主にキリトが風先輩や樹と飯食う事になった理由をやります
それはまだ、俺達が『本物の勇者』になるより数ヶ月前の話。
年が明けて幾ばくもしない内に冬休みは終わりを告げ、いつも通り讃州中学は寒波の中で平常運転を再開する。我らが勇者部は休み期間中も活動はあったから、日常的な部分の変化がそうある訳じゃない。
この一年間でしてきた通りの事を、またいつも通りにやるだけ。
しかし、一月も下旬に差し掛かったその日は、いつもと少々異なる出来事が起こった。
「……アンタ、お昼いつも
「んっ、はい?」
突然の問いかけに首を傾げる。
昼下がりの部室。
ストーブを一つ挟んで、風先輩がそんな事を言ってきた。その視線が向く先にあるのは、俺の手元にある購買の百円食。その名も『ピリ辛ソースの焼きそばパン』、この一年間昼のお供を務めてくれた"お気に"である。
それを指して、何を問いたいのか俺には分からなかった。当然、額面通りに受け取るなら答えは「はい」か「いいえ」だが、こういう話の切り出し方した場合、殆どの場合続きがある。
だから、イマイチ要領を得ないと言った反応をすれば、風先輩が自らその続きを話し始めた。
「それよ。その購買パン。いつも食べてるけど、飽きないの?」
聞かれて、俺は首を横に振る。
「別に、飽きとかは感じたこと無いですね。それにこれ、結構
「まあ、見るからに人を選びそうな赤さはしてるわね。それ、入ってるのって普通のタバスコとかじゃないでしょ?」
見ただけで分かるとは流石だ。
やはり普段料理をしているからか、色を見れば何となく分かるのだろう。
「多分、オリジナルのソースだと思います。気になるなら、一口いりますか?」
「いらないわよ。アンタの馬鹿舌は、この一年で嫌ってほど思い知らされたんだから……」
失敬な。
俺だって、普通に料理の味くらいは分かるし、美味い不味いの尺度で言えば一般的な方だと自負している。ただちょっと趣味嗜好として辛い物が好きなだけで、それをして『馬鹿舌』などと
「失礼な。だったら、もうあげませんから」
「はぁ~、どうぞどうぞ……」
呆れ顔の風先輩を他所に、俺は三分の一ほど残ったパンを一口で頬張る。
そうすれば、口の中に広がる絶妙な辛さが、冬の肌寒さを吹き飛ばしてくれる。量もそれなりにあるので、これ一つ食えば午後の授業も難なく乗り切れる。更にこのコスパの良さが魅力的で、浮いた食費は全てPC周りにベット出来る。
何とも素晴らしい燃費の良さである。
だが、満足気な俺に対して風先輩はそうでもなかった。
「もっと食べないと肉付かないわよー」
「ほっといてください」
食っても食わなくても細いのは一緒。
顔立ちや体系が男らしくないのなんて、最初から百も承知だ。
しかし、彼女の言葉を認める訳ではないが、俺だって食べ盛りの男子中学生であるのは事実。今みたいに少し早めに食べ終わると、目の前でお弁当を食す風先輩をただただ見ている事になり、途端に八分目な腹が食欲に殉じてくすぶりだす訳だ。
――こうして見ていると、風先輩の弁当って本当に美味そう……というか、実際にめちゃくちゃ美味いんだよなー。
そんな調子で心中に呟いていると、その視線は勘の鋭い彼女にはすぐに気付かれた。
「んあ……何よ?そんなじっと見て」
「あっ。いえ、別に何でも――――」
即座に視線を逸らして否定の言葉を吐こうにも時すでに遅しというやつだった。
「おっと、隠してもすでに遅いわよ。ふふっ、成程ね~。和人ったら、アタシの弁当見てお腹空いたんでしょ?もーっ、それならそうと早く言えばいいのに……。そうねえ、ちゃんと頼めば分けてあげない事もないわよ?」
一人で思考を簡潔し、勝手に納得した風先輩。
彼女はまだ半分ほど残ったお弁当を見せびらかすようにして、蠱惑的な笑みを浮かべた。
この人、普段は基本的に真面目で頼りがいのある先輩なのに、煽り方が一々腹立つんだよな。
