一触即発の睨み合いから丁度丸一日の間を挟んで、本人は形式的な入部に過ぎないと豪語していたが、その癖放課後はサボらず部室に来ていた。
そればかりか、わざわざ分かりやすい解説まで添えて情報交換と称した会議まで開いてくれたのだ。
昨日や一昨日はあれほど上から目線で、さも当然かのようにこき下ろしていた姿は何処へやら、言動はツンツン尖ったままだったものの純粋無垢な友奈の問いには否定し切れなかったりと、所々に割り切れない性分が見え隠れする。
彼女は世界を守る守護者として、あれやこれやと問題点を指摘し、時には厳しい事を言うけれど、理不尽に人を貶したりはしない。
そう言った姿を傍から見ていれば、多少は胸の中のしこりも解れる。
だからこそ―――
「夏凜の誕生会?」
夕飯の買い物をした帰り道、風にそんな事を言われても特に反発的な思考にはならなかった。しかし、いきなり言われたものだから当然疑問符は浮かび上がる。
「そっ、部室で言ってた『子供会のお手伝い』の話、あったでしょ?その日が丁度夏凜の誕生日だから、どうせなら皆でサプライズしようって話になったのよ」
そんな俺へした風先輩の説明は、特に不自然な点のない納得のいくものだった。
提案者は恐らく友奈か樹辺りだろう。特に友奈なんかは何事にも前衛的だし、何かしらの理由で夏凜の誕生日を知り、即座にそういった提案をしてもおかしくはない。
しかし、そんな話を彼女達はいつの間したのだろう?
「それはいいと思いますけど……
「今日、夏凜が帰ったすぐ後……つまりはついさっきよ。アンタ、いつもの如く会議が終わったら暇だからってソファーで寝てたじゃない?樹に止められなきゃ愛の正拳突きで叩き起こす所だったわ」
「寝てたのは俺が悪いですけど、火急の用じゃないなら、もうちょっとマイルドな方法を希望します」
拳を握り締め、力こぶ上等な風先輩の姿はとても女子力(獣)を体現しており、隣で聞かされる俺は辟易を越えて消沈とした。
まあ、これに関しては半々だろう。仕事がないからと、部室で眠りこける行為が褒められた物じゃないのは理解している。とは言え、風先輩レベルの怪力でどてっぱらをKOされる身にもなって欲しい。
「愛の伝え方は人ぞれぞれって事ね。このアタシの女子力があれば、毒りんごの深い眠りも即座に吹き飛ぶってものよ!」
「ハハッ、眠り姫に正拳突きする王子様なんて、冗談でも見たくはないですね」
この人の言う親愛と友愛には取り扱い注意のシールを張っておいた方が良さそうだ。
これ以上やっていても変な藪蛇を突きかねない。主に翌朝、俺の目覚めに耐え難い悶絶がもたらされる可能性が増える訳だ。それなら、くだらない無駄話には早々に終止符を打った方が良い。
その為に、俺は一度コホンと咳を挟み、話題を当初していた軸に強引に戻す。
「それで……夏凜の誕生日がなんでしたっけ?」
「あー、そうそう。和人、アンタには樹と友奈と協力して、会場の飾り付けとかをやってもらおうと思ってるの。手先は器用、要領も良いって事で、主に雑多な舵取りを任せられたらなーって」
「これまた絶妙なのを……俺、ていの良い小間使いとかじゃないんですけど?」
「信頼してんのよ。そういじけないの」
何て嫌味一つない笑顔で言われたら、こっちも首を横に触れない。もともと断るつもりはないが……
――調子のいい人だな。
と思いこそすれ、絶秒なラインで過不足を心得た面倒くささなのもまた、犬吠埼風という少女がただのお調子者じゃない事を証明している。特に妥協などを嫌う夏凜なんかは、これからこの人に散々振り回されるのだろう。
■
そうして迎えた誕生会当日。
誕生会の準備はレクリエーションと並行して前日中に行われ、料理は勿論、目玉のバースデーケーキは何と言っても風先輩と美森のお手製だ。そんな傍から見ても至れり尽くせりなサプライズパーティーではあるが、当然ながら子供会の手伝いも手を抜く訳にはいかない。
事前の打ち合わせ通り、誕生会の方は風先輩に任せ、俺はレクリエーションの方の取り仕切りに注力した。
当日の飾り付けから、子供達の相手に、万が一トラブルが起きた際の対処に至るまで、監督役的な立ち回りを期待された際は早々に辞退したかったが、『信頼している』の一言だけでやる気になる辺り、俺もちょろいというか……
