結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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どんだけかかっとんねん(半年)


第十二話:犬吠埼樹 一

 

 最初は、あまり関わらないようにしていた。

 私から見て、和人先輩の第一印象は『姉が連れて来た友人』であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 ずっと私の事を優先してきた姉が、こうして家にまで友人を連れて来れるようになった事は素直に嬉しい。

 

 然し、だからといって、年上の男子と話せるような度胸や社交性などなく、喋りかけるなどもってのほか。

 

 

 問題だったのは、和人先輩の来訪が稀やそこらではなく割と頻繁にあったこと。

 姉は都度、嫌なら呼ばないようにするとは言ってくれたけど、それに頷くことは出来ない。

 

 

 彼が、気さくで良い人なのは何となく分かる。

 あまり愛想がよくない私にも、分け隔てなく接してくれて、そういった一面は素直に美点であると思う。

 

 ただ喋れるかというと、どうにも……

 何度か試みたものの、結局のところ姉の後ろに隠れるか、自分の部屋に下がるかのどちらかだった。

 

 そういった時に姉が見せる、困ったような顔も私の自罰的な意識に拍車をかける。

 

 このままじゃダメだと頭では分かっていても、元来の性格を変えるのはなかなかに難しい。

 ようやく、他人が家を訪ねてくるという状況に慣れた頃には、最初の来訪から一ヶ月も経っていた。

 

 

 

 最初に彼と言葉を交わしたのもその頃だった。

 

「あの……先輩(・・)

 

「ん?」

 

 それは食後に、リビングでまったりとした時を過ごしていた時だった。

 姉は片付けを終えて一足先にお風呂に入っていて、そこには私と和人先輩しかいない。

 男子が家に居るのに、お風呂に入る姉もどうかと思うけど、私がわざわざ声を発したのはそんな事が理由ではない。

 

 思えば、この時の彼は随分と意外そうにしていた。

 それも当然のことで、普段は会話もままならないような人見知りの私が、自分から声をかけたのだ。

 私に彼の様子を察する余裕なんてなかったけど、そんなになってでも『確かめたい事』が、私にはあったのだ。

 

「勘違いだったらいいんですけど………お姉ちゃんから、”何か”言われてます?」

 

「っ!?」

 

 露骨にむせた。

 それまで穏やかな様子で温和な時を過ごしていた姿から打って変わって、明らかに動揺した表情を見せる。

 

「な、な、な、何かって……なんだよ?」

 

 完全な黒である。

 隠し事が苦手なんだろうな。ちょっと意外な彼の姿を目にすると、少し緊張が解ける。

 だからだろうか、普段の私なら、その時点で『やっぱり何でもないです』と引き下がる所を、一歩踏み込んで追及できた。

 

「それは……『妹と話してあげてほしい』とか、あとは……『何かに協力してほしい』とか、そういったのです」

 

 この時の彼の顔は、ちょっと面白かった。

 言葉にするなら…そう。『お前マジか?』というのと、『あいつ(お姉ちゃん)マジか……』というのを、内包したような、そんな感じ。

 

「……当たらずとも、遠からずとだけ」

 

「それもう自白しちゃってませんか」

 

「うっ……まあ、そうとも言う…」

 

 結果的に、私の予感は当たっていた。

 元から、何かおかしいとは思っていたのだ。まず、あれだけ私の事を気遣って友人など家に連れて来たりしなかった姉が、いきなり方針を変えたこと。

 それだけならまだしも、和人先輩の態度にも少しばかり”違和感”があった。

 

「分かった、降参だ。恐れ入ったよ。いつかはバレると思ってたけど、まさかこんなに早いとは……」

 

 ため息交じりにそう語る。

 和人先輩は、良くも悪くも他人との距離感をわきまえた人だと思う。必要に駆られない限り、距離を取ってくる相手に敢えて踏み込むような人ではないのは、私にも分かった。

 だから(いぶか)しんだ。

 この一ヶ月、和人先輩はよく私に話しかけてくれた。距離を詰めようとしてくれていた。

 故に、近付いた事で”それ”に気付いた。

 

「分かりますよ。姉の事ですから……」

 

「それもそうか」

 

 姉は、過保護なくらい私を気にかけてくれている。

 両親を失ってから、姉であると同時に親代わりになって私を守ってくれた。

 私の人見知りを、誰よりも深刻に考え、色々と気をもんでいた姉の気持ちに気付かない程、私は愚かじゃない。

 そして、苦笑交じりに頬を搔く和人先輩の顔を見れば、姉が信頼する理由も何となく理解できる。

 

