重い一射を防いだと同時に、須美の纏う雰囲気が変わった。
それまでは極めて冷静に俺の動きと戦闘全体の流れを見ていた彼女の目に、一抹の焦りが映ったように見えたのだ。……瞬間、彼女は四本もの矢を同時に放ってきた。
▽片手剣4連撃技▽
ホリゾンタル・スクエア
水平斬り四連撃でそれを
▽片手剣2連撃技▽
ホリゾンタル・アーク
一撃に対して、こちらは手数で対応する。初撃で矢の勢いを殺すと二撃目で完全に捌き切る。
左右に俊敏にステップ行動を挟みながらフェイントを交えつつ矢を放ち、その中にチャージを施した高威力の矢を叩き込む。それも適当にやっている訳じゃなくて、俺が捌きにくいように動きを合わせているのだ。
逃げ先へのカバーと決め手の使い方、どれも熟練のスナイパーに匹敵する知識量だ。この攻防だけでも、彼女のこれまでの努力が伝わってくる。
「残り二十秒……」
矢に勇者の力が十分にチャージされるまでに必要な時間は丁度二十秒ほどだ。そうなれば、ここで勝負を決めに来るはず……
その予想通り、須美は動きを止めるとつがえた一本の矢に力を装填し始めた。花弁を模したゲージに光が満ちていき、その一射は銀の大剣による連撃にも劣らない程の威力が込められているのが分かる。あれを相手に生半可なソードスキルは通用しないだろう。
「だったらこっちも、とっておきを出す」
半身を引き、剣を後方に構える。
「ソードスキル、片手剣突進技……」
十八、十九。
俺の行動制限が解かれるコンマ一秒で勝負が決まる。
二十。
「一分経過!」
安芸の合図と、須美の矢に光が満たされたのは同時だった。
「これで、決める!」
須美の迸る気合いと共に、澄んだ青い光を纏った矢が放たれて一直線の軌跡を描いて迫る。
極大の光の矢に対して一瞬たりとも目を離さず、極限の集中のもと斜め上段に構えた剣にエメラルドグリーンのライトエフェクトが輝く。踏み込みに伴って起こるシステムアシストの推進力に身を任せ、ぴゅうっと風を斬る音と共に一閃する。
▽片手剣単発技▽
ソニックリープ
「ソニック…リープ!」
その剣技の閃きは目で追える限界を越え、音すらも置き去りにする。
輝きを纏った剣が矢と衝突して、凄まじい衝撃を生み出す。二つの力が拮抗して、この一撃にどれだけの思いが込められているのか伝わってくる。あの世界で必殺の技と呼ばれたソードスキル……それは、俺が何度も繰り返した事で極限まで精錬された絶技だ。これと渡り合う事は並みの射手では到底不可能だし、同時にこの剣は幾度も強敵を斬り伏せてきた。
「ぐぅ、おぉぉぉぉおおッ!」
空気を震わせる程の覇気が迸り、その均衡を破る。
より一層ライトエフェクトの輝きが高まり、神速の一閃が振り抜かれる。須美の渾身の一射は真っ二つに切り裂かれ、それによって俺を阻むものは無くなった。
「くっ」
必殺の一撃を打ち破られた事で一瞬生じた動揺、それを見逃す事なく一瞬で距離を詰めると須美の首筋に漆黒の刃を突き付けた。
「勝負あり、今回も勝者は桐ヶ谷さんね」
安芸の言葉が訓練場に響いて、俺が剣を引いても須美は未だに呆然としていた。そんな彼女に俺は声をかけた。
「いい勝負だった。特に途中のフェイントと揺さぶりは中々に良かったよ」
「……この至近距離では、飛来する全ての矢を肉眼で捉える事は不可能なはず。一体どうやって、あの量の射撃を全て防いだんですか?」
須美は俺の言葉によって我に返ると、すぐにこの勝負における第一の疑問を俺にぶつけた。
「この距離だからこそだよ。これくらいの遠さなら、辛うじて君の瞳が何処を向いているのか分かる。どの位置を狙っているのか、事前に予想する事は視線の動きからある程度なら可能なんだ」
俺の返答に須美は驚愕を隠せないでいた。
「視線の動きで矢の軌道を予測したと言う事ですか?そんなのもう……」
そこまで言って、彼女は押し黙った。
そのどこか悔し気なその表情を見て俺は確信した。やはり、彼女は焦っている。それは先日のバーテックス戦後の須美の様子からも何となく察しが付いていたが、この一戦で確信に変わった。
須美は三人内の誰よりも自己単一で完結させようという意思が強い。所謂、完璧思考に近い人間なんだと思う。自身の思慮深さと知識量、努力とそれによって培った技術に自信があるからこそ、自身の一人の活躍による成果に重きを置きすぎている。先日のバーテックスとの戦闘での単独先行もその表れだ。
SAO時代にも似たような考えを持った奴を何度も見てきたから分かる。
だからこそ、ここで俺は須美だけでなく園子や銀にも向けて話をした。
