結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

42 / 119
第四十一話:やくそく

 

「……え?」

 

 目の前に広がった景色に、わたしは言葉を失った。

 

「何、これ」

 

 御霊を追って神樹様の結界の外に出たわたしは、そこにある光景をすぐには理解できなかった。

 何処までも続く煉獄の世界。地獄がこの世に存在するなら、きっとこんな場所だろう。炎が舞う世界では至る所で新たなバーテックスが想像され、幾つもの小さなバーテックス?が脈動している。

 

「――そのっち!」

 

 遅れてやって来たキリトさん。

 だけど、そんな彼には視線を向けずわたしは言った。

 

「キリトさん。わたし、全部分かっちゃったかも……」

 

 この世界の真実と、キリトさんの行動の真の意味。

 そして、大赦と勇者の秘密の全てが今、わたしの中で繋がった。否、繋がってしまった。吐き気を催すような悍ましい事実は、こうして目に写っている通り現実だ。

 

「……ごめん、隠してて」

 

 キリトさんの言葉に、わたしは何も返答できなかった。

 別にキリトを怒っている訳でも、責めているわけでもない。

 単に許す許さないの判断や、それを言葉にする余裕がないだけだ。そこに小型のバーテックスが襲ってきた事で、わたしは我に返る。

 咄嗟に回避して、壁の中に逃げ込むと隣に居たキリトさんに言った。

 

「ううん、仕方ないよ。それに、多分わたしでも、多分そうした……」

 

 こんなものを一人で抱え込もうとした事には憤りを感じるが、こんな事を知ってこの人が誰か言える訳がない。そんな事、今更聞かなくても分かる。

 

「とにかく、ミノさんとわっしーに伝えないと」

 

「……ああ、そうだな」

 

 わたしとキリトさんは、ミノさんとわっしーの所へ急いだ。

 その先で必死に彼女の名前を呼ぶミノさんを見て、わたしは最悪の事態を認めるしかなかった。

 

 

 

 

 三ノ輪銀は目を覚ました須美の言葉を聞いて、驚愕した。

 

「ここは、何処?」

 

 銀は最初、どういう事なのか分からなかった。

 

「それに、銀?その恰好は……」

 

 怯えたように、周囲を見て、訝った視線を向けてくる須美に銀はどうしたら良いのか分からなかった。

 

「わっしー、ミノさん!大変、大変なんだよ!」

 

 そこに園子とキリトが戻って来た。安心したのも束の間、更に大きな絶望が少女達に襲いかかった。

 

「あ、あなた達は、誰ですか?」

 

 その時、「え?」と誰かが言った。

 キリトだったかもしれないし、園子だったかもしれない。銀か、或いはその場に居た全員。確かな事として、きっと皆同じように悲しげな表情をしていたと思う。

 悼む間も、理解する時間も、少女たちには与えられない。須美の目に大きな動揺が走って、怯えたような声を上げた。その場の全員が、壁の向こう側へと視線を向けた。

 

「嘘だろ。そんな……!」

 

 無数の赤い星がやって来る。

 銀は声を震わせた。キリトも目を細めて、拳を固く握り震わせている。

 

「……わっしー」

 

 園子は振り返って、膝を折り、須美と視線を合わせた。優しい声音で、出来る限り安心させるように園子は須美に言った。

 

「…………大丈夫。後はわたし達が何とかする!」

 

 一番の友達だから、親友だから、須美にはせめて優しい世界で生きて欲しい。

 忘れるのは寂しいだけど、彼女がこのあと生きる世界の為なら何だって出来る。須美の傍にあるリボンを丁寧に手首に結んで、髪飾りを付けてあげる。

 

「わたしは乃木園子」

 

 忘れないように、

 

「あなたは鷲尾須美」

 

 思い出せるように、

 

「あの子は三ノ輪銀」

 

 祈りと、ありったけの感謝と、慈しみを込める。

 

「そして、あの人はキリトさん」

 

 涙は流さない。だって、記憶に残る最後の思い出は笑顔の方がいいから。

 

「四人は友達だよ。ズッ友だよ」

 

