結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第九話:友達として

 熾烈を極めた戦いの翌朝。

 朝露や木漏れ日の心地良い諏訪の地の朝に、キリトは畑で鍬を振っていた。

 

「なぁ、歌野さんや。どうして俺達は運命の日、当日の朝っぱらから呑気に畑作業に没頭しているのでしょうか?」

 

「悩んでいる時は、体を動かすのがベストだからよ!……何があったのか知らないけど、朝の様子を見たら何かあった事くらい私にも分かるわ」

 

 昨晩の記憶欠損の事もあって、キリトの気分は朝になっても優れないままだった。それに気付いた歌野が、こうして朝一の農作業にキリトを誘ったのだ。

 

「気付いてたのか」

 

 この場で誤魔化しても無駄だと判断して、キリトは歌野の言葉を特に否定しなかった。

 

「……昨日の夜、切り札の副作用が来たんだ。それで朝はちょっとまいっちゃってて……」

 

 記憶の事までは話さないが、それだけで歌野は何かしらを察したのか特に追求はしなかった。

 

「戦いが終わった後、頭押さえてたけどあれだけじゃ無かったのね」

 

 キリトの体に宿る『黒の剣士』の記憶と力が引き起こす、イレギュラーな変身と切り札。

 実際の所、本人もその全てを理解できる訳じゃない。何故自分だけが他の勇者とは違った形で力を請け負ったのか、そもそもどうして『黒の剣士』の記憶と力が自分に宿ったのか……それらは釈然とせず、分かっているのは切り札を使えば記憶を失うという事実だけ。

 

「とは言え、確かにッ!これは良いな」

 

 鍬を振り上げ、降ろして、この動作を繰り返す。

 タダの単純作業のように見えて、これが上半身から腰にかけて中々にくる。剣を振る時とはまた違った部分が鍛えられる。根っからの都会っ子なのもあって、畑を耕した事なんて今まで無かったけど成程、良い汗とはこの事を言うのだろう。

 沈んだ気分も夏の快晴の下で、時折吹く諏訪の風に流されていく。

 

「ふふん!キリトも遂に気付いてしまったようね!農業の素晴らしさに!!」

 

「うん、何だか……こうして汗水流して育てた作物が、いずれは自分達の血や肉になるって思うと感慨深いものがあるよ」

 

 育て、収穫し、食す。

 このサイクルは誰でも当たり前に知っているものであるが、実際に育てる側に回ると見え方も変わってくる。

 

「それだけに悔しい。どう転んでも、結局この地を守り抜く事は出来ないから……」

 

 逃げるにしても、徹底抗戦にしても、どちらを取っても結局この諏訪の地を未来永劫に守護する事は不可能だ。

 

「キリトがネガティブになる事ないわよ。元々この地と民を守るのは私の役目なのに、キリトは無理を通して駆けつけてくれた。それだけで、きっとこの子達もベリーハッピーに決まってるわ」

 

 揺らめく葉が風に揺れて音を鳴らす。

 植物や花にも魂や心があるならば、それはまさに祝福と言える合唱だ。ならば、俺にだってまだやれる事はあるってそう思えてくる。

 

「そうかな……。いや、そうだと良いな」

 

 昼下がりの陽光に目を細めて、天を仰ぐ。

 

「よし、あと少し頑張るか!」

 

 休憩も程々に気を取り直して農作業の続きを始めようと、鍬を持ち直す。しかし、そこに見知った声が響いた事でそれは中断される事となる。

 

「うたのん!キリトさん!」

 

 畑の外から名を呼ぶ声に、視線を向けるとそこには水都が居た。

 朝から上社に行っていたそうだが、ここに来たという事は恐らく"あれ"の結果が分かったのだろう。その予想通り、水都はそれを口にした。

 

「さっき、神託があった!神樹様が昨日の祈りに答えてくださったの!」

 

 まるで信じられない事でも起こったかのように表情は驚愕した。

 それは歌野も同じで、顔を見合わせると鍬を手頃な場所に立てかけて水都に駆け寄る。

 

「答えてくれたって事は……もしかして……」

 

 歌野の問いに、水都は頷く。

 

 昨日までの非情な対応から一転して、僅かでも光明が見出せたのは奇跡といっていい。

 神樹はそれ自体が一柱の神というよりも、どちらかと言えば数々の土地神が合わさって出来た一種の集合体らしい。故に定まった自意識はなく、世界と人を守り種という規模で守護、存続させる一つのシステムとも言える。

 だからこそ、今回のように一つ違えばその決定が一変する事もあり得る。

 祈りは無駄じゃなかった。

 

 

 

 

 畑仕事を一旦切り上げ、歌野の家に三人は集まっていた。

 

「お告げでは今日の夕刻から三日、その間だけ諏訪と四国の間に道を開くって……」

 

「三日か、結構ギリギリだな」

 

 これは一昼夜をかけた移動になりそうだ。

 壁の外ではいつバーテックスに襲われてもおかしくない。死と隣り合わせのストレスを考えれば、困難を極める旅になるのは間違いない。

 

「でも、確実にホープが見えてきた。パーフェクトに私達が皆を守り切れば、全員で生き延びる事だって出来る!」

 

 歌野の言う通り、状況は間違いなく好転している。

 これまでは限りなくゼロだった可能性が、希望のある数字へと変わった。悲観する事なんて一つもない。この地の人々には、勇者と巫女にはまだ道がある。道が半ばで途絶えているかは進まなければ分からないのだから。

 

「諏訪の人達への説明も一刻も早くする必要があるな。夕刻までとなると、皆を説得しきれるかは五分と五分って所か……」

 

 この世界の人々に三年前の悲劇が与えた傷は大きい。

 空を見上げるのを恐れる人だって、四国では珍しくなかった。壁の外に飛び出して、四国を目指す。戦う勇者と導き手の巫女の負担もそうだが、住民のアフターケアやら説得の難しさもキリトは嫌という程知っていた。

 

「そっちは私に任せて。うたのんとキリトさんは、出発までに準備をお願い」

 

 そこに名乗り出たのは水都だった。

 

「みーちゃん……」

 

「私は導く事は出来ても戦う事できないから、道中は皆と一緒で二人に守ってもらう事になる。でも、私だって友達として二人の力になりたい。巫女としての責務以上に、友達として……」

 

 この状況で、勇者である二人はもちろん、巫女である水都にもこれ以上ない成長が求められている。

 全員が当事者で、関係のない人間なんて何処にも居ない。歌野の決意が固いように、傍でずっと戦いを見守ってきた水都だって同じだ。その本質は多くの人の為だとか、そう言った大義名分ではなく、偏に誰よりも大切な人の力になりたいというこれ一つに尽きる。

 

「分かった。そっちの事はお願いね、みーちゃん」

 

「うん、任せて。うたのん」

 

 キリトは二人の世界を見守った。

 記憶の中の自分と違って、この世界のキリトは今までずっと一人だった。それもあってか、信頼し合う二人の関係性が眩しく見えた。愛する人と手をつなぎ明日を目指す事の難しさを知っているからこそ、より一層に右の拳を強く握った。

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