「そのっち!」
須美が雨の中で呆然としている園子に駆け寄る。
「どうしたの!?キリトさんは?」
三人で手分けしてキリトを探して、そして気付いた時にはこんな状況になっていた。
「わっしー。わたし達、『足手まとい』なんだって……」
「足手、まとい?一体、誰がそんな事を……!」
憤りを覚えて聞き返そうとした時、目に映ったそのっちの痛々しい表情に息が詰まった。
彼女がこんな顔をするのを初めて見た。哀しそうで、苦しそうで、いつも何気なく笑ってくれていた乃木園子がこうまでなった理由。
そんなの一つしかないじゃないか。
「ねぇ……?キリトさんにとって、わたしのやってた事って、迷惑……だったのかなぁ?」
声音が震え、目からは雨粒とは違う。温かな雫が零れては、頬を伝って冷たい雨に混ざって消えていく。そんな彼女を、私は少しでも安心させたくて精一杯の愛情で抱きしめる。
「そんな事ないわ。大丈夫、キリトさんと私達が過ごした時間には、一つも嘘なんてなかった。それを私達は誰よりも知っているはずよ」
「でも、でも……!」
無理もない。
普段は何処か掴みどころがなくて、飄々としている彼女だけど、唯一キリトにだけは年相応に可愛らしく甘えていた。同年代の親友である私達とは、少し違った関係性を築いていた二人。
――忘れてはいけない。
私達はまだ小学生なのだ。
どれだけ勇者として年以上に達観し、大人ぶって見せても、感情はどうしようもないくらいに揺れ動いて時には病のような苦しみすらも患ってしまう。誰しも心の拠り所は必要で、園子にとってのそれは私達やキリトだったのだ。私だって、きっとキリトに面と向かってそんな事を言われたら、苦しくて泣いてしまうかもしれない。
園子にとって、姉のような存在だった
「須美、園子!」
それを見つけた銀も慌てた様子でこちらまで来た。
「え!?園子、泣いてるのか?一体、何があったんだよ!」
「うぐ、えぐ……」と胸の中で嗚咽を漏らす園子に、銀を混乱している。
「一先ず、雨風を凌げる所に行きましょう。まずは、そのっちを落ち着かせないと……」
私の言葉に銀も少なからず察したのか、頷き二人で園子を連れて近場の屋根がある場所まで急いだ。
□
雨の中、大橋からそれほど遠くないこともあって自宅へは大赦の送迎なしで帰ってきていた。
扉を開けると、伽藍とした冷たい部屋の電気を付けて、ソファーでグッと体を沈めて項垂れる。
「そのっち、ごめん」
ただ一言、償いにもならない謝罪だけが部屋の虚空に消える。こんなのは意味のない事だって、自分でも分かっている。
「泣いてた、よな。これじゃあ、姉貴ぶん失格だぜ」
自嘲の笑いが零れて、バーテックスを退けたにも関わらず俺の心は勝利の歓喜の一つもなく冷え切っていた。
所詮、桐ケ谷和人なんてこの程度の男なんだ。彼女達の隣で戦っていたのは、慕われていたのは、いつだってこの世界を生きた純粋な『桐ヶ谷和葉』だった。
でも、今の俺にはそれをする権利も資格もない。
「あと何回、バーテックスを倒せば終わるんだろうな」
それには明確な答えが既に出ている。
外の世界のあの光景がそれを証明していた。死ぬ以外に終わりなんて無い。
「分かってるよ。俺は、この身が朽ち果てるその時まで戦い続ける。例え、彼女達に二度と会えなくなるとしても……」
それ以外に存在意義などない。
□
大橋前の公園で雨風の凌げる屋根のある場所までひとまず逃れると、私達はそのっちが泣き止むまでひたすらに待った。
その小さな体が冷え切ってしまわないように、私と銀で抱きしめて温めた。そうして、彼女の声にならない嗚咽が静まりだすと胸の中から「もう大丈夫」という声が聞こえて、私と銀はそっとそのっちを離した。
目元が腫れて、涙でぐちゃぐちゃになったそのっちの顔は普段の彼女とは程遠い。泣き止みこそしても、悲痛な表情である事には変わりなかった。
「ごめん。わっしー、ミノさん。わたし……」
上手く言葉に出来ないのか、言い淀むそのっちの背をそっと撫でる。
「大丈夫、全部言わなくてもいい。辛かったのよね?」
何も言わなくても、彼女とキリトの間に何かあった事くらい想像がつく。
どんな事を言われ、何故こんな事になってしまったのか。詳細な事を知りたい気持ちはあるが、それは親友の心の傷を抉ってまで優先すべき事じゃない。
「須美の言う通り、辛かったら別に無理しなくてもいいんだぞ?」
銀にとっても、最も優先すべき事はそのっちだった。けれど、そのっちは首を横に振った。
「ありがとう、二人共。でも、大丈夫。全部話すよ、これはわたしだけの問題じゃないから……」
そのっちは「実は」と前置いて、ぽつりぽつりと語り始めた。
あの時、キリトに会った事と言われたこと、その内容に私も銀も驚きを隠しきれなかった。あの誰よりも優しかったキリトが、一番可愛がっていたそのっちに面と向かって、そんな酷い事を言うなんて信じられない。
しかし、信じられないからこそ、そのっちの涙がそれが事実だと肯定していた。
「キリトさん、どうして……」
今回の件もそうだが、キリトは明らかに私達との間に溝を作ろうとしている。
キリトがそのっちに言った数々の心無い言葉が、本心じゃない事くらい分かっている。それは決して、私達の希望的な考えではなく、これまであの人と過ごした長い時間が裏付けた事実だ。
だからこそ、キリトが何故こんな事をするのか理解できない。
あの人は情に厚い人である同時に、私以上の
「他に、キリトさんは何か言ってなかったのか?」
「ううん、それだけ言ってどっか行っちゃったから……追いかければ、良かったよね」
俯いて横顔に暗い影を落とすそのっちに、私は励ましの言葉をかけ背中を擦る事は出来ても根本的な部分を癒してあげる事は出来ない。
今のそのっちはその場での自分の行動すら、そんな風に自分を責めるきっかけにしてしまっている。冷静に考えればそんな不条理な事がある訳ないのに、それ程までに彼女の心についた傷は根深い。
その後、私達は安芸先生に拾われる形で送迎された。
車内でも、そのっちは終始ずっと落ち込んでいて、見ているこっちも心が痛かった。