勇者になるには、安定した精神でなければならない。
故に、彼女達は学業と訓練を両立する傍らで、通常の学校と同じように休日もしっかりとある。休日は勇者としての使命にも、学生としての責務にも縛られる事なく、各々が万別な楽しみ方をする。
それは千景も例外ではなく、彼女は一度目の戦闘から一週間後の土曜日。
つまり、初陣から一度目の休みに町でも一番大きなゲームセンターに来ていた。
「スコア……抜かれてないと良いけど……」
千景の休日のライフスタイルは、ゲーム一択である。
彼女は元来から超を越えて、廃に至るほどのゲーマーで、通常プレイは勿論の事、RPGに於いては初期装備のみを始めとする数多の縛りプレイを、FPSでは上位ランカーも驚く程のキルレートを、対戦格闘ゲームではゲームセンタートップの連勝数を誇る。他のジャンル、特にプレイヤー間でスコアを競い合うゲームのランキング一行目には常に『Cシャドウ』の名前があった。
そんな彼女はそんな事は有り得ないと確信しつつも、自身のスコアが抜かれていないかゲームセンターに確認に来ていた。
もし、仮に、そんな事が起こり得ていたなら今一度『Cシャドウ』の名で上回る為に……
「え、嘘!?」
思わず、驚きの声を上げた。
何事かと周囲の視線が集まるのを感じて、慌てて口元を押さえるが頭を埋め尽くす驚愕は計り知れない。
チェック三台目のシューティングゲーム。全部で十面のWAVEが存在し、次々と登場する的となる敵キャラを撃墜するシンプルなゲーム性のこれは、特に出現する的のランダム性と消滅の速さから反応の速度と正確さを伴った瞬発力が求められる。
どちらかと言えば、勇者である千景の得意なゲームジャンル。
しかし、その頂きには『Cシャドウ』ではなく――『ブラッキー』と呼ばれる新たな王者が座っていた。
「ブラッキー?そんなプレイヤー、つい先週まではランキングの末尾にも居なかった筈……」
千景は自分を越えうるプレイヤーの名前も当然チェックしている。だが、ブラッキーという名前のプレイヤーは彼女の知る限り見たことのないものだった。
「他の地域から移り住んできた新規?それにしても、このスコアは……」
そのゲーム性から全対応は不可能とまで言われているタイトルにも関わらず、ほぼオールパーフェクトのスコアを叩きだしている。
試しに他の筐体のランキングも確認するが、幾つかの台では一位を、その他でも二位はほぼ全て『ブラッキー』だった。
「こいつ、一体何者?いや、そんな事より……」
考えるのは後、今やるべき事は一つ。王座の奪還だ。
ここまでやられて、ゲーマー魂が燃えないはずがない。
「この程度でこの『Cシャドウ』に吠え面かかせたとは思わない事ね」
どんな青天井を叩きだそうが、私のやる事は一つ。更に上回り、格の違いを見せてやるだけだ。
そう思い、一つ目の台に財布から取り出した百円を入れようとした所で、その手が止まった。
「おい!あっちで『ブラッキー』が試合してるらしいぞ!」
「連勝記録目前だってな?もしかすると、あの『Cシャドウ』の記録を越えちまうんじゃないのか?」
通りがかった二名の客の興奮気味な声が聞こえてきた。
確かに彼らは言った『ブラッキー』と、そしてこうとも言っていた『Cシャドウ』の記録を越えると……
百円を財布に戻し、急いで筐体を後にする。
まさか、件の超新星がこの場に居るというのだ。休日なのもあって、平日よりも遭遇できる確率が高いとは言え幸運だ。
――どんな奴か、拝んでやろうじゃない。
歴戦の猛者然としたゲーマー像を思い浮かべて、千景はいざ格闘ゲームの筐体が立ち並ぶエリアへ。その中央にある対戦台には何人もの人が集まって、エレベーター前の巨大モニターには対戦画面が表示されていた。