 キリトも、銀でさえ、口を閉ざしてその行く末を見守った。

 分かっているのだ、これが最後かも知れない事を……

 

「わたし達は死なないから、後で必ず会えるよ。だから……」

 

 園子は須美に背を向けて、立つキリトと銀と同じ場所まで進む。

 

「ちょっと行ってくる!」

 

 三人の勇者は顔を見合わせて、地を蹴った。須美が伸ばした手は空を切って、そのまま意識は闇に落ちる。

 振り返らず、勇者たちは向かっていく。

 

「ちぇ、最後まで四人一緒だって思ってなのになー」

 

 銀がやれやれと言った様子で言う。

 

「わたしは嬉しいよ。一人じゃないから、怖くない」

 

 もしかしたら、運命が違えば、この絶望に一人で立ち向かう未来もあったのかもしれない。

 今は誰よりも頼りになる二人の剣士が居る。それだけで、何倍もの力が湧いてきて、いつまでだって戦える。

 

 ――わたしは死なない。

 ――生かされてるから、何度死んでもいい。

 

 二人の勇者は『満開』を、一人の英雄はその『記憶』を解放した。幾千の光が煌めき、少女達は世界を殺す者達を倒すべく武器を取る。樹海を大いなる光が満たして、無数の星を穿った。

 

 

 

 

 

 

 一体、どれだけ戦っただろうか。

 幾つの御霊を葬っただろうか。

 

 十体を超えたあたりからは数えていない。

 

 確かな事は一つ――目の前にはまだ、無数の星が浮かんでいた。絶え間なく落ちてくる星々を、何度も何度も穿ち屠っていく。園子は十回、銀は五回もの満開によって体の至る所が機能を停止していた。懸命に育ってきた花も、散る時は一瞬という現実を表しているかのような光景だった。

 

「……まだ!」

 

 金髪の少女が言った。

 

「……絶対、諦めない!」

 

 白銀の少女が言った。

 キリトの背後で、なおも立ち上がってボロボロの体を無理やり発破して戦おうとする。きっと、彼女達は死なない勇者の特性に従ってバーテックスを殲滅しきるまで戦い続けるだろう。

 彼は知っている。

 彼女達がもう限界だと言うことを……

 

 視線を向ければ、銀が片足を引きずっていた。

 園子が動かない両腕を代行する偽りの腕を必死に動かしていた。

 

 キリトの方も、既に八回も記憶解放術を行使した事によって体の感覚は無いに等しい。恐らくだが、次以降の記憶解放術は(フラクトライト)が持たない。

 それでも意思力が消えない限り、戦い続ける事は出来る。しかし、そうなれば彼が事前に決めていた彼女達を救う手段が果たせなくなる。

 

「この辺りが限界か……」

 

 零した言葉は何に対してなのか、彼自身でも分からない。言葉にする事で、決心を深めるためだったのかもしれない。

 

「……銀、そのっち」

 

 立ち上がろうともがく二人の傍まで行く。そして、包み込むように抱きしめた。腕の中で、打ちひしがれそうな心を満たすように、二人の温かさが広がる。

 

「え?ちょ、キリトさん!?」

 

「なになにー!?キリトさん、どうしちゃったのー!」

 

 二人が困っていると理解しながらも、どうしてもすぐには離せなかった。忘れないように、消えないように、魂の奥深くに刻み付けるようぎゅっと抱きしめる。

 

「ごめん、いきなり……。少しで良いから、こうさせてくれ」

 

 声音は優しかったけど根はいつになく真剣で、騒いでいた二人は疑問に思いながらも押し黙った。

 

「……こんな状況でって、思うかもしれない。でも、三人(・・)にどうしても伝えたい事があるんだ。今しか言えない事だから、よく聞いて欲しい」

 

 もう時間がない(・・・・・・・)。伝えられる事には限りがある。だからこそ、心の中にしまっていた想いを、一つずつ丁寧に言の葉にしたためた。

 

「銀、お前は本当に頼もしい奴で、いつも誰より前に出て戦ってた。それは、皆の事を守りたくて、少しでも多くの傷を一人で背負うとしてたからなんだよな?そんな銀のカッコ良さに何度も憧れたし、救われた。お前と一緒に居られて、本当に楽しかった」

