全員が大きな傷を負ったバーテックスの同時襲来から程なくして、少しの入院期間の後に園子と須美は退院した。
特に重傷だった銀も無事回復して、二週間の遅れの後に無事退院、お役目の為の訓練にも復帰した。
でも、その中に三体のバーテックスを単独で屠った黒衣の剣士は居ない。
キリトさんの不在、それだけが今のわたし―――乃木園子にとって気掛かりな事だった。
訓練の後、帰宅したわたしは薄暗い部屋の中、電気も付けずにベッドに飛び込んだ。
「なんで、会ってくれないんだろ……」
ここ最近は、そればかり言っている気がする。つい昨日、ミノさんも復帰してようやく全員揃うと思っていたのに、その場にキリトさんの姿はなかった。
安芸先生が言うには、少し治療が長引いているだけ……みたいだけど、何だか胸騒ぎがする。
現状、わたしにキリトさんの安否を直接確認する手立てはない。
何度病院に行っても面会謝絶の一点張りで、取り付く島もなかった。何でも、キリトさん本人がわたし達との面会の一切を断っているらしいのだ。
キリトさんがわたし達と会いたがらない理由は予想がつく。でも、そんな事わたしは気にしてないのに……
余りにもキリトさんの行動が身も蓋もないから、この前はムキになって「次会ったらひっぱたくくらいはしないとね」なんて言ってしまった。
誰も悪くなんてないのに、どうしてこんな事になるのだろうか。
確かな事は、こうしてベッドで燻っていてもキリトさんが帰ってきたりはしない事だ。結局、沈んだ気持ちのままいつものようにご飯を食べて、お風呂に入って、就寝する。
わたしにはしか出来ない。
然し、動かぬままだった状況は翌日の訓練を迎えると同時に――大きく変わる事となる。
■
その翌日、数えるならミノさんが復帰してから二回目の訓練。
「おーい、園子さんや?」
「ん、ミノさんなに~?」
ミノさんの声が聞こえてそう返すと、ミノさんが心配そうにわたしを見ていた。
「あのさ、一昨日からずっとそんな調子だけど大丈夫か?何か話してても上の空だし、何処か調子でも悪いの?」
「え、そうかな~。わたしはいつもこんな感じだと思うけど~」
わたしはいつもの調子で返したけど、ミノさんとわっしーにはそんなの意味がない。
「……やっぱり、キリトさんの事が心配?」
わっしーにそう聞かれて、表情を伏せがちにして答えた。
「う~ん、違うとは言い切れないかな~。流石にずっと会えないままだと、色々と気になるし~」
これ以上、偽っても仕方がない。そう思ったわたしは、素直に今思っている事を白状した。
「あたしも分かるよ。あの日から、一度も会えてないもんな」
「えぇ、安芸先生は大丈夫だっておっしゃられてるけれど、会うことすら出来ないとなると……」
二人も園子ほど表には出していなかったが、同じ不安を感じていた。親友と呼べるほどに仲が良かった人と突然会えない事は、お役目という重大な秘密を共有する三人にとってはそれだけに多大なストレスとなっていた。
微妙な空気が流れる中、訓練場に安芸が入ってきた事で三人は話を中断した。
「皆、揃ってるわね?」
安芸が前に立ち、三人がそこに集まる。一先ず切り替えて訓練に集中しよう、そう思って居た矢先だった。安芸が三人を前にして告げたのは、衝撃的な言葉だった。
「今日はあなた達三人に、とても重要な連絡があります」
重要な連絡、その一言に強張った三人はそこから続けられた言葉に耳を疑った。
「――――突然ですが、あなた達は勇者のお役目から外される事となりました」
「………え?」
――勇者のお役目から外す?何の冗談だ?
