結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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閑話

 

 過去最大の激戦を極めた三体のバーテックスとの戦い。

 俺を含めた四人の勇者が、それによって負った傷は決して浅くはなかった。特に三体ものバーテックスを相手に大立ち回りをした銀と俺は一時は集中治療室にまで入れられ、生と死の狭間を彷徨った程だった。

 

 予断を許さない状況も何とか乗り越え、無事助かりはしたものの医師曰く「生きているのが奇跡な程の重傷だった」とまで言われた。

 そんな俺と銀に限っては、須美や園子よりも三週間も長い入院を余儀なくされた。

 

 そんな俺は今――園子たち三人に会わないまま、約二週間もの時が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 大赦の運営する総合病院、その最上級の個室が俺がここ数週間の時間の殆どを過ごしている場所だった。

 "殆ど"と言っても、それ以外は検査やら診断などの必要不可欠な外出というだけで、個人的な意思や事情では一度としてこの病室からは出ていない。

 そして、面会もその一切を俺自身の意思で謝絶していた。

 

「はぁ、退院まであと二週間か……」

 

 ベッドに備え付けたオーバーテーブルに置いたノートパソコンに表示された日付を見て、少しばかり溜息を付く。

 俺が入院してから、この病室を訪れているのは大赦の神官を除けば、安芸ただ一人だった。勿論、園子たちは何度も俺との面会に来ていたらしいが、俺はその全てを断っていた。

 

 その理由は明確にして単純――この体だ。

 あの戦いの最中、どういう理屈かは分からないが、俺はこうして女の子の体から元の男の体へと戻る事が出来た。それ自体は良い、ずっと戻る方法を探していた上に、そのお陰で皆を死なせずに済んだのだから。

 

 仮に、あの時の俺にもう一度選択を迫ったとしても何度だって同じ方を取るだろう。しかし、それとこの問題(・・)は話が違う。

 

 これは元々、決めていた事だった。元の体に戻ったら、三人との関わりを出来る限り断つ。

 どんな理由があったにせよ、彼女達の無上の信頼を裏切ったのは事実だし、これ以上俺が背中を預け彼女達に背中を預かる事は他の誰でもない俺自身が許せない。

 

 だからこそ、これは一種のけじめなのだ。

 

「でも、そのっち達怒ってるだろうな」

 

 苦笑交じりに独り語ちるが、冗談抜きに次に会うことがあったら問答無用でぶん殴られそうだ。

 そのっちはああ見えて、怒ると三人の中では一番怖いのを俺は知ってる。

 

 月日は過ぎていく。そんな風に作業する手も止めて、ぼうっと窓の外を見ていると、扉をノックする音が病室内に響いた。

 

「――私です、桐ヶ谷さん」

 

「あぁ、安芸さんか。どうぞ」

 

 言うと、扉が開きこの病室に現れる唯一とも言っていい知り合いである安芸が立っていた。

 

「傷の具合は如何ですか?」

 

 言いながら、彼女はベッドの傍に椅子を出して座る。

 

「お陰様で、もう大分良くなりましたよ。あと一週間もすれば、剣も握れるようになると思います」

 

「それは良かった。あなたに何かあっては、あの子達が悲しみますから……」

 

 "あの子達"、その示す人物を思い浮かべて俺は一つ彼女に問いを投げかけた。

 

「その、面会謝絶してる俺が聞くのもなんですけど……そのっち達、元気にしてますか?」

 

 俺がそう訊くと、安芸は少し嬉しそうに笑った。

 

「そんなに気になるなら、本人達に直接聞けばいいじゃない」

 

「勘弁してくださいよ。それが無理な事は、あなたが一番よく知っているでしょう?」

 

 無理とは言え完全に個人的な理由だが、少なくとも事情を知る安芸は俺の心情を理解してくれていた。

 

「そうね。――乃木さんと鷲尾さんは、ちょうど今日休養期間を終えて明日から訓練を再開する予定よ。三ノ輪さんは、あなたと同じで退院はもう少し先になりそうだけど……」

 

 二人は予定通り一足先に無事回復したという事だった。

 

「それと、これは追加情報。乃木さん達凄く怒ってたわよ。「帰って来たらひっぱたく」とまで言ってたわ」

 

「あははっ、さいですか……」

 

 粗方予想はしてたが、これは想像以上にお冠の様子だ。何せ、あの温厚で暇さえあれば寝ている様なそのっちさんが「ひっぱたく」なんて言葉まで使っているのだ。その怒りの程は、安易に想像できた。

 

「私に伝えられるのはこれだけよ。それじゃあ、世間話も程々に本題に入らせて貰うわね。一応、頼まれていた書類は持って来たわ。もう手続きもしてあります」

 

 言って、安芸がバッグの中から取り出したのは一冊のファイルだった。それを受け取ると、中にざっと目を通す。

 中に綴られていた数枚の紙束は、彼女に頼んで用意して貰った"俺が今後、住む予定の住居"が記載された不動産関連の書類だった。

 

「すみません、何から何まで……」

 

「それは構わないわ。何せ、桐ヶ谷さんは大赦に取って輪をかけて特別な存在、あなたが望むのなら惜しみない援助をする用意が大赦にはあります。ですが、本当に良かったのですか?」

 

 そう改めて聞かれると、少々返答に困るが俺は言い淀むことなく返答した。

 

「はい、これも一応は決めていた事なんで、未練とかそういうのは無いです」

 

 俺が決めた事の内の一つが、乃木家から出ていく事だった。

 自分の家を改めて大赦に用意してもらい、そこに移住する。住居の情報は勿論、園子たちには伏せてもらっているし、これで文字通りお役目の時以外に彼女達に会う事はなくなる。

 

「決意は固いのね。それなら、もう私から言える事は何もないわ。乃木さん達には、私から正式に伝えておく。それで良いわね?」

 

「はい、お願いします」

 

 安芸は自身の荷物を持つと、一礼してから病室を後にした。

 再び俺以外の人間が居なくなり、静寂に包まれる病室。

 

 これでいい、これで良かったんだ。

 未練はなくなった。思い残した事もないし、俺の心を押し留めていた温かな繋がりもあの場所に――桐ヶ谷和葉という仮初の姿(ペルソナ)と共に置いてきた。

 

 それもこれも、全てはある事を決行に移す為だ。

 

「見に行こう。……この世界の真実を――」

 

 その時、俺はようやく絶望の真実と向き合う決意をしたのだった。




ここから本来のわすゆ編の時系列全体に一か月の遅れが生じます(主にヴァルゴバーテックスの襲来日時とお祭りの日程)
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