結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第十七話:三ノ輪銀

 

 合宿から数日後の休日、俺は三ノ輪家の前に居た。

 時刻は昼頃。

 約束の時間になると、目前の屋内からトタトタと足音が聞こえて数秒後に玄関口が開く。

 そこから出てきたのは、もう見慣れたショートカットの火の玉ガール、三ノ輪銀だった。

 

「お待たせしました、キリトさん!」

 

「おっす、銀。それじゃあ早速行こうか?」

 

「はい!」

 

 お互い軽く挨拶すると、善は急げとばかりに二人揃って歩き出す。

 

 

 銀と一緒に休日に買い物に行く約束をしたのは、つい先日のこと。

 SNSに届いた一通のメッセージに目を通すと、そこには俺に宛て、とある誘いの一文が綴られていた。

 その内容、『次の休日、一緒にイネスへ行きませんか?』と書かれた文の送り主は、何を隠そう三ノ輪銀である。

 

 

 丁度、一回目のバーテックス討伐の御礼として大赦から当てられた資金もあった為、購入したいものがあった俺は二つ返事でオッケーをした。

 そうして今、隣に歩くショートヘアーの少女はいつもより少し上機嫌そうに歩を刻んでいる。

 

「それにしても、銀から誘ってくるとは思わなかったよ。てっきり、遊びに行くならあの二人も一緒だと思ってたから」

 

 今日は園子と須美は一緒にじゃない。銀との個人的な約束だったのもあるけど、誘われた側だったというのもあって俺から二人に声をかける事もなかった。

 

「別に二人を除け者にしようとかそういうんじゃないです。ただ、あたしも一度キリトさんと二人で何かしたいなって思って……迷惑でした?」

 

 心配そうにそう聞く銀に、俺は首を横に振った。

 

「そんな事ない。俺も買いたいものあったし、銀が案内してくれて助かったよ」

 

 こっちに来てもう一週間以上になるが、暇な時は散策しつつ辺りの土地勘を付けようと奮闘しているもののまだ知らない事の方が多い。電化製品屋を内包するショッピングモールなどは、正しくその中の一つだった。

 

 そう、この時の俺は露ほどにも思っていなかった。

 銀が普段から約束の時間など遅れてしまうまさかの理由がここで知られる事になるなんて……

 

 

 

 出発してから数分で、その片鱗が見え始めた。

 まず、一回目は大きな荷物を持っているお爺さんが遅い足取りで歩道橋を渡ろうとしている場面に遭遇。

 

「すみませんキリトさん、少し待っていてください」

 

 そう言って、老人の方へと向かうと彼女はその荷物を代わりに持って歩き始めた。

 

「…仕方ないな」

 

 俺はその様子を見て温かな表情を見せると、その老人と銀の所に駆け寄った。そして、銀にお礼を言っているお爺さんに声を掛けた。

 

「お爺さん、良ければ背負いましょうか?荷物が無くても、この歩道橋を渡るのはちょっとキツイでしょう」

 

「キリトさん、どうして……」

 

 銀が少し驚いた様子でこっちを見た。

 

「いやぁ、こっちの女の子にも荷物を持ってもらってるのに、お友達にもそんなの悪いよ」

 

 申し訳なさそうに言うお爺さんに、俺は腕を上げて見せた。

 

「大丈夫。これでもワタシ、結構力持ちなんです!」

 

 口調も自然に話せるように少し女の子っぽくして言って見せると、お爺さんはそんな俺の言葉に頷いた。

 お爺さんを軽々と背負うと、銀と一緒に歩道橋を渡り切ってお爺さんを降ろして荷物を渡した。礼を言って去っていったお爺さんを見送ると、銀が俺に言った。

 

「あの、ありがとうございます。手伝ってもらって……」

 

「いいよ。そもそも銀が気付かなかったら俺もあの人を助けなかっただろうし、銀は優しい子なんだな」

 

 実際、彼女が気付き動いたから俺もその後に続いたのだ。だから、そんな銀の頭に手を置いてよしよしと褒めると、彼女は嬉しそうにしつつも照れくさそうに頬を染めた。

 園子に対してもそうだが、どうしても彼女達が頑張っているのを見るとこうして甘やかしたくなってしまう。これじゃあ俺も、一概に今の自分(すがた)を否定できないな。

 

「どうした?顔が赤いぞ、銀」

 

 そんな様子の彼女に悪戯心が芽生え、茶化すように言うと銀は少し頬を膨らませて抗議した。

 

「もう、からかわないでくださいよ!」

 

「ははっ、悪い悪い」

 

 反省する様子を見せないキリトに対して、銀もニヤリと笑って言った。

 

「そう言うキリトさんだって、さっきは普段使わないような可愛い口調で喋ってたじゃないですか?もしかして、あっちが素だったりするんですか?」

 

 痛いところを指摘されて、それまでの様子とは裏腹に口ごもる。

 