「別に欲しいなんて一言も……」
「あら、じゃあいらないの?」
うぐっ、と声が詰まる。
否定しようにも、三大欲求の内一つが示す誘惑は絶大。それを前にすれば、俺の抱く小さなプライドなど容易くプレスされてしまう。更にそれが、正面の手の届く位置にあるとなれば何とも抗い難く、結局俺の反抗心は時間にして僅か一分程度でぺしゃんこに帰す事となった。
「……………三口だけ、欲しいです」
「さ、三口?結構図々しいわね。……まあいいけど、今日だけ特別よ?はい、割り箸」
「……ありがとうございます」
何故『割り箸』が当然のように懐から出てくるのかは疑問だが、その点はまた追々にしよう。
風先輩から箸を受け取った俺は「いただきます」と一言断り、彼女の弁当から卵焼きを一つ拝借した。因みに、風先輩の弁当は彼女自身のお手製であり、何度か勇者部の活動に際して差し入れてくれた物を貰った事があるが、これが中々に絶品なのだ。
ここばかりは、彼女の女子力向上に大きく加点していると言わざるを得ない。
「くっ……うまい」
味の染みただし巻きは、空き腹に良く効く。
それこそ三口だけという当初の約束を反故にしてしまう程には……
「何で露骨に悔しそうなのよ……って、ちょっと待ちなさい!?さっき三口までって言ったわよね?なに次々がっついてんのよアホ和人!」
血相変えた風先輩が慌てて俺の手から弁当をひったくる。
そこには、当初より残りの量が心許なくなった弁当箱があった。
「あぁ~!アタシの弁当が……お昼ご飯が……」
「すいません。つい」
げんなりと肩を落とした風先輩の姿を見て、流石にこちらも申し訳ない気持ちになる。
哀しみは吐き出す為、ため息は飲み込む為にあるとは持論であるが、今回に限ってそれも適用範囲外という物だろう。
何故なら、数分ほどして傍らの先輩がため息を付こうとも、俺はそれを粛々と受け入れるしかないからだ。
「はあ……もういいわ。それより、そんなにがっつく程美味しいかったの?」
思ったよりもあっさり、風先輩はお弁当の件に見切りを付けた。
その事に若干驚きつつも俺は聞かれた事に答える。
「ここ最近だと、断トツってくらいには……」
「そっか。なら許す。そこまで言われちゃ、自分の昼ご飯が減ったショックよりも嬉しさの方が大きいし」
薄く微笑んでそう言った風先輩に、俺は返すべき言葉が見当たらず頬をかく。
叱る時はちゃんと叱り、許す時は綺麗さっぱり後腐れなく笑って許すなんてのは、そうそう出来る事じゃない。小さな事から大きな事まで、この人はその辺りがついぞブレない。そう言った姿を一年も傍で見て来たが故に、俺はすっかりこの人の"後輩"になってしまった訳だ。
そして、今回もその関係性が新たな変化をもたらした。
「あ、そうだ!」
風先輩は何か閃いた様子で手を叩いた。
「ねえ、和人。そんなに良かったなら、今夜にでも
「………え?」
と、これが事の始まりである。
■
風先輩の申し出は、普段食生活が見事に"アレ"な俺にとって渡りに船だった。
最初こそ一歩下がった対応をしたものの、風先輩からの「どうせ普段の食生活もズボラなんでしょ?だったらいいじゃない。来ちゃいなさいよ。ついでにアンタの終わってる食生活を改善してあげるわ」との熱い要望もあり、一先ず今夜の夕食は風先輩の家で食べる事になった。
放課後の部活動も手早くこなして、夕飯の買い物に付き合い、風先輩の家に向かう。
浜辺近くにあるマンションの一室が彼女の自宅であるが、実を言うと俺が住んでいるのも同じマンションなのだ。
互いが同じ建物内に住んでいる事実に気付いたのは、部活終わりの帰り道を共にした事が始まりで、それ以降は朝も一緒に出る程度には仲良くしている。しかし、その割に彼女の家に上がった事はまだ一度もなく、これには"ある理由"があった。
「本当に良かったんですか?