「君の技術は大したもんだよ。いや、須美だけじゃない。園子に銀も、個人としての腕前はかなり完成されていると思う。だから、三人共そこには自信を持っていいんだ」
「それなら、あたし達がキリトさんに勝てなかった理由って何なんですか?」
そこで、銀が質問してきた内容に対して、俺は少し間を置いてから答えた。
「三人とも素直な戦い方だとは思ったよ。でも、それが逆に仇になってるんだ。銀は常に前のめりで、その勢いの良さは長所の一つだと思うけど、相手を叩きのめす事で頭がいっぱいになって、裏をかくとかが出来てなかっただろ?」
「う、それは……確かに……」
本人も自覚はあるみたいだ。
銀に足りていなかったのは、戦略面での多彩さだ。対人戦は特に顕著だが、バーテックス相手にしても、常に自身の頭で戦略を練る事は勝利する上で必須になる。
「次にそのっち。君はもう少し攻めっ気を意識して、伸び伸びと戦っていいと思う。随所での反応や、危機的状況に対する判断もいい。攻守を一体とするカウンター主体の立ち回りは確かに強力だけど、その分相手に先手を取られるって弱点もあるんだ」
「最後のスキルコネクトとかの事~?」
「そう。攻めて来ない相手って、やってる側はあんまり怖くないんだよ。その分、受ける側はミス一つが命取りになる。出来るなら、自分からも攻めた方が安全な事も多い。攻めと守りの比率は、もう少し意識した方がいいかもな」
「ふぇ~、了解しました~キリト先生」
「よろしい。じゃあ、最後に須美だけど……」
須美の表情が固くなり緊張感ただようそれになる。
こちらとしても真面目に聞いてくれるのは嬉しいが、別にもう少しくだけた態度でもいいのにな。
「須美の課題はまあ、簡潔に言うと……近距離の捌き方だな。さっきの戦闘でもそうだったけど、須美は一度距離を詰められると、動揺のあまり反撃が著しく遅れてしまってるんだ。基本スナイパーは敵に寄られちゃ行けないんだけど、どうしてもって状況は常に起こりえるからな。そうなった時に、即座に反撃に移る事が出来れば、生存率はかなり上がる」
「なるほど……具体的には、どのように反撃するのが効果的なんですか?」
「一番マストなのは体術で敵を牽制しつつ、矢を至近距離から放つ事だ。難易度は高いけど、これが出来ると全然違う。バーテックス相手だと、ちょっと工夫が必要だけどな?」
「体術を絡めた白兵戦。それが出来れば、もっと……」
もっとも、バーテックスを相手に体術を磨く事がどれくらい意味があるのかって話だが、そこに関しては心配しなくていい。ようするにそういう意識を持って、経験を積むのが大切だからだ。
須美を始めとして、三人はそれぞれの面持ちで真剣に思考していた。そんな三人に、俺は一声総括する。
「……と、他にも色々とあるけど、やっぱり一番は経験の差かな。勿論、バーテックス戦と対人戦は別物だし、一概には比較できない。でも、俺は人との戦いにも、そう言った化物との戦いにもそれなりに慣れているから、三人よりも一歩速く動ける。技術や身体能力が互角な場合、一瞬の判断が勝敗を左右するんだ」
自身の中で展開した論を告げると、園子が疑問符を浮かべた。
「キリトさんこの前も慣れてるって言ってたけど……それだと、キリトさんよりも早くバーテックスと戦ってたわたし達の方が慣れてるはずだよね~?」
「確かに、もしかしてそれも神樹様から遣いとして与えられた恩恵……という事でしょうか?」
そこで俺は、自分の発言のミスに気付いた。ついいつもの調子で喋ってしまったが、三人は俺がこれまで戦ってきた事なんて知らないんだし疑問に思うのは当たり前だ。馬鹿なミスをした自分に呆れつつも、頭をフル回転させて誤魔化す。
「まあそんな感じ、かな?それに俺は三人よりも長い間、バーテックスとの戦いの為の訓練を積んでいたんだ。合流が遅くなったのも、最後の調整が間に合わかったからで、対人戦の技術もその副産物みたいなもんだよ」
少し無理があるかと思ったが、その返答に納得してくれたのか特にそこに関してそれ以上の追求はされなかった。
「話を戻すけど……要するに経験の差っていうのはすぐに埋まるものでもないから、今回の勝敗をそこまで気にする必要はないって言う意味だよ」
今回の戦闘訓練の目的は、勝ち負け以前に各々の能力値を詳細に把握する事だった。蓋を開けてみれば、三人それぞれに良いところがあって戦い方にも個性があった。それを十全に知れただけでもこの模擬戦には意味があったと言えるし、俺自身も様々な意味でいい勉強になった。
これから背中を預けていくにはこれ以上ない程に頼もしい三人に、俺は密かに胸を躍らせていた。