結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第五話:大赦

 

 戦闘終了からすぐに園子、銀、須美の三人とは別れ、大赦を名乗る者たち数人によって俺は彼らの管理する施設に通された。そして、応接室であろう部屋に待機すること数分……出されたお茶が丁度冷めるくらいの頃合いで、扉が開きさっきぶりの眼鏡をした女性が入ってきた。

 

「お待たせしました。黒の剣士様」

 

「あぁ、いえ……」

 

 居心地悪そうにそう返す。

 平身低頭(へいしんていとう)を絵に描いたように礼儀正しく、目上どころか神とでも話すような様子で言われれば、そんな返事にもなるだろう。

 

「改めて、私は勇者達の監督役を勤めている安芸(あき)と申します。まず、すぐに迎えの者を寄越さず、突然戦闘に巻き込んでしまった事を心から謝罪いたします」

 

 深々と頭を下げられて、俺は慌てて首と手を振った。

 

「あ、いや、頭を上げてくれ!別に安芸さんが謝る事じゃないだろ?確かに路頭には迷ったし、いきなりの戦闘には戸惑ったけど、結果的には誰も死なずに切り抜けられたんだ。俺はそれだけで十分だよ」

 

 命よりも大切な物など存在しない。

 『誰も死なずに撃破』これこそがSAOでのフロアボス戦における最優先事項だったように、彼女の言った様な事は俺からすれば些事だった。それに、状況からして即時戦闘っていうのも予想していなかった訳じゃない。

 

「お心遣い、痛み入ります」

 

 彼女はようやく頭を上げた。それを見て、俺は気を取り直して話を進める。

 

「それよりも、この状況について説明してくれるとありがたいんだけど……主に、この体の事とかさ」

 

「はい。我々の伝えられる可能な限りの情報は、貴方様に伝えるように仰せつかっております」

 

 それからの話は、彼女からこの世界についての知識を貰うという形で一方通行に進んだ。

 

 まずは、この世界の事……主に、勇者、バーテックス、お役目、その予想を遥かに越えた内容の膨大さに、俺は思考を整理するので精一杯だった。

 

 約三○○年も前にバーテックスの侵攻によってこの世界が一度滅び、神の集合体である神樹によって四国だけが結界によって守られたこと。

 勇者と呼ばれる者達が、バーテックスの攻撃から世界を守り続けてきた歴史。

 そのどれもがスケールの大きな話で、俺はまるでもう一つのアンダーワールドでも見ているような気分になった。

 

 いや、それは当たり前だ。ここは人の手によって創造された仮想世界ではなく、純粋な歴史を辿ってきた現実なんだから。

 

 それに、これらの事は大赦の中でも一部の者しか知らない事であり、現に戦っている当代の勇者三人にすらも、一般常識と同じく外界は"ウイルス"によって破壊されたと認識している。

 

 

 ここまでの話でも、俺はこの世界に……否、この大赦という組織に対して狂気的なまで不気味さを感じずにはいられなかった。

 

 世界の為、不特定多数の生存の為に、未だ幼い彼女達のような少女を犠牲にして成り立つ仮初の平和。

 それはまるで、プロジェクトアリシゼーションに置ける、何万という人工フラクトライトを犠牲にする行為に限りなく近いように思えた。

 

 戦闘中は考えないようにしていた。

 一瞬でも剣が鈍れば、俺だけじゃなく三人まで危険に晒すことになるからだ。それが今になって、重たい現実となって目の前には現れた。

 

 どうしようもない理不尽、あのソードアート・オンラインですら最後まで違う事なかったフェアネスルールは、残念ながらこの世界には存在しない。だからこそ、誰にぶつける事も出来ない憤りを飲み込むしかなかった。

 

「貴方様がこんな姿になってしまったのも、勇者は無垢な少女しかなる事が出来ない存在だからです」

 

 無垢な少女、か。それなら確かにあの三人は当てはまる。(けが)れを知らず、清廉潔白(せいれんけっぱく)、いつの時代も残酷な運命に巻き込まれるのは決まってそんな罪のない人達ばかりだ。

 

 そういう背景があるなら、俺のこの姿にも幾分か説明が付く。元の俺は純粋と言うにはあまりにも汚れ過ぎている。正義の勇者になんてなれそうもないし、なりたいとも思わない。