 でも……

 

「……もういいですよ」

 

「え……いいって、何がだ?」

 

 だからこそ、凄く申し訳なかった。

 

「今話した事です。気にかけてくれるのは嬉しいですけど……幾ら先輩が頑張ってくれても、私のこれ(・・)は直りっこないんです」

 

 ずっとそうだ。

 活発な姉とは大違いな、気弱で引っ込み思案な妹。上を見る事より下を向く事の方が多くて、手を引いてもらわなきゃ前にも進めない。

 でも、両親を失ってからは特に酷かった。世の中の色んな物が怖くなって、姉の優しさに甘えて、後ろに隠れて、わがままを言って……

 

 そんな自分が、本当に嫌で仕方がなかった。

 だから、『そんな自分』の為に時間や意識を割かせる事は、彼に対しても、姉に対しても「申し訳ない」と思ったのだ。

 

「姉には私から言っときます。だから、もう無理をして、私に話しかけようとしなくても……いいんです」

 

「そんな、無理なんて……」

 

 先輩は困ったように、手を虚空に彷徨わせていた。

 気まずい空気が流れる。やってしまったなと思ったけど、自己嫌悪と共にこれで良かったとも思う。

 何しろ、こんな風になれば、もう二度と彼がこの家を訪れる事はないだろうから。

 

 ――こんな私を、気にかけようだなんて………

 

「……いや、やっぱり違う」

 

 沈黙を破ったのは、芯の通った彼の声だった。

 私は俯きかけた視線を上げる。

 

「無理なんてしてない。少なくとも、俺はちゃんと…君と(・・)話したいと思ってたよ」

 

 席から立って、私の傍まで来た。

 戸惑う私の前に屈んで、見上げるようにして黒い瞳が向けられる。

 

「確かにきっかけは、風先輩との約束だった。それは間違いない。でも、ただの善意だけで、今も尚ここに居るってのは絶対に違う。俺がここに居るのは……美味い飯があって、風先輩が居て……そして、樹。君が居るからだ」

 

 おそるおそる、壊れ物を扱う様に私の手を取る。

 両手で優しく包みこむ彼の姿に、不覚にもどきりとした私に罪はないと思う。だって、言葉や態度とは裏腹に、先輩の必死さがどうしようもなく伝わって来たから。

 

「君は優しい子だ。それは付き合いの短い俺から見たって分かる。ありきたりかもしれないけど、本気で誰かを思いやれるのって、きっと人として一番大事なことだ」

 

「思いやるなんて……私はそんな、良い子じゃないですよ……」

 

「でも、俺の事を思って、さっきはああ言ってくれたんだろ?」

 

 どれだけネガティブになっても、自分を貶めても、この人の前では意味がない。

 だってそんな事したって、彼はそれを絶対に肯定しないからだ。そして、それを超える否定によって、寄り添ってくれる。

 

「欠点の一つや二つあるからって、そんな風に自分を卑下しなくていい。俺だって欠点だらけだけど……こうして、風先輩や皆のお陰で何とかやれてる」

 

 ほんのりと胸の内が温かくなる。

 この人の誠実さが、それと同じくらいの思いやりが、まるで自分まで巻き込んで温めてくれているような、そんな気さえする。

 

「だからさ。もうちょっとだけ、気にかけさせてくれないか?」

 

 姉以外の誰かの手を握り返したのは、これが初めてだった。

 

 

 

 

 

 

 冬の寒波もまだ勢いを残す、三月の暮れ頃。

 犬吠埼家で共に食事を取るようになってから、早くも二か月の時が経とうとしていた。

 

 基本的には朝と夕方。春休みに入ってからはたまに昼も。

 その二食だか三食を世話になっていて、どうしても都合が付かない時や、同席できない日以外はほぼ毎日をそう過ごす。

 

 そして、一緒に居る時間が長くなれば、関係性も当然だが変化していく。

 風先輩に関しては相変わらずなので割愛するが、樹とは、仲良くとは行かずとも、ふとした時に世間話をする程度には打ち解けた。

 

 傍から見れば、それは小さな進歩かもしれない。

 しかし、俺達からすれば大きな一歩だ。

 何しろ、これが四月までもつれこんでたら、それはもう気まずい状況となっていた事が間違いないからだ。

 

 樹は恐らくだが、勇者部への入部を視野に入れている。

 