片やこのゲームセンターで千景にも何度か勝ったことがある有数の実力者の名前が、片方には『ブラッキー』の名前があった。展開されるのは怒涛の攻めと、カウンターの精度で相手を封殺する試合だった。
「操作精度よりも、純粋な人間性能で勝負するタイプか。そりゃあ、強い訳ね」
モニターから目を外して、筐体の方へ目を向ける。
さてと、肝心なプレイヤーは……。しかし、次の瞬間、席に座る者の姿を見て千景は目を見開いた。
「……は?」
そこに座っていたのは自分と同じくらいの少女。
サラサラの黒い長髪に、すらりとした体系、誰が見ても分かる美少女。それだけでも驚くに値する情報だが、千景がここまで狼狽したのは単純にそこに居る人物の事を知っていたからだ。
「桐ヶ谷、さん?」
ヘッドホンを付け、真剣そのものな目で画面を見つめる少女は、服装こそ普段と違えど間違いなくキリトだった。
つまり、この事が意味するのは『ブラッキー』の正体が彼女であったという事なのだ。確かに、彼女がこの地に来たのは一か月前で、自分がプレイヤー名を知らなかった理由にも説明がつく。
とは言え、まさかこんな事あり得るのだろうか。
連勝数は脅威の86連勝。
Cシャドウが休みの日返上で死にそうな思いをしながら成し遂げた、123連勝にも届かんとする勢いだ。
もはや挑む者ですら完全にチャレンジャーの顔をしているし、ここまでの無双具合も容易に想像できる。対戦に並ぶ列は十人ほど、千景は迷わずその最後尾に付く。
「あなたの実力……私が直々に見てやるわ」
そこから一人、また一人と列の一番前が減っていく。
その尽くがボコボコにされて意気消沈としながら対戦台から去っていく。当然だ、負けた相手は幼気な少女なのだから……
その連勝数が『97』まで来た時、遂にその番が千景にやってくる。
「ふぅ……あと、27勝……」
などといって眉間を押さえる少女の肩を、千景が叩いた。
「あぁ、はい。次の人ですね。よろしくお願いしま……え?」
律儀にも挨拶に来た対戦相手だと思ったのか、キリトは見る者をときめかせそうな笑顔を浮かべてこちらを見た。
尤も、その表情は即座に困惑へと変わったのだが……
「絶好調のようね?ブラッキーさん」
いつも飄々としているキリトの困った顔を見て、気分を良くする。
「ち、チカ……!」
「本名で呼ぶな。ここじゃ……」
隣にある相手側の台に座り、百円を入れてプレイヤー情報が記録されたICカードをスキャンする。
そこには『Cシャドウ』と映し出された。現一位の登場にギャラリーは大盛り上がりだが、キリトはもはや形容しがたい表情を浮かべていた。
「Cシャドウよ」
この場では、勇者も学生もない。
教室では同じクラスの友でも、台の左右に座れば一対一の対戦者でしかないからだ。
キリトも動揺しつつも、ゲーム画面に視線を戻す。二人がステージを使用キャラを選んで、対戦の火蓋が切って落とされた。
■
夕日の指す道。
丸亀城の寮に戻る道を二人の少女が歩いていた。
「俺の、連勝記録が……」
「ふふ、良い気味ね」
げんなりするキリトに、上機嫌の千景。
あの後、対戦を始めたキリトと千景は一進一退の攻防とフルセットのゲームを繰り広げつつも、最終的にその勝負を制しリザルトに立っていたのは『Cシャドウ』こと千景の操るキャラだった。
これによって、キリトが同じく死ぬ気で積み上げた連勝記録はゲームセンター内で二位で止められた。
「『97』だったかしら?これまた随分と積み上げたモノよね。四から五時間くらいはかかったんじゃない?」
勝った者の気分はそれは良く、負けた者に反論の余地はない。
「お、大人げないと思わないのか!?あんなタイミングで登場して……」
「えぇ、そうね。ところで、負けた奴の言い訳って聞くに絶えないと、私は常々思うのだけれど……あなたはどう思う?」
