結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第二十三話:たましい

 

 

✾『たましい』✾

 

 

 あたしは何も言葉にする事が出来なかった。

 止める事も、何も出来なかった。

 

「銀。……二人を頼む」

 

 自身の剣を取るキリトさんの姿は、あたしの知る誰よりも優しく強い剣士のそれとはかけ離れていた。

 息が詰まりそうな程の殺気に、あたしは何も言う事が出来ない。ただ喉を乾いた空気が通り過ぎるだけで、指一つすらも動いてくれないんだ。

 

「キリト、さん……」

 

 辛うじて出たそんな声も、次の瞬間……彼女が凄まじい咆哮を上げた事によってかき消される。

 ビュンと風を切り裂く音と同時にキリトさんの姿が霞んで、あたしの目ですら追えない速度で疾走する。

 さっき、あたし達を壊滅させる要因になった矢の雨すらも剣を振るまでもなく躱して、サソリ型バーテックスに接近したキリトさんはその狂気とは相反して芸術と呼べるほどに鮮やかな光の軌跡を描く。

 

「これが……」

 

 キリト、最強の剣士の本気。

 余りにも次元が違う。須美は以前、キリトさんの速さは勇者としての限界を超えていると称したが、それは少し違う。

 その剣技は正しく神の技と言ってもいい。単発だけでも凄まじい威力と速度を持ったそれを、今のキリトさんは永遠とも思えるくらいに絶え間なく、連続で打ち続けているのだ。

 速さだけじゃない。

 全ての技術が、飛びぬけている。

 

「ぎ、ん」

 

 その剣技に見入っていたあたしは、か細いその声でようやく我に返った。

 

「須美!」

 

 須美が薄く目を開けて、掠れ声であたしに何か訴えかけていた。

 

「ぎ、ん。とめ、て……」

 

「え?」

 

 須美が視線を向けた先には、狂った鬼神の如く剣を振る剣士の姿だ。

 

「おね、が、い。きりとさん、を、とめて……このまま、じゃ、あのひとが、しんじゃう」

 

 涙を浮かべて、必死に傷だらけの体を動かそうとする須美を制止する。

 

「分かった。キリトさんはあたしが止める。だから、須美はもう休んでてくれ」

 

 安心させるように、強い声音で言うと須美はようやくその目を閉じて意識を落とした。

 それを確認して、あたしはキリトさんの方に視線を向けた。まずはキリトを冷静に戻さなくては、そう思ったが、もう全てが遅かった。

 

「キリトさん、避けて!!」

 

 あたしの目に見えた、キリトさんを襲う矢の雨。

 それはカニ型バーテックスの羽によって反射された、キリトさんが驚異的な反応で避けたはずの攻撃だった。

 

 キリトさんはそれでも何とか剣を風車のように高速回転させて防御するが、体には幾つもの裂傷が刻まれていく。

 そして、矢の雨が止んだ後、漆黒の剣士はサソリの尾によって無慈悲に樹海の大地へと叩き落された。

 

「嘘、だろ」

 

 最強の剣士が地に落とされるのを見て、冷静さを失いそうになる。

 それを歯をギリッとかみしめて堪えた。ここで怒りに身をかませたら、それこそ全部が終わる。

 ステイクール、キリトさんが須美に使った言葉を自身の中で反復した。

 

 キリトさんがあれ程に怒り狂った姿を始めて見た。

 でもそれは、あの人が誰よりも仲間を大切に思っているから。

 一瞬でも怖いなんて思った自分が憎らしい。本当ならあの時、あたしも一緒に飛び出すべきだったんだ。

 

「今度はあたしの番ですよね、キリトさん」

 

 線を引く。

 足元にあるこれ(・・)は自らの誓いだ。

 

 邪魔者を排除したバーテックスが大橋を進んでくるのを前に、あたしは心のあらん限りで叫ぶ。

 

