「友奈。荷物を頼む」
「え!?」
勇者の戦闘装束に包まれた体で、手荷物を友奈に渡すと「失礼」と一言断って千景を横抱きに抱えた。
その場の全員が困惑を深める中、俺はすぐさま跳躍してその場を離れる。腕の中で、ようやく現在の状況を理解した千景が狼狽する。
「桐ヶ谷さん!?いったい何をしているの?」
「帰るんだよ。香川に」
同じく勇者に変身した友奈が荷物を持って追ってきているのを確認しつつそう言うと、千景は驚愕し腕の中でもがいた。
「勝手なこと言わないで!私は……」
「あの場に居たかったのか?」
問うと、千景は口を噤んだ。
意地悪な聞き方をしたのは分かっている。それでも、俺は千景の沈黙を問いかけへの否定として捉えた。
「……あの場所で、チカっちに何があったのかは分からない。でも、君の手は震えていた。そんな友達を放っておくなんて、俺には出来ないよ」
そこまで言われては、千景もそれ以上なにか言う事は無かった。
何も知らないキリトにも、一つだけ確かに言える事があった。
時折、表情に言いようのない影を落とす事はあれど、千景があんな風に取り乱したのは初めてだった。怯えたように体を震わせて、助けを求める目と、只ならない様子が尋常じゃないのは付き合いの浅いキリトでも分かった。
キリトが取るべきと判断したのはあの場から一秒でも早く離れる事だった。
そして、それは正しい判断だったと思う。
腕に抱えた千景は先程までのように精神的に不安定な様子はないし、顔色もしっかりしている。
景色があっという間に移り変わり、一跳びで数キロの距離を飛び越える事が出来る勇者の足は瞬く間に県境を越えて香川へと入った。そのまま、瀬戸内海方面へと進む。その間、千景は何も言わずにキリトに掴まっていた。
一時間とかからずキリト達は丸亀城まで帰って来た。
「はぁ、はぁ……キリちゃん、早すぎだよぉ……」
息を切らせた友奈に、キリトは苦笑する。
「ごめんごめん。今度うどんでも奢ってやるから、それで許してくれ」
千景を抱えた状態にも関わらず、キリトの疾走は友奈ですら追いつけないくらい早かった。
身体能力はそこまで変わらないはずで、しかも友奈は近接戦闘型の勇者なので、他の勇者よりも接近の速度には自信があった。それが、追いつこうにも距離は一向に縮まらず、訳も聞けないままに友奈は高知から丸亀まで走らされたのだ。
それでも、怒ったり、抗議の声を上げないのは実に友奈らしい。
「いや、別に怒ってる訳じゃないから大丈夫だよ?」
しかし、ろくな説明もなく連れてきてしまったのは友奈だけじゃない。
むしろ、キリトがそんな行動を取った最たる理由の人物。千景は友奈から自分の荷物を受け取ると、踵を返して寮の方へと体を向けて歩き出した。
「あ、ちょっと待って、ぐんちゃん!」
「部屋に戻るわ。少し、一人にさせて……」
友奈が付いてくる事を拒否する。
普段の千景ならば、余程の理由が無ければ敬愛すらしている友奈にそんな事は言わない。キリトは友奈の肩に手を置いて、首を横に振る。
「キリちゃん……?」
「友奈、君の気持ちは分かる。俺だって、今のチカっちを一人にしたくなんてない。でも、今日は余りにも多くの事が起き過ぎた。チカっちだけじゃない。俺達にも情報を整理する時間が必要なんだ。……一応、丸亀城までは戻ってこられたし、チカっちだってそこまで悪い事にはならないと思う」
千景の生まれ故郷であるあの村で起きた事は、きっと今後の彼女に大きな影響を及ぼすだろう。
現時点でキリト達にとって確かな事は二つ、一つは『何も知らない』という事と、もう一つは『絶対にこの事をなかった事にしてはいけない』という事だ。今まで予感程度だったものが確信に変わった以上、もう見て見ぬふりは出来ない。
「一先ず、今日は俺達も……」
「戻ろう」と、言おうとした瞬間、キリトの肩に誰かの手が触れた。
「随分と遅い帰りだったな?キリト、友奈」
「「あ」」
そこに立っていたのは、満面の笑みを浮かべた若葉だった。当然の如く目は全然笑っていないのだが。
キリトと友奈は事態だけに完全に忘れていたのだ。自分達が牢獄破りを慣行した囚人だったという事を……
「や、やあ、若葉。奇遇だな!こんな所で……」
「そそそ、そうだね!本当に偶然!」
声が上ずっている時点で、もう万事休する状況なのは変わりようのない事実だ。
しかし、それでも諦めない。何とかしてこの場を有耶無耶にして、逃げる算段を……
「ああ、そうだな。今朝病院から脱走した友奈と、連絡もなしに学校をサボったキリトがこんな所にノコノコと現れたのも"偶然"に決まっているさ。そうに違いない」
あ、これはダメそう。
「偶然ついでに二人共、これから私の部屋で共に晩飯にでもしないか?」
「え、いや、俺は別に……」
「するよな?」
「ハイ」
この後、キリトと友奈の二人は、若葉の部屋でみっちり五時間ほど正座状態で説教を喰らったのだった。
■
翌日、教室に来るとそこにはいつもと変わらない様子の千景が居た。
「おはよう、チカっち」
「……桐ヶ谷さん、おはよう」
本当に普段と何も変わらない千景だった。
持ち込んだ携帯ゲーム機で暇つぶしをして、こうして挨拶をすれば素っ気なくも返してくれる。まるで、昨日の事が嘘のように感じてしまう。何か声をかけようとして、けれどそれは言葉になる事はなかった。
「おはよう、キリト」
「あぁ、若葉もおはよう」
そう、朝一の教室には必ずと言っていいほど若葉が居る。
これまで多少早く登校したとしても、教室には若葉が必ずと言っていいほど先に到着しているのだ。言うに及ばない真面目さだが、故にこの場ですぐに昨日の事を話題に出すのは憚られた。
そこから、ひなた、杏、球子が続々と教室に来たことで俺は昨日のサボりを球子と杏に問い詰められそれどころでは無かった。
肝心な友奈は昨日の病院抜け出しが響いて、検査入院が半日伸びてしまい退院できるのは放課後になる。結局、それ以降も特に何かあるでもなく、時間は過ぎていき……
授業も上の空な状態で、放課後を知らせるチャイムが鳴った。
こんな状態で訓練や学業に身が入る訳もなく、一つため息をついた。千景の為に何ができるのか、今日一日、千景は終始いつもと変わらない様子で学業と訓練に精を出していた。事情を知っているキリト以外は彼女の身にあった事など、恐らく誰も気付いていない。
――俺のしている事は、チカっちにとっては余計なお世話なのかもな……
もしかしたら、千景に取っては昨日の事などもう解決してしまったのかもしれない。一人で考えて、納得のいく結論が出たならキリト達の出る幕はないと言っていい。しかし、キリトは自身が千景に抱く不安感を余計な間違いだとは思いたくなかった。元より、キリト自身と似て内向的な一面がある千景が本心に蓋をしている可能性なんて幾らでも考えられる。
過ちになってからでは遅い。
何もないならそれで良い。多少、関係がこじれたり嫌われる程度の事で済むなら、キリトは一歩踏み出そうと考えた。
「ごめん、ひなた。ちょっと……」
「桐ヶ谷さん?」
そう思い、キリトが声をかけたのは、丸亀組のメンバーの中で最も情報の集積場に近いと思われる少女、上里ひなただった。
この作品……内容が重すぎる……ズハッ
※諸事情で一週間ほど投稿休みます