園子の決闘から二日後、三人との訓練にも復帰した俺は以前までと同じ様に連携強化にも精を出していた。
とはいえ、銀と須美の勇者システムは未だ旧バージョンのままなので、実質この訓練は感を鈍らせない程度のものである。そんな折、訓練終わりに汗を拭う俺に園子が声を掛けた。
「ねえねえ、キリトさん。今日この後、近所で夏祭りがあるんだけど……良かったら行かない?」
「夏祭り?そう言えば、まだ行ってなかったな……」
時期は九月に入りたて、今でもやっている祭りがある事に驚いたが、俺としては断る理由も特にないので二つ返事でオッケーを出す。
「良いよ。須美と銀も来るのか?」
「うん、ミノさんとわっしーも来るって~!」
確認はしたが、予想通り四人で揃ってという事らしい。
一応目線だけ安芸に向けて確認を取ったが、彼女も却下するつもりはないらしく、俺の視線に対し頷いた。
「分かった。それじゃあ、帰ったら巻きで準備するか」
あんな事があった後なので、再び彼女達との関係修復を手柄助けする機会がもらえて願ったり叶ったりだ。
■
須美や銀とは会場で落ち合う約束をして、俺と園子は一度帰宅した。
祭りの事を聞いた乃木母によって黒一色の甚平と袴に着替えさせられた俺は、乃木家の入口前で待っていた。
「お待たせー!」
園子の声が聞こえて振り返ると、浴衣姿の天真爛漫な笑みを浮かべた少女がこちらに走ってきた。
「こら、あまり走ると危ないぞ?」
そう言いつつ苦笑いを浮かべて、傍まで来た園子の頭に手を置く。
こうすると喜ぶとは言え、戻ってきてからは特に回数が増えた。彼女も嬉しそうにしてるから良いんだが、少し甘やかして過ぎだろうか?
などと考えつつも、俺はつくづくこの子には甘いので直しようもない。今だってしかったはずなのに、そんな雰囲気は微塵もないのだから。
「えへへ~。……どう?キリトさん、似合ってる~?」
満足した園子は俺から一歩離れると、くるりと回って見せる。それも今日一の満面の笑顔なのだから、こちらまでドキリとさせられてしまう。
妹のような存在とは言え、こんな仕草をされれば可愛いと感じるのは仕方がない。だから心の中でそんなに睨まないでくれ、皆。
「ああ、似合ってるよ。可愛いと思う」
世事抜きにそう伝えると、園子は更に嬉しそうにした。
「ありがとう!そう言うキリトさんもいつもより男前だね~」
「いつもよりは余計だ」
元々中性的な顔立ちで、クラインやエギルと違って俺に男らしさがない事は知っている。
「試しに女の子物も着てみる~?」
「ハハ、勘弁してくれ……」
乾いた笑いを溢す。
確かに、桐ヶ谷和葉のままだったなら、きっと園子と同じ様に気合いの入った可愛らしいのに袖を通していたのだろう。そういう未来が来る可能性はあったのだと思うと、こうして当たり前に男物を着られている事に感動すら覚える。
「ほら、二人を待たせるのも悪いし早く行くぞ?」
俺が手を差し出すと、園子も「うん!」と返事をしてその手を取った。
祭り会場に近付くに連れて人の数も多くなってきて、逸れる程ではないにしろかなりの賑わいを見せていた。
そんな中で入口と思える場所に、見知った二人の姿が見えた。
「お待たせ、二人共」
声を掛けると、須美と銀の二人がこちらを向く。
「いえ、あたし達も今来た所なので」
銀は牡丹の意匠が好ましい白銀の浴衣を、須美は藍色を基調とした白菊の装飾が特徴的な浴衣に身を包んでいた。
園子もそうだったが、二人とも勇者としてのお役目すら忘れてしまう程に少女然とした可愛らしさで、やはりこういう光景こそが一番似合っているとしみじみと思う。
「キリトさんもそうだけど……ふふ、そのっちは気合い十分ね?」
「え~、そうかな~……?」
須美の含みのある言い方に、園子は頬を薄く朱に染めている。
俺は何の話をしているか分からず疑問符を浮かべ、そんな様子に銀は苦笑いを浮かべていた。
「それじゃあ無事合流できた事だし、早速行くか?屋台巡り!」
「賛成ー!」
気前の良い笑みで提案した俺に、園子はテンション高めに飛び跳ねる。
「花火まではまだかなり時間あるし、全部回れそうだな?」
