結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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遅くなりましたが少しずつ再開して行きます


第二十六話:怒り

 

 深夜の大赦本部、その入口の大扉が粉々に切り刻まれる。

 何事かと駆けつけてきた大赦の神官が見たのは、夜の闇の中に在りながらも、黒く圧倒的存在感を放つ剣士だった。

 

 キリトは、夜空の剣の切っ先を最も近くに居た神官に向ける。怯えるように「ひっ」と喉を鳴らした神官に対して、キリトは深い水底のように黒く歪んだ瞳を向けた。

 

「おい、安芸さんを呼べ。今すぐだ」

 

 言葉がまともに伝わっていないのか、有無を言わさぬ声音に震え上がる神官に、キリトは忌々し気に舌打ちする。

 

「その必要はありません。黒の剣士様」

 

 聞き覚えのある声が耳に届き、その方向を見る。そこには、他の者達と同じように大赦の神官服に身を包んだ安芸だった。

 

 

 

 

 

 

 奥の部屋に通された俺は、一つの机を挟んで安芸と向かい合っていた。

 

「これを俺に渡すように指示したのはあんただな?安芸さん」

 

 机の上に例の勇者システムの提案書を叩きつける。

 疑問に思うほどでもない。俺があのタイミング、あの時間帯に瀬戸大橋へ向かう事を直接話したのは安芸だけだからだ。当然、他の大赦関係者の差し金だった可能性も否定できないが、そうだとしたらあんな物を俺に渡すメリットがない。

 

 ただ一人、この人以外は――

 

「よく、気付かれましたね」

 

「こんなもの、教え子の思いのあんたがそう簡単に許すとは思えないからな」

 

 安芸という人は、この狂気的なまでに異質な組織である大赦内部において唯一といって程、数少ないまともな気配を持つ人間の一人だった。

 俺がこんな状況になっても彼女を訪ねたのは、大赦という組織ではなく安芸という個人を信用しているからだ。

 

「でも、あんた自身には大赦の上層部を説得するだけの力はない。だから、俺にこれを見せた。…違うか?」

 

 怒りに狂いそうな程の憤りの中でも、俺の中の剣士としての一面は冷静だった。だからこそ、導き出せた答えだった。

 

「その通りでございます。本当なら、こんな事をあなた様に頼むなど筋違いなのは百も承知です。ですが、恥を忍んでお頼み申し上げます。どうか、どうか、当代の勇者を――あの子達を、助けてください」

 

 床に額を擦り付け、縋るように言う。仮面の下の顔は分からないけど、言葉だけで彼女の覚悟を分かった。

 自分はどうなってもいい。それでも、教え子を守って欲しい。――そう彼女は言っているのだ。

 

「頭を上げてくれ。大丈夫、あんたの事はこれっぽっちも憎んでいない。むしろ、感謝してるんだ」

 

 顔を上げた安芸は、「感謝、でございますか?」と疑問符を浮かべた。

 

「皆と出会って、お役目をする事になって、一緒に住めなんて言われた時はどうなるかと思ったよ。でも、俺がここまであいつらと笑い会えていたのは、安芸さんのお陰だ。――断言する。俺はあの三人を守る為なら、何だってするよ」

 

 元より決めていた事だ。

 そして、この姿に戻ってからその意志は前よりも更に強くなった。

 

「助けを求めてくれてありがとう。後は、俺が何とかする」

 

 もしも何も説明されていない状態でこのシステムアップデートが実行されていたら、俺は冗談抜きに大赦を潰してしまっていただろう。

 計らずして、安芸の行動は大赦を救う事になった訳だが、俺にだって大赦全てを消してしまうのが正しくないのくらいは分かっている。

 

「案内してくれ」

 

 言うと、安芸は立ち上がり、「こちらです」と行った後、先導するように歩き出す。

 彼女に付いて大赦内部を歩くと、そう時間が掛からない内にドーム状の大部屋に案内された。その中心にはまたもう一つの部屋があり、その中には複数人の気配を感じる。

 けれど、そこに居る人物の発する心意はどれも異質で、まるで虚ろで感情のない人形かのようだった。

 

 安芸は立ち止まると、どうぞと俺を手で誘導する。

 

 奥に進むと、そこで俺は初めてこの大赦を支配する上層部の面々と顔を合わせることになった。最も、皆一様に素顔は仮面に隠されていたが……

 

「なっ、黒の剣士様!?」

 

「どうしてここに?」

 

 現れた人物が予想外だったのか、皆一様に動揺しているようだった。

 

「勇者システムのアップデート、だったか?それに付いて話をしに来た」

 

 もう全て分かっている。そう暗に意味を込めて告げると、神官達が息を呑むのが分かった。

 

「お前達は、彼女達に一体何をさせようとしているか、本当に分かっているのか!」

 

 我慢の限界だった。

 声を荒げると、その場の全員が震え上がった。成程、以前に安芸が言った通り、確かに俺は"人間"だとすら思われていないらしい。

 

