結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第十六話:最後の夜

 

 無事、三日目の朝に訓練を完遂した勇者一行は最終日を満喫していた。

 折角海が近くにあるという事で、季節的に未だ泳ぐ事は出来ないが……その分、ビーチバレーなど海辺で出来るスポーツをしたり、周囲を散策したりと様々な形で楽しんだ。

 

 そうしていると、あっという間に時間が過ぎて、気が付けば日は傾き――合宿最後の夜を迎えていた。

 

 

 

「疲れたぁぁ……」

 

 銀がぐったりとした様子で布団に突っ伏したのに対して、俺は微笑をこぼした。買ったものや荷物などを片付け豪華なご飯を食べてると、今は就寝する準備が整い四人は雑談に花を咲かせていた。

 

「結構、遊んだからな。俺もくたくた」

 

 景気よく体を伸ばすと、体からパキパキと小気味いい音が鳴る。

 

「ちょっとおじさん臭いよ~!キリトさん」

 

 くすくすと笑う園子に指摘される。それは元の世界で大切な人が俺にかけた言葉で、その面影が重なってどう反応していいのか分からず頬をかく。

 そうして、時間が就寝時間に迫ろうとしていた時、銀が消灯しようとした俺に待ったをかけた。

 

「ちょっと待った!キリトさん、今日は合宿最終日ですよ。簡単に寝られると思う?」

 

 彼女が言わんとする事を察して、俺は布団の上に座った。

 

「わたしは自分の枕持ってきたから寝れるよ~」

 

「それ枕だったんだな……」

 

 猫のマスコット、サンチョの枕に寝転がる園子に苦笑いをこぼす。ツッコミどころはそこだけに留まらず、銀が園子の纏う独特なデザインの枕に付いて聞いた。

 

「園子さんや、その服は?」

 

「鳥さん!わたし焼き鳥すきなんよー!」

 

「さいですか……」

 

 ばっと起き上がって、身振り手振りでパタパタとさせる。そのパジャマはズボンからフードまで一式揃っていて、それだけ気に入っているのだという事だけは分かる。しかしその理由が焼鳥が好きだから、という何とも傍から聞けば微妙なものに三人とも苦笑する。

 

「よ、夜更かしはダメよ!ちゃんと寝ないと、迎えが来るよ……?」

 

「迎え!?」

 

 やけに真の入った演技に園子が怯え始めるが、銀は手を横に振る。

 

「違う違う、そう言うのじゃなくって、夜更かしと言えばあれだよ!好きな人の言い合いっことかさ」

 

「す、好きな人?」

 

「恋バナか。銀はそういう人いるのか?」

 

 俺は向こうの世界でも、普段一緒に居るメンバーや身の上から、長らくそう言った話題で盛り上がる事とはご無沙汰だった。問いかけると、銀はニヤリと笑った。

 

「あたしは、弟かなー」

 

「いや兄弟はずるいだろ」

 

 銀の反応からして、大方最初からそう答えるつもりだったのだろう。それが災いしたのか、続く須美は居ないと答え、銀は面白くなさそうに呟いた。

 

「なんだよー。園子は?」

 

「わたしは居るよ~」

 

「え、マジ?」

 

「く、クラスの人?」

 

 緊張の反応を見せる二人と、何か察したような表情のキリト。興味深々な二人に勿体ぶるように笑いながら園子は言った。

 

「キリトさん……」

 

「え?」

 

「と、ミノさんとわっしー!」

 

「だよなー」

 

 園子の様子から察しては居たが、銀と須美も肩透かしを喰らったとばかりにため息を付いた。そうして、銀は最後の一人に目を向けた。

 

「それじゃあ、キリトさんはどうなんですか?」

 

 聞かれて、俺は少し思案するように唸ってから答えた。

 

「まあ、うん、居るよ。今は遠いところに居て会えないけど、誰よりも大切な人が……」

 

 好きな人、と聞かれた時に思い浮かべる人は例えどんな世界に来ようと俺にとっては一人しかいない。アスナ――栗色の髪をしていて、どんな時も優しく笑いかけてくれる、そんな彼女に何度も救われてきた。

 

 彼女の事を考えて、自然と心が安らぐような感覚に包まれた。

 

「それって、どんな人なんですか?」

 

「そうだな。料理が好きで面倒見が良くて、笑った顔がとても綺麗な人なんだ」

 

 俺の思うアスナの特徴や好きな所を語っていく。

 

「その人も大赦の関係者なんですか?」

 

「いや、違う。さっきも言ったけど、今は遠くに居て会えないんだ」

 

 神樹の遣いとして認識されている俺に恋人が居る。というのは、やはり不自然だっただろうか。

 それでも、こんな風に右も左も分からない場所に飛ばされて、元の世界の皆――特にアスナの事を考えなかった日はない。平静を装っているが、心の奥底では不安が今でもあるんだ。

 

 だからこそ、仲間達やアスナの事を思い浮かべると自然と落ち着く。

 

「……どうかしたのか?」

 

 黙したまま何も言わない三人に疑問符を浮かべると銀が答えた。

 

「いや、何というか、キリトさんってそんな顔もするんですね」

 

「そんな顔?」

 

「何だか、満たされてたよね~」

 

 二人の言っている意味が分からず首を傾げる。

 結局、銀が望んでいたような恋バナも出来ないまま夜も更けて、既に園子はゆらゆらと船をこぎ始めていた。

 

