樹海に飲み込まれたわたし達は、どういう訳か大橋の目前に居た。
「おい、あれ!キリトさんじゃないのか!?」
ミノさんが示唆した方向に視線を向ける。
陽炎が揺らめくように、一歩、また一歩と歩を進める黒衣の青年。
漆黒と白銀の双剣を両の手に携え、その表情はこの位置からでは伺えない。けれど、確かな事として、キリトさんは今その身一つで戦いに赴こうとしていた。
「キリトさん!」
気が付けば、樹海の固い幹の上を走り出していた。背後から、ミノさんとわっしーが呼び止める声が聞こえる。
――分かってる。
勇者に変身する事が出来ない今、キリトさんの所に行ったところで何の意味もない事くらい。でも、ここでまた彼を一人にしたら、今度こそ二度と話す機会が訪れない可能性だってある。
そう考えたら、自然と足が動き出していた。
だけど、その足がキリトさんに追いつくよりも先に、わたしの道は樹海の幹から生えてきた幾本もの格子状の弦によって阻まれる。
「なっ!?」
周囲を見ると、まるでわたしだけでなくミノさんやわっしーを囲うように展開された弦。
「これは、神樹様の?」
わっしーの言葉が、わたしが真っ先に抱いたこの現象の主を言葉にする。
確実なのは、神樹様は戦う能力のないわたし達を
故に、こうしてわたし達を檻に囲って閉じ込めたのだ。
「今のあたし達は勇者に変身できない。だから、こうして閉じ込められたんだろうけど……」
「ダメだよ。キリトさん……そんなの……!」
今一人で戦ってはダメだ。
戻って来て、わたし達も一緒に戦わせて欲しい。
そんな祈りにも似た願いは、視線の先で悠然と構える青年には届くことはない。
■
乙女座を模したような形状をしたバーテックスは、アドバルーンにピエロの顔が描かれたような様相をしていた。
俺はおもむろな動作で、走る事もせず、一歩ずつバーテックスとの距離を詰めていく。
背後からそのっち達の叫ぶ声が聞こえるけど、そんな声すら遠く思えてしまう程に、俺の思考は冷えていた。
皆が無事に退院し、元気な姿で居る。
それを確認できただけでも、自然と優しい笑みが零れ、それと同時に戦いへの闘志が高まった。
バーテックスの体であるバルーンが脈動すると、そこから幾つもの小型の弾が射出された。
それは狙い違わずこちらに向かって来て、寸前まで来た所を最低限の動作で回避する。
「遠距離に居る相手には爆弾で……近距離では、あの触腕ってとこか」
背後で弾が着弾と同時に爆発したのを見て、その攻撃方法を瞬時に予測する。不測の事態も考慮したうえで、戦闘プランを組み立て、打ち出す。
「関係ない。さっさと終わらせよう」
――速攻で片を付ける。
解放した意思力を全開にして、全速力で疾走する。黒いコートが靡いて、陽炎のように残像のみを残す。
神速の脚と、多彩な身のこなしで、バーテックスまで迫ると二刀を閃かせた。
▽二刀流8連撃技▽
ナイトメアレイン
クリムゾンレッドのライトエフェクトを纏った二刀を、小さく息を吐くかのような静かな気迫で放つ。
バーテックスが伸ばして来た布のような触手も、意に介さないと言わんばかりに初撃で斬り伏せると、残りの七連撃を全てウィークポイントに叩き込む。
斬撃はバーテックスに再生の隙など一切与えず、瞬く間にその体から核と思われる部位を出現させた。
焦る事もなくその上に飛び乗ると、漆黒の剣を軽く振り降ろした。すろと――ガキンという硬質な音を立てて剣が弾かれる。
刀身を一瞥して「成程」と息を吐いた。
「かなり固いな。それなら、より一撃の重い技で……!」
蒼薔薇の剣を鞘に戻して、夜空の剣に全神経と意思力を集中させる。
水平構えた突きの予備動作から発動させるのは、俺が鋼鉄の浮遊城にて最も愛用した必殺技だ。
▽片手剣重単発技▽
ヴォーパルストライク
赤黒い猛り狂う炎のように吹き荒れ、ジェットエンジンのような轟音を響かせる。
「ハアァァァア゛!!」
声が裏返る程の壮絶な覇気と共に、剣を突き出す。
紅い心意を纏った剣先は一瞬の拮抗を見せた核の表面を無慈悲にも砕き、穿ち抜いた。
■
不意に世界に光が満ち樹海化が解除され、これによって戦闘が終わった事を理解する。
いつもと同じように大橋の近くに戻されたわたし達は、その安心も束の間に近くに居るはずの人物を探した。
「居た。あれ、キリトさんだ!」
探し求めた人物の姿を目に映し、声を上げる。
大橋の向こうを眺めるようにして佇む後ろ姿に駆け寄ると、胸の内から様々なものが溢れてきた。
だけど、どんな事よりも先に言うべきことがある。
「やっと会えたよ、キリトさん」
「……そのっち、か」
聞いた事もない冷えた声音に、後退りそうになる。
でも、ここで退くわけにはいかない。
「え、っと……怪我はない?一人で戦うなんて無茶だよ……!」
本来、バーテックスは四人で戦っても勝てるかどうか分からない様な相手なのだ。それにたった一人で立ち向かうなんて、幾らキリトさんが強くても危険過ぎる。
「無茶って……俺はこの通り、傷一つ負ってないだろ?大丈夫だから、そのっちはもうそんなこと気にしなくていいんだ」
素っ気なく返された、色見の無い淡泊な言葉。彼らしくない、けれどある意味では彼らしい言葉だ。
きっと、突き放そうとしてるんだろう。自分にも、相手にも、感傷を許すまいと冷徹になって、無感情をこんなにも分かりやすく表に出す。
そう
「気にする必要が、ない?それ、本気で言ってるの?」
吐かれた冷たい言葉が、いつになく自分を動揺させた。
だけど、彼は何も答えないのだ。
「ねえ、何かあったなら言ってよ………わっしーも、ミノさんも、皆キリトさんの味方なんだよ?辛いことがあったら、皆で一緒に分け合わなくちゃ……ダメだよ」
キリトさんがここまでなったのには、きっと訳があるはずなんだ。そう思って、強く言葉にする。
一人潰れるのなんて間違ってる。
「何もない。一人で戦うって決めたのも、全部俺が勝手にやった事だ。もう放っておいてくれ」
だけど、そんな願いも、訴えも、勇気さえも、キリトさんには届かなかった。
「ハッキリ言うぞ、
表情はうかがえない。
それが、怖い。
次に何を言われるのか分からなくて、刃が首筋に突きつけられているみたいだ。
「いや、むしろ……」
彼はそれをいいことに、無慈悲に、容赦なく、決定的な決別を突きつけた。
「これで良かったんだ。足手まといを抱えてたら、満足に戦う事も出来ないからな」
彼は確かに、こう言った。
『足手まとい』と……。
ぐさっと、刺される。
痛い、痛い、痛い痛い痛い………いた、い?
傷はないのに、血も出てないのに、凄絶な悲しみが心をぐさぐさと刺して切って、極めつけに心臓を握りつぶす。
「……ぇ」
間の抜けた声しかでない。
キリトさんが歩き出す。ポツリ、ポツリと雨が降り始める。
曇天から降る雨粒は、暗い表情で歩く黒の剣士の強かな冷たさと、わたしの涙をそっと隠した。
ちょっとずつ更新していきたい
ここからは物語の構造上シリアス続きだから書いてるこっちが重度の胃もたれと感情移入で病みそう