「いや、そんな訳ないだろ。お爺さんを警戒させない為の演技、アクティング、オッケー?」

 

「そういう事にしておきます」

 

 そうして、冗談もそこそこに再度イネスを目指して歩き始めた。しかし、彼女の体質が引き寄せるトラブルはこれだけに留まらない。

 

 それから数分後には道を訊ねられ、走り出した犬を止め、倒れた自転車を起こし――それらの数々のトラブルに見舞われながらも、イネスに到着した頃には予定からは大分遅れた時間になっていた。

 

 イネスの中に入り、先に彼女の買い物を済ませようと売り場に向かう途中で銀が沈んだ様子で言った。

 

「すみません、あたしのせいでこんなに遅くなって……」

 

「別に、銀が悪い訳じゃないだろ?人助けの為にそうなってるんなら、勇者としてはむしろ誇るべき事じゃないか」

 

 実際、銀には一切の非はないし、むしろ彼女のように巻き込まれ体質であったとしても行く先々で人を助けるなんて誰にでも出来る事じゃない。そんな彼女を誇らしく思いこそすれ、批難するなんてとんでもない事だ。

 

「良いんだよ、銀はそのままで……」

 

 ポンと頭に手を置くと、今度は銀も照れたりせずに満面の笑みを向けてくれた。

 

 

 

 

 それから、ショッピングモール内でも迷子や子供の喧嘩の仲裁などと言った様々な厄介事に遭遇しながらも銀は目的の買い物を終えて、現在はキリトの目当てであった電化製品フロアのコンピューター製品売り場に来ていた。

 

「ここって、パソコン?とかそう言うのが売ってる場所ですよね?」

 

「ああ、この前のバーテックスとの戦いの後、大赦から御礼って言って報酬をもらったからさ。自分のパソコンを買おうと思って、今日は厳密にはその下見だな」

 

 高価な買い物であるのもそうだが、パソコンとは一口に言ってもモニターやら何やら揃えるものは挙げ始めればキリがない。その為、今日は地元の電化製品屋でこの世界のコンピューターの標準スペックを確かめようと思い足を運んだのだ。

 

 早速、売り場を回り始める。専門店ではないしてはそれなりの品揃えなのもあって、マシンの性能に目を通すだけでもそれなりに楽しめる。

 

「へぇ、キリトさんって、こういうの詳しいんですね」

 

「まあな。こっちに来てからあまりこういう事に割く時間も無かったし、どうせならゲームとかも見て回りたいな」

 

 この前、園子に借りて少し触ったのだがどうせなら自分のハードと面白そうなソフトも幾つか買い揃えたいと思った。

 

「え、ゲーム好きなんですか?」

 

「意外だったか?一応これでもネットゲーマー歴はそれなりに長いんだぞ?」

 

 神樹様の遣いが廃人ネットゲーマーというのもどうかと思うが、細かい事は気にしない方がいい。

 案の定、銀は意外そうな表情を浮かべながらも興味深々な様子だ。

 

「あれだけ凄い剣の腕前だし、もっと私生活は剣の稽古とかに当ててるのかと……因みに、どういうのがお好みで?」

 

「うぅ~ん、最近のにはあまり詳しくなんだけど…対戦、RPG、シューティング、基本的に何でもやるかな」

 

 俺が言ってから、銀は一つ提案した。

 

「それなら、これから買いに行って後であたしん家で一緒に遊びましょうよ!」

 

「それは楽しそうだけど、いきなり押しかけていいのか?」

 

「大丈夫ですって、キリトさんはあたしと同じ勇者で何よりあたし達の頼れる姉貴分なんですから!」

 

「ははっ、姉貴分か。それは良いな」

 

 本当なら兄貴分って呼ばれたいが、ここは素直に彼女の好意を受け取っておこう。

 

 

 

 

 一方その頃、キリトと銀を追う二つの人影があった。

 須美は小学生とは思えないような本格的な覗き棒を持ち、園子はなるべくバレないように一定距離を保って二人を尾行。

 

 二人はその日、須美の提案で銀の遅刻気味の理由を突き止めようと、三ノ輪宅まで来ていたのだ。

 そこに偶然にもキリトが現れ、銀と共に出かけたかと思いきや、様々なトラブルに巻き込まれながらもイネスに辿り着き現在に至る。

 

「ミノさん事件に巻き込まれやすい体質なんだね~?」

 

「これも、勇者だからかしら?」

 

 イネス内でも迷子の子供、喧嘩の仲裁とその次から次へと銀とキリトはトラブルに巻き込まれた。

 それでも二人は特に気にした様子もなく、ゲーム売り場で様々なタイトルを楽しそうに見比べている。

 

「帰ろっか」

 

「そうね、何だか無粋な事をしている気分になってきたわ」

 

 昼時もそこそこな時だった。視線の先では二人は果物を落とした婦人にそれらを拾い渡していた。そのままフードコートに入って行く二人を見届けて、踵を返そうとした時――キリトが視線をこちらに向けて手を振ったのだ。

