園子の反撃で体勢を崩した瞬間、キリトは次の攻撃がガード不能な事を予期していた。
だからこそ、その左手は背中の二本目を瞬時に掴んでいたのだ。
「まだだ!」
気合い十分に二本の剣をクロス型に打ち払う。
それによって、今度は園子が後方に仰け反った。その状況にすぐさま危機感を覚えるも、キリトの連撃は少女の復帰を許さない。
▽二刀流2連撃技▽
エンドリボルバー
エメラルドグリーンの回転斬り。
▽二刀流8連撃技▽
ナイトメアレイン
夜闇を切り裂く赤い連撃が、絶え間なく園子へと襲い掛かる。
進化した勇者システムの身体能力と、園子自身の技量をもってしても防ぐことがギリギリの猛攻に、一瞬でも気を抜けばそこで終わる緊張。二刀流を解禁したキリトがここまで凄まじいとは思わず、圧倒される。
その速度と手数、威力は片手剣時をゆうに凌駕し、殆ど気合いで何とか防いでいる状態だ。
「くぅッ」
これほどに激しい連撃なのに、繰り出しているキリトには疲れによる勢いの低下が微塵も感じられない。
むしろ、弾かれる度に速く、強くなっていく。
「それ、でも……」
ここで負けたら、二度とキリトの隣に立てなくなる。笑い合えなくなる。
――それだけは絶対に嫌だ。
諦められるわけがない。挫けていいわけがない。キリトが強いのなんて、未だ遠く及ばないのなんて分かっていた事だ。進化した勇者システムの加護があっても、そんなのでは本質的な意味で彼を上回る事は出来ない。
「わたしは……」
決まり手に移ろうとするキリトの二刀が鋭い光を帯びる。恐らく、この技が発動されれば防ぎ切れない。
ゆっくりになって行く景色の中で、わたしは強く思った。自身の戦う理由、決意、そして覚悟と譲れない意思。
――最後の一人になっても戦い続けるキリトの為に、わたしは……
「諦めたくない!!」
動かないはずの体が、敗北の寸前にいた心が瞬迅する。
その瞳には獣のような爛々とした輝きが宿り、園子が振るった渾身の槍がコンマ数秒もないキリトの連撃の隙間に穴を開ける。
「なに!?」
これにはキリトも驚愕する。
最小限かつ大胆に振られた槍が二刀を打った事で、発動寸前のソードスキル==二刀流最上位技==の光が霧散する。
過去にこの二刀流を用いた連撃を防ぎ切り、ブレイクしてきたのはSAOのヒースクリフとアンダーワールドに於ける最終決戦時のガブリエルだけ。ソードスキルを発動させる際のほんの僅かな合間を縫う、未来予知クラスの洞察力が無ければ出来ない芸当。
だが現実として、園子はそれをやってのけた。
「ィ、ヤァァァァアアアア゛ア゛ーーーーーーッッッ!!!!!」
体を前のめりにして、最後の一撃が振るわれようとしていた。
バックステップでも回避は間に合わず、打ち払われた剣を戻して防ぐ時間はない。つまり、完全な詰みだ。この槍が突き出されれば、きっと俺は再起不能なダメージを負うだろう。
そうなれば、園子の勝ちだ。
――いや、考えてみれば当然か。
初めから、意思の強さが違ったのだ。
掛けている物、失いたくない物、勝負にかける意思とイメージの強度。それら全てでキリトは負けていた。こんな体たらく勝てるほど、彼女は甘くない。負けるべくした敗北なら、思い残す事も無い。
「ふっ」
僅かに口角を上げて、目を瞑る。
さあ来い。
来るであろう攻撃に覚悟を決める。そこから時間が一秒、二秒と流れて彼の体に与えられたのは……
「……え?」
斬撃の痛みと衝撃ではなく、少女一人が胸に飛び込んできた事による重みと、柔らかな感触だった。見ると、槍を放り投げたであろう園子が、キリトの胸に顔をうずめる形で覆いかぶさっていた。ドサリと背中を地面に打ち付けた痛みに顔を顰めるが、そんな事も一瞬でどうでもよくなる。
「なんで」
今日で何度目かも分からない問いの言葉。
園子はグッとキリトの服を掴んで、震える声でその返答を紡いだ。
