結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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バーテックス

 

鋼鉄の浮遊城、妖精の世界、銃弾飛び交う不毛の荒野、そして、人の作り上げたもう一つの現実――アンダーワールド。そのどれもが、日常では見る事が出来ないような非現実的な別世界だった。

目の前に広がる風景は、これまで見たどれよりも神秘的で、恐怖的で、美しかった。七色の樹海は、この世に存在するはずのない仮想と空想をこれでもかと体現していた。

 

「嘘、だろ。何だ、ここ……」

 

「えー!?お姉さん、どうしてここに?」

 

困惑する俺に、少女は驚いた様子で捲し立てた。

 

「何でと言われましても……」

 

ずっと、この世界に呼ばれた意味を考えていた。成すべき事、もしくはやるべき事の答えはこれなんじゃないのか?

それなら、詳細な事柄は抜きにしてもこの世界に入ることが出来たのはある種では当然と言える。

 

「おーい、園子ーー!!」

 

そこにまた誰かの声が響いた。その方向を見ると、独特な装束に身を包んだ二人の少女が驚異的な跳躍力で上空からこちらに向かってきて、その高さに反して二人は軽やかに着地する。

現れた二人の片方は、黒髪ロングに青色の瞳、薄い紫を基調とした菊の花を想起させる装束を身に纏った気品のある雰囲気の少女と。もう片方は、ショートカットの活発な様子の女の子で、赤い可憐な装いはさながら牡丹を彷彿とさせるような誠実な雰囲気を身に纏っていた。

 

「て、誰その人!?」

 

「わたしにも分からないんよぉ~。もう色々とミステリアスお姉さんなのー!」

 

「いや、そんな適当な……」

 

衣装や雰囲気共に印象的な二人だったが、特に目を引くのがその手に持つ武器だ。

薄紫色の少女は弓を、赤色の少女は身の丈以上もある斧を一対二本、所持している。それぞれの武装や特徴を見ていると、弓使いの少女がこちらに視線を向けていた。

 

「あの、突然お伺いしてすみません。ここに入れているという事は、あなたも神樹様に選ばれた勇者なのですか?」

 

「『あなたも』という事は……ここでは二人のような姿をした人の事を、そう呼ぶのか?」

 

問い返すと、それに答えたのは園子だった。

 

「そうだよ~。見ててねー!」

 

園子はスマホを取り出すと、その画面をタップした。すると、スマホを起点として幾多もの花弁が舞い上がり、少女の身体を包み隠す。花弁は光となり、数秒後には花が咲き誇るように弾けて、二人のような衣装を纏った少女が現れた。その手に持つのは特殊な形状をした長柄の槍で、本人のゆったりとした雰囲気とは対照的に黒い薔薇をイメージさせる装束とその美しさに一瞬目を奪われる。

 

「どう?カッコイイでしょ~。勇者には、神樹様に選ばれた人だけがなれるんだよ~」

 

こうして近くに居るだけでも途轍もない力を感じる。

心意の強度だけなら、かの整合騎士にも引けを取らないどころかそれ以上の神威たる力だ。

 

「スマホに入っている勇者システムを使えばなれるはずなんですが……どうですか?」

 

そう言われてスマホを取り出してみると、バッテリーが切れていたはずなのにその画面は灯っていて、その中に見知らぬアイコンが見て取れた。

 

「これか?」

 

起動を試みるが、その期待も虚しく画面は暗転したまま止まってしまった。

 

「いや、動かないな」

 

「え!?そんな事あるのか?」

 

「困ったわね。戦闘の規模を考えると、ここに置いていく訳にも行かないし……」

 

その時、弓使いの少女が言った単語に俺は反応する。

 

「戦闘……やっぱり君達は、ここで何かと戦っているんだな」

 

俺の言葉に、弓使いの少女はまたしても困惑しながら答えた。

 

「えっ、お役目の事も知らないんですか?それに、勇者の事も……一体どういうこと?」

 

彼女達が勇者だと言うのなら、これから戦うのが恐らく『バーテックス』という存在なんじゃないだろうか。

 

お役目、それはバーテックスと戦うという勇者に課せられた使命、ならば肝心なバーテックスはいつ何処から現れる?しかし、それを吟味し考える時間を与える程、この世界に訪れる災厄は優しくない。

 

「わっしー!バーテックス来ちゃったよ!?」

 