とは言え、それも風先輩が相手だからだ。
勘違いされる事があるので言っておくが、俺は風先輩の事を信頼しているし信用している。割と本気で尊敬している先達から『信頼している』などと言われたら、這う這うのていになろうと全うするしかない。
逐一現場の状況を見ながら、自他共に過重労働を強いない程度のローテーションを回す。
俺、友奈、樹の
「ふぅ、そろそろ一旦休憩するか。友奈、こっち任せていいか?」
「りょーかい!カズくん副部長!」
「うるさいよ。この部に副部長なんて役職は無い。それに『くん』呼びと『副部長』が混在してるからそれ」
昨日から友奈と樹はずっとこの調子だ。
何かと面倒事をたらい回しにされやすいのは否めないが、だからと言って副部長などと言う仰々しい役職についた覚えはない。こっちはあくまで『仕方なく』のヘルプ的スタンスを崩したくないのに、副部長なんて役柄を受け入れたらそれこそ言い訳が出来なくなる。
呼ばれる度に逐一訂正するのも億劫だが、無視なんて決め込んだ日にはそれこそ相手の思うつぼだ。なし崩しがある時を境に当たり前になり、俺の名前の頭辺りに『新たな役職』が修飾される事は目に見えているので、是が非でも否定を怠ってはいけない。
遊びたい盛りで元気の有り余った子供達を友奈に押しつけて、俺は児童館の端で腰を据え、クーラーボックスから取り出したペットボトルの緑茶を喉に流し込む。
六月とは言え、少し早い初夏の兆しに冷えた飲み物は格別で、つい「ぷはぁ」と老木じみた声がもれる。渋い、あまりにも渋い幸せ。若かりし男子中学生のこぼす吐息ではないだろうと思えど、噛みしめるものはいつだって自由だ。
故に、傍にサラサラな金糸の少女が来ても、俺はお構いなしにそれを遠慮なく享受した。
「……おっさんみたいな声出てるわよ、和人」
風先輩は呆れ半分な様子でそう言った。
「いいでしょ、休憩中なんですから。風先輩もですか?」
「ええ、少しだけね」
言って、風先輩も俺と同じラベルの緑茶を片手に隣に座る。
そんな彼女に丁度いいからと、俺は軽い口調で話題を振った。
「夏凜との連絡はつきました?」
「いんや、全然。返信なしの音沙汰なし」
両手を上げて降参のポーズをした風先輩に、俺は薄く眉根を寄せて「そうですか」と返す。
そう、今日この場に最も居るべきであろう
本人は当初こそ
少なくともそれくらいの人となりは、この数日だけでも理解できていた。
「単に日付とか集合場所を間違えただけとかなら、良いんですけどね」
「
「それ、自分で言います?」
何だか悲しくなってくる自虐
まあ俺の態度がそこまで良くないのも、先輩がそれなりにズボラなのも自他共に認める事実ではあるので、今更否定はしない。しかし、それを自ら言うのも、自認を振りかざすみたいで精神衛生上あまりよろしいとは言えないだろう。
そんな事、考えれば考える程にアホらしくなってくるので、しょーもない思考はそこでシャットアウトする。
今考えるべきは、夏凜の事だ。
アイツは前日にちゃんと来ると言っていたし、俺もそのつもりで役割分担の計画を練っていた。それが当日になってこれなのだから、急遽ローテーションを変える事になり、苦労したのは言うまでもない。
電話には出ないし、ならば自宅まで呼びに行こうにも回す手がない。
レクリエーションは夕方には終わる予定だが、折角の誕生会は根無し草のようにフワフワと消えていく。
あまりにも力の抜ける内容と結果に、最初は焦りもあってそれどころではなかったが、今になって俺も風先輩もモチベーションはそれなりに下がり始めていた。そんな折だからこそ、俺はにべもなく風先輩にこんな提案をした。
「……これが終わったら、夏凜に文句言いに行きましょう」
「賛成」
追々に自宅への急行を確定的な物にして、お互いに自然な動作で持ち場へと戻っていった。
■
そうして、時刻は夕方の四時を回り、外では夕暮れを報せるカラスが鳴き始めた。
早朝の十時に集合して、この時間まで続いた子供会の手伝いもようやくひと段落し、特に俺や樹は元気の有り余った子供達にもみくちゃにされた事で、
友奈?