「随分とやってくれたけどな。ここから先は……通さない!」

 

 これ以上は決して奴らをあたし達の世界へと近づかせないために、真正面からバーテックスへと向かっていく。

 弓のバーテックスが矢の雨を放ってくるが、それを剣二本を盾にして防ぐ。

 

「それはもう見た!」

 

 キリトは一切臆することなく、たった一人で立ち向かった。もしもキリトさんがいつも通り冷静だったなら、きっと負ける事はなかった。例え一人であっても、この三体のバーテックスを倒せていた。

 あの一連の剣技を見れば誰だって分かる。それ程に、他のあらゆる一切を寄せ付けない程にあの剣士は強いのだ。

 

「本当なら……!」

 

 跳躍して力の限り、カニ型のバーテックスを斬りつける。

 

「お前らなんて……!」

 

 あの人はあたし達の姉貴分で、最強の剣士なんだ。だから、一度だって負けていない。

 この世界が壊されない限り、それは勇者の敗北じゃない。だから――

 

 あたしはあの人みたいに速くないから、攻撃を全部避ける事なんて出来ない。体中を矢に傷つけられ、血が流れて、感覚が麻痺しておかしくなっても構うものか。

 剣技で、強さで、速さではまだまだ敵わなくても……この心だけは、燃え上がる魂だけはあの人にだって負けていない!

 

「お前には、分からないだろうな!」

 

 腕がちぎれても、脚がもげても、何度だって立ち上がってやる。

 

「それが……あたしの、勇者の……ッ!!」

 

 鮮血が舞い散って、赤い花のように咲き誇る。

 

「根性と、魂ってやつよォォォォォォォオオーーーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 暗くなった意識の中で、俺は思い出していた。

 今までの全てを、数え切れない罪を……。

 

「また、失うのか」

 

 もう何も見たくない。大切な物を作っては壊され、何度守っても無駄で、一体あと何回これを繰り返せばいい?

 諦めないって決めた。親友に背中を押されたから、仲間が居たから立ち上がれた。怒りに狂って、醜い剣を何度も振って、これで仲間が守れるわけなんてなかったんだ。

 

 暗い海の底に沈んでいく。

 意識も、希望も、光も何もかも……

 

『ねぇねぇ、お姉さん。こんな所でどうしたんですか?』

 

 水の中で反響するように、間延びした優しい口調が響いた。

 目を開けると、そこには初めて彼女と――乃木園子と出会った時のあの光景が映っていた。水泡のようなそれは流れる程に変わって、様々な場面を映し出した。

 

『それじゃあ、援護頼んだぜ?弓使い(アーチャー)さん』

 

『桐ヶ谷さんか~。わたし、乃木園子って言います!園子でいいよ~』

 

『あたしは三ノ輪銀って言います。銀って呼んでください!』

 

『鷲尾須美と申します。呼び方はお好きなように……。先程は助けてくださり、ありがとうございました』

 

 その三人との出会いは本当に突然で、名前も知らない状態で背中を預けたんだ。

 

『桐ヶ谷さんには、今日から乃木さんの家でお世話になってもらう事になったわ』

 

『まさか、わたしの家が桐ヶ谷さんの家になっちゃうなんてね~』

 

 一緒に住むことになって、それでも彼女はむしろそれを歓迎してくれた。

 

『それなら、わたし良い案ある~!桐ヶ谷さんにも何かあだ名を付ければいいんだよ~!』

 

『そうだな……キリト、なんてのはどうかな?』

 

『ねぇ、それじゃあさ~!キリトさんもわたしの事、そのっちって呼んでよ~!』

 

 そう言えば、女の子をそういうあだ名みたいなので呼んだのは初めてだった気がする。

 

『――三人にはこれから、一人ずつ俺と一対一で模擬戦をしてもらおうと思うんだ』

 

『模擬戦、ですか?あたし達と、キリトさんが?』

 