「……もう消灯時間も過ぎてるし、そろそろ寝ようか?」

 

 俺が視線を送ると、夜更かしを提案した銀も頷いて手を振り布団の中に入った。

 

「おやすみ」

 

「おやすみ~」

 

「おやすみなさい」

 

 合宿は終わり、その最後の夜の光を暗転させた。

 

 

 

 

 

 

 夜中に物音がして、ふと目を覚ました。

 

「ん、誰?」

 

 身体を起こして周囲を見回す。

 乃木さんと三ノ輪さんの二人は布団の中ですやすやと寝息を立てていたけど、その中で、桐ヶ谷さんの布団だけが空いていた。

 

「桐ヶ谷さん。こんな時間に、一体何処へ行ったのかしら……」

 

 部屋を見回してもそれらしき姿は無くて、部屋の入口がわずかに空いている。

 物音を立てないように布団から出て、部屋を後にする。

 消灯した旅館内を歩いて外に出ると、少し歩いた所で桐ヶ谷さんを見つけた。

 

 近付くと彼女もこちらに気付いたようで、小さく手を振って微笑んだ。

 

「やあ、須美」

 

 桐ヶ谷さんは何をするでもなく夜空の下に広がる黒い海を見ていて、その瞳には私では推し量る事も出来ないような感情がこもっているように見えた。

 だけど、それとは別に言わなければならないことがある。

 

「やあ、じゃありませんよ。ダメですよ、消灯時間もとっくに過ぎてるのに外出したら」

 

 私がそう言うと、桐ヶ谷さんは困ったように笑うだけだった。

 

「あぁ、ごめん。ちょっと海を見て眠くなったら戻るつもりだったんだ」

 

「……眠れないんですか?」

 

 訊くと、桐ヶ谷さんは小さく頷いた。

 

「珍しい事じゃないんだ。こうしてちょっと夜風に当たったら、気分もスッキリしてよく眠れるしな」

 

 彼女がそう語るのであれば、これ以上追求する事も出来ず私は静かに桐ヶ谷さんの隣に立って同じように海を眺めた。数秒、或いは数分程の静寂の後、桐ヶ谷さんがその沈黙を破った。

 

「綺麗だと思わないか?この海も、夜空も、その下には沢山の命が今も生きてるんだ」

 

 桐ヶ谷さんは深い慈しみを込めた声で言った。

 

「そうですね。そして、私達はその全てを背負って戦っている」

 

「ああ、守りたいよな。皆、それぞれの思いで戦っているとは思うんだけど、きっとこれだけは変わらない」

 

 そう言う彼女の姿は私の思い描く勇者像に限りなく近かった。

 

「桐ヶ谷さんは、その……」

 

 何の為に戦っているのか。そう聞こうとして、けれどそれは触れてはいけない部分のような気がして次の言葉を出せないまま黙ってしまう。そんな私を見かねてか、桐ヶ谷さんは少し茶化すような口調で言った。

 

「須美もキリトって呼んでくれたら良いんだぞ。それとも、まだ距離を測りかねてるのか?」

 

 はっとして彼女の方を向くと、その表情は変わらずあくまで自然体のままだった。

 その問いに対して、どう返すのが正解かは考えるほどに分からなくて、そのまま押し黙っていると続けて桐ヶ谷さんは語る。

 

「……バーテックスは一人では倒せない。それは、須美も分かっていると思う」

 

 そう語る桐ヶ谷さんの表情は何処までも真剣で、歳不相応な程に達観していた。

 

「別に俺や二人に対して、特別に悪感情があるって訳じゃないんだろ?ただ苦手意識が抜けない。だから一定以上は距離感を詰められないし、二人も普段はあんな感じだから、自分がしっかりしなきゃって思って余計に焦る」

 

「それはっ」

 

 焦っている。その言葉は正しい。

 前回の戦闘では桐ヶ谷さんに助けられ、その前でも私は何も出来なかった。それを冷静だなんて言えるほど私も傲慢じゃない。

 

「君が心配する程、俺も、そのっちも、銀もやわじゃない。簡単には死なないし、俺が死なせない。だから、少しで良いからあいつらの事を信じてあげて欲しい」

 

 桐ヶ谷さんは恐らく、私の心情を全て見抜いている訳じゃない。リーダーに指名された乃木さんへの心持ち、三ノ輪さんへの印象、そして突出した強さを持つ桐ヶ谷さんへの羨望にも似た感情。

 

「私は、桐ヶ谷さんの強さが羨ましいです」

 

 精神的にも、身体的にも、彼女程の剣気が私にもあったなら思い悩んでも居ない。

 

「俺は、強くなんか無いよ。確かに技術や経験は君たちより上かもしれないし、それが秀でて特別なものに見えるのも分かる。だけど、それは決して、本質的なものじゃないって思うんだ」

 

 そう語る桐ヶ谷さんの瞳には、私では推し量れない程の深い悲しみと諦観が潜んでいた。

 

「ごめん、お節介だったな。君自身が抱えている問題にまで口を出すつもりは無いんだ。俺はそろそろ戻るよ」

 

 言って、桐ヶ谷さんは宿へと戻って行った。その後ろ姿を見ながら、私は独り呟いた。

 

「桐ヶ谷さん、あなたは一体……何者なの?」

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