あいつは凄いよ。終わった後も、特に疲れた様子もなくピンピンしてたもん。
裏方寄り仕事をしていた風先輩と美森も、最後の方は子供の相手に駆り出されてたし、余裕など一つもなかったと言えよう。しかし、そんな俺達の仕事はまだ終わっていない。
「わざわざ前日から児童館まで行って、子供会の人達にも許可取って迎えたサプライズだったってのに……夏凜の奴、絶対文句言ってやる」
俺と風先輩でわざわざ許可を取りに行って、事前準備まで完璧だったサプライズ誕生会が水泡に帰したのである。
その上、動かせる人員が減った事で子供達に必要以上に揉まれ押され、その苦労たるや文句の一つでも行ってやらなきゃ気が済まない。
しかし、そんな風に黒い執念を燃やす俺を他所に、勇者部メンバーの反応は似たり寄ったりだった。主にサプライズが出来なくて残念がる気持ちと、夏凜を心配する気持ちの7:3くらいな印象で、怒っている奴なんて一人も居ない。
「夏凜ちゃん、寝込んでるとかじゃ無かったらいいけど……」
この結城友奈という少女は人が良すぎると思う。
これではまるで、俺が心の狭い奴みたいだ。
「まあ、その辺は会ってみれば分かるでしょ」
言って、風先輩がインターホンを押す。
だが、待てど暮らせど家主が出てくる様子はない
「留守、でしょうか?」
「いや、居留守の可能性もある。こういう時はだな……」
樹の問いにニヤリと笑んで返し、俺はインターホンを怒涛の勢いで連打した。
これが一軒家なら「遊びましょー!!」と大声で叫んでやっても良かったが、アパートやマンションでそんな事をすれば速攻で叩き出されて終わりなので、これがせめてもの抵抗である。
しかし、尚も出てこない。強情な奴である。
「代わりなさい和人。連打がまだまだ足りないわ。こういう時こそ、アタシの鍛え上げた女子力で――」
腕をまくる仕草をしながら俺の肩に手を置いた風先輩。
その瞬間、ドタドタと家の中から足音が聞こえ始め、俺は咄嗟に風先輩の手を掴んで扉の前から離した。
そこからコンマ一秒ほどの差で扉が勢いよく開く。
「だ、誰よ!?」
ほら、出てきた。夏凜さんご登場です。
血相変えた様子からして、不審者だと思ったのだろう。
残念、生半可な居留守では俺と風先輩をやり過ごすのは不可能なのである。訪ねて来たのが俺達であると分かった夏凜は、それまでの反応とは打って変わって困惑した様子だった。
「あれ?アンタ達……」
「アンタねぇ、何で携帯の電源オフにしてんのよ?」
風先輩にそう問われた夏凜は、心当たりがあるように言葉に詰まった。
けれど、すぐに表情を険しくしてきっと睨みを効かせて来た。
「それはっ……!そんな事より、なに?」
「『なに?』じゃないよ。君がいつまで経っても来ない上に、連絡も付かないもんだから、心配になって見に来たんだろ?」
「でも良かったぁ。体調が悪くて、寝込んでたとかじゃないんだね?」
友奈は一先ず夏凜の壮健な様子に安堵し胸をなでおろす。
「ええ……アンタ達とは鍛え方が違うからね」
「おお、そうか。それじゃあ本人の無事も確認できた事だし、遠慮なく上がらせてもらうぞ」
「それもそうね」
ならば問題ないと結論付け、家主の許可を待たず俺と風先輩を筆頭に家に上がり込む。
「ちょっと、なに勝手に上がり込んでんのよ!?」
「うわぁ殺風景な部屋……」
「どうだっていいでしょ!」
風先輩の酷評に憤り反論する夏凜。
樹は部屋に置いてあるトレーニング器具に興味津々で、友奈は水しか入っていないと言いながら冷蔵庫の中を確認している。そんな中で俺と美森は途中で買って来たお菓子やジュースを広げ、簡単にテーブルのセッティングを行う。
「夏凜、テーブル借りるからな」
「和人くん、このジュースそこに置いてくれる?」
「ああー、はいはい。ちょっと待ってろ」
