結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第六話:心の内

 

 諏訪の現状は若葉や、救援に来たキリトでさえも想像を絶する程に酷い物だった。

 これまで諏訪の人々を守っていた御柱が、既に上社本宮を中心とする一体を残して全て破損している事。近々、前回と今回と同規模の大規模侵攻がまた訪れる事。

 キリトの救援によって一時の存命は叶ったが、結局退路は塞がれどうにもならない現実は変わらない。

 

「……以上が、諏訪の状況です」

 

『そんな……』

 

 空気が重苦しい。

 何をどうすれば事を解決できるのか分からない。それは若葉も、この場に居るキリトも同じだった。そうして建設的な話し合いも出来ないまま時間が過ぎて、通信機にノイズが走り始めた。

 

「……時間ですね」

 

 勇者通信は非常に不安定な回線で成り立っている事から、長時間続けるとこうして強制的に断たれてしまう。

 

『何も力になれず、すまない。こちらでも打開策を練ってみる』

 

「分かりました。では、また――」

 

 通信が切れる。

 緊張の糸が切れたのか、歌野はぐっと体を伸ばして脱力した。

 

「はぁ、やんなっちゃうわね。本当に……」

 

「お疲れ様。そして歌野、俺に出来る事があれば何でもする。だから絶対に――」

 

「諦めるな。でしょ?分かってるわよ。いずれ死ぬにしたって、しぶとく最後まで足掻くぐらいの意地はあるわ」

 

 豪快に笑って見せる歌野に、キリトも表情を緩めた。

 現状は八方塞がりで、生存すら絶望的な事には変わりないが可能性がゼロになった訳じゃない。生きている限り、決して未来は終わらない。

 

「そうか、聞くまでもなかったな。……とはいえ、まずは傷の手当てからだ」

 

 帰って来てから上社本宮のこの参集殿に直行してきた為、まだロクな手当ても出来ていない。

 

「あー、ごめん、私もう動けない。医務室に救急キットあるから取ってきてくれる?」

 

「あの、こっちも傷だらけなの忘れてないデスカ?……まあ、別にいいけど……医務室だったか?」

 

 勇者として鍛え、神樹の加護によって多少は常人より頑丈とは言っても、歌野の傷は本来なら病院ですぐに治療を受けるべきものだ。

 本人はヘラヘラと笑っているが、体中激痛で立つ事もままならない状態なのは疑いようもない。

 

「そう、場所は分かる?」

 

「前来た時に一度世話になったし、何となくだけど覚えてるよ。それじゃあ、行ってくる」

 

 返答して参集殿を後にする。

 一年前に諏訪に滞在した時の記憶を頼りに本社を進んで医務室を目指す。外はもう暗くて、先程までバーテックスと死闘を繰り広げていたとは思えない静けさが上社本宮を包んでいる。

 その夜の闇すら、あの戦いの後では心地よい。

 

「医務室、医務室っと……お、ここだな」

 

 それらしき部屋を見つけて入るとビンゴ。

 部屋内にはベッドに簡易的な薬や治療器具などが揃っていた。俺はその中から、デスクの上に分かりやすく置かれている『緊急時用』と書いた医療キットを持って部屋を出る。

 参集殿に戻るとそこには歌野が寝そべって待っていた。

 

「お待たせ」

 

「ありがとう。キリトも重傷なのにコキ使ってごめんね?」

 

「気にする事ないよ。今回の戦いで一番頑張ったのは、間違いなく歌野だし」

 

 最後に駆けつけ決まり手を演じたのは俺でも、それまでの数時間に渡ってこの世界を守り切ったのは歌野だ。彼女の不屈の闘志と強靭な戦闘技術の両方があったから間に合った。俺が同じ事を真似しろと言われても、正直いって出来るかどうか分からない。

 

「イチチ、流石に今回のは堪えたなぁ」

 

 上体を起こして、歌野は戦闘着を脱ぎ始める。

 

「あ、ちょっと待った!」

 

 慌てて制止すると歌野は疑問符を浮かべてこちらを見た。

 

「俺、外に出てるから……終わったら呼んでくれ」

 

「ワッツ?何でキリトが外に出る必要があるの?別に女同士なんだし……あぁ、そういう事ね」

 

 何か思い出し納得した歌野。

 

混ざってる(・・・・・)んだっけ?向こう側のあなたの人格ってやつと」

 

 歌野の回答に首肯する。

 

「うん、だからさ。はは……」

 

 乾いた笑いがこぼれる。

 三年前に勇者になって以降、俺という存在はあらゆる意味で『黒の剣士』と同化してしまった。

 記憶もそうだが、精神性や存在意義、セルフイメージと呼ばれる自己を形成する部分にまでその影響が出ているのだ。分かりやすく例えるなら、桐ヶ谷和葉の肉体にそのまま『キリト』がダイブしている感じ。

 けれど、自意識そのものは間違いなくこちら側の俺のままだから奇妙な物だ。

 

 ここまで長ったらしく説明したけど、簡潔に言うなら同性であるはずの女の子に対して免疫が低くなってしまったのだ。

 

 剣士として強く、遥か高みに段飛ばしした代償がまさかのこれとは笑い話にもならない。しかし、三年前より以前は『黒の剣士』の記憶を持つだけの普通の女の子だったとだけ弁明しておこうと思う。

