大赦の本部まで戻ってきた頃には、ちょうど一六時前くらいで、町も黄昏のオレンジ色に染まり始めていた。
中に入ると、エントランスの席の一角に見知った顔の三人が見えた。
「あの三人は……確か、昨日一緒に戦った……」
もしやと思って近付くと、向こうも俺に気付いたみたいで、その内の一人がこちらに駆け寄ってきた。
「やっぱり桐ヶ谷さんだ~!こんにちは~」
俺の予想通り、その三人は昨日一緒に戦った少女達だった。戦闘終了時は三人ともそれなりに傷を負っていたように思うが、見たところ傷を引きずっている様子はない。
追いついてきた三ノ輪銀と鷲尾須美も、それぞれ「こんにちは」と挨拶すると、銀が待ちきれないとばかりに話し出した。
「昨日ぶりっすね、桐ヶ谷さん!昨日はあまり喋れなかったから、ずっと話したかったんですよ!」
「俺と?まあ、それもそうか……」
俺の方は既に事情を把握し、情報の整理も終わっている。
しかし、彼女達は恐らく俺の事を『急遽参戦した四人目の勇者』程度にしか聞いていないはずだ。お役目だけに、そこに突然乗り込んできた新参者の素性が気になるのは、何も不思議な事じゃない。
とは言え、異世界から来たとか、元は男だとか、そういった事をこの場で全て明かすのは憚られた。
何故なら、彼女達とはまだ会ったばかりで、信頼関係もまだまだ築けている訳じゃない。そんな状態で、前述したような荒唐無稽な話をした所で彼女達を混乱させるだけだろう。
――戦う上では知らなくても大丈夫な事だし、ここは一旦当たり障りない範囲でだけ話そう。
……と、思ったところで、俺よりも先に須美が口を開いたのだった。
「三ノ輪さん。そんないきなり詰め寄ったら、桐ヶ谷さんも困っちゃうでしょ?」
図らずしも、彼女の一言によって話が途切れた事で助けられる。
「う、確かに……すみません、桐ヶ谷さん。ついはしゃいじゃって……」
「ミノさん、昨日から『すっごい剣技だったなぁ』ってずっと会いたがってたもんね~?」
間延びした口調でそう話したのは園子だ。
「はは、別にいいよ。それより三人共、今は学校終わりか?」
彼女らはお役目の時こそ勇者装束を纏い凛々しく戦うが、普段は他の子と何も変わらず小学校に通っている。
それは安芸から聞いた話だが、こんな時間に大赦の本部に三人揃って、しかも俺が指定されたのと同じ時間に居るのは、偶然とは思えなかった。
「いつもなら、お役目の為の訓練があるんだけどね~。今日はおやすみなんだって~」
「へぇ……それじゃあ、なんで大赦に?」
「安芸先生に呼ばれたんです。大事な話があるとだけ……」
やはり、か。
彼女達も、俺も、どうやら呼ばれた理由は同じらしい。確かに、これから俺は彼女達と肩を並べて戦っていく事になる。お互い知らないといけない事もあるだろうから、そういった面倒事を一緒くたに解決してしまおうって魂胆なのかもしれない。
そこまで思案した所で安芸がエントランスに現れた。
彼女は俺達を見つけると、歩み寄って声をかける。
「お待たせ。全員居るわね?場所を変えるから付いてきて」
その言葉と共に歩き出した安芸に、俺達はついていく。
その行き先は、昨日も彼女と話したのと同じ部屋だった。安芸と向かい合うように、俺、園子、銀、須美の順に並んで座ると安芸は一度咳払いしてから話し始める。
「四人に来てもらったのは他でもない、お役目について大事なお話があったからです。まず初めに……これからはそちらの桐ヶ谷さんも、貴女達と一緒に勇者として、お役目に参加する事になったわ」
その言葉に、園子はパァと笑顔になった。
「本当~!?桐ヶ谷さん!」
その問いに、俺は薄く笑みを作って答えた。
「ああ、ちょっと遅れちゃったけど……改めて三人共、これからよろしくな」