 だからって、性別ごと変えるのはやめて欲しいが……

 

「この世界の事については分かった。俺の事をあんたらが知っていたのは、その神樹様からの神託のお陰って事なんだな?」

 

 俺の事を『英雄』や『黒の剣士』と呼ぶのは、SAO事件やアンダーワールドでの一連の出来事を知る者だけだ。つまり、彼らは俺のこれまでの戦いを知っている事になる。

 

「おっしゃる通りです。本来、神樹様の神託が文字や言葉といった明確な形で告げられる事は殆どありません。しかし、貴方様に関する内容だけは、複数の巫女を通じて事細かに私達に伝えられました。貴方様が別世界から来た存在であり、向こうの世界では何千、何万の人を救った英雄である事も……」

 

「だから、そんなかしこまった口調なのか?」

 

「はい。神樹様を信仰する我々にとって、御遣わされた存在である貴方様もまた一種の神のようなものなのです」

 

 『英雄』や『黒の剣士』っていうのはむずがゆくてあまり好きな呼び名じゃない。ましてや神などと呼称されるのは、不本意極まりない訳だ。

 やはり、ここは訂正しておこう。

 

「うーん、悪いんだけど……その黒の剣士とか、英雄様って呼ぶのはやめてもらえないか?口調も、もっと砕けた感じでさ。明らかに俺よりも安芸さんの方が年上だろうし、そういう風な扱いを受けるのはあまり好きじゃないんだ」

 

 普通に名前で呼んでほしい。

 この歳あんなこっぱずかしい名前を連呼されるのはお断りしたい。

 

「そうですか。……分かりました。それなら、これからは桐ヶ谷さんと呼ばせてもらうわね」

 

「ああ、そうしてくれると助かる。じゃあ次は、俺の今後について……主に住む場所とかなんだけど」

 

 随分と長くなってしまったが、これが一番の問題点だ。

 見知らぬ異世界に俺の衣食住など確立されている訳もなく、健康的な生活以前に寝床すらないのは死活問題である。

 

「ふふ、大丈夫よ。桐ヶ谷さんの住む場所と、これからの行動方針についてはもう決めてあるから」

 

 それなら一安心だ。

 目先の問題はこれでクリア、後はバーテックスとの戦いの日々に突入するのだろうと俺は思っていた。その日は大赦の施設で寝泊まりし、自由に動けるようになったのは――翌日の事だった。

 

 

 

 

 それが昨日の事だ。

 今は大赦に許可をもらって街を散策中である。

 

 

 自由に動けるようになったのは良い物の、現状やる事がある訳じゃない。

 それなら、大赦が用意してくれるという新たなマイホームでも見に行きたい所だが、それも何やら夕方まで待って欲しいそうだ。

 

 大赦の施設内で過ごすも、外に出るも良し、指定の時間にまた大赦本部に戻ってきてくれとだけ伝えられて今に至る。

 

「散策するって言っても、街並みなんかは普通の現代日本なんだよな……」

 

 世界観こそぶっ飛んではいるが、普段は日本の町並みがそこにあるだけなのだ。自身の住んでいた東京と比べれば田舎かもしれないけど、歩くだけで劇的な面白さがあったVRMMOやアンダーワールドとは訳が違う。

 

「いっその事、ゲーセンにでも行くか?」

 

 持たされた小遣いはそれなりに多く、ちょっと時間を潰すのに事欠かないくらいはある。

 

「……いや、それよりも行くべき場所があったな」

 

 頭を振って、邪魔な思考を外に追い出した。

 この世界において、樹海以外に非現実的な場所が一つだけある。

 瀬戸大橋……厳密に言うとその向こう側だ。

 

 バーテックスによって死の世界と化した本州と、この四国を隔てる壁。距離的には、ここからだとそれなりの遠さだが、時間を潰すにはむしろ持って来いだろう。

 スマホを起動して地図アプリを立ち上げると、場所を確認して歩き出す。

 

 

 

 昨日、与えられた情報を一晩使って整理して見たが、俺は大赦の語った内容を全て信じたわけじゃない。

 