「そうね。まあ、キリトさんとそのっちが食べ物系の屋台を見つける度に止まりそうだけど……」
園子の食欲は二人も知る所で、集合を早めの時間に設定したのもこの為だった。
早速お祭りに繰り出した四人で、談笑しながら屋台までの道を歩く。
「わっしーお人形さんみたい~!くるくる回って~!」
「こ、こうかしら?こら、撮影は禁止よ!」
と、園子と須美はいつもの様子でじゃれ合っていた。
「あんな小学校時代、俺にもあったかな?」
「あの二人の空間って何か光ってますよねー」
そんな二人に眩しい物を感じながら遠い目をする銀と俺。
四人の様子はそれはもう、気の置けない友人のそれだった。
メインの屋台が立ち並ぶ区画が見えてくると、俺と園子は目を輝かせる。――チョコバナナ、りんご飴に、焼きそばと数分としないうちに手には料理が増えていく。
「ねえ、次あれ食べない?」
「お、串焼きか?いいぜ、どうせなら全員分で六本は行こう」
「六本!?」
普通四人なら四本にする所かもしれないが、俺と園子なら一人で二本くらいは余裕で行ける。財布の中身はこの程度軽くなる事もないし、存分に食べ歩きが出来るってものだ。
「おいしー!なんだこりゃー!」
「確かに、これは行けるな!大将、あと四本……」
更に購入数を増やそうとすると、須美に首根っこ掴まれて止められた。
ようやく二人の食欲が落ち着いて来た頃、サンチョの縫いぐるみを一等の景品にした射的の屋台に園子の目は留まっていた。立ち寄ると、園子は真剣な顔でコルクの弾を込めて、縫いぐるみ目掛けて打つ。
しかし、これが当たらないのなんの。
的はそれなりにでかいのに掠りもしない園子を見かね、俺も店主にお金を払って挑戦する。
だがこれも……当たらない。
「ぐぬぬ、中々にやるじゃないか」
「あはは!キリトさん下手~!」
自分が失敗した後なのと、自信満々に出ていった事もあって笑い転げる園子。
「う、うるさいよ!そのっちだって掠りもしなかったじゃないか?」
そんな言葉に「そんな事ないよ~」と言ってまた挑戦し始める園子。
これが何度やっても当たらないから、徐々に沢山持ってきたはずのお小遣いも無くなっていく。流石に涙目になりかけた所で、須美が助っ人として園子の補助を買って出た。
「落ち着いて、深呼吸して」
「うん!」
園子の後ろから添えるように、ライフルを支える。
「ライフルの癖は見てたわ。調整は任せて」
その頼もしさたるや、園子もすぐに的に集中する。
「吸気、呼気」
深呼吸を挟み、思考を冷静にさせ。
「照準集中」
「集中」
それは傍から見ていた俺ですらも驚くほどの集中力だった。
「力は入れず、指は絞るように……打て」
須美の合図と同時に引き金を引くと、コルク弾が縫いぐるみに直撃する。
それはグラリとバランスを崩すと、須美と園子が気合いを込めるように念じて、ようやくサンチョ縫いぐるみは倒れた。
「「おぉー!」」
感嘆の声を上げた俺と銀。
大喜びする園子に、須美は何とも晴れ晴れとした笑顔だった。
□
「これ、本当に良かったのか?」
と、犬のキーホルダーを見て言うと園子は頷く。
「うん、皆でお揃いの思い出!」
サンチョの縫いぐるみをゲットした園子は、何とその場で取った縫いぐるみと四つのキーホルダーを交換したのだ。これには俺や須美に銀も驚いたが、園子はそれを一つずつ皆にプレゼントした。
四人でお揃いのキーホルダーを持ち、今は高い位置にある歩道で花火を見ていた。
因みに穴場の情報提供者は須美で、過去のブログから場所を特定した須美に感心しつつ、園子と銀は苦笑い。けれど、一度花火が始まれば色とりどりの模様に見入っていた。
「わたし、選ばれた勇者がわっしーとミノさん、そしてキリトさんで良かった」
そう零した園子に視線を向ける。
「わたしってほら、変な子じゃない?だから、中々友達できなくって……」
困ったような笑みで言う園子。そんな彼女にそれぞれ優しい表情で言った。
「……そのっちは変なんかじゃない。素敵よ?」
「そうそう、あまり卑下するなよな?あたし達に取って、園子は園子なんだから」