 

「あなたも大変ねー。でも、それだと困ったわね。一人だと難しい所とかは、キリトに手伝ってもらおうと思ってたんだけど……」

 

「勘弁してくれ」

 

 無理な事はないけど、そんな誠実さに欠ける行為はあまりしたくない。

 

「……ねぇ、私は気にしないからやっぱり手伝ってくれない?」

 

「いや話し聞いてました?」

 

 何を言い出すかと思えば、そんな事を言い出した歌野に驚愕する。

 

「聞いてたわよ。別にいいじゃない、仮に中身はボーイでも外見はこんなに可愛らしいガールなんでしょ?」

 

「だからって……」

 

 それから議論を重ねるも歌野は怪我人で手当てするにも一人じゃ難しいのは事実。俺の抗議はなし崩しに突破され、最後には渋々オッケーする事になった。

 

「はい、腕とかは自分でやるから見えない所はお願い」

 

 戦闘着を脱いだ歌野を背中ごしに見て、俺は恥じらう前に息をのんだ。

 白い肌の至る所には大小さまざまな傷があって、中には薄くではあるものの痣や過去の戦いの傷跡が見受けられた。その剥き出しの背中を見るだけで、これまで彼女がどれ程にきつい戦いに身を晒して来たのか実感させられる。

 

「驚いた?これでも歌野さんは、この諏訪を三年間守ってきた勇者なのよ?」

 

 まるで名誉の負傷とでも言うように胸を張る。

 けれど、そんな歌野の言葉の端に垣間見える強張りを俺は見逃さなかった。

 

「うん、驚いた。歌野は凄いよ。本当に……頑張ったな」

 

 蝶や花よりも丁重にその背中に触れる。

 

「でも、ちょっと頑張り過ぎかな?」

 

「え?」

 

 そう、白鳥歌野が勇者然とし勇者足り得たのはこの精神性があったからだ。でも、俺は知っている。歌野だって普通の人間で、人並みに恐怖や葛藤と戦いながら必死に生きている事を……。

 

「歌野。君は、俺なんか比べものにならないくらいに"立派な勇者"だよ。でも、きっとそれは君の全てじゃない。怒って、泣いて、そして親友(水都)と笑い合う多くの普通が君の中にあって、勇者としての君はその一部でしかないんだ」

 

 同じ運命を背負い、同じだけの時間を戦ってきたからこそ分かる事だってある。

 

「俺だって同じだった。いつも皆の前では頼れる勇者であろうと、柄にもない『勇者像』を貼り付けて肩肘張り続けてた。そんな今にも切れそうだった糸を解してくれたのが、歌野や水都だったんだ。俺は歌野達から受けた恩を返したい。だから、俺の前でだけは強がらなくて良いんだ」

 

 勇者なら誰しも、過去から続く"普通の自分"と"勇者としての自分"の二面性が存在する。

 丸裸の精神ではバーテックスとは戦えない。だから勇者は、自分に理想とする『勇者像』を投影する。または、元からそういった精神性を持っている類い稀な人間が勇者に選ばれる。

 俺と歌野は前者だ。

 同じではないけど、全てが違う訳でもない。

 

 死と隣り合わせの極限状態だけが人の本質とは限らない。

 飾らない普段こそが、その人の本当の姿なんだ。

 

「………………『日常』を守りたかった」

 

 歌野の体に薬を塗って、包帯を巻いてしばらくの時間が経った。

 ふとした時に彼女はポツリポツリと話し始めた。

 

「怖いよ。本当は、今にも逃げ出したいくらい。恐怖で震えて、眠れない事だってしょっちゅうあったわ。けどね、そうやって震えてる間に目の前で人が死ぬのは絶対に嫌。未来に誰の心にも残れず、最期に誰かを想う事すら出来ない。そんなの、私には耐えられない」

 

 戦い続ける限り、最後には誰かの記憶の中でその人は生き続ける。

 死ぬのが怖くない人間なんて居ない。それは弱さではなく当然の感情で、その上で恐怖と戦いながら前を向ける人間こそが白鳥歌野という少女なんだ。

 

「そうだな」

 

 俺に出来るのは只彼女の心からの言葉を肯定し、受け入れる事だけだ。

 

「内容は二人の秘密だから教えられないけど、みーちゃんと大切な約束をしたんだ。それを叶えるまで、私は死んでも諦めない」

 

 浮かんだ恐怖の色から一転、太陽のように輝く光へと変わる。

 そのタイミングで歌野は話を切った。そこで丁度、手当ても終わった。

 

「……ありがとう、助かったわ。色々とね」

 

「ああ、お安い御用さ」

 

 服を着直した歌野がこちらに向き直る。そして、悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。

 

「よし!それじゃあ、次はキリトの番ね!」

 

「え?」

 

 イイ感じに話しが終わった所に放たれたのはそんな言葉だった。

 

「俺は別に良いよ。一人で出来るから……」

 

「やってもらったのにお返ししないのは勇者の名折れよ!ほらほらぁ、遠慮してないで!」

 

「いや、本当に大丈夫だから!待って、歌野さん!?頼むから俺の話を聞いて――」

 

 その後の抵抗も虚しく、結局俺は歌野の手によって手当てされてしまったのだった。

 

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