経過した。
季節が春から夏へと移り変わろうという梅雨の時期に、三度目の侵攻は訪れた。端末に『やぎ型』と表示された、カプリコーンの名を冠する個体が悠々と向かってくる。これまでのバーテックスもそうだったように、この個体も恐らくは何か特殊な攻撃手段を有している。
一体だけとは言え、油断は命取りだ。
「まずは遠距離から牽制しつつ、速攻で距離を……」
作戦を提案しようとした時、ヒュンと風を切る音と同時に響いた爆発音がそれを遮った。
「何だ!?美森か?」
「私じゃない」
彼女が否定すると、第二陣が到来。
だが、今度は確かに目視できた。バーテックスに突き刺さり、爆発したのは細身の剣だ。そして、放たれたのは遥か上空から、その正体を確かめるべく視線を上に向けると赤いシルエットが垣間見えた。
「ちょろい!」
一息にそれだけ告げて、赤い少女は再び剣を投げた。
それはダメージを受けて疲弊したバーテックスを囲うように樹海のつるに突き刺さる。
「封印開始!」
囲った剣から花弁が舞って、バーテックスの内側から御霊が出現する。
「あいつ、まさか一人でやるつもりか?」
俺達の事などまるで見えていない様子で単独でバーテックスと戦う。
勢い衰えぬままあっという間に封印の儀まで行き、御霊までも砕こうとしていた。追い詰められた核は最後の抵抗として、周囲に目くらましの煙幕を放った。
「煙幕……!」
「見えないー!」
放たれたガスによって勇者部の面々は視界を塞がれる。それは赤い少女も例外ではないが、彼女はそんな物意に介さないとばかりに二刀を構えた。
「こんな目くらましをしたって、気配で見えてんのよ!!」
煙幕の中を迷う素振りすら見せず一直線に跳躍し、二刀を振り抜き御霊を切り裂いた。
「殲・滅」
それによってバーテックスの巨体は砂となって崩れ、俺達が出る間もなくバーテックスは殲滅された。
煙幕も晴れて、赤い少女は目の前に降り立つと威風堂々たる佇まいで俺達五人を見定める。
「ふーん、アンタ達が先に戦ってた勇者か……揃いも揃ってぼーっとした顔してんのね?」
「は?」
吐き捨てられた言葉に思わず困惑の声が漏れた。
「こんな奴らが神樹様に選ばれた勇者ですって?……ハンッ」
コイツ最後に鼻で笑いやがった。
勇者の一面は困惑、俺は心中で憤りのメーターが一マス上がる。
「えっと、誰?」
友奈がおずおずと言った様子で聞くと、赤い少女はこれまた不遜な態度で言い放った。
「何よちんちくりん」
「ちん!?」
口が悪すぎる。
勇者装束からして彼女も勇者なのだろうが、あまりにも態度が不遜すぎやしないだろうか。曰く勇者とは純粋無垢な少女が選ばれるらしいが、これを言うに事欠いて『無垢』と呼べるかははなはだ疑問である。
「私は三好夏凜。大赦から派遣された、正真正銘、正式な勇者!つまりあ・な・た達は用済み。ハイ、お疲れ様でしたー」
「「「「「えぇぇええ~~~!?」」」」」
■
時は流れて翌日。
昨日のモヤモヤもようやく忘れかけ、友奈や美森とだべって迎えた朝のホームルーム。しかし、そこで俺は忘れかけた感情を再び思い起こさせる事となる。
「今日から皆さんのクラスメイトになる。三好夏凜さんです」
「うわっ」
俺はあからさまに微妙な表情をした。
担任が主体となって自己紹介は進んでいき、編入試験が満点だった事や、昨日の態度とは打って変わった普通の自己紹介にクラスの面々、特に男子は興味に沸き立つ。
そんな中で顔をしかめる奴なんて俺くらいなもんだから、当然夏凜と目が合う。しかし………
「フッ」
「なっ!?」
また、笑いやがった。
これで二回目である。彼女はそれから何事もなかったかのように席についた。
午前の授業は内容も頭に入らないままに終わり、昼休みへと突入。
勇者部に普段の面子と、そして新たな勇者である三好夏凜を合わせた六人が集まった。
「編入生の振りなんて面倒くさい。まあ、私が来たからにはもう安心ね。完全勝利よ!」