「ああ、二人の言う通り。そのっちはちょっと頑張り屋さんなだけの、普通の女の子だよ」
お互いの信頼と、慈しみ合う心が全員をここまで連れて来た。
その結果、こうして皆は生きている。魂も、心も、大切だと思う気持ちは全てここにある。
「……勇者に選ばれたのが三人じゃなかったら、わたしここまで頑張れなかったかも」
園子の紛れもない本心で、それは俺にとっても同じだった。
彼女達だったから、こうして辛い事も、苦しい事も乗り越えられた。
「銀はフォワード型で、私は融通が効かなかった。キリトさんも頼りになるけど時に頑固で、そのっちがリーダーじゃなかったら纏まらなかったわ」
誰も彼も欠点を抱えていて、それがかみ合って上手くこの関係になれた。
基本的には物腰柔らかで、時には強かな園子だからこの四人を纏められた。そんな彼女に、元来から内気でナイーブな気質持っていた俺も救われたし、須美や銀もリーダーが園子だったから頑張れた。
「六年生になってから、訓練もお泊まりも楽しかった~。わたし、三人の友達になれて、良かった」
再び打ちあがる花火を見上げる。
俺、園子、須美、銀と並んで手を繋いだ。
「ああ。ずっと、俺達は友達だ」
それが、きっと誓いになってこの四人を繋ぎとめてくれる。
そう信じて、四人は花火が鳴り止むまでその手を固く握っていた。
■
花火も終わって、祭りもたけなわ。
時間が遅くなりすぎる前に、わたし達は帰路を辿っていた。
「それじゃあ……」
「キリトさんも園子も、また明日なー!」
四人で出来るだけ同じ所まで帰ってきたけど、最後の別れ道でわっしーとミノさんとは手を振って別れる。
わたしとキリトさんは、それぞれ離れていく二人に手を振り返した。
その姿が見えなくなると、名残惜しむわたしにキリトさんが声を掛ける。
「……行くか」
「うん」
自然な形で手を繋いで、家へと向かって歩き出す。
お互いに何も話さず、祭りの余韻をかみしめる様にして踏み出される下駄の音が、夜の空気を震わせる。
それが一歩、また一歩と踏み出されて、何歩目かの事だった。
「痛っ」
唐突に足に違和感が生じ、小さく悲鳴上げて、バランスを崩した。
「おっと………大丈夫か?」
キリトさんは咄嗟の事ながら、わたしの腰に手を添えて支えてくれる。
「う、うん」
いきなりの接触に顔が熱くなる。
でも彼は、そんなわたしの気持ちになんて気付かない。
ただゆっくりと近くの段差に座らせてくれて、出来るだけ顔を上げないようにして屈み、下駄を確認する。
「あちゃー、鼻緒が取れちゃってるな」
見れば、右の下駄の鼻緒が取れてしまっており、それを見たキリトさんは少し考えてから顔を上げて、わたしに一つ提案した。
「……もう家も近いし、良かったら俺がおぶるよ」
「え!?」
熱に浮かされた思考が一瞬にして沸騰し、まさかの提案に驚愕した。
理解するまで数秒、そうしている内に顔の赤みも増して、慌てて手と首を横に振った。
「その、あっ……いやぁ、だ、ダイジョブダイジョブ!別に片方くらい無くたって、あと少しくらいなら裸足でも~……」
「ダメだ。暗くて道もよく見えないし、怪我なんてしたらどうするんだ?」
「そ、そうだけど~……」
彼の言う事は正しい。
然し、然しだ。
最近になって、キリトさんの事を意識し始めわたしにとって、おんぶして貰うなど想像しただけでどうにかなってしまいそう。
さっき腰を支えられたのだってかなりの事だったのに、完全に体が密着してしまう体勢なんて、ハードルが高いにも程がある。
でも、そんなわたしの反応をどう見たのか、彼は苦笑した。
「……嫌なら言っていいんだぞ?少しくらい時間がかかっても、ここで直すからさ」
そんな彼の返答に、わたしは一転してムッとした。
心中で「その表情はずるい」と呟く。
――キリトさんはいつもそうだ。
何かわがままを言っても、聞き分けがなくても、そうやって困ったように笑って許してくれる。
年の離れた妹でも見るように、いつも「仕方ないな」って顔で微笑んでくれる。
怒る時は怒るし、悪い事をしたら叱ってくれる。だけど、キリトさんが一度としてわたしより自分を優先した事があっただろうか?