 

「おーい二人共、そろそろ出てきたらどうだ?」

 

「「ギクッ!?」」

 

「えっ、なになに?そこに誰か居るんですか?」

 

 キリトのいきなりの行動に驚く銀と、まさかバレていたとは思わなかった須美と園子だたが、やがて観念したとばかりに姿を表す。

 

「須美に園子!?おいおい、二人揃ってこんな所で何やってんだよ?」

 

 思いがけない人物の登場に驚いている銀に対して、問われた二人は苦笑するしかない。

 また、その尾行にそもそも最初から気が付いていたキリトは、おかしそうに笑ってその光景を眺めているのだった。

 

 

 

 

 

 ひとまず四人分のランチを購入して、フードコートのテーブルにつく園子と須美はこれまでの事情を話した。

 

「えぇ!?それじゃあ、二人とも家の前から見てたっての?何それ恥っず……」

 

 自分の普段は見せない行動の数々が二人に知られていた事に縮こまるように言う銀に、キリトはうどんをすすりながら言う。

 

「悪い。実を言うと、俺は最初から二人が尾行してる事には気付いてたんだ。でも、二人の行動の理由は大方察しがついてたし、言うのも野暮だと思って黙ってんだよ」

 

「なるほど、それで……」

 

「まさかバレバレだったなんてね~」

 

 苦笑いする犯人二人とは対照的に、銀は興味深そうに呻く。

 一人事情を1から100まで知っていたという姉貴分であるが、気になるのはどうやってそれを把握していたかということ。

 

「あたしは全然気付かなかった……何でキリトさんは分かったんですか?」

 

 その問いに対して、キリトは人差し指を立てて解説するように答える。

 

「視線とか、音とか、そういうのかな。まあ簡単に言うと、気配察知みたいなもんだよ」

 

 気配すら隠さない追跡者を感じ取る程度なら造作もない。

 元よりキリトは自分への視線に割と敏感な方だし、極めて感覚的な話ではあるものの、こればかりは慣れという他にないだろう。

 

「なにそれ忍者みたい~!」

 

 テンション高めなのは園子だけで、他二人はキリトの語った内容に唖然としていた。そして、銀は更に恥ずかし気に肩を落とした。

 

「じゃあ結局、あたしだけ何も知らなかったって事じゃん。余計恥ずかしいって」

 

「恥ずかしくなんかないよ!偉かったよ~」

 

「そうね、遅刻の理由も仕方ないことだって分かったし……」

 

 二人としては、銀のような理由である場合は咎めるどころかむしろ仕方がないものだと思うし、話してくれれば出来る限りの手助けもする。

 

「別に隠さなくたって、素直にそう言ってくれたら良かったのよ?それなら、私だって怒ったりしなかったわ」

 

「いや、何かそれは他の人のせいにしてるみたいだろ?どんな理由があろうと、遅れたのはあたしな訳だし」

 

 正義感の強い銀らしい理由だ。

 彼女自身、善意でこそあるものの人助けはほぼ条件反射みたいなものだし、不運でこそあってもそれを過剰に恨んだ事はない。

 自分の出来る事を、言い訳せず、自分の出来る範囲でやる。ただそれだけなのだ。

 

「そう言う二人だって、つけてる最中に所々で困っている人を助けてたじゃないか」

 

 そこにキリトが一言告げると、今度は銀が暖かい視線を二人に向けた。

 

「それは、少しでも三ノ輪さんの負担を減らせればと……」

 

「ミノさんを見てるとなんかね~。自分も何かしたくなっちゃったんだよね~」

 

「二人とも……」

 

 須美と園子に瞳を潤ませながら感極まる銀。その視線が眩しかったのか、須美が話題を戻す。

 

「そんな事より!三ノ輪さんは小さい時からそういう体質なの?」

 

「ついてない事が多いんだ。ビンゴとか当たった事ないもん」

 

 長年の運の無さに諦めを滲ませる言葉に、他の三人は苦笑する。

 日常のひと時、それ以上でも以下でもない会話の暇。故にこそ、非日常は時として残酷までに唐突に現れる。

 

「まあ、運は収束するって言うし、そのうち良い事が―――」

 

 その時、談笑していた四人の表情は一瞬にして強張った。

 視線を周囲に向けると、時が止まったかのように動きが停止した世界。それは、白昼夢に訪れる災厄の前兆。

 

「これって……」

 

「えぇ、間違いないわ」

 

 もうなじみとなった感覚ではあるが、緊張感は回を増すごとに張り詰める。

 

「バーテックス。このタイミングで来るのか」

 

 侵略者は待たない。ある意味、もっとも緊張が緩んだ時にこそ現れる。談話の終わりを待たずして、街が、世界が、風鈴の音と共に世界は虹色の樹海に包まれた。

 

 




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