結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第三十三話:大切な思いだから

 

 園子、須美、銀。

 どういう訳か呼び出された場所に居たのは、俺が自らの手で繋がりを断ったはずの三人だった。

 

「来てくれなかったら、どうしようかと思ったよ~。キリトさん」

 

 いつもと同じ調子で、けれどその表情には明確な意思の色があった。

 俺はと言えば、目の前の状況に疑問が絶えないでいた。しかし、それらの疑問もすぐに収束する。大きく動揺した意識を落ち着かせて、口を開いた。

 

「俺を呼び出したのは安芸さんのはずなんだけど……。そういう事か」

 

 こういう事も起こるんじゃないかと予想はしていた。

 教え子に甘い安芸の事だから、園子たちに頼み込まれれば何処かで折れて、こんな状況になる事くらい予測できた。

 

「キリトさん、私達は……!」

 

「放っておいてくれって、言っただろ?」

 

 必死に何かを伝えようとした須美の言葉を遮る。

 分かっている。こんな方法では彼女達が納得しない事も、お互いに取って最善とは言い難い事も、全て理解している。それでも、言葉を聞けばきっと俺は迷ってしまう。

 弱い意思じゃ戦い続ける事は出来ない。だから俺は、以前のように一人になる事を選んだ。

 

「それで納得できる訳ないじゃないですか!?ちゃんと話してください!あたし達は、友達じゃないんですか!」

 

 銀の言葉にも、俺は何も返さず目を閉じる。

 きっと何を言っても、彼女達は諦めない。それなら、何も感じないように閉ざした方がマシだ。

 

「……足手纏い、だから?」

 

 そう言った園子の声が夜の暗闇に響く。

 それは以前に俺がかけた言葉だった。去る時に彼女は泣いていたから、俺自身も鮮明に覚えている。忘れること決して許されない。

 

「この前、キリトさん言ったよね?足手纏いを抱えていたら、満足に戦えないって」

 

 その声音には静かな怒りが混ざっていた。

 当然だ、そんな酷い事を言われて怒らない方がおかしい。しかし、続けて放たれたのは予想だにしない言葉だった。

 

「確かにそうだね~。わたしも、キリトさんの言う通りだと思う」

 

「……なんだって?」

 

 目を開き、園子の顔を見る。

 その表情は何処までも冷静で、瞳には一切の迷いがない。

 

「わたし達は今まで、キリトさんに守られながら戦ってきた。同じ様に命をかけていても、いつもそれはキリトさんの後ろだったんよね~」

 

 そこまで言って、園子は微笑む。

 優しい年相応の笑顔で、それをいつも見たいに俺に向けて言った。

 

「だからね。どうすればキリトさんが一人で戦わなくて済むのか、わたし考えたんだ」

 

 園子はスマホを取り出した。

 

「見てて、キリトさん。わたしの覚悟」

 

 それを見て、俺は嫌な予感がして声を上げた。

 

「それは、まさか……!」

 

 純粋無垢な瞳が、決意の色を映す。

 俺はこの気配を知っている。覚悟を決めた者が見せる魂の輝きと、鋭く研ぎ澄まされた眼光が織りなす剣士の気迫だ。

 

「――行くよ」

 

 花弁が溢れ出す。

 それはこれまで彼女纏っていた光とは違う色をしていて、眩く夜の暗闇を照らす。既知よりも大きく、神威的な力がその小さな体に収束する。白い裾がひらりと揺れて光が徐々に晴れると、ようやく良好になった視界は"以前までとは違う"その姿を映す。

 

 白を基調とした神秘的な装束は、紫の異装を残しつつも全くの別物だ。

 綺麗な金髪に、より強かで優雅になった出で立ち。ゆるふわとした雰囲気の中にも鋭い気配を内包し、手に持った得物である槍も形状がよりシンプルな物に変容している。

 薔薇から水蓮へと変化したモチーフが、その進化を証明した。

 

「何で、どうして……!」

 

 それがどういう事なのか理解した上で呻き、拳を固く握った。

 

「お前、それがどういう力か……本当に分かってるのか!?」

 

 新たな勇者装束を身に纏った園子は首肯する。

 

「分かってるよ~。アップデート後の勇者システム、だよね?わたし達勇者の魂と引き換えに、死ぬこともなく、凄く強い力を与えられる。本当に……酷い話だと思う」

 

 騙された訳ではなく、全て知った上で自分の意思でその代償と力を受け入れた。暗にそう認めた園子に、俺は唇を噛む。

 

「じゃあ、何でそんなのを受け入れたんだ?俺は、皆にそんな苦しみを味わって欲しくなくて……」

 