 勿論、断定はしていないと思う。

 あくまで、第一候補というだけで、他に適当な場所、気に入る部活があるならそっちを選ぶ可能性だってあるだろう。

 そこは本人次第だから俺から口を挟む事はないが、勇者部に入るというなら以前のような膠着した関係性は、あまり好ましいとは言えなかった。

 ましてや俺の存在が、入部の妨げにでもなったりしたら目も当てられない。

 

 故に、彼女が入学する前に良い間柄を築けたのは、素直に嬉しい。

 

「あの樹が、とうとう来月には中学生か。いやはや子供の成長は早いというか、時間が経つのはあっという間と言いますか……」

 

 かくして俺は、早くも後方保護者面である。

 

「そりゃまだ二ヶ月だもの。春休み中、部活以外は基本ここ(・・)でずぅっっっっとぐーたらしてたアンタからしたら、そりゃあっという間でしょうよ」

 

 そこに洗濯物を畳みながら苦言を呈する風パイセン。

 

「そんな恨みったらしく言わなくても……いや、悪いとは思ってますよ?でも、昼飯を食べた後とか、あのまったりした時を過ごすのにここは最適でして……」

 

「アンタ……最初はもうちょい遠慮ってものがあったのに、今じゃそれが微塵も感じられないわね」

 

「樹に気を遣う必要が無くなりましたからね。そういう意味で言えば、気兼ねはなく居れるようにはなったと思います」

 

 これは殆ど本音だ。

 前までは樹の気持ちも考えて、あるていど距離感を気にして立ち回っていた。メリハリとか、頻度とか、風先輩との約束もあったので俺もあれやこれやと気をもんでいたのは否めない。

 しかし、この前彼女と腹を割って話した事で、その必要はほぼなくなった。むしろ、彼女の方から来訪を歓迎してくれるようになったのだ。

 

「まあ、約束は果たしてくれたみたいだし、家の事も手伝ってくれるからいいんだけどね。いやぁ~、アタシってば度量の深いイイ女」

 

「イイ女…ですか。ははっ」

 

「おい今なんで笑った?」

 

 そこは素直に認める所だろと視線で語る風先輩から、意図的に目を逸らす。

 彼女が言うとどうもネタ要素が強くなってしまうが、ぶっちゃけイイ女なのは事実なので否定はしない。でも笑いはする。

 

 当然、俺自身も居る分は家事なども極力手伝ってはいる。

 流石に洗濯などはNGだが、それ以外の掃除や食後の片付けなどは請け負える。本当なら、たまには俺が飯を用意したい気持ちもあるのだが……

 

「あっ、でも言っとくけどキッチンには二度と立たせないわよ?もう具無しペペロンチーノだの、激辛うどんだのはごめんだわ」

 

 風先輩から二度と料理は出すなと厳命されている。

 一度、感謝の気持ちを込めて俺の得意料理(具無しペペロンチーノ、激辛味付けの品)を振舞った時からこれだ。誠に遺憾である。

 

 そして、わざとらしくげんなりした時、リビングに戸の開く音が聞こえた。

 

和人(・・)先輩。準備、できましたよ」

 

 そう発した声の主は樹だった。

 彼女は緑を基調としたゆったりとした印象の私服姿で、今の言葉からしても今から”誰と”出掛けるのかは明らかだ。

 

「おー、りょうかい。それじゃあ行くか」

 

 言って、立ち上がり上着の袖に腕を通してショルダーバッグをかける。

 風先輩は状況が分からず、口をあんぐりと開けている。

 

「えっ、なに……二人ともこれからどっかいくの?二人で……えっ、二人だけで?」

 

 疑問符が大渋滞である。

 しかし無理もない。何しろあの樹が、姉を伴わず悪く言えば赤の他人とお出かけをしようと言うのだ。それは驚きもするだろう。

 

「うん、少し前から約束してたんだ。新生活前のお買い物に付き合って欲しいって……」

 

「嘘。樹が……和人が相手とは言え、男子と、二人……きりで………あ、あぁ……遠くへ、アタシの妹が、遠くへ………」

 

 そんな樹の言葉を聞いているのかいないのか、分からない反応をする風先輩。

 十中八九こうなるとは思っていたけど、流石にここまで重症だとは思わなかった。いや、この人の妹愛は、姉のそれにプラスして母親としてのそれもある。当然と言えば当然なのかもしれない。

 

「何か勘違いしてそうだから言っときますけど……俺はあくまで付き添い兼荷物持ちで、それ以上でも以下でもないですから。風先輩が居なくても、色々と出来るようになりたいんっていう、本人たっての希望です」

 

 しかし、このままあらぬ誤解でもされようものなら先々何があるか分からない。

 明確に否定を紡げば、樹は恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「あ、あぁ、何だそういう事……びっくりした。てっきりデートか何かかと……」