既にこの先の戦いにすら勝利宣言をしている。
その自信の理由は、本人が言う所の大赦から派遣された『正式な勇者』って肩書き故だろうか。
「どうして今になって……何故、最初から来てくれなかったんですか?」
美森が首をかしげて質問する。
その疑問は多かれ少なかれ、この場に居る全員が抱いていたものだろう。最初の時点での勇者部はハッキリ言って、バーテックスと戦う上で万全の状態とは言い難かった。もしも最初から彼女が居れば、もっと安全にバーテックスと戦えていた。
「私だって、最初から出撃したかったわよ。でも、大赦は二重三重に万全を期しているの。最強の勇者を完成させる為にね!」
曰く、彼女は自身を、俺達を先遣隊として収集された戦闘データを元に訓練された『完成型勇者』だと語った。
大赦によって正式な訓練を受け、バーテックスを戦う為に英才的な教育を受けてきた。それが彼女の自信の正確な出所であり、だからこそこれが傲り高ぶりでない事に絶対的な確信を持っている。成程、聞くだけの話なら結構な事だ。
実際、昨日の戦闘において、彼女の活躍は凄まじいものだった。戦闘能力が高いというのも事実であり、素人の技量じゃないのも頷ける。
しかし、それは俺の不機嫌を鎮める理由にはならない。
「最強の"完成型"だって言うなら、もっと俺達先遣隊のアフターケアもしっかりして欲しいもんだけどな」
「あ?」
明後日の方向をむきながら言った言葉に、当然の如く夏凜は反応を示した。
「アンタは確か……大赦が再三言ってた『特別な勇者』って奴?戦闘能力は過去最高クラスだって聞いてるけど、今の言葉……精神年齢はお子ちゃま以下って所ね」
「君の傲岸不遜に比べたら可愛いもんだろ。こっちは死にそうな思いしながら、今まで
「やっすい挑発ね。喧嘩を売ってると捉えていいのかしら?」
「ご自由にどうぞ」
両者の間にはバッチバチの火花が散る。
大赦から派遣されただけあって、向こうは俺の事も当然のように知っている。口論になれば、お互いの長所短所の言い合いになるのはもはや必要だった。
「ハン!精霊も居ないぽっと出のトーシロが生意気言ってんじゃないわよ」
「そのぽっと出のトーシロより出遅れたのは何処のどいつだ?」
一触即発の空気の中で友奈と樹があたふたとしている。
誰が止めるかと言った状況で、まるでこんな状況になるのが折り込み済みだったとばかりに風先輩が仲裁を買って出た。
「まあまあ、二人共落ち着きなさい。勇者部内で無益な争いはご法度よ。和人と夏凜もお互いに挑発しないの」
「「ふん」」
お互いにそっぽを向く。
こんな感じで俺と夏凜の初手の空気は最悪だった。
放課後、俺は勇者部のメンバーと共にかめやにうどんを食べに来ていた。
何やら夏凜も、友奈に誘われていたようだったが、本人は取り付く島もない様子でそそくさと帰ってしまい、結局はいつものメンバーのみ。
俺と夏凜の空気感は言うまでもなく最悪なままで、一旦は風先輩が仲裁して取り持ってくれたが、内心"アレ"と仲良くできるかは分からない。
根っこから悪い奴じゃないのは言動の節々を見れば分かる。
だとしても、初対面であんな態度を取られてはこっちも良い印象は抱けない。
それが原因で、今の俺は現在進行形でモヤっとした気分のまま肉うどんを流し込んでいた。
「和人先輩、今日はまた随分と荒れてるね……」
「何となく"ああ"なる気はしてたけど、見事なまでに水と油だったわね」
「ハハハ……返す言葉もないよ」
樹と風先輩の言葉に若干口角を引き攣らせたものの、悲しい事にそれが事実なのは自分でも分かっている。
反論のしようはなく、出来る事と言えば苦し紛れに乾いた笑いをこぼす事くらい。しかし、俺達は仮にも世界を守る守護者なのだ。いざって時に仲が悪いから連携が取れませんでした、では済まされない。
「でも、このまま溶けあわないままだと、バーテックスとの戦闘でも支障きたすんじゃ……」