「ああ、そうだな。次にチカっちが連勝記録狙う時は、列の最後尾に気を付けた方がいいぞ?」
バッチバチである。
千景からすれば、あのキリトにようやく吠え面かかせられたのだ。負けた時に椅子から転げ落ちたキリトの姿は本当に気分のいい物だった。
「……それにしても、チカっちがあの『Cシャドウ』だったなんてな」
キリトからすれば、登場のタイミングもそうだが『Cシャドウ』の正体が自らの校友にして、勇者として今も命懸けでバーテックスと戦う千景だった事の方が驚きだった。
「名前のモジりでCとシャドウか」
「そういうあなたは『ブラッキー』って……もうまんまじゃない」
確かにキリトは勇者装束から私服まで黒一色だが、それで『ブラッキー』と名付けたなら自身の『Cシャドウ』以上に安直だ。
ネットゲームの名前なんて本名のモジりとかイニシャルの組み合わせとか、安直な物が多いから分からなくはないが……
「……意外で言えば、あなたこそよ。まさか、あの桐ヶ谷さんがゲーム好きだとは思わなかったわ」
「これでもネットゲーマー歴はかなり長いんだぞ?まあ、それもバーテックスがこの世界に現れるまでの話だったから、確かに最近はやってなかったんだけど……」
『黒の剣士』の記憶が宿る以前から、ジャンクから自作PCを組み立ててネットゲームに打ち込むくらいには桐ヶ谷和葉は廃人ゲーマーだった。
特殊な理由からゲームにのめり込むようになった千景としては、目の前の少女がそうであるのは意外でしかなかった。
「あの乃木さんからも一目置かれるような人が、蓋を開けてみれば廃人ゲーマーだなんて実際に見ないと誰も信じないわよ」
「別に、俺はそんな大層な人間じゃないんだけどな」
謙遜だ。
千景は思う。前回の戦闘で乃木と並ぶ討伐数のキリトが大層な人間じゃないのなら、それ以下の人間にはもう価値がないみたいじゃないか。と……
「でも、良いもんだよな。友達とゲームするのって……」
そんな思いなど露知らず、感慨深げに言ったキリトに千景は首を傾げた。
「何よ、いきなり」
「いやさ。負けたのはそりゃ悔しいけど、正直チカっちとする試合はそれまでのどの対戦よりも楽しかった。それって、多分チカっちが友達だったからだと思うんだ」
友達、と迷いなく告げたキリトに千景は冷ややかな口調で返した。
「あなたと友達になった覚えはないわ」
「はは、そりゃ手厳しいな」
でも、傷ついた様子もなく微笑むキリト。
「……もし、チカっちが良かったら、今度はどっちかの部屋でゲームでもして遊ばないか?」
その申し出は、キリトが純粋に千景との時間を楽しいと思ったからこそした申し出だった。
同じ勇者で仲間としてではなく、ゲーマー友達として一緒に遊びたいという気持ちを、千景も分かってはいた。それでも、どうも友奈以外とはそういう風になれない。一種の壁のような物があるのも、また事実だ。
「…………」
「えっと、やっぱり嫌かな……?」
そう言いつつ、明らかにしゅんとするのはわざとなのだろうか。
ここで断ったらまるで自分が悪者みたいだ。
「嫌とは、言ってないわ……一応、考えといてあげる」
考えた末に、千景は最大限の譲歩でそう返答した。
「っ、ああ!楽しみにしてる!」
まるで幼い子供のようなキリトの喜びようを見て、夕日に照らされる千景の表情が少し緩んだのは彼女自身も知らない。
やっとこのエピソード出来た!
同じ廃人ゲーマーの千景とキリトの絡みをずっとやりたかった
ストーリーの進行速度について
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早めがいい
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じっくりやって欲しい