 

「ち、ちょっとお姉ちゃん!?」

 

 何に憚ることなく自身の思考を言い放った風先輩に、樹は今度こそ羞恥を表に出して抗議する。

 

「全くこの人は……そういう事なんで、お宅の妹さん少し借りますよ」

 

 このままでは埒が明かないと思って、早めに退散するべく樹の手を取って風先輩を一瞥する。

 

「アンタなら別に構わないけど……樹に変なことすんじゃないわよ。したらぶっ殺すから」

 

「しませんよ!!俺を何だと思ってるんですか……」

 

 最後にそう吐き捨てて、俺は樹を連れて家を出た。

 その時、耳まで赤くした少女の横顔を伺わないように配慮したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 行き先は我らが庶民の味方こと、イネスである。

 家電、服、インテリアからゲームまで何でもござれの某大型ショッピングモールは、新生活の必需品を買い求めるにはちょうどいい場所だ。

 

「さてと、イネスに来たはいいけど……具体的に、今日は何を買う予定なんだ?」

 

「えっと…まずはシャーペンやボールペンなどの筆記用具一式とノートを数冊に、あとは服も思い切って二着ほど買おうと思っています」

 

「なるほど、それなら確かに荷物持ちは必要だな」

 

 それ以外も雑多に何か購入して荷物はかさむだろうし、付き添いだけして終わるという事もなさそうだ。

 

 ならば善は急げと、早速、店内へと繰り出す。

 樹に聞く所によると、普段はこういった買い物も姉である風先輩が常に一緒だったようで、一人で来た事は無いらしい。

 これまでは小学生という事もあり、少しでも遠出するなら保護者同伴もやむなしであったが、これからは晴れて中学生の身だ。

 色々とおいたが許される年頃になるのだし、今から予行練習というのも悪くはないだろう。

 

「予算は大丈夫なのか?結構出費はかさむと思うぞ」

 

「筆記用具とかの必需品に関しては、お姉ちゃんから買う為のお金をもらってるので大丈夫です。服に関しても、お小遣いを貯めて来たので、足りなくなる事はないと思います」

 

 ふむ、よく出来た子だ。

 この年でちゃんとお金のやりくりを考えられるヤツなんてのはまあ少ない。風先輩や美森は家計の管理も手慣れたものであろうが、俺なんてその辺は適当もいい所だし、余計に眩しい。

 

「和人先輩は、何か買うんですか?」

 

「いや、今回は遠慮しとこうと思う。最近、新しい機器とかゲームを買ってお金がないんだ」

 

 後輩相手に馬鹿正直に語るような事でもないだろうが、現在進行形で俺の財布は自らの散財によるダメージにノックアウトしている。

 流石に生活費やいざって時の貯金にまで手を出してはいないが、それでも自由にできる金はないに等しい。

 

「あまり無駄遣いはよくないって、お姉ちゃん言ってましたよ?」

 

「無駄遣いじゃない、必要経費だ」

 

 男とは常に進化(アップデート)を求める生き物だ。

 目の前に興味をひくもの、新しい何かがあれば手を出したくなるのは自明の理であり、そこに良い悪いもない。ましてやそれを”無駄”と称するのはあまりにも無体である。

 

「それにな、樹。真の賢人ってやつはその『無駄』こそ楽しむものなんだ。普段から切り詰めばかりしていたって、人生はちっとも楽しくならないだろ?彩りをもたらすには、遊びが大事なんだよ、遊びが……」

 

「その”遊び”って定期的に身を滅ぼしてません?」

 

「だったら尚良いな。二つの意味(・・・・・)で勉強になったじゃないか」

 

 自信満々にそう言い放つと、樹は苦笑交じりに「あー、えっと……そう、ですね?」と返答した。

 ふむふむなるほど、彼女も遂に人の上手い扱い方ってやつを理解してしまったみたいだ。

 また一つ成長した後輩の姿に涙が出そう。これもまた二つの意味で、だが……

 

 

 そうして樹と談笑してる間に、買い物は滞りなく進んでいく。

 最初こそ緊張した様子ではあったものの、普段からお使いやらで買い物自体は身近にこなしているのもあって、すぐに自分一人で出来るようになっていた。

 

 

 後半は(もっぱ)ら荷物持ちに甘んじる立場となり、ちょうど一時間ほどで買い物は一区切りする。

 思ったよりも早く終わり、他にやる事もないので、休憩がてらフードコートへと足を運んでいた。

 