「できる訳、ないよ。わたしが、キリトさんを、傷付けるなんて……」
最後の一撃を放てば彼女の勝ちで、望み通りキリトは約束を守るしかない。
しかし、彼女はそんな目の前の勝利を前にしても、その優しさ故に槍を手放し、こんな状態になってしまった。
「ははっ、これは随分と可愛いらしいラストアタックだな」
流石のキリトも笑いがこぼれて、園子は顔をあげムッとした表情で言った。
「っ、元はと言えばキリトさんが悪いんだよ!勝手に居なくなって、それで凄く悲しくて、寂しくて、やっと会えたと思ったら酷い事いうし……何だか思い出したら泣けて来たよ~!」
もはや態度までいつもの調子に戻って、戦闘中の危機迫る様子は微塵もない。
ふぇふぇと涙を流す園子の頭を撫でながら、キリトは告げた。
「……ごめん、辛い思いさせて。俺の負けだよ」
二刀流まで出して負けた上、認めるしかない。
けれど、それが予想外だった園子は驚愕の表情を浮かべた。
「ホント!?それじゃあ、キリトさん。もう何処にも行かない?」
「ああ、何処にも行かないし、一人で戦おうともしない。約束する」
最後の攻撃で目が覚めたといった方が正しいかも知れない。
それ程までに、彼女が闘志のあらん限りを込めて放ったカウンターは、彼の心に突き刺さった。乃木園子という少女は紛れもなく、仮想世界最強の英雄に新たな敗北を刻んだのだ。
「良かった……」
そこまで聞いて、園子は安心したような笑顔を浮かべて、ゆっくりとキリトの体に寄りかかり沈み込んだ。
「
見れば、先程まで凛々しく槍を振るっていた金髪の少女はすやすやと健やかな寝息を立てていた。
限界を超えて戦っていた証拠だ。そんな彼女に親愛の笑みが零れ、キリトはその頭を優しく撫でる。そうしていると、そこに近づいてくる二つの足音があった。
「……すまない。二人にも、心配かけたな」
須美と銀、二人が居たから園子はこの場で戦う事を選べた。
三人が揃って、手を取り合っていたから勇者たちはバラバラにならなくて済んだ。今でもキリトは自分の行動を後悔してはいないものの、それでも真正面から戦い、打ち負かした彼女達の意思は尊重したいと考えていた。
「本当ですよ。もうこんな事しないでくださいね?本気で、心配したんですから……」
銀は語尾に行くに連れて、弱々しくなる声音で言った。
「銀、ずっと気にしてたんですよ。前の戦いで、最後まで一緒に戦えなかったこと」
須美の言葉を受けて、銀は照れくさそうにそっぽを向いた。
「私も、もっと早くに気付けなかった事、ずっと悔やんでいました。キリトさんが何を抱えているのか、私達には分かりません。きっと、勇者の力の代償だけが理由じゃないんでしょう?」
賢い須美らしい言葉に、キリトは俯きがちに頷いた。
彼女の言う通り、キリトが今回動いた理由の大半は勇者システムに付加された代償だ。けれど、そこにはこの壁の向こう側に在る真実と、キリトの償いきれない過去の過ちが起因していたのは確かだった。
「うん、けどもう全部話すよ。皆に、俺の過去について」
この世界の真実だけは未だに明かすことは出来ないが、彼も自分の正体について隠すのはここらが潮時だと感じていた。
それにここまで来て何も言わないのは、必死に戦った彼女達に対して余りにも不誠実なように思えた。そんなのは、例え桐ヶ谷和人が許しても、彼の中に存在する『桐ヶ谷和葉』と『剣士キリト』が許さない。
夜が満ちて、無数の星々が輝く夜空を見上げる。
例えこの景色が全て仮初だったとしても、もう少しだけ抗える。
彼女達が生きている限り、戦い続ける限り、彼も共に戦場に立ち続ける。例えそれが、世界全てを覆うような絶望に抵抗するのと同義であったとしても……
――それが、黒の剣士の在り方だから。
今回は園子様が勝ちましたが
もしもこれがお互いに完全体なら一生勝負付かないし町も恐らくただでは済まないです