「く、黒の剣士様!何卒、落ち着いてくださいませ!何故、貴方様が極秘事項であるシステムのアップデートに付いて知っているのか、それは敢えてお尋ね致しません。ですが、これは勇者達の身を守る為でもあるのです!」

 

 神官の内の一人が言った事に、俺は目を細める。

 

「身を守る、だって?使い潰すの間違いだろうが!」

 

 こいつらは腐っているなんてもんじゃない。

 人類を、果ては神樹を守る為ならどんな非人道的な行為すらも肯定するような奴らだ。それが、多数の人々の為などとあくまで口当たりの良い大義名分を引っ提げているのだから、更に質が悪い。

 

 そんなのは、かの世界(アンダーワールド)を支配し、人間を道具としてしか見ず己の私利私欲のために利用した、あのアドミニストレータと何も変わりはしない。

 

「装備の強化、技量、経験、個人の戦闘力の底上げ、そんなのは努力と訓練次第で幾らでもどうにかなる!でもこれは、命をかけて戦う彼女達の勇気を踏みにじる最悪の行為だ!」

 

 同じ人間が、それも子供を守るべき大人が、その子供に手足や目を失くしてでも戦い続けと強要する。

 傷付き、流れた血はそれでも時間をかければいつかは塞がるけど、それが『散華』ともなれば話は違ってくる。この代償は魂に直接穴を開けているのと同じで、治療すれば治るようなものじゃない。

 

「なあ、知ってるか?魂に負った傷を完治させるのに、一体どれだけ途方もない時間と奇跡を必要とするのか」

 

 実際に体験したから分かる。魂を直接傷つけられるというのは、それこそ自我すらも失ってしまう程の耐え難い苦痛である事を……

 それを彼らは、命懸けで戦う少女達に平然と行おうとしているのだ。そんなの、許せる訳がない。

 

「それでも、あくまでお前達がこれを強行するつもりなら、バーテックスの前に俺が神樹を壊してやるよ」

 

 神樹の破壊、その単語を口にした途端に神官達はまるで絶望したように驚きの声を上げた。

 

「そ、そんな事をしてしまえば、貴方様の守ろうとしている乃木様達まで道ずれに……」

 

「だから、出来ないって言いたいのか?今の俺なら、自らの心意を使って彼女達三人だけを俺の居た世界に避難させる事くらい訳ないんだぞ?」

 

「ッ――!?」

 

 当然、これはハッタリだ。

 全ての力を取り戻せば可能かも知れないが、少なくとも今の俺の力で世界を渡る事は出来ない。だが、大赦は俺を神樹が招いた存在として神格化している。故にこんな小学生の戯言みたいな文句でも信じさせることが出来る。

 

 いい感じに揺さぶる事は出来たし、ここで一気に畳みかける。

 

「俺から出す要求は二つ。一つは、このシステムのアップデートの凍結。そしてもう一つは、もうこれ以上は彼女達勇者をバーテックスと戦わせない事だ。この二つを呑むって言うなら、俺はこの命が尽きるまで永遠にバーテックスを戦い続ける事を誓う」

 

「本当でございますか!?黒の剣士様!」

 

 大赦からしても今の俺の力は未知数なはずだ。少なくとも、このアップデートがなされた場合の勇者システムと同等かそれ以上の力を有している…くらいの評価を受けている事は断言できる。

 

「これを受け入れるかどうかはあんたら次第だ。精々、神樹様の為に良い選択をするんだな」

 

 吐き捨てるように言って、俺はその部屋を出る。

 外では、先程までと同じ位置で安芸が待っていた。

 

「一応、言えるだけはいっておいた。ただ、何処まであいつらが真に受けるか」

 

「いえ、我々大赦にとって神樹様は絶対です。その神樹様を引き合いに出され、更にそれを言ったのが貴方様であれば、効果は絶大です」

 

 言い切った安芸の言葉に少し安心する。

 

「なら、良いんだけどな。それで、この事は三人には……」

 

「分かっております。そこは私に任せてくださいませ。そして、酷なお役目を任せてしまい、改めて謝罪を――」

 

 深々と頭を下げた安芸に対して、俺は苦笑を返す。

 これでいい、これで良かったんだ。

 園子達には近々お役目の終了が伝えられるだろう。そして、その役目の全ては俺が引き継ぐ。根本的な解決じゃないのは分かっているし、俺がいつまでも戦い続ける事が不可能なのも分かっている。

 俺が死ねば、きっと次の勇者が選定されるだろう。あの強化版の勇者システムにアップデートされた状態で……

 

 それでも、当代の勇者が成長し、勇者の適正年齢から外れるまではどうにか持ちこたえる事が出来る。この世界に俺を招いた誰かの願いである『天の神』の討伐は叶わないけど、これが俺の出来る精一杯の抵抗だ。

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