結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第二十話:悍ましい過去

 

 美佳はひなたとは別ベクトルで生真面目で淑やか然とした少女で、そんな姿を見た時に「なるほど」と納得した。千景の性格を考えれば、巫女になるなら彼女のような人物だろうと。

 

「どうぞ、お座りください」

 

 促されて、向かい側のソファーに座る。両者の間に流れるどことなく重苦しい空気。"和やかに歓談"なんて雰囲気じゃないのは明らかで、茶菓子などが置かれたテーブルを一瞥して一度小さく呼気を挟むと、意を決して口を開く。

 

「花本さん。さっきも言ってたけど、君がチカっち……千景を見出した巫女なんだよな?」

 

「はい。桐ヶ谷様のおっしゃる通りです」

 

 話の入りに一度確認すると、早速本題へと移っていく。

 

「今日、俺達がここに来たのは、その千景について聞きたい事があるからなんだ」

 

「聞きたい事?」

 

 この時点で美佳にはまだ、要件や千景の身に起こった事は伝えられていない。タダ俺達から話しがあるとだけ言われて、彼女はここに呼び出されている。

 それは誰かの口からではなく、俺自身がちゃんと自分で顔を合わせて訊く必要があるからとひなたにお願いした事だ。

 

「先日、俺と友奈は、千景に付いて行く形で彼女の故郷である高知に行った」

 

「……!」

 

 それを聞いた瞬間、美佳は僅かに表情を動かした。

 

「帰郷の最中の事だったよ。千景が元々通っていたっていう学校の前に着いて、その時、彼女の具合が急に悪くなったんだ」

 

 起こった事を一切の誇張も脚色も無く、ありのままに伝える。

 

「それだけじゃない。その時、千景の元担任だった人にも出くわして千景は更に取り乱した。……すぐに丸亀城まで帰って来たから、その場では大事にならなかったけど、あの時の千景は普通じゃなかった」

 

 話を進める毎に美佳の表情は険しくなる。

 俺は一旦話を区切ると、美佳は鋭い目付きで俺を見た。

 

「……だから、その原因を私に聞きに来たと?」

 

「その通りだよ」

 

 首肯する。今度は明確に俺の事を睨み付けた。

 

「あなた方は、郡様の友人なんですよね?」

 

「勿論、ぐんちゃんは私の大切な友達だよ」

 

 友奈が言うと、美佳は問いを投げた。

 

「なら、なぜ郡様に直接聞かれないのですか?こんな風に裏でコソコソと誰かに訊ねるなんて、それを郡様が知ったらどう思うか……分からない訳ではないでしょう?」

 

 彼女の言う事は正しい。実際、褒められた行為じゃないのは重々承知だ。

 それに美佳はきっと、三年前に別れてそれきりでもずっと千景の事を大切に思っていたのだろう。そんな美佳が今の俺の言葉に怒りを感じるのは当たり前だ。

 でも、俺達は知る必要がある。

 

「分かってるさ。でも、俺はこの問題にだけは蓋をしたくない。いや、しちゃダメだって思うんだ。あいつが一人で悩んで、傷付いて、それを止められるなら何だってする。それが例え、彼女に嫌われる行為でもな」

 

 慎重になるべき事柄だから、本人においそれと問い質す事は出来ない。だからといって、何もせずに居るのも明確な間違い。

 そんな状況で取れる手段は一つしかない。

 

「…………」

 

 美佳は難しい表情で沈黙した。

 きっと、彼女も計りかねている。千景の気持ちを優先するなら伝えない事も出来るが、こと勇者の問題となるとその判断は最終的に死に直結する可能性すらある。故にキリト達は美佳に聞くという道を選んだのだが、美佳もまたそれを理解できない訳じゃない。善意的な判断が必ずしも正解だという保証はどこにもないのだから。

 

 数分間の思考の末、美佳が選んだのはどちらにも寄りかからない物だった。

 

「……分かりました。あの場所で郡様にあった事を、大まかにだけで宜しければお教えしましょう」

 

「ありがとう。それで構わないよ」

 

 事の核心に至る為の手掛かりを掴めるだけでも何倍も違う。

 一度瞑目した後、美佳は凛とした表情でポツポツと話した。

 

「まず、桐ヶ谷様と高嶋様は郡様の元担任の者と会ったとおっしゃられましたね。どんな印象を受けましたか?」

 

「え?……正直言って、酷い人だなって思った。ぐんちゃんが目の前で苦しんでるのに、まるでそんなの見えてないみたいに振る舞って……」

 

 普段、悪口なんて絶対に言わない友奈の口から出た他人への批評。だが、それに関しては俺も全面的に同意だ。

 

「その言葉通り、あそこの者達は郡様の事を微塵たりとも見てなどいない。今でこそ口上では「村の誇り」だの「自慢」だのと言っておりますが、それは郡様が『勇者』になったからそう言っているだけなんです」

 

 勇者になったから、仕方なく祀り上げている。美佳の言いたい事を言葉のまま解釈するならこうなるが、ならば勇者になる以前は……

 

「郡様は幼少期から勇者になるまでの長い期間に渡って、村の大人や子供から、酷い虐めを受けていました」

 

 血が滲む程に美佳は拳を握りしめる。

 打ち明けられた内容に、俺も、友奈も、ひなたもどう返していいのか分からなかった。しかし、予想外だった訳じゃない。思い返してみれば、千景は時々何かに怯えるような目をする時があった。それは誰かが目の前で手を上げるような動作をした時とか、まるでその行動自体に恐怖心を抱いているかのように……

 

「そんな、ぐんちゃんが……」

 

 友奈にとって、それは受け入れがたい話のはずだ。

 虐め、それも美佳が明確に『酷い』という表現を使い、更に止めるべき大人すらもその加害者に含まれている。何となく、その全貌が見えてきた。

 

 子供とは良くも悪くも純粋な生き物で、善悪を判断できないからそれを大人が抑止するのだ。でなければ、集団となった子供は個に対してどんな残酷な事でもしてしまう。相手が傷付いてもそれを面白がって、その行為が悪いかそうでないかすらも分からない上に周りがやっているからと、それを