結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第三話:諏訪の勇者

 

 代価なき平和など有り得ない。

 そんな事は三年間の惨劇を経験した者ならば、誰もが知っている周知の事実だ。何処かが平和を享受しているなら、従って世界の何処かが災厄に晒されているのだ。

 

 誰かが戦わない為には、誰かが代わりに戦わなければならない。

 

 バーテックスが襲撃していたあの日から、四度目の諏訪の夏。大規模な侵攻があった、勇者として戦った親友はボロボロでそれこそ死んでいてもおかしくなかった。しかし、ひと段落つく所か襲撃は更に苛烈さを増す一方だって事は予想に難くない。

 そして、死の宣告とも取れる残酷な神託が下った。

 

 藤森水都は嘆いた。

 

 分かっていた。私達の御役目はそう言うもの(・・・・・・)なんだって……

 抗った先にあるのは、自分も友も例外なき死。今日この日、私達の命も御役目も終わってしまう。それは確定事項で、これ以上の抵抗はきっと出来ない。

 

 私達は御役目を全うしたのだ。

 

 誇るべき事だ。

 きっと、誰かが覚えていてくれる。

 

 分かっている。

 それでも……

 

 誰かにこの声が届いてくれたなら、そんな願いをかけた。

 

「誰か、助けて……」

 

 

 

 

 

 

 四国を目指した日々と、四国で重ねた日々。

 この二つはまるで別物で、どちらかが夢だと言われても信じられるほどに違うものだった。

 そんな今、早くも香川での生活を始めてから一か月が経とうとしていた。

 

「ふっ!はぁっ!」

 

 朝露の中で、白い空気をスッと切り裂くこの感覚は久しぶりだ。

 この三年間は、鍛錬なんてやってる暇があったらバーテックスの肉と骨と切っていたから。敵の絡まない純粋な鍛錬は心地が良い。只々自分の技を磨くこの時間は得難いものだ。

 しかし、一度目の前に我が仇敵たる化物を仮想すれば脇構えから一閃。

 

「ッ!」

 

 口から吐いたのは音もなく鋭い気合い。

 木刀を振り出す動作、体全体の連動はまるで陽炎の如く揺れて、霞む程に早い。この速度の剣は俺が『黒の剣士』を完全に宿した時、つまりは命をかけた殺し合いをする場合にのみ出す事が出来る。

 生物の限界を超えた速度で繰り出す神速の連撃。

 これこそが俺の抱く至高の剣であり、三年間に渡ってバーテックスを屠り続けた英雄の絶技だ。この剣技はこの世界の誰にも真似できない、俺だけのものだと自負できる。

 

「……本当、不気味な程に平和だな」

 

 まるで、この瞬間も何処かで誰かが時間稼ぎをしているような、そんな静けさを帯びた空気だった。

 こんな時間はついつい、この三年間の旅を思い出してしまう。その中でも特に印象的だった部分が脳内でフラッシュバックしていた。

 

「そう言えば、歌野に水都は元気にしてるかな?」

 

 三年の時をかけた苦難の旅。その全てに置いて俺は一度も敗北もなく戦い抜いた訳だが、一度だけ相打ちの形で死にかけた事があった。体中が上げてはいけない音を立てていて、意識も鈍痛に刈り取られそうになった。

 それでも一度として倒れる事をしなかった俺を助けたのが、長野の勇者である白鳥歌野だった。

 

 東京に向かうまでの三十五箇所の中継地点は例外なく一時的な物で、あくまで俺達が休息を取るためだけの場所だった。しかし、一つだけ例外があった。それが、長野県の諏訪湖を中心とした大結界だった。

 それまでの張りぼてとは違い、継続的な防衛と生存を主な目的とした結界。中にはしっかりと自足できるだけの野菜や食料があり、ちゃんと人々が住まいを作ってそこで生活していた。

 そこをバーテックスから守護していた勇者が白鳥歌野であり、そのサポート役たる巫女が藤森水都だった。

 

 彼女達は死にかけの俺を助けてくれただけでなく、ごく少数ではあるものの避難民の一部まで受け入れてくれた。尤も、殆どの人達は俺を「放っておけない」だの「一生付いていく」だのと言って四国まで同道してくれたのだが……

 まあ、それは置いておいて。話を戻すが、俺が長い旅の中で唯一の安寧を得られたのが、長野での一か月だった。

 