そう、懸念していたのはこれだ。
風先輩には『犬吠埼樹』という二個下の妹が居るのだが、彼女は極度の人見知りで、今までも会った回数の割にまともに話した事はごくわずか。それもあって、俺は犬吠埼家の敷居を跨ぐことを少々躊躇っている。
しかし、その問いに対して風先輩は何の気なしに微笑んだ。
「ありがとう、樹のこと気にしてくれて……でも、心配しないで。あの子だって、アンタとはもう初対面って訳じゃないし、少し一緒にご飯食べるくらいなら大丈夫よ」
「でも、いつも話しかけようとしたら、逃げられるか、風先輩の後ろに隠れられるかの二択なんですけど……」
「それなら、今日こそが"会話"という大きな一歩になる事を祈ってるわ」
――まさかこの人、他人事だと思って面白がってないよな?
何て、思いながらも流石にそれは無いかと首を振る。この人は性格と普段の振る舞いこそアレな事が多いが、それでも仲間思いかつ妹の事を誰よりも大切に思っているのは、傍目から見てもよく分かる。
彼女なりに何か考えがあっての事なのだろう。それなら、
そうして談笑していれば、すぐに自宅であるマンションに着く。
因みに風先輩の家は二階で、俺の家は三階。
海風の激しいこの辺だと天気が揺れた際の外出こそ少々ネックであるものの、好調時であれば玄関からそれなりの景色が見渡せる。風先輩が扉を開けると、既に帰ってきているであろう人物に呼びかけた。
「ただいま。樹ぃ~、帰ったわよ。ほら、和人も上がって」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
家主の許可も出た事だし、俺も玄関に上がる。
間取りは俺の部屋とさして変わらないが、住む人が変われば様相はガラっと変わる。その証拠に、この家には帰宅と同時に出迎えてくれる可愛らしい存在が居る。しばらくとせずリビングから現れたのは、風先輩と同じ金髪の大人そうな様子の少女。
ここまで来れば周知の事だろうが、彼女こそが風先輩最愛の妹である『犬吠埼樹』だ。
「おかえり、お姉ちゃん。あっ……」
樹は風先輩の背後に居る俺を見るなり固まって、次の瞬間には風先輩の後ろに隠れた。
その反応はもはや想定の範囲内と言って良く、俺は特に気に掛ける様子もなく苦笑して口を開いた。
「こんにちは、樹。今日は風先輩の誘いで、俺も一緒に晩飯を食う事になったんだけど……」
――これは本当に大丈夫なのだろうか?
風先輩の意見が楽観的だったように思えてならない。ただでさえ気弱で人見知りな気質もそうだが、そもそも年頃の女の子からすれば、年上の男など間違いなく忌避の対象でしかない。こういう反応になるのも、ある意味では当然のように思えた。
「ほら樹、挨拶くらいちゃんとしなさい。
「いや、現在進行形で一番失礼なのはあんただろ……」
溜息交じりに風先輩と軽口を叩き合う。
気の置けない先輩後輩にして、腐れ縁みたいな関係性。それが、この一年で出来上がった俺と彼女の距離感なのだが、今回ばかりはそれによって場の空気が和み、樹にとっても話しやすい空気になればと思った。
とは言え、そうすぐに距離が縮まる訳でもなく、その日の夕食は俺と風先輩の会話が殆どで、樹はずっと静かに緊張した表情をしていた。
それはもう見ているこっちが申し訳なくなるくらいに、俺という異分子は警戒されていたのだ。
帰り際、すっかり暗くなった外。
風先輩が三階の廊下まで送ってくれた。
「またいつでも食べに来なさい。和人は食いっぷりが良いから、アタシも作り甲斐があるわ」
屈託ない笑顔でそう言ってくれる風先輩に、俺は素直に頷くことが出来ない。
何故なら、彼女は食事中、ずっと樹の様子を気にしていたからだ。そりゃあそうだろう。両親が居ない風先輩にとって、たった一人の妹に元気が無ければ気にかけて当然だ。しかし、風先輩は優しいから、俺にもこう言ってくれる。
だから、こう返答する。
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど……やっぱり、大丈夫です。俺が居ると、樹も落ち着けないと思うし……」