人懐っこい園子に、前のめりな性格の銀、生真面目で実直な須美。
三人もまだ戦い始めて日は浅いと聞くし、その分これまでの経験がある俺が少しでも三人を支え守ってやりたい。そうでなくとも、彼女達は俺が今まで組んできた中でもダントツで最年少なのだ。
俄然、自分がやらなければと気合いが入るというモノ。
「それで、用っていうのは俺達の顔合わせの事だったんですか?」
それに対して、安芸は肯定も否定もしない。
「勇者として、正式な顔合わせが必要だったのは事実です。けれど、それだけじゃないわ。もっとも、これは三人というよりは、桐ヶ谷さんへのお願いって形になるのだけど……」
「お願い?」
そう反応したのは須美だった。
「ええ、実は桐ヶ谷さんには……勇者としてバーテックスを退けると同時に、戦闘面で三人の指導役になって貰いたいの」
その申し出は、この場に居る誰にとっても予想外のものだった。それは俺にとっても例外ではなく、真っ先に思い浮かんだ疑問を口にした。
「それって……俺が三人の先生になるって事ですよね?」
「その認識で間違いないわ」
この会談の本当の目的が段々と見えてきた。
大赦が俺にさせたいのは、三人にこれまで培った戦闘経験を教え、今以上に強力な勇者として育て上げる事だ。それによって勇者の地力を底上げすれば、以前よりも安定してバーテックスを退けられるようになる。
それ自体は理解できる。
ただし、懸念もない訳ではない。
「今は、安芸さんが三人を見てるんですよね?ぽっと出の俺なんかに、大切なお役目の顧問なんて任せてしまっていいんですか?」
「その点に関して、私は問題ないと思っているわ。だから、最終的にこの役目を任せるかを決めるために、三人を呼んだのよ」
理由を聞かされて、少なくともこの状況に至った経緯には納得する。
確かに、幾ら教師とは言え、実際に戦う彼女達の意見も聞かずに全て決めてしまう事は出来ない。
勇者を強化する為に、勇者同士で確執が出来てしまっては本末転倒だ。
安芸から向けられた確認の視線に少しだけ沈黙した後、最初に口を開いたのは銀だった。
「あたしは良いと思う。凄く感覚的な話なんですけど……昨日の戦いで桐ヶ谷さんの動きを見て、あたし達とは全然違うなって思ったんです。出来るならあたしはそれを教わって、もっと強くなって皆を守れるようになりたい」
その言葉を皮切りに、須美も自分の考えを話した。
「そうね、悔しいけど三ノ輪さんの言う通りよ。私達には、今日安芸先生から指摘された『連携』以外にも、未だ足りていない部分がある。そこを補えるのなら、私達は彼女の助力を乞うべきだと思います」
この戦いで守るべき多くの命の中には、彼女達の親や兄弟、家族だって含まれている。
彼女達の精神はそんな異常な状況の中で、歳不相応な程に達観している。本当なら、後から入ってきたメンバーがいきなり自分達に指導すると言われても、受け入れ難いはずだ。それを受け入れるだけの覚悟に、俺は答えなければならない。
最後に言葉を発したのは、俺がこの世界で初めに出会った少女である園子だった。
「わたしも賛成~。それに桐ケ谷さんめっちゃ強いし、きっとわたし達もっと強くなれると思うんだ~」
その中に反対的な意見はなく、最後に残されたのは俺自身の返答だった。
こうなれば俺に断る理由はない。教え導く立場に身を置くという事は、彼女達を危険な目から守るという目的に最も合致しているからだ。
「……分かりました。その役目、引き受けます。但し三人共、やるからには手加減抜きにびしばし行くからな?」
こうして、俺は三人の勇者と共に戦うと同時に、彼女達を守り導く師匠として剣を取る事になった。
決して失敗しない。
今度こそ、誰も死なせなてなるものか。