三人の反応に多少の違いはあれど、皆そんな感じだった。
「お役目から外すって、どういう事ですか!?」
須美がいつにもなく焦って言うと、安芸は淡々と事実だけを口にした。
「言葉の通りです。乃木さん、三ノ輪さん、鷲尾さんは本日付で勇者のお役目から外される事が大赦内部で決定しました。その後の事については追って連絡します」
有無を言わさぬいい方に、それ以上の追求を憚らせる。だけど、そんな言葉一つで納得なんて出来るはずがない。
「そんないきなり……納得できません!私達はこれまで、命を懸けて戦ってきたんです!第一、バーテックスはまた来ますよね?私達勇者なくして、どうやってそれを退けるというのですか!?」
「後任は既に決まっています。それ以上はあなた達にも伝える事は出来ません」
――横暴にも程がある。
わたしは心中で思いつつも、それに反して酷く冷静な頭は考えていた。
安芸先生の言う後任の出現に、このタイミングでのお役目からの解放、この場に居ないもう一人の勇者。
偶然にしてはあまりに不自然だ。
そもそも、勇者の適正を持つ少女自体、全人類の中で一世代で数人しか見つからない希少なもの。
それが都合よく見つかるとは思えないし、仮にそれが事実だとしても戦いが激化しているこの状況で世代交代をするメリットがない。
つまり、そこには一つの可能性が結びついてしまう。
「その後任って、キリトさんの事ですか?」
安芸が一瞬顔色を変えた。
当たりだ。安芸先生が後任とは、恐らくキリトさんの事で間違いない。
「これ以上、私の口からは何かを伝える事は出来ません」
問答を拒絶するように、安芸先生は訓練場を去っていった。
■
結局、ロクな説明も受けられないままに三人は訓練場から出された。
勇者に変身する為のスマホも預かられ、勇者になる手段を失ってしまった事で、本当の意味で自分達はこれ以上戦う事は出来ないという事実を突き付けられた。
「あんなの、絶対におかしいわ……!」
わっしーは帰り道の途中、怒りを隠さず言った。
「だよな。お役目を降りろったって、幾ら何でも急過ぎるし……」
ミノさんもわっしーも、今回の理不尽な通告に憤りを感じているようだった。そんな二人とは対照的に、わたしはいつもの調子が嘘のように俯いて、表情を曇らせていた。
「園子もそう思うよな?」
「え?あ、うん。そうだよね~」
そんなわたしを見かねてか、ミノさんとわっしーは心配そうな表情を浮かべた。
「そのっち……」
本当に、わたし達の後任というのがキリトさんの事を指すなら頑なに面会に応じない事にも説明が付く。
そこまで分かっていながら何も出来ないのが悔しい。
この横柄なまでの決定の裏に彼が関わっているならば、その居場所を突き止めない限り、わたし達が真実に辿り着くことは出来ない。
「だ、大丈夫だって!仮に先生が言ってた後任がキリトさんだったとしても、あの人の強さは園子が一番知ってるだろ?」
絶体絶命かに思えた前回の戦いを、誰一人欠ける事なく乗り越える事が出来たのは、ミノさんの土壇場での底力と、覚醒したキリトさんの圧倒的な強さがあったからだ。
三体ものバーテックスを相手取りながら、一歩も引かなかったあの人なら相当な事がない限り負けることはないだろう。
――そんな事は分かってる。
「うん、そうだね……あの人なら、きっと大丈夫だよ。一人でも……」
上手く笑うことが出来ない。
二人だって、キリトさんの事は心配しているはずだし、わたしにばかり構わせてはいられない。
それでも、この感情を処理する方法なんて知らなくて。
嗚呼、本当に嫌だと、何もかもに嫌気が刺しそうになっていると、ミノさんとわっしーがひそひそと会話する。
「なあ、須美は何か良い案ない?あんな園子、見てられないよ」
「一番の解決策は、やはりキリトさんを連れてくる事だけれど……」
隠してるつもりなのだろうか。
まあ、全部聞こえてるんだけどね。わたしは案外、地獄耳なのだ。
こんな時、あの剣士は一体何処をほっつき歩いているのか。
わたしも、わっしーも、ミノさんも、こんな風に放り出して合わなくなって、それがあの人のやりたい事に繋がっているなんて思いたくもない。
もしも、もしも……だ。
このまま会えないなんて事になったら、わたし達はどうすればいい?
道標がなければ、そんな事も分からないし定まらない。
これといった解決策も見つからず、途方に暮れていると、三人は夕日のさす帰路の半ばで同時に足を止めた。
「嘘、この状況で来るなんて……」
わっしーが慄く。
肌に感じていた風が止み、音が止まった世界が訪れたからだ。
「またかよ。毎度毎度、タイミングが悪い時に……!」
ミノさんが悪態をつく。
それは、これまで幾度となく体験してきた戦いの前兆、程なくして世界は押し寄せる光の波に飲み込まれてその姿を変える。