 実際に剣を合わせて、彼女達の強さを知った。

 それからも、幾つもの事があった。

 

『あたしも一度、キリトさんと二人で何かしたいなって思って……』

 

『もう、からかわないでくださいよ!』

 

『将来の夢は……お嫁さん、かな。ははっ、何だか改めて言うと恥ずかしいなー』

 

 頼りになる銀、それは俺にとっても同じだった。それでも、三人の中では一番乙女で、家族を大切にする優しく強い少女。

 

『私は、桐ヶ谷さんの強さが羨ましいです』

 

『違うの、私……ごめんなさい……次からは、ちゃんと初めから息を合わせる。頑張るっ!』

 

『あの、キリト…さん!ありがとうございました!』

 

 真面目で責任感が強い須美。でも反面、ユーモアがあって面白くて、彼女がまとめ役として雰囲気を取り持ってくれていた。

 

『キリトさんは「何処の誰とも知れない奴」なんかじゃないし、嫌だなんてとんでもないよ~。むしろ、わたしは嬉しいかな~』

 

『それにしても、やっぱり凄い剣技だよね~。どうりであれだけ強いわけだよ~』

 

『えへへ~、何だかちょっと照れますな~』

 

 この世界で、最初に俺を見つけてくれたそのっち。頭を撫でられるのが好きで、見ず知らずの俺にも懐いてくれて、気が付けば彼女の世話を焼くのが当たり前になっていた。

 こんなにも、こんなにも大切な思い出がこの世界には沢山あるんだ。

 

 だから、守りたかった。傷つけられたく無かった。

 

「逃げるのか?」

 

「違う、もうどうしようもないんだ」

 

 背後から聞こえた声は、自分自身の物だった。黒の剣士と呼ばれ、浮遊城アインクラッドを駆けのぼった英雄――

 そんな彼が言うのだ。まだ立ち上がれと……

 

「あの世界でも、そうやって蹲ったのか?一度でも膝をついたのか?」

 

 それはあの時の強い俺だったからだ。

 今も俺はもう、仲間が危なくってもこの剣を振ることできない弱虫なんだ。

 

「……だったら、あれを見ろよ」

 

 指差した先に映し出された。

 それは赤い衣を纏った少女が、赤い鮮血を花のごとく散らしながらバーテックス達と戦う姿だった。

 

『根性と、魂ってやつよォォォォォォォオオーーーーー!!』

 

 どれだけ傷だらけになっても、体に穴を空けられても、それでも膝をつくことのない勇者。それはまるで、あの頃の自分自身のようだった。

 

「彼女はまだ諦めてないぞ。まだ、信じているんだ」

 

 例え敵わなくても、死ぬと分かっていてもたった一人ラストボスに立ち向かった少年が居た。

 

「――そろそろ起きろよ」

 

 その言葉と共に目の前に映し出されたのは、紛れもないこの世界の俺自身の言葉だった。

 

『それなら、俺は戦う。俺自身の意思で、立ち向かう!』

 

 誓ったのは、他ならない俺だ。

 黒の剣士でも、鍍金の勇者でも、アンダーワールドを救った星王でもない。

 

 この世界の地に根を降ろした一個の人間で、それは紛れもなく今の(・・)自分自身なんだ。戦えない人間なんて居ない、あるのはその選択肢だけ……あの時、俺は選択したはずだ。命に変えても戦い続けるって――

 

 ――勇者を救ってあげて。

 

 誰かも分からない、たった一人の少女の願いを聞いて俺はこの世界に来たんだ。それなら、この命が尽きるまで戦い続ける事だって、魂を燃やす権利だってあるはずだ。

 

 俺が誰かなんて、自己の損失はもうしない。聞かなくたって、心の中ではっきりしている。――――さあ、行こう。

 

「俺はキリト……剣士キリトだ!」

 

 その言葉と共に目の前の暗い空間が砕け散り、視界を光が包んだ。

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