結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第二十四話:立ち上がる英雄

 

 もう、痛みも感じない。

 辛うじて四肢が繋がっているのが不思議なくらいだった。

 

 膝をついていないのが奇跡かに思えた。

 

 視界は自身の血で赤く染まって、肺が痛いから呼吸だってしてない。ただ目の前の敵を見据えて、剣を強く握る。感覚だけで、意思だけで動かないはずの足を前に動かそうとした。

 その時だった。

 

「……これは」

 

 肌をツンと刺す冷気と微かに漂う薔薇の香りによって、消えかけていた意識が目を覚ました。瞬間、脳が忘れていた激痛を再認識する。

 それでも、痛みを必死にこらえてその発生源の方を見た。その主を見て、あたしは泣きそうな表情で微笑んだ。

 

「エンハンス・アーマメント」

 

 少女から、少年へと変わった剣士は空気を切り裂くように告げた。

 

 

✾『立ち上がる英雄』✾

 

 

 漆黒の剣は夜空の名を関する木剣へ、淡青の剣は一凛の青薔薇から転じた蒼銀の剣へと昇華する。

 俺と言う剣士は目覚めと共に、体と剣を自身にとって最も強い形へと変質させる。アンダーワールドを救った英雄を自身に投影し、青薔薇の剣を樹海の幹に突き刺して――その式句を紡いだ。

 

『エンハンス・アーマメント』

 

 蒼い切っ先を起点に、大橋全体を瞬く間に永久凍結の氷が覆っていく。それは、バーテックスが齎す浸食すらも止めた。

 青薔薇の剣を引き抜いて、歩き出す。一歩、また一歩と進んで、赤い勇者装束を纏った銀の前へと出た。

 

「キリト、さん?」

 

 疑問と確信を内包した声音に対して、俺は振り返って微笑んだ。

 

「うん、お待たせ。銀」

 

 低くなった声帯、その意味するところは文字通り俺と言う存在が本来の形を取り戻したという事だった。

 立つ銀の体は、ボロボロなんて言葉では表現しきれない。穴が開いていない箇所を探す方が難しいと思える重傷なのに、それでも彼女は倒れなかった。

 

「後は任せてくれ。すぐに終わらせるから」

 

 出来るだけ優しく、安心させるように言うと銀はようやく膝を付き座り込んだ。

 

「もう、立てませんからね?」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 銀が繋いでくれなかったら、今頃この世界は終わりを迎えていた。

 カツカツと強かな足取りでバーテックスとの距離を詰めていく。――心意を自身に映し出す。勇者装束はSAOをクリアした英雄の黒いロングコートへと変わり、纏う雰囲気を精錬していく。

 

 何歩目かで立ち止まると、静まり返り氷に包まれた樹海の大地を静かに蹴った。

 

 

 

 

 目の前に現れたのは、見知らぬ青年だった。

 あの人と同じように漆黒と蒼の剣を持って、敵の前に立ち塞がる後ろ姿にあたしは言った。

 

『キリト、さん?』

 

  彼はあたしの方へと振り返って、確かに彼女(・・)の面影を感じさせる微笑みを浮かべた。

 

 声も少し低くなって、それでも中性的な顔立ちは彼女にそっくりだった。間違いない、この人はあのキリトさんだってすぐに分かった。

 

 彼の言葉を聞いて、あたしはようやく何度痛ぶられても折れなかった膝をその場についた。もう大丈夫だって、この人なら勝ってくれるって、そう安心できたから……

 

『もう、立てませんからね?』

 

『ああ、分かってるよ』

 

 キリトが足を前に踏み出した途端、彼の纏う雰囲気が変わった。

 包み込むような優しい気配は、研ぎ澄まされた刃のように鋭くなり、それでいてさっき見せた鬼のごとき荒々しさなど片鱗も感じさせない程に落ち着いている。まるで、見えない太刀を纏っているかのような風格に苦笑いをこぼした。

 

「本当に、敵わないなー」

 

 彼がやったのであろう凍り付いた樹海の上に座って、あたしはその戦いを見届けた。

 

 

 

 

 恐ろしい程に体が軽い。

 まるで、体を縛り付けていた枷が全て外れたかのような感覚だった。それは仮想世界の自身の体を動かす時の感覚に似ている。体に入る全ての情報を加速意識で瞬時に認識し、不要なものを全て弾いて全神経を敵の一挙手一投足に集中させる。

 

 弓のバーテックスが矢の雨を放ち、それをいっそう加速して躱すと背後に現れたカニ型バーテックスの羽にも反応する。

 

「それにはもう引っ掛からない!」

 

