その二日後、イネスのフードコートに私と銀は居た。
「決めた。あたし、キリトさんをぶん殴る!」
開口一言目にそんな事を言い放った銀に、私は困惑した。
「ちょっと待って、銀。どうして、そんな結論になったのかしら?」
日付を跨いで翌日の学校でも、そのっちはずっと落ち込んだままだった。
クラスメイトが心配する中「大丈夫だよ~」と無理に笑う彼女を、私も銀も見ていられなかった。けれど、私達二人がどんな言葉をかけた所で意味はない。
行動を起こす必要があると判断した私と銀は、更に翌日の休日に二人で集まって作戦会議をする約束をした。
その一言目に言い放たれた宣言を聞いて、今に至る。
「園子が言うには、今のキリトさんはあたし達の言葉を聞いてくれる状態じゃないっぽいだろ?だから、見つけ出してぶん殴る」
見つけ出す。――という点には賛成だが、その後が余りにも脳筋すぎる。
若者向け漫画の一コマ以外で実際にそんな言葉を聞くことになるとは思わず、内心で頭を抱える私を他所に銀は一人でヒートアップしていた。
「と、とにかく、暴力はダメよ!ちゃんと話し合わないと……」
そんな不毛な行為でこの問題が解決するなら、そのっちは泣いていない。
むしろ、大切な人達がそんな風になったと知れば、彼女がどんな思いをするか何て考えなくても分かる。理性的に行動できるから、人はこれまで勢力圏を四国に追いやられても生きてこれたのだ。
――ステイクール。私は外国語を余り好まないけれど、彼は冷静を促す際にそう言っていた。
「ステイクールよ、銀。私達はまだ、キリトさんがこんな事をした理由すらも知らないのよ?」
キリトさんがそのっちに酷い事を言ったのは許せないし、ちゃんと謝らせるべきだと思っている。
しかし、理由も知らずに行動の是も非も決める事は不可能だ。"非"の部分が私達を遠ざけそのっちを泣かせた事であるなら、必ずこれを"是"としてしまうような何かがあったはずなんだ。
人間は理由もなく、行動しない。否、する者は居るがキリトはそんな人じゃない。
「ここで私達まで考えるのを辞めたら、誰がキリトさんとそのっちを救えるの?」
二人がダメになったなら、それを支えるのが私達の役目だ。
銀の瞳を見つめて言うと、彼女は熱くなった頭が冷えたのか息と言葉を吐いた。
「……ごめん、変に熱くなってた。昨日の夜さ、あたし考えたんだよ。キリトさんの行動の意味とかってやつ?『なんで』『どうして』って理由を追求し出すとさ、余計に分からなくなった。キリトさんにとって、それはあたし達を傷つけても良い理由になるのかなって……」
汐らしくなった銀は、心中をありのままに吐露した。
彼女の気持ちは痛いほどに分かる。信頼し、信用し、尊敬していた人物であるからこそ、考えればかんがえる程に追い詰められる。辛いのは皆同じだ。その中で私達はまだ何かを考えて動ける状態だから、自分の気持ちを誤魔化して強がっているだけ。
本当の事を言えば、私や銀だって泣きたいし弱音を吐きたい。
それでも、園子が先にあんな風になってしまったから友達の為に今は耐えるんだ。
「分かるわ。私だって、同じ気持ちだもの。……銀、きつい事があったら抱え込んじゃダメよ?今、私達が折れたら……きっと、全部壊れてしまう」
最初から、全部受け止められるなんて思っちゃいない。
お互いのどちらかがきつくなれば、片方が支えないと簡単に崩れる。今はそう言った状況だ。
「うん……ありがとう、須美」
それで幾らか気持ちが楽になったのか、銀はいつもの調子で笑ってくれた。
私は「よかった」とそれに頷き返し、安堵すると話の続きを一つずつ紡ぎ始める。
「まず、キリトさんに会わない事には何も始まらないわ」
当人に会わない限り、結局は私達は勝手に推測するしか出来ない。何より、そのっちの心は一生このままだ。
「でも、仮に居場所を突き止めて会いに行っても、門前払いされるのが落ちなんじゃないか?」
銀の言葉に首肯する。
そのっちが実際に会って話を聞いた結果そうなったのだから、私達が今のまま行っても同じことだ。むしろ、しつこく付き纏って会うことが出来ない状況にされるのが一番よろしくない。
そういう意味で言えば、今の状況は不安定であると同時に未だ希望もある。
「……せめて、キリトさんが私達と話さざる負えない状況に出来れば良いのだけれど……」
策が必要だ。
キリトさんはどうすれば、私達の言葉を聞いてくれる?