――これ以上、この人を困らせるのはダメだ。悲しい表情だってさせたくない。
早まる心臓の音を押さえるように胸の前に手を置いて、意を決したように頷く。
「い、嫌なんて、そんな事天と地がひっくり返っても有り得ないよ!ほらほら、こう見えて乃木さん家の園子さんも女の子ですから~……ごめんね、わがまま言って……」
指向性の定まらない言い訳を、矢継ぎ早にまくし立てる。
そうでもしないと、まともな返答など出来そうもなかったからだ。
「えっと、それじゃあ……お願い、してもいい?」
恥ずかしさのあまり、目に涙がたまる。
俯いてそれを見えないようにして、精一杯の勇気で言葉にした。それがちゃんと伝わってくれたのか、キリトさんは微笑んで頷いた。
「おおせのままに、お姫様。じゃあほら、ちゃんと掴まるんだぞ?」
背を向けて、わたしに促す。
んなこんなで戸惑っていると、キリトさんから声がかかった。
「そのっち?」
「あ~、うん。大丈夫。今乗るね~……」
おずおずと言った所作で寄りかかる。下駄を片手で持ったキリトさんは、そのまま立ち上がって歩き出した。
夜の優しい闇の中を、彼の背中に揺られながら進んでいく。
それはとてもゆっくりで、焦れったくて、普段のわたしならきっと待ちきれないと言わんばかりに走り去ってしまう。
でも、今はその焦れた感覚すらも雰囲気を優しく彩ってくれて、心臓はドクンドクンとうるさく脈打つ。
――聞こえていないかな?
何て考えても、わたしからキリトさんの表情は見えない。
キリトさんの体温を感じる。
それは彼からしてもきっと同じ事で、それがちょっと恥ずかしくて、目の前の首筋に顔を埋めて、恥ずかしさを紛らわそうとする。
胸の奥が熱くなって、乙女の心はおとぎ話のお姫様みたいに熱に浮かされて夢見心地になる。
こういう時は、つい普段外に出さない『心の内』が前に出てしまうものだ。
「……わたし、皆が大好き。キリトさんも、わっしーも、ミノさんも……」
「ああ」
唐突に話し出したわたしにキリトさんは相槌を打つ。
「離れたくない。ずっと、一緒に居たい」
「俺もだよ」
『きっとこの熱のせいだ』と、自分に言い訳をする。そうすれば、次々と心から言葉が溢れ出てくる。
「……来年も、一緒に、皆で夏祭り。行けるかな……」
消え入りそうな声で、紡ぎ出した願いにキリトさんは優しく首肯した。
「そうだな。きっと、また一緒に来よう」
誰も汚す事の出来ない。純粋で、ありきたりで、尊い願い。
わたしが欲するのはどんな贅沢な品々よりも、親友と話して、遊んで、そして帰る時間。
それだけなのだ。
月光に照らされる夜道を、少しずつ進んでいく。
落ちた星は輝き、運命の時はすぐ間近まで迫っていた。
遂に運命の時がやって来ます