 実際にこの目で見なければ分からない事もあるし、それ以上にあの話の中には意図的に伏せられている部分が幾つかある。

 特に『勇者システム』や未だに謎の多い『天の神』、この二つに付いては詳しく聞いてもはぐらかされるばかりで答えてはくれなかった。

 

 伝えられる可能な限りの情報、つまりは可能じゃない(・・・・・・)情報も存在するという風に取れる。これだけならくだらない言葉遊びだが、それでもああいう手合いは平然とそういう事をやりかねない。

 

 その上で、後になって問い詰めれば「嘘は付いていない」なんて白々しい顔をするのだ。何処かのQカスみたいに……

 

 とはいえ、それは大赦という組織全体を見た時の話で、安芸先生という個人に関してはそれなりに信用の置ける人だと思っている。

 彼女の園子たち勇者を見る目は、愛しい教え子に向ける真心と愛情を内包したものだった。そんな目を出来る人が、騙すような真似を無感情に良しとしているとは思えない。

 

「答えられない理由には察しが付く。だから、自分で確かめるんだ」

 

 

 

 

 歩くこと一時間以上、俺の足は目的の瀬戸大橋の傍にまで来ていた。

 

 一応最寄り駅から直通のバスや乗り合いタクシーなんかも出ていたのだが、これがもう本数が少ないのなんので、間が悪く次の到着が三時間後と来た。

 都会っ子の俺には、交通の便だけでも四苦八苦する要素になり得る。

 

 

 そんな訳で暇潰しも兼ねてわざわざ歩いて来たのだが、本題は(くだん)の瀬戸大橋とその向こうだ。

 

 何度見ても奇妙な様相をしている上に、その向こう側には未知の脅威が今も渦巻いているかもしれない。そう考えるだけで、果たしてこの景色が世界の本当の姿なのか疑ってしまいそうになる。

 

「確かめるには、向こう側に渡って壁を越えるしかない。それをするにはこれ(・・)を使うしかないんだけど……でもこれ、あまり戦い以外で使いたくないんだよな」

 

 スマホに映る勇者アプリを見つめながら独り語ちる。

 瀬戸大橋は厳重に封鎖されており、生身で渡る事は出来ない。勇者の力を使えば、それこそ一跳びで向こう側に行く事が出来るだろうけど、戦闘行為以外でこれを乱用する様な事は個人的にもあまりしたくない。

 

 更に言えば……今の俺が動いた所、どうする事も出来ないだろう。

 せめて、心意や神聖術といった全ての力が使えて、万全に戦える状態であれば話は別なんだが……

 

「この有様じゃ、ただの無い物ねだりか……」

 

 女体化した自身の体を見てため息をつく。

 そもそも今の俺程度の力でどうにかなるなら、それこそ先代の勇者が既にどうにかしているはずだ。

 

 ここまで、"三○○年"もの月日を掛けてもどうにも出来なかったんだ。それだけ、相手は規格外の存在なのだ。

 それこそ、今まで俺が相手したどんな敵よりも強大であると考えた方がいい。

 

 こうして、遠くにでも直に見れば感じられる事は多い。

 『心意の(かいな)』をそっと伸ばすように、壁という名の結界に意識を向ければ、その先が如何に恐ろしく、絶望的な死の心意に支配されているかは容易に感じ取れる。

 

「あの向こうには一体何があるんだろうな。アンダーワールドの、果ての山脈を越えた先みたいに、ダークテリトリーのような別世界でも広がっているのか……或いは……」

 

 全ては推測の域を出ず、現状ではそれを確認する事も出来ない。

 仮に、今俺があの壁の向こうで『天の神』なるものと対峙した所で、勝つことはおろか眼前に立つ事すら出来ないだろう。

 この世界の事を理解して、力を付ける必要がある。せめて、『夜空の剣』と『蒼薔薇の剣』が戻ってくるまでは、あの先に行くのは止めておこう。

 

 そう結論付けて、それらの思考を一旦引き出しにしまい込んだ、

 

「よし、ちょっと遅いけど、駅前への戻りがてら昼飯にでもするか!」

 

 昨日から張りつめていた事もあって、急激にお腹が空いた。

 こういう時はまずは腹ごしらえ、腹が減っては戦は出来ないっていうし、それに時間も丁度いい頃合いになるはずだ。

 そう考えて、俺は大橋と壁に背を向けて町の方へと歩き出した。

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