 歌野が育てた新鮮な野菜料理と、本場の蕎麦は心にも体にも沁みた。戦い続きの緊張感と避難民への気遣いとの板挟みで大分やばい精神状態だった俺を励まし、鼓舞してくれたのも歌野と水都だった。

 

「また会いたいな」

 

 それは切実な願いだった。

 

 ――誰か、助けて――

 

 まるで反応したかのように涼やかな風に連れられて、それは俺の頭へと響いた。

 

「え?」

 

 それは切実な声だった。

 知っている声音だった。俺はそれを何度も聞いたから知っている。命の危機、残酷な運命に抗い続けた者が最後に響かせる儚い一言。殆どの場合、それは誰の耳にも届かない。

 

 だが、届いてしまった。

 

 切実に助けを求める声が、命の有らん限りで紡いだ精一杯の慟哭が。幻聴な訳がない。

 一年と半分の月日が経っても聞き間違える訳がない。

 

「っ!この声、間違いない。水都か!?」

 

 思わず叫んでしまった。

 けれど、周りの事など気にする余裕はなかった。

 

 ――え、まさか……キリトさん?――

 

 俺の声が届いたのか、頭の中に返答の声が聞こえた。それに安堵するのも束の間、俺は必死に捲し立てた。

 

「ああ、久しぶり。だけど、今の言葉……」

 

 どういう意味だ?と聞こうとして、それを水都の声が遮った。

 

 ――い、いや!何でもないよ!それよりも凄いね。こんな事ってあるんだ――

 

 はぐらかすような水都の言葉に訝りつつも話を合わせる。

 

「え?あぁ、確かに……若葉と歌野は頻繁に連絡取り合ってるみたいだけど……勇者と巫女だから不思議でもないのか?」

 

 神樹様の力は極めて特殊で、電話回線なんて通ってないはずの長野と四国を勇者通信という名のチャンネルで繋げている。

 もしかしたら、今俺と水都が話しているのもそれに関係する力のお陰なのかもしれない。

 

「いや、今はそんな事はどうでもよくて……」

 

 続きを言おうとした時、頭の中に聞こえているはずの水都の声に急にノイズが入り始めた。

 

「待ってくれ!まだ――」

 

 肝心な事が聞けていない。

 にも関わらず、その交信は無情にも閉じた。

 

 最後にノイズの中で聞こえた水都の言葉は――

 

『ごめん』

 

 と……

 

『ありがとう』

 

 だった。

 

 

 

 

 

 

 きっとこれは最後の夕日になるんだろうなって思う。

 大規模な襲撃から一日と時をおかずに、追い打ちをかけるようにバーテックスの大群が諏訪の結界を取り囲んだ。袋の鼠もいい所で、もはや戦った所で意味がないとすら思える。

 

 それでも、白鳥歌野は最期の最後まで戦い抜く。

 怖くても、痛くても、勇者として、人として戦って死ぬ。

 

 何も無駄じゃなかった。

 

 今も私の最期の生き様を親友が見てくれてる。

 

「そう言えば、みーちゃんが今日の朝。キリトと話せたって喜んでたっけ……」

 

 通信でしか話した事がない若葉を除けば、自身の唯一と言っていい勇者友達。一年と半年前、結界の外で瀕死の彼女を見つけた時は血の気が引いた。でも、彼女と過ごした一か月は刺激的だった。三年間も人々を先導しながらバーテックスの蠢く地を踏破する。それは並大抵の事じゃない。守護するだけで手一杯な自分とは違って、きっとストイックで鬼神みたいに厳格な人だと最初は思っていた。

 だけど、違った。

 その人は誰よりもナイーブで、脆くて、弱々しいただの子供だった。怖くても必死に戦って、心を擦り減らしてでも笑顔を振りまいて、それは私と似ているようで全然違う。

 屈託なく笑う表情に私やみーちゃんまで笑顔になれた。

 あの子が今も四国で頑張っているなら、私のした事にもきっと意味がある。

 

「あーあ、私も最後に話したかったなー」

 

 でも、仕方がない。みーちゃんが話してくれたなら、実質私も挨拶できたようなものだ。

 みーちゃんと私は一心同体、それくらいの深い絆で結ばれている。

 

「サンキュー、元気でね」

 

 また会えたなら、今度また一緒に野菜を育てよう。

 そう心の中で約束して、私は無数のバーテックスへと向かっていった。




白鳥歌野は良いぞ(当たり前)
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