もっと圧縮する努力しないと
「申し開きはあるか?」
「イエ、ナニモ……」
畳の上に正座させられ、目の前には仁王立ちの若葉が冷ややかな目でこちらを見下ろしていた。
体中傷だらけ、包帯やら、絆創膏やらが見え隠れする肌は道中の凄惨さを物語っている。だからといって、あの堅実真面目が服を着て歩いているような若葉を相手に、諏訪への独断専行の件を有耶無耶にしてしまう事は出来なかった。
「わ、若葉ちゃん。キリちゃんも反省してるみたいだし、それくらいに……」
この説教が始まって、逸二時間。
もはや指摘するべき内容も出尽くしただろうと俺も他の皆も思っているのだが、それでも若葉のお小言三昧は続く。さしもの友奈が助け舟を出したそれも、若葉は突っぱねた。
「友奈、お前は桐ヶ谷を甘やかしすぎだ。この前、こいつが昼寝で訓練をサボった時もそうだったが、もう我慢できん!」
どうやら怒りは収まらないらしい。
昼寝の件に関しては事実なのでこちらには反論の余地もない。
「桐ヶ谷!貴様は周囲に対して余りにも適当過ぎだ!通信でも言ったように、諏訪に救援に向かった事を責める気は無い。だが、置手紙で事後報告などされて、私達がどんな思いでお前が帰ってくるのを待っていたと思う?」
「それは……悪かったよ。でも、結界の外は危険地帯なんだ。そんな所に、俺のわがままで皆を連れていく訳には行かないだろ?」
「だとしても、やりようは他にもあったはずだ!」
別に皆を蔑ろにしたかった訳じゃない。
ただ行動を起こすなら俺自身の責任でどうにかしたかった。その結果がこの状況なのだが……
勿論、皆には何度も謝った。球子も、杏も、友奈も、千景……はどうか分からないけど、とにかく心配をかけた事には違いない。
「これ、いつまで続くのかな……」
「タマはもう腹が減ったぞー」
と、実際に説教が一通り終わったのは杏と球子の言葉が空腹を訴え出してから更に一時間後の事だった。
永遠に終わりそうにない事を見かねたひなたが、あくまで厳重注意という形で落としどころを作らなければ、今もお説教は続いていただろう。
「はぁ、やっと終わった」
こっちも傷に障るから早く寮の自室で休みたいのだが、その前にある人を訪ねる為に病院まで来ていた。
番号通りの病室の前まで来て、引き戸をノックすると中から「どうぞー」と返事が返ってきた。
「あら、キリトだったのね。こんばんは」
ベッド上で上半身だけ起こして視線をこちらに向けたのは、体の至る所を包帯やらで処置された歌野だった。
「様子だけ見ておこうと思ってな。怪我の調子はどうだ?」
一週間やそこらで完治すると言われた俺と違って、歌野の怪我はそれなりに深い物だった。
その理由は単純に最後の戦闘で一時的に孤立してしまった事など幾つか上げられるが、その中でも最も顕著だった事が体に溜まった疲労と傷の数だった。歌野は諏訪の勇者として、三年間に渡って一人で戦ってきた。つい先日には大規模侵攻を一人で食い止めたとも言っていた。
それから間もなく二度目の大規模侵攻が起こり、その翌日には四日かけた四国への旅。
彼女はこの一週間あまりをろくな休息もなく戦い続けていたのだ。
「んー、辛うじて腰から上は動くんだけど……足とかは無理、ビクともしないわ」
苦笑する彼女に、俺は何と言っていいのか分からず息を吐く事しか出来ない。
「そんな顔しないで。別に一生このままって訳じゃないし、時間はかかるけどちゃんと全部治るってドクターも言ってくれたわ。それに、私は諏訪の皆とみーちゃんが生きてるってだけで十分なの」
大社での報告やら何やらで大忙しの水都は今この場には居ない。
しかし、一切悲観する事はないと歌野は言う。
「一緒に戦えないのは残念だけど……私はやれるだけの事をフルフォースにやったと自信を持って言えるわ。だから、今はこんなでも、マイナスなエモーションなんて一つもない」
