目を覚ました時、視界には一杯の夜空が広がっていた。
そして、頭には柔らかな感触があって、傍には自分が最も慕った人物の姿があった。
「あれ?わたし、寝てた~?」
微睡む意識が徐々に現実へと戻って来て、キリトさんに勝った直後の記憶がない事に疑問符を浮かべた。
「三十分くらいな」
キリトさんが答える。
ミノさんもわっしーも傍に居て、これが全て夢じゃなかった事に安心感すらも覚える。
「えへへ、今度は逆の立場だね~」
一か月前と二週間前、樹海で意識を失っていたキリトさんの傍に寄り添っていたのは自分だった。
そして、今度はキリトさんがそんな私に寄り添ってくれた。そう考えると、口には出さないけどとても嬉しかった。
「……やっぱり、満開ゲージ。溜まってるね」
ゆっくりと上体を起こして、自身の腹部にある花弁のような紋様をなぞる。それは半分を満たすほどに色付いており、明確にわたしの命を削る技に近付きつつある証拠だった。それを見た皆が悲しそうな表情をしたから、慌てて手を振る。
「あ、別に後悔してるとかじゃないよ!?でも、こうして形になると実感するものですな~。と、思っただけで……」
今更、この道を選んだ事に後悔なんてない。
自分の体を犠牲にしてでも、キリトさんと一緒に居たかったのだからそれこそ仕方がなかったのだ。
「……分かってるよ。そのっちの決意に――」
「あー!?」
「いやなに!?」
キリトさんがそれなりに良い事を言おうとした所で、余りの衝撃に大声を出してしまった。
「そのっちって……キリトさんがまた、そのっちって呼んでくれたー!」
この前の一件以降、一線を引いたようにキリトさんはわたしの事を『園子』と呼んでいた。
実はこれが凄く悲しかった。かなり心に来てたし、一時の自身のネガティブの原因の一つは実はこれだったりした。
「え?あ、あぁ、そう言えばもうこの呼び方するのも一か月ぶりなのか」
前までは毎日呼んでくれた愛称が急に恋しくなるとは、園子さん不覚である。けれど、嬉しいものは嬉しい。
一か月、そう聞くと妙に長く聞こえてしまうのはわたし達の関係がそれだけ掛け替えのないものだったという事だ。そう思うと、この決意にもまた一つ意味が生まれるような気がした。
「あのキリトさん、そろそろ……」
そこにおずおずと言った様子で声を掛けたのは須美だった。
「園子、一か月甘えられなかったからってくっつき過ぎだぞー。自覚しろー?」
銀に言われて、わたしは自分がキリトさんに半場抱きつくような格好になっていた事に気付く。
膝の上に乗って、頭を撫でられながら話すこの定位置は家でこそ当たり前の物だったけど、久しぶりにそうなってみると気恥ずかしさを感じてしまう。
「えぇ~、そうかな~?」
と、言いながらも逃げるように距離を取ったのだから分かりやすい事この上ない。
「別に良いんだぞ?家じゃ、いつも……」
「わー!それ以上はダメーーー!」
何とか最後まで言葉が出切る事は無かったものの、須美と銀からすれば既に全部言ってしまったようなものだ。
家じゃいつも(外でもそうだったが)キリトさんにべったりだったとか、この場で改めて言われたら流石のわたしでも恥ずかし過ぎる。
けれど、ニヤリと悪戯っ子のような口角を上げたキリトさんが追撃してくる。
「いやいや、可愛いもんだったよ?『キリトさん!キリトさん!』って、子犬みたいにさ。二人にも見せた上げたいくらいだった」
面白がって飄々とそう言うキリトさんに、わたしは更に身悶える。
「それはいつもな気がしますけど……。いや、もっと甘えん坊になったそのっちはそれはそれで気になるわね?」
「もうやめてー!」
いつからこの場所はわたしの恥ずかしい話を暴露する場になったのか、ミノさんは横でお腹抱えて笑ってるし。
一番頑張ったのに、こんな仕打ちはどうかと思う。一仕切り笑い合って、そこにはもうぎくしゃくした雰囲気はなく、いつものわたし達の姿があった。こんな日常を取り戻したくて、わたしは戦った。その報酬としてはこれ以上ない。
「……えっと、そのっちも目を覚ました事だし話を戻すけど……」
その言葉に、わっしーとミノさんは真剣な表情をした。
事情を知らないわたしは「なになに~?」と疑問符を浮かべる事しか出来ないけど、わっしーがそんなわたしに説明してくれる。
「さっき、そのっちが目を覚ましたらね。キリトさんが自分の過去について話してくれるって、約束してくれたのよ」
「え?」
それを聞いて、わたしは再びキリトさんの方を見た。彼はわたしの視線から何を察したのか、頷くとぽつりぽつりと話し始める。
「これまでは、事情があって隠してたんだけどさ。ずっと、モヤモヤしてたんだ。君達に嘘を付き続ける事に……」
それは、キリトさんの紛れもない本心なのだろう。
心当たりが全く無かったわけじゃない。
彼は余裕そうな雰囲気の中に、本当に時々だが言いようのない影を落とすことがあった。
それでも、誰もそれを突き詰めた事はなかった。そこより先は明確な境界線があるような気がして、踏み入れなかった。
けれど、今ここでその正体が明かされる。
「まず、俺の本名は桐ヶ谷和人。この体の通り、元は男で神樹様の力で女の子になっていたんだ」
指折り一つずつ、隠していた事を話し始める。
「そして、これが一番重要な事だ。俺は……この世界の人間じゃないんだ」
キリトさんが明かした事実に、その場の全員が驚愕する。
神樹様の使いとして現れた時から、特別な何かがあるとは思っていた。しかし、まさかその内容がこんな答えだと誰が予想できる?
「ふっ、驚いただろ?同じ日本人なのは変わらないけど、俺の出身は本州の埼玉県所沢市。この世界には既に存在しない地名なんだ」
ここで、最初にキリトさんに会った時の事を思い出す。
自分が何処から来たのか分からない。――最初にそう言った彼女に、わたしは「見つける」なんて軽々しく言ってしまった。四国以外はウイルスで汚染されて、もう旧時代の地なんて歴史書にしか乗っていない。
「キリトさん、わたし……!」
謝ろうとした。だけど、キリトさんはいつものようにわたしの頭を撫でて、それを制した。
「ごめん、言い方が悪かったな。別にそのっちの事を責めたかった訳じゃないんだ。むしろあの時、そのっちが俺を見つけて、そう声をかけてくれたお陰で、俺はこの右も左も分からない世界で救われた。だから、ずっと感謝してたんだ」
そんな事を言われたら、何も言えなくなる。
汐らしくなったのを見て、優しく微笑んだキリトさんは話を続ける。
「皆、ここからはかなり長い話になるけど……それでも、付き合ってくれるか?」
ここまでが前置き。
キリトに取って、語るべき本番はこれ以降だ。
「当たり前じゃないですか。何時間だって聞きますよ」
「ええ、私達がそれを拒むわけがないでしょう?」
ミノさんとわっしー、そしてわたしの意見は同じだ。
「うん、だから聞かせて。キリトさんの話」
これから語られるのは、この世界ではない何処か違う場所で戦った英雄の話。
青年が二刀を手に、戦い抜いた物語だった。