どんな状況になったら、私達と話してくれる?
無理のない範囲で、誰の心も傷つけないように向き合う方法。その答えこそ、
基本的にあの人は、自分よりも私達の意思と願いを優先してくれていた。けれど、キリトが首を縦に降らなかった事だって何度かある。意外と頑固な所もあるのが、キリトという人物だった。
――そんな時、彼は誰の意思と言葉に最も心を傾けていた?
「……そのっち?」
自問自答への答えは、この場に居ないもう一人の親友の名前だった。
「え?」
銀は疑問符を浮かべた。
「考えたの。キリトさんが誰になら心を開いてくれるのか」
捉えようによっては、キリトさんが人に優劣を付けているかのような表現。
でも、誰だって"この人には弱い"といったものは往々にして存在する。それは、単純に大人や目上の人であったり、親しい人であったりと様々だ。
キリトさんが一番甘やかしていた人物を考えれば、その答えがそのっちなのは誰の目から見ても明らかだった。
「それが、園子って事か?確かに、キリトさんは園子の事をかなり甘やかしていたけど……」
銀はそこまで言って、口ごもった。私もそれ以上は何も言わない。
だってそれは、今のボロボロのそのっちに事の解決を丸投げするのと同じだからだ。二人で話し合ってどうにかしようと言ったのに、最終的に出た結論がこれなんて笑い話にもならない。
「ごめん、銀。やっぱり、今のは忘れて――」
「やるよ。わたし」
取り消そうとした私の言葉を遮ったのは、目の前に居る銀ではなかった。
声のした方へと視線を向けると、そこにはそのっちが居た。
「えっ、そのっち?どうして……」
銀の方へと視線を向けたが、彼女もそのっちの登場に驚いているようだった。
――偶然居合わせた?
そんな疑問を察してか、そのっちはいつも見たいに柔らかい笑みを浮かべて告げた。
「昨日、わっしーとミノさんが二人で話してるの見ちゃったんだ。ごめんね、盗み聞きしちゃって。でも、わたしはだい――」
「大丈夫じゃないでしょ!」
言おうとした言葉が形になる前に、私はそのっちに詰め寄っていた。
「そのっち、あんなに泣いてたじゃない?そんな顔で、こんな状況になってまで、強がらないでよ!」
友達が無理して強がって、それに甘える様な人間にだけはなりたくない。だから、私も銀もこうして自分達でどうにかしようと立ち上がったのだ。
私の言葉もそれ以上に言いたい事も理解したのか、そのっちは目元を伏せる。
「ごめん、大丈夫じゃない。かも……凄くしんどいし、ずっと辛いよ。今でも部屋の隅で泣いて、わっしー達に甘えたいって思うの」
それは包み隠さない本心で、嘘偽りない乃木園子の弱音だった。
「でもね、本当にそれで良いのかなって思っちゃったんだ。友達に全部任せっきりで、それで最終的に解決しても、本当にこの先あの人と変わらずに過ごせるのかなって……」
乃木園子には、自身も他も客観的に見れるだけの聡明さがある。その第三者視点で改めて自分の本心と向き合った時、このまま蹲っている事が正しいとは到底思えなかった。
「二人の気持ちは凄く嬉しいよ?だけどそれは、わたしが逃げていい理由にはならないんじゃないかな……」
辛そうな表情を隠しもしないでそんな事を言っても、説得力なんてない。それと同時に、口を開いても否定の言葉なんて出せるわけがなかった。
「園子……」
銀もそんなそのっちの言葉に何も言い返せなかった。
「だから、三人で頑張ろうよ?二人で全部やっちゃ、ダメだよ。私達、
痛みも、苦しみも、そして喜びも全部分かち合ってきたから今がある。
それを一番分かっていたのは、他でもないそのっちだった。
「……分かったわ。そのっち、銀、皆でキリトさんを連れ戻しましょう?」
二人は変わらない笑顔で頷いてくれた。
指針は固まった、後は行動に移すだけだ。