「こんな時に……!」

 

彼女達の視線の向く方向、その先にある大きな橋のようなものの最奥からこちらに進んでくる巨大な生物を見て俺は絶句した。天秤のような見た目をした奇怪な形状のそいつが、彼女達の言う敵である事を知る。

離れた場所からでも伝わってくる圧倒的な威圧感に冷汗が頬を伝った。

 

「仕方がない。あなたはここに居てください!乃木さん、三ノ輪さん!」

 

「おっけー!」

 

「おうよ!」

 

時は一刻を争う、それは三人の様子を見ればすぐに分かった。言葉を残して跳んでいく三人を、俺は(うしろ)から見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

三人が天秤型の化け物に近付くと、そいつは左右にある重りを高速で回転させて台風のような暴風を巻き起こす。

 

「うおぉお!?ヤバイやばい、飛ばされる!」

 

風は離れた場所に居る俺でも身をかがめて掴まっていなければ、飛ばされてしまいそうになる程の勢いだった。

 

――せめて、戦っている三人の様子だけでも……!

 

何とか風下に隠れて、何とか少し身を乗り出せばその先の戦闘の様が垣間見える。だが、戦況はあまり芳しくない・

暴風の中心に限りなく近い位置に居る三人は身動きを取れず、防戦一方になっていた。園子の槍が盾のように展開して何とか防いでいるが、長くは持ちそうにない。

 

しかしその直後、更に予想外のことが起こった。

 

「な、噓だろ!?あの子、何して……?」

 

風に煽られながら、上空に舞い上がった弓使いの少女。

少女は弓をつがえ矢を放つが、風に煽られて本体には届かない。しかし、最も恐ろしいのは攻撃が命中しなかった事ではなく、身動きが取れないこの状況で孤立してしまう事だった。

 

「ダメだ、全然連携が取れていない」

 

圧倒的な力を持つ敵を相手に孤立する事は死を意味する。そう確信を持って言える理由は、この孤立こそがあの鋼鉄の浮遊城におけるデスパターンの一つだったからだ。身動きの取れない上空でそうなった場合、後は敵の攻撃を真正面から受ける以外に道はない。

他の二人は動けそうにないし、いつあの鉄球による攻撃が命中してもおかしくない。

 

「くそ、何で動かないんだ!」

 

焦る気持ちを、暗転した端末にぶつける。

フロアボス戦の際に勇み足で前に出た結果、無惨にもポリゴンの欠片と化した仲間を何度も見てきた。それだけじゃない、俺が踏み出せさえすれば救えた命がこれまで幾つもあった。

 

――もう誰も失いたくない。それが例え名前も知らない誰かであったとしても……

 

「あるんだろ!俺にも、戦える力が……!だったら、答えてくれ!頼むよ……」

 

そうでないのなら、俺は一体何の為にここに来たんだ?

ピクリとも動かない端末を前にして項垂れる。

 

また、何も出来ずに目の前で誰かを失うのか?

 

奮い立った意思が絶望に打ちひしがれそうになったその時、俺の頭の中でスパークが弾ける。靄のかかった記憶の中から、一つの言葉が蘇った。

 

――英雄って呼ばれたあなたなら、その勇者すらも助ける事が出来る?

 

そうだ、俺は確かに頼まれたんだ。彼女達の未来と希望を、これまでの繋がりが悲しみの円環なんかで終わらない為に俺はここに来た。

何に導かれたのか。どうしてそうなったのか。――そんなのはどうだっていい。

 

重要なのは、俺自身に命をかけて戦う覚悟あるのか。ただそれだけだ。

 

「それなら、俺は戦う。俺自身の意思で、立ち向かう!」

 

まるで、それを聞き入れるようにブラックアウトした端末が動き出した。

それまで何も映っていなかった画面に、『SYSTEM UNLOCK』の文字が浮かび上がった。

 

「システムアンロック?」

 

文字が消えると、次に大きな黒い花弁が出現した。まるで吸い込まれるように、それに指が触れた時だった。

 

「うおっ!?」

 

端末から黒い花弁が舞い上がる。それらは俺の身体を覆うと、その姿と在り方を変化させていく。その身に纏ったモチーフは『アイリス』、英雄然とした『希望』の存在へと昇華する。