 

「キリト、さん……?」

 

 こんな風に、キリトが言葉を改めて褒めてくれた事は初めてだった。本当なら喜ぶべきなのに、銀はキリトが何で"そんな言い方"をするのか分からなかった。

 

「須美、は、この場には居ないけど、言わせてくれ。須美は人一倍責任感が強いから、ちょっと空回りする事もあった。でも、そんな須美の正義感の強さと生真面目さのお陰で、皆が上手くやってこれたんだと思う。だから、お前はそのままで良いんだ。そのままの自分でこれからも生きてくれたら、俺は嬉しい」

 

 きっとこの言葉が届くと信じて。

 

「最後に、そのっち。ずっと、俺を気に掛けてくれてありがとうな。一緒に居てくれたのが、隣に居てくれたのがお前で本当に良かった。そうじゃなかったら、きっとこんなにも頑張れなかった。命をかけられなかった。そんなお前の事……俺は結構好きだぜ?」

 

「ぇ……」

 

 消え入りそうな声だった。

 何でこんな時に、そんな事を言うのかという疑問で一杯だった。これではまるで、今生の別れを前にしているみたいじゃないか。

 

「それって、どういう……」

 

 聞こうとした。

 そんな園子の言葉は遮られた。

 

「よし、それじゃあ頑張るとするか!」

 

 名残惜しく思いながらも、二人を離して立ち上がる。そして、キリトは目を瞑って二人に手を向けると、そこに二つの光の粒が生成された。

 それを手のひらで押すようにして、二人へと向かわせる。それが体の中に入った瞬間、失ったものが戻ってくるような感覚と、命の温かさに包み込まれた。しかし、その場ではもう一つの変化が最も顕著だった。

 

「え、変身が!?」

 

 二人の姿は勇者装束から、元の制服姿へと戻っていた。

 

「怒っても良い。恨まれても、罵られても、俺はこの選択だけは絶対に後悔しない。――システムコール」

 

 優しく笑って最後に園子の頬にそっと触れる。そして式句を唱え終わると、園子と銀を半透明な光の壁が覆った。

 驚愕した園子と銀は声を上げる。

 

「キリトさん?……何ですかこれ?それに変身も……どういう事なんですか!?ねぇ!」

 

 泣きそうな声で問うのは、銀はもう彼が何をしようとしているのか知っているからだ。

 

「ここから出して!もう一人で戦わないって、ずっと一緒だって……また夏祭り行こうって約束したじゃん!!」

 

 大粒の涙を流して叫ぶ。

 何度も透明な壁を叩いて、声を震わせて項垂れる園子にキリトは困ったように笑った。

 

「ごめんな。約束、守れなくて……」

 

 キリトはその顔を無数の星(バーテックス)へと向けた。

 ――後悔はない。やり直しも、救いも必要としない。

 ただ一つ、彼は望んだ。命をかけて戦い、過去に出来なかった事を成し、最終的に彼女達を守る事が出来るのなら、何も怖くなんてない。彼女達がその後、どれだけ嘆き悲しむのか、分かった上でこの選択をした。

 

 その罪を認めよう。

 そして、その上で彼は代償を支払い戦う。

 

「そのっち、銀、須美。……またな」

 

 幸せかどうかは分からない。

 忘れられなくてもいい。忘れようとしなくてもいい。元気じゃなくても、健やかじゃなくても、この剣に化す願いは未来永劫変わる事はない。体なんてただの器だ。思い出はいつだってここ(・・)にある。剣士が去って、赤い星々の煌めく空に"心の翼"で飛んでいく時に、たった一つの願いを込めて

 

 詠った。

 

「リリース・リコレクション」

 

 生きろ。

 

 

 

 黒の剣士の魂を込めた願いに、夜空の剣が応え。樹海の空を優しい心の闇(夜空)が満たす。

 紅い星々を超える星々が光っては流れ、一人の剣士へと集まっていく。

 樹海を――魂の光が満たした。




後日談を挟んで『わすゆ編』は完結となります
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。