心配そうに言う美森。
だが、勿論その辺りは考慮の上だ。
「いいんだ。夏凜の事は友奈とかが頑張ってくれると思うし、俺だって戦闘中まで私情を持ち込むつもりはない」
今は多少つんけんした態度を取っていても、根が良い奴なら友奈辺りが軟化させてくれるはずだ。俺はそうなる時までのんびりゆっくり待てばいい。鼻から歩み寄るつもりが無い訳でもないし、そこは状況次第と言った所で………
何度も言うようだが、決して逃げてる訳じゃない。
「だ、大丈夫だよ!カズくんだって、ちゃんと話せば夏凜ちゃんともきっと仲良くなれるよ!」
「そう簡単に行けば、苦労はしないんだけどな」
友奈はこう言っているけれど、第一印象がアレではどうしようもない。
何か"きっかけ"でも無い限り、お互い腰を据えて世間話なんて出来ないだろう。ここに来て初めて気付いた事だが、俺という人間はこういったトラブルの解決はあまり得意ではないらしい。
ため息をつくのもやむなし。
まさか、この期に及んで人間関係で苦労する事になるとは思わなかった。
■
学校が終われば、いつもの砂浜に行って剣術の訓練をする。
勇者たる者、常に自身を追い込み万全以上の状態でなければならないからだ。
「くだらない」
大赦からの命令で、現勇者が通う学校へと編入したものの、蓋を開けてみれば想像以下の場所だった。最初から期待はしていなかった。私は、三好夏凜は、数多の勇者候補生の中から実力でその座を勝ち取ったのだ。現勇者は誰も彼も、全くもって緊張感が足りない。
勇者とは、神樹様を守る守護者なのだ。
バーテックスとの戦いは、常に命がけで、あんな様子ではいつ足元を掬われてもおかしくない。
砂浜での稽古が終われば、スーパーで弁当を買って帰宅し、続いてランニングマシンでトレーニングを行う。そうして全ての工程を終了すると、後は大赦に簡易的な報告のメールを作成し送信する。
【現勇者は緊張感の無い者ばかり、今後が危惧される】と入力して、そこで最も気に入らない奴の顔が頭に浮かんだ。
「特にアイツ、桐ヶ谷和人」
訓練も受けてないトーシロの癖して、生意気にも私に喧嘩を売って来たあの男だ。
大赦と、私に訓練を付けてくれた
だから、最初はどんな奴なのか多少の興味はあった。
しかしその評価点は、今の所最低より遥かに下回っている。
「精神が未熟で、言動もお子ちゃま。あんなのの何が……」
売り言葉に買い言葉で、桐ヶ谷和人との空気は一触即発だ。
これはもう修復不可能だろうと、私は早くも見切りを付けそうになっている。とは言え、それを報告書にそのまま書くような事はしない。それは言い換えれば、人間関係に関する弱音だと捉えられるからだ。
「はぁ……送信っと」
結局、当たり障りない事だけ乗せて送信ボタンを押した。
すると、その直後にスマホの画面に新たなメッセージが通知される。差出人の欄には『師匠』と書かれていた。この師匠というのが、私に勇者として戦う能力を授けてくれた人、いわゆる恩師に当たる存在だ。
【かりーん、改めて初戦闘お疲れ様。今日讃州中学に編入したんだっけ?現勇者の皆とは上手くやれてる?】と、軽い調子で
「相変わらずね。この人は……」
私に訓練を付けていた頃とまるで変わらない印象に、微笑がこぼれる。
「【様子見の段階につき、今は何とも言えない】っと……」
事の詳細をありのまま話す訳にも行かず、そんな業務的な返事に留める。
それに対しても、すぐに返事が来て【そう?まあ、何か困った事があれば言えよ?あたしはいつだって、お前の味方だからな!】なんて書かれていて、ちょっと申し訳なく思う。でも、仕方がない。こんな"くだらない事"で師匠を心配させるくらいなら、多少嘘をついてでも『上手く行っている』と話した方が余程いい。
「私は、完成型勇者なのよ。皆に緊張感がないなら、一人でも頑張らないと……」
でないと、ここまでに"踏み台にして来た者達"に示しがつかない。
――私は、勇者なんだ。