「一人になる事を選んだ。って?」

 

 続く言葉を口にした園子は顔を俯かせて、その表情に影を落とす。

 

「……ないでよ」

 

 小さく、震えた声が空気を斬り裂く。

 

「ふざけないでよ!」

 

 堰を切ったかのように紡がれた言葉と、顔を上げた園子はこれでもかと俺を睨み付けていた。

 明確な憤りを隠さず、怒りに身体を小刻みに震わせて、槍をギュッと握る手にはこれ以上ない程に力が込められていた。

 

「ふざけ、ないでよ。何で、そうなっちゃうの?キリトさんが何をしたの?ずっとわたし達を守ってくれてたのに、最後には一人になって、人知れず戦い続けるなんて……そんなのあんまりだよ!」

 

 声を荒げて、胸の内を曝け出すような慟哭が響く。

 こんな園子を見たのは初めてで、泣いている彼女を見た時以上の動揺が胸中を支配していた。瞳を潤ませた園子を前にして、俺は絞り出すように答えた。

 

「……仕方ないじゃないか」

 

 そんな一言が周囲の音を消し去った。

 一瞬だけ表情に困惑を走らせた園子は、それまでが嘘のように弱々しく声を震わせた。

 

「何が、仕方ないの?キリトさんが傷付いて、ボロボロになって……そんな悲しい事が、仕方がないことなの?」

 

「…………」

 

 その問いに、俺は何も答えられない。

 目の前の青年の諦めたような表情を見て、園子は何処までも悲しそうに言った。

 

 

 

 

「そう、なんだ。キリトさんに取って、仕方がないこと、なんだ……」

 

 これ程までに情緒が保てない事が初めてで、気持ちを落ち着かせる為に何度も息を吐く。

 

 この人を睨んだのも、怒鳴ったのも初めてだった。それだけ、わたしにとっては大切な存在で、その気持ちは伝わると思っていた。必死に言葉にすれば、伝わってくれると心の中では信じていた。

 だけど、届かない。

 キリトさんが抱える悲しみと負の感情は、きっとわたし達だけ(・・)に向けられている物じゃない。それまでに降り積もった数々の後悔が、彼にそうさせて居るんだ。だから何処にも逃げ道がなくて、わたしの声も響かない。

 

 ――このままではダメだ。

 魂がそう訴える。

 

「わっしー、ミノさん。ごめん」

 

 わたしは二人に謝る。

 その意味を理解したわっしーとミノさんは、優しく笑ってわたしの手を二人で包んだ。

 

「分かってる。キリトさんの事、お願いね」

 

「あたし達はちゃんと見てるから、絶対に一人だなんて思うなよ?」

 

 二人の言葉に、顔を上げて頷く。そして、再びキリトの方へと視線を移した。

 そして、槍を持つ手に、支える腕に力を入れる。

 

「キリトさん、構えて」

 

 そう言って槍の切っ先を向けたわたしに、キリトさんは困惑して、意味が分からないと言った様子で答える。

 

「……何のつもりだ?」

 

 心臓の音がうるさい。

 消えろ、静まれ。そう命令を出して、無理矢理に落ち着ける。

 

「訓練の時、いつもやってたよね~。……でも、今回はただの模擬戦(・・・)じゃないよ?わたしが勝ったら、キリトさんはもう絶対に一人になろうとしないって約束してもらう」

 

 告げたわたしにキリトさんは目を細める。

 

「どうして、俺がそれを受けなくちゃならないんだ?」

 

 そんな答えは予想の範囲内だ。

 わたしはキリトさんに絶対に引けないような条件を叩きつける。

 

「無視してもいいよ。それならわたし達は勝手にバーテックスと戦うから、この勇者システムで……」

 

「ッ!」

 

 その返答にキリトさんは息を呑む。

 わたしはこう言っているのだ。勝負を受けなければ、自分達が戦いの中で『散華』する事も厭わないと……

 そうなったら、キリトさんが一人で戦う事を決心した事の意味を失う。

 卑怯な言い方だ。つくづく、自分の言葉のいやしさに嫌気がさす。でも、憎まれても、みっともなくても、醜くても足掻くって決めた。

 彼がどう答えるか、後はそれを待つだけ。

 

 少しの静寂の後、彼は答えを返した。

 

「……俺が勝ったら、二度と勇者にならないって約束できるか?」

 

 その問いに首肯する。

 

「いいよ~。キリトさんが勝ったら、この力も大赦に返す」

 

「……分かった」

 

 了承すると、それが嘘偽りないと判断したキリトさんは深いため息を付いて漆黒の剣を抜いた。

 

「その勝負、受けさせてもらう」

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