「本当にいいんですか?お金ないって言ってたのに、奢ってもらっちゃって……」

 

「これくらいなら出費のうちにも入らないよ。それに、天下の部長様から妹借りてきて、デザート代を払わせる訳にも行かないからさ」

 

 金がないとは言っても、あくまで大きな買い物が出来ないという話でしかなく、ちょっと買い食いするくらいならたかが知れている。

 

 昼食は外出前に犬吠埼家で済ませてあるので、軽くスイーツでもと立ち寄ったのだが、時間帯的にそこまで混んでいなかったのは幸いだった。

 俺はコーヒーゼリーで、樹はソフトクリームにしていた。

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて……いただきます」

 

 行儀の良さは育ちの良さと言うべきか、樹は折り目正しくそう言ってソフトクリームを食べ始めた。

 

「おいし♪」

 

 美味しそうに顔を綻ばせる樹は、それだけで絵になる。

 これが見れるだけで、奢ったかいはあったというものだ。

 けれど、そうして見ていたら自然と互いの視線はぶつかって、樹は恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「その……そんなに見られると、恥ずかしいです」

 

「あっ、すまない。あんまり美味そうに食うものだから、つい……確かに、あまり女の子をじろじろ見るものじゃないよな」

 

 思い直して、俺もコーヒーゼリーをちびちびと食べ始める。

 まったりとした、ちょっとした暇に相応しいくらいの時間が流れる。言葉は無くても、そうして居る事が心地いいと思えるくらいには、俺達の関係も変化したという事だ。

 

 でも、その沈黙を破ったのは、まさかの対面の樹からだった。

 

「……和人先輩」

 

 一言、名前を呼ばれて視線を向ける。

 樹は穏やかでありながら、然し真剣な様子でこちらを見ていた。

 

「改めて、ありがとうございました」

 

 誠心誠意という言葉がよく似合う、そんな感謝が伝えられる。俺はそれに対して、すぐには返答をしない。

 樹の意図を察し、言葉の続きを待つ。

 

「この二ヶ月、本当に色々してくれて、何度感謝してもし足りないくらいで……まだ、自信はあまり付かないし、成長できたって言えるほどでもないかもしれませんけど……それでも、ここまで来れたのは、お姉ちゃんと和人先輩のお陰です」

 

 色々と言われれば、確かにこの二ヶ月様々な事があったように思う。

 距離感を気にしたり、なるべく興味を引けるような話題を探したり、どうしたら打ち解けられるかと頭を悩ませるのは、俺に取ってもいい経験になった。

 

「お礼を言うのは、こっちの方だよ。俺も色々と世話になった」

 

 照れくささを隠すように頬を掻く。

 

「それじゃあ、お互い様…ですね」

 

「ははっ、ああそうだな」

 

 ちょっと使いどころが違う気がするが、そのチグハグさがむしろこの関係性を表すには丁度良かった。

 でも、樹の話はこれで終わりではなかった。

 

「それと、もう一つ………私、やっぱり勇者部に入ろうと思います」

 

 彼女がそう告げたのを聞いて、俺は首肯する。

 

「君が決めた事なら、俺はもちろん歓迎するよ。友奈や美森……他の部員二人だって、そう言うと思う」

 

「えへへっ、まあ入学もまだなんですけど」

 

 そう言われてつい笑ってしまう。

 確かに、今から意気込むような事でもないのに随分と性急である。でも、樹の心はもうきっと動かないのだろう。

 

 姉と一緒に居たい。

 これが理由の大半なのは間違いないが、それは別に悪い事ではないし、動機として至極まっとうなものだ。

 その中に少し、俺の姿もあれば嬉しいが、まあそこは彼女次第だ。

 

「帰ったら、風先輩にも伝えてやらないとな。きっと狂喜乱舞ってくらい喜ぶぞ」

 

「流石にそれは言い過ぎじゃ…ないですね。お姉ちゃんなら全然ありそう」

 

 姉の事は誰よりも分かっている樹も、それには同意を示し、共に微笑を浮かべる。

 そうして彼女が勇者部に入部するのは、ほんの一か月後のこと――

 

 

 長くなったけど、これが、俺と樹の出会いの物語だ。

 




何とか書けました
本当に樹の話は気合い入り過ぎて随分と悩んじゃいました(反省)

それでも今後絶対に重要な話となる箇所なので丁寧に構成した所存です
次回も樹編になりますが、そこではもう少し明確な答えを出せると思います

あと頑張って投稿頻度あげないと……じゃないと永遠に完結出来ない
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