俺としても姉妹水入らずの時間を邪魔するのは忍びない。
今日の手応え次第では、また風先輩の申し出に乗るのも悪くないとは思っていた。しかし、それで不快な思いをする者が一人でも居るなら、俺がそこに入り浸るのは図々しいというものだ。
「あぁ~、その事なんだけど……」
しかし、頬をかきながら苦笑いを浮かべた風先輩に、首を傾げる。
それから数秒ほどして、風先輩は両手を合わせて頭を下げた。
「ごめん。和人にはちゃんと話すわ」
「えっ、何を?」
更に困惑を深める。
説明を求める俺の視線に答えるように、風先輩が口を開く。
「今回、和人を晩ご飯に誘った事よ。実はあれ、ちょっと別に目的があったの」
「それは、『俺の食生活を改善する』って言う"あれ"の他にって事ですか?」
「ええ。勿論、それも嘘じゃないんだけどね?和人だって、ちょっと疑問に思ってんじゃないの?これまで一度もそんな事なかったのに、何で急に家に招かれたのかって」
「まあ………」
ないとは言えない。
今までは俺からも、彼女からも、そう言った誘いをする事はなかったからだ。同じマンションに住むご近所さんであるからこそ、俺は樹が重度の人見知りである事を察して気を配っていたし、風先輩もそんな妹を案じて極力自分達のパーソナル空間を守っていた。
それが覆された事に疑問を持たなかった訳じゃない。
とは言え、向こうからそれを言及されるとは思わなかったが……
「あれね、いい機会なんじゃないかって思ったのよ。樹の人見知りを解消する為の……」
「樹の人見知りを……?」
聞き返すと、風先輩は頷く。
「過保護だって自覚はあるけど、姉としちゃあね?あの子も、春には中学生になるわ。それまでに……せめて今よりは、色んな人と話せるようになって欲しいのよ」
そう語る風先輩に俺はどう言うべきか迷った。
彼女の心情は理解できる。たった一人の家族が、妹が、あそこまでの人見知りを抱えたまま新たな環境に身を置くとなると心配になるのも当然だ。しかし、同時に彼女自身が言うように過保護だと言うのも大方正しくはある。
俺には妹が
それなのに、彼女の思いは他人事とは思えないほど共感できる。同時に、言わんとする事も凡そ理解できた。
「つまり、樹の人見知り解消の相手として、俺を家に呼んだって事ですか………でもそれは、流石にどうなんです?」
「分かってるわよ!!アタシが馬鹿だって事くらい!」
「いやそこまでは言ってませんよ」
彼女らしい思考の変遷だとは思う。
しかし、俺の中にはまだ疑問が残っていた。それは人選だ。
「大体それなら、友奈とか美森の方が適任なんじゃ?」
「同性と異性じゃ求められる能力が違うでしょ」
「そりゃそうですけど……」
何だか納得するのすら癪である。
とは言え、事情が分かった以上、俺としても協力するか否かの決議を取る必要があるだろう。もっとも、最初から断るつもりなんて無いので答えは出ているのだが……
「まあそういう事なら、協力するの自体は構いません……でもそれ、聞かれたら樹には言いますよ」
その言葉に風先輩はぎょっとして詰め寄った。
「えっ、何で!?」
俺は目の鼻の先にまで迫った彼女を丁重に押し返すと、毅然とした口調で言い放った。
「そんなの、俺があんたの共犯者だって思われたくないからに決まってるでしょ」
妹目線から見れば、姉の過保護など恥ずかしいにも程がある。
それも一つ上の男子まで巻き込んでやっているとなれば、まず当たり散らしてやりたくなるに違いない。バレた時の事を考えれば、俺は中立に立ってQカスポジをやるのが最も都合が良い訳だ。
しかし、なおもこの女子力魔神は噛みついてくる。
「こ、この薄情者!一宿一飯の恩を忘れる気!?」
「一飯はともかく、その一宿は何処から出てきたんだ!別に聞かれなきゃ答えないんで、それで納得してください」
人見知り解消の手助けで、報酬が美味い飯なら労力はいい等価交換である。
そう思いながら、俺は未だ抗議の声をあげる風先輩に反論を続けるのだった。
こういう自然にランチをシェアする関係性がつぼなんですよねー
次は樹メインの話に入ります