そうして、もはや我が物顔でのびのびとする俺達に、夏凜が声を荒げた。
「アンタ達ねぇ……いきなり来て何なのよ!?」
けれど、そんな夏凜の怒りを沈めたのは他ならない友奈だった。
「あのね、夏凜ちゃん」
友奈は机の下に忍ばせた白い箱を手に取ると、夏凜によく見えるように開けて見せた。
現れたのは、スポンジとホイップクリーム。そこへトッピングされたイチゴの上に、チョコプレートが乗せられた、見事なホールケーキだった。プレートには『誕生日おめでとう』と書かれており、まさかそれが風先輩と美森のお手製だとは、一目では気付けないだろう。
「ハッピーバースデー、夏凜ちゃん!」
「おめでとう」
友奈と美森にそう言われて、夏凜はすっかり口をポカンと開けて呆気に取られていた。
「え……どうして?」
何に対しての疑問なのかを察した風先輩が、懐から一枚の紙を取り出して夏凜に見せる。
「アンタ、今日誕生日でしょ?ちゃんとここに書いてあるじゃない」
入部の際に記入する『入部届け』には生年月日の記入欄がある。
夏凜も例にもれずそこに自身の誕生日を記入しており、それを見た友奈が今回の企画を思いついた。
「お誕生日みて、『ああ!』って思ったんだ」
「一緒に歓迎会も出来るね!って」
友奈と樹がそうなるに至った経緯をふわりとしたニュアンスで夏凜に説明する。
そう語るのも、準備段階から一番楽しそうにしてたのが友奈だった。
「本当は、児童館で子供達と一緒にやるつもりだったの」
「驚かそうと思って、当日まで黙ってたんだけど……」
美森の言葉に、苦笑いの友奈。
……と、後は知っての通りだ。
「当の主役がいつまで経っても来ないもんだからな。家まで迎えに行こうにも、そっちに回せる人手がないしで……」
「結局こんな時間になちゃったのよ。ごめんね?」
口々にした説明に、夏凜はしばらく固まって口を閉ざしていた。
「………………バカ」
やがて開いた口が発したのは、そんな罵倒一言だった。
「え?」
突然の事に間の抜けた声が出る。
「アホ、ボケ、おたんこなす……」
「いや、あのなあ」
何に対して彼女がそんな言葉を吐くのか分からず、問いかけようとする。
しかし、それを遮るようにして彼女は言葉を続けた。
「っ、誕生会なんてやった事ないから!なんて言ったら良いか……分かんないのよ……」
頬を薄く染めているのを見て、ようやく彼女の心情を理解した。
ああなんだ、そんな事か、と内心で納得し、同時にようやく夏凜の人となりを理解できたような気がした。だからこそ、それまで言おうと思っていた文句など全て後回しにして俺はこう言った。
「『サンキュ』か『ありがとう』、この二つでどっちかで良いさ。俺達がやりたくてやっただけだし、そうかしこまる必要もない。君が相手に伝えたいと思った事を真っ直ぐ伝えられる言葉なら、それでいいんだ」
カレンダーを見ればちゃんと自分の誕生日に赤い丸がされている辺り、彼女自身も忘れていなかったという事だし、誰かに祝ってもらうのだって不快ではないはずだ。
それこそ、嬉しいか、そうでないか、なんて彼女の表情を一目見れば明らかで、もはや俺自身の鬱憤なんて取るに足らないもだった。
三好夏凜という少女は、彼女自身が言っていた通り、これまで"こう言った場所"に身を置く機会がついぞ無かったのだろう。
だから、周囲との関係を構築するのに難儀して、不器用にああするしかなかった。
生い立ちや素性を知った気になった訳じゃないが、とにかく俺にとって重要な事は今の一連の会話で掴めた。
「そう。じゃあ、えっと……ありがとう」
「おう、誕生日おめでとう。夏凜」
部の皆もそのやり取りを見て、次々と夏凜に祝いの言葉をかけた。
そんな中で俺は、部屋の隅のラックにある折紙の鶴を見て、一層の柔らかな笑みをこぼすのであった。