光の中から現れたのは、漆黒の剣エリュシデータと白銀の剣ダークリパルサーを持ち、象徴ですらある黒のロングコートを紫のアクセントと和風テイストにアレンジした勇者装束を身に纏う剣士だった。

 

「これが、勇者の力。確かにこれなら……!」

 

ステータスはSAO時代とまるで遜色ない。

外見は残念ながら少女のままだが、この際その事には目を瞑るとしよう。今、俺の手元にあるのはかつての相棒であるエリュシデータとダークリパルサーだ。どういう経緯でこの二本を呼び出すに至ったのかは不明だが、むしろこの世界でも一緒に戦えると思えば何よりも心強かった。

短く息を吸って、足に力を込める。

 

「フッ!」

 

溜めた力を解放し、鋭い気合いと共に跳躍した。全力の跳躍は途轍もない速度を叩き出し、一瞬にして天秤型のバーテックスへと接近する。

視線の先では、既に空中に投げ出されたまま身動きを取れない弓使いの少女が鉄球に捉えられんとしていた。

 

「させるかッ!」

 

狙いは鉄球そのものではなく、それを支えている鎖の方だ。剣を背中に背負うように構えて次の足場に移った瞬間、一直線に瞬迅する。

 

▽片手剣単発技▽

ソニックリープ

 

台風の如き突風すら物ともせず、エメラルドグリーンの眩いライトエフェクトを纏った剣を振り抜く。紐は一瞬抵抗するも一息に断ち切られ、支えを失った鉄球が橋の外側へと飛んで行った。

 

「今のは、ライトエフェクト?」

 

放ったのは、片手剣ソードスキルの単発技《ソニックリープ》だ。間違いない、この世界ではソードスキルを使う事が出来る。それが俺に与えられた戦う為の力って事なら話は早い。

 

「いや、どちらにしてもありがたい!」

 

すぐには追撃が来ない事を確認して、弓使いの少女を空中で受け止める。

 

「あなたは!?」

 

「悪い、遅くなった!」

 

少女を回収して、風の中を器用な身のこなしで旋回して着地すると同時に抱えていた少女をその場に下した。

 

「その姿……やはり、あなたも神樹様に選ばれた勇者だったんですね」

 

「うん、まあ多分な。ちょっとトラブルに見舞われたけど、この通り俺も戦える」

 

細かい説明は後、今はとにかくあいつを倒すことの方が先決だ。

 

「こっちの勝利条件と敗北条件は?」

 

「何度も攻撃して弱らせれば、神樹様が鎮火の儀によってバーテックスをこの結界の外に追い出してくれます。ですが、もしも奴がこの大橋を渡り切り、神樹様に辿り着けば――世界は滅びます」

 

遂に世界が滅ぶと来たか。これまでも、世界を背負って戦った事は何度かあったけどやはり重いものだ。

俺は二本の剣を構えて言った。

 

「分かった。俺があいつの攻撃を出来る限り引き付けるから、君はその隙に援護してくれ!」

 

あっちの二人、特に二刀流の少女の方は隙を作れば言われずとも動いてくれるだろう。俺がやるべき事は、危険な役割を引き受け活路を見出すことだ。

 

「待ってください!それでは、あなたが余りにも危険すぎます!」

 

「確かにな。でも、この場でそれが出来るのは俺だけだ。本当ならパーティー全体で連携したい所だけど……まだ無理なんだろ?」

 

その問いに、少女はバツが悪そうに口を(つぐ)んだ。

 

「別に責めてる訳じゃない。ただ、今の状況だとそうせざる得ないってだけだ」

 

連携が取れていない。と、一口に言ってもそう簡単な事じゃない。

互いを信頼し、背中を預け、各々が臨機応変に最適の役割を全うする。連携の基本だが、これが中々に難しい。

誰が突出し過ぎてもダメだし、逆に下がりすぎるのもよろしくない。その点、アインクラッド攻略組が完璧なバランスを維持できていたのは(ひとえ)に司令塔の優秀さ故でもある。即席の集団であっても、指示系統が優秀なだけで意外と形になったりするのだ。ならば、その逆もまた然り……

彼女達にはまだ足りない。背中を預け合う信頼も、司令塔のキレも、各々の能力も、だから今は俺が前に出る事でそれを補うしかない。

 

「それじゃあ、援護(バックアップ)頼んだぜ?弓使い(アーチャー)さん!」

 

俺はそれだけ言い残して、バーテックスに向かって飛んだ。


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