この体になってしまった以上、もう歌野は勇者として戦場に立つことは出来ない。
それ自体は俺も悲観する事じゃないと思う。何故なら、今歌野が言った通り彼女は勇者としてもう十分すぎる程に戦ったからだ。
「でも、あなたの戦いはまだ終わってないでしょう?キリト」
向けられた視線は強くて、真剣で、まるで心の内を覗かれているようだった。
「ああ、俺にはまだ"勇者"としてやり残した事が沢山ある。それを全て達成できるまでは、剣を取り続けるつもりだ」
東京から人々を三年かけて護衛し、諏訪の人々を救い、二つの大事を成したことは事実だ。だが、俺の中にある闘志は一切の衰えていない。この体と心が剣士として在り続ける限り、俺の戦いは終わらない。
「そう。それなら、気が済むまで進み続けなさい。きっと、その先に――」
少女の言葉が完全に形になる事はなかった。
戦いの音が響く。全ての時が止まり、世界そのものが変容する。四国全土が押し寄せる光の波に包まれる。
その日、三年の静寂を破り……樹海化が起こった。
■
極彩色の世界は、その全土が摩訶不思議な植物で形作られている。
現世の建物などの原形はなく、地形などの地表の隆起だけがその面影を思わせる。『樹海』は、神樹の作り出す対バーテックス用の迎撃手段の一つだ。神樹の結界に守られる四国だが、常に結界を強化し続けていては神樹側の力が先に尽きてしまう。
だからこそ、敢えてバーテックスを四国内部に招き入れるのだ。
結界の一部分だけを弱くして、そこから侵入したバーテックスを神樹の守り人たる勇者達で迎撃する。その際に、現実への被害を最小限に抑える為に成されるのがこの樹海化だ。
樹海化が発動している間、現世側の時間は止まり、バーテックスの攻撃によって直接的に人や建物が傷つけられる事はない。長く時間を掛け過ぎれば、戦いの影響が現実にも影響が出始めるのだが、それでもこの結界はバーテックスとの戦闘で無くてはならない。
樹海の幹の上を走る。
スマホには既に数キロ先のバーテックスの大群が映し出されており、目視でも八十体近いそれらを確認できる。同時に乃木達の位置も確認することが出来た。
やがて、瀬戸大橋に近い場所に若葉達を発見する。
「みんな!」
「桐ヶ谷……」
そこには五人全員が揃っており、若葉、高嶋、球子、千景の四人は既に変身していたが杏だけは丸亀城内の制服のままだった。
涙を浮かべ、恐怖に怯えるその姿を見て察してしまった。勇者になるには、安定した精神状況でなければならない。今の杏は正に、死への恐怖で精神が不安定な状態だ。
そうと分かれば、この場を包み込む微妙な空気の理由も分かる。
若葉は何を思ったのか、俺を一瞥した後、視線を迫りくるバーテックスの方へと移した。
「……私は先に行ってる。郡さん、さっきは生意気いってすみませんでした。確かに言葉ではなく行動で示すべきですね」
刀を手に跳躍した若葉が先頭のバーテックスと会敵する。
バーテックスを居合一閃で切り裂くその姿は、まさしく獅子奮迅と呼ぶに相応しい。
「勇者たちよ!私に続け!」
単騎で特攻し、バーテックスの大群と渡り合う姿に球子は言葉をこぼす。
「若葉の奴……すっごい……」
確かに若葉の戦いぶりは、俺の目から見ても凄まじい物だ。
俺が四国に初めて来た時と、昨日の歌野を交えた共闘、過去に二回若葉は既にバーテックスとの戦闘を経験しているがそれを差し引いても余りある戦闘能力だ。
「それじゃあ、私も行くよ!」
気合十分に若葉に続く友奈。
「あんずはここにいろ。あいつら全部倒して、戻ってくるから!」
球子も怯える杏にそう言い残して、バーテックスの先陣へと突入していった。その場に残ったのは怯える杏と、呆然としている千景。杏は明らかに怯えているが、千景は変身こそ出来ているものの明らかに戦意を喪失している。