 宙返りの要領で右方向に体を弾くと、すれすれの所で矢の攻撃範囲から出る。その隙に疾走して、一気に弓型バーテックスとの距離を詰める。途中でカニ型とサソリ型の妨害が入ったが、すでに行動を見切っているそれらくらいなら見なくても避けられる。

 

「さっきのお返しだ」

 

 本体が剣の間合いに入った瞬間、鋭い気合いと共にソードスキルを発動させる。

 

「シッ!」

 

▽二刀流27連撃技▽

ジ・イクリプス

 

 容赦も油断も一切ない。最適の技選択でそれを始動させる。

 さっき叩き込んだスキル連携で倒せなかった時点で、こいつらには生半可な技を当てても逆に隙を晒すだけだ。一人で三体を相手するなら、一体にかけられる技数は必然的に一回に限られる。

 

 神速の二七連撃、エクストラスキル二刀流が誇る最強のソードスキルが他二体の介入を許さない速度で切り刻む。

 

 下段、上段、左右全ての方向から絶え間なく叩き込む連撃の数が二五に達した時点で、バーテックスに変化が訪れる。切り刻んだ地点から、逆三角錐の形をした物体が出現したのだ。

 

「――ッ!!」

 

 俺は直感でそれが奴の弱点だと判断すると、二六連撃目を本体に打ち込んで飛び上がると蒼薔薇の剣を引き絞る。蒼い輝きが樹海全体を眩く照らし、獣のような咆哮と共に逆三角錐の物体に向かって突き出す。

 

「はあぁぁぁぁあッ!」

 

 ガラスの割れるような音と共に青薔薇の剣がその物体に突き刺さると、物体に次々と亀裂が入って、数秒後に砕け散る。その中からは光の粒子が溢れんばかりに舞い上がり、見れば弓型バーテックスはその巨体を同じ様に光粒へと変えて消滅していった。

 

「これは……」

 

 鎮火の儀じゃない。あれはバーテックスを結界の外に押し出す儀式であって、倒すものじゃないからだ。

 つまりは、今まで追い出すしかなかった奴らを完全に倒しきる事に成功したのだ。理由は分からないが、倒せるという確信があれば今は何でもいい。

 

「いや、今はそんな事はどうでもいい。次――」

 

 カニ型のバーテックスに目を向ける。

 樹海を縦横無尽に駆け抜け、サソリ型の攻撃が追いつけないように立ち回る。そして、カニ型のバーテックスの頭上に躍り出るとそこまでの加速を乗せた技を放つ。

 

「フッ!」

 

▽片手剣7連撃技▽

デッドリー・シンズ

 

 黄昏の色を纏った七連撃で、カニ型バーテックスを頭上から端まで切り裂く。

 疾走の加速と心意を乗せたソードスキルは通常の何倍もの威力を発揮し、カニ型の上部が砕けるとそこから先程同じ形の物体が出現する。

 

▽体術基本技▽

弦月

 

「らぁッ!」

 

 青いライトエフェクトを纏った足でバーテックスの巨体を蹴り上がると、逆三角錐の上にピタリと飛び乗る。

 漆黒の剣を掲げると、エメラルドグリーンの輝きが刀身を包み込む。

 

▽片手剣単発技▽

ソニックリープ

 

 一切のブレなく振り降ろした一閃が、逆三角錐を真っ二つに切り裂いた。

 

「二体目――」

 

 呟きながら樹海に着地すると、最後にしなる尾を持ったそいつと対峙する。

 サソリ型を最後に残したのは、その尾を警戒さえすれば警戒度が最も低いからだ。その点、弓型とカニ型のコンビネーションは最も驚異となりえるし、仮に弓型を倒したからと言って不安要素の塊であるカニ型を残して置く理由はない。

 

 と、ここまでが理性的な理由だが、半分は個人的な怒りもある。こいつは、園子を、須美を、銀をその凶器で無慈悲に傷付けた。

 走る必要もないとばかりに、一歩、また一歩と踏み出す。何度も飛来する尾を最低限の動作や跳躍だけで回避して、その距離はあっという間に跳躍一回分にまで詰まる。

 

「これで、終わらせる!」

 

 赤黒い血のような輝きを迸らせ、水平に構え引き絞った夜空の剣がジェットエンジンのように唸りを上げる。

 

▽片手剣重単発技▽

ヴォーパルストライク

 

 俺があの世界で最も信用し、愛用した技を使う。

 ありったけの意志力と力を込めて、地を蹴りバーテックスへと突き出す。

 

「ぜやあぁぁあッ!」

 

 鼓膜を割る程の轟音を響かせて、漆黒の刀身がバーテックスに深々と突き刺さる。

 

「エンハンス…アーマメント!」

 

 叫ぶ、式句に答えた夜空の剣が変質して、突き刺さった切っ先から漆黒の奔流をバーテックスの内部の叩き込む。

 

「うおぉぉぉおお!!」

 

 あらん限りの闘志を込めて放つ。

 その一撃はバーテックス内部にある核を破壊し、その巨体を貫通した。心意を込めた渾身のソードスキルからの武装完全支配の連続使用によって核を破壊されたバーテックスは跡形もなく、その姿を消滅させた。

 

 

 

 樹海の大地に降り立つと、青薔薇の剣と夜空の剣を鞘に戻す。その動作によって、樹海を包んでいた武装完全支配術の氷が砕けるようにして消え去った。

 改めて、樹海を見渡すともう災厄の姿はない。それを確認して、ようやく息を付いた。

 

「終わった、のか?」

 

 自分で言っておいて、認識するのに時間を要する。それ程の激戦だった。

 そこに、カツカツと駆けて来る足音が響く。その方向を見ると、先程まで意識を失っていたはずの園子が立っていた。

 

「キリトさん、なの?」

 

 その表情は困惑故なのか、或いはもっと別種の物であるのか、俺には分からなかった。だけど、何か言おうと思って声を出そうとした時、ガクンと視界が暗転して俺の意識は限界は迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 限界を越えて放った剣技だった。

 今の自分の持てる全てを込めて立ち向かい、そして勝った。

 

 幾つもの星が浮かぶ夜空の下、草原に立つ俺は視線の向こうに居る赤い髪の少女がこちらに何か言ったのを聞いた。

 

「よく頑張ったね。でも、そろそろ起きてあげて」

 

 その言葉が聞こえると、俺の意識は少しずつ現世から響く園子の呼び声によって覚醒していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 少しずつ目を明ける。

 視界には樹海のうっそうした空と、涙を浮かべた園子の顔が映り込んだ。

 

「…ここは?」

 

「キリトさん、良かった……良かったよ~!」

 

 そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた園子の声は涙に震えていた。

 小さな背中を擦りながら、片方の手では頭を撫でる。しばらくそうして、少しずつ嗚咽は落ち着いて、涙に濡れた顔を上げた。

 

「あぁ、えっと、俺何秒くらい寝てた?」

 

 どんな風に声をかけたら良いのか分からなくて、そんな事を言うと、園子は一瞬驚いた表情をした後にぎこちなさそうに笑顔を作った。

 

「たったの数秒だよ~。本当に、凄く心配した……」

 

  また涙を流し始めるものだからどうしていいのか分からなくて、とりあえず背中に手を回して頭を撫でる。すると、そこにもう一人の勇者が歩み寄った。

 

「見事な剣技でした。キリトさん」

 

 腕を抑えながらも須美は優しい微笑みをこちらに向けてくれた。

 そこで、俺は比較的はなせそうな彼女に疑問をぶつけてみることにした。

 

「須美……その、自分で言うのもなんだけど、よく俺だって分かったな。だって、ほら……」

 

 元の体へと戻った事で、彼女達から見れば赤の他人として扱われてもおかしくはない。だけど園子も須美も、一番に俺の事を"キリト"と呼んでくれた。

 

「銀が言ってたんです。「あそこで倒れてるのキリトさんだから、助けて上げてくれ」って……私もそのっちも最初は驚きましたけど、ボロボロで倒れてる姿を見たら、すぐにあなただって分かりました」

 

「そうか。……もっとカッコよく打ち明けるつもりだったんだけどなぁ」

 

「もう、そういう所は本当にキリトさんのままだね~」

 

 それはそれでどうなのかとも思うが、まあそこは良しとしよう。

 

「あ、そう言えば銀は?だいぶ酷い怪我だったけど……」

 

 今の須美の言葉からしても、生きてはいるのだろうけど、無事を確認するまでは安心できない。

 

「あっちで寝てます。「疲れたから、ちょっと寝る」だそうです」

 

「ははっ、銀らしいな」

 

 今回の戦いのMVPを決めるなら間違いなく銀だ。

 もしも彼女が踏み止まらなければ、きっと俺が起きる前にこの世界は壊されていた。あれだけボロボロになっても戦い続けた彼女は、真の意味で誰よりも強い。

 一瞬でも倒れた俺なんかとは、それこそ比べ物にならない。

 

 やがて、樹海から光が立ち上り始める。それは樹海化が解ける前兆だった。

 




ついにキリト『君』復活です
強くなりすぎな気もしますが、強さの遷移を分かりやすく言うなら『既存勇者システム→進化版勇者システム』みたいな感じです

あ、因みにまだ完全体ではないので、記憶解放とか神聖術は使えません
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