仕方がない。
既に様々な理由から戦う事への決心がついている俺達と違って、杏も千景もこれが初めての戦闘になる。彼女達は戦う力を持っているだけの普通の女の子で、死ぬのが怖いのなんて当たり前だ。奮い立つには、覚悟を決めるには、それ以外の重要なピースが必ず必要となる。それは例えば、守りたい物とか――
「伊予島、郡」
言葉に二人が反応する。
俺は背中の二刀を抜くと、足に力を込めた。
「理由がないなら、無理に戦わなくたっていい。だけど、もしも何か大切な物が、譲れない物があるのなら、その時は目を背けるな」
戦うだけの理由があるなら、後は少しの勇気で踏み出せる。
誰にだって出来る事じゃない。俺だって、この同化した記憶と心がなければ折れていた。それでも、今こうして戦場に立つ事を選んでいるのは、守りたい人達が居るからだ。
「フッ!」
呼気と共に跳躍する。
数キロの距離を一秒もかからずにゼロに変え、押し寄せるバーテックスの大群に肉薄する。
「ゼェヤアアア"ッ!」
血の赤が刀身を揺らす。
▽二刀流8連撃技▽
ナイトメアレイン
振るわれる技は神速、切り払う異形は十体。
八連撃は十体のバーテックスを一瞬にして仕留め、更にそのバーテックスを足場にして跳躍する。
▽二刀流2連撃技▽
エンドリボルバー
エメラルドグリーンの回転斬りで全方向の敵を両断し、再度屍と化したバーテックスが消滅する前に足場に――
幾多の技を連続で繰り出し、その度に手近なバーテックスを蹴って高度を上げていく。やがて、その高さが勇者の跳躍ですら届かない位置にまで昇ると、下から押し寄せるバーテックスを見る。
▽二刀流2連撃技▽
モーメント・バイト
「シッ」
双蒼の一閃。
纏まった敵を落下の推進力を合わせたソードスキルで一息に切り裂く。進化体になられると厄介だが、通常個体なら個々単一はそこまでの脅威じゃない。特質すべきはその数だが、こっちは複数人のパーティーで対応している。見れば、杏や千景もそれぞれが戦場に出て戦っていた。
そんな中、残った数十体のバーテックスが一か所に集まり新たな形を形成し始める。
「やっぱり来るよな。進化体!」
通常個体と違い、進化体は高い殺傷性と防御力を持つ。
その脅威は比べ物にならず、如何に勇者であろうと討伐には命の危険を伴う。巨大な棒状に変化したバーテックスに、先制の矢を杏が連射する。これに対して、バーテックスは板状の組織を作り出し、矢を全て反射したのだ。
「まずい!杏!」
反射された矢はそのまま杏に返っていく。
それを寸前で珠子が防いだ。間一髪、今のを喰らっていたら致命傷は免れなかっただろう。ほっと胸を撫でおろすと、赤いシルエットが板状組織に激突する。
「勇者パァーーーーンチッ!!」
友奈だ。
神樹の力を宿す手甲の一撃でも、進化体バーテックスの固い外皮は破れない。
「一回でダメなら……十回、百回、千回だって叩き続ければいい!」
光が収束する。
山桜のような勇者装束が変化し、強く、鋭く、荒々しい異装が纏われる。神樹の内部にある概念的情報にアクセスし、精霊の力をその身に顕現させる。勇者の奥の手である『切り札』の使用によって友奈が降ろしたのは『一連目』。暴風を司る精霊が、友奈の拳に嵐の力が宿る。
「一千回、勇者……パーーーーンチ!!」
拳が高速で振り抜かれる。
ソードスキルにも劣らない速度と回転率の打撃の連打が、文字通り十を優に越えて百、一千の大台に乗ろうとした所でバーテックスの板状組織に亀裂が走る。
「ウオォォォオオオオッ!!」
一千回目の打撃が振り抜かれると、バーテックスの守りを遂に貫通した拳が進化体を穿った。
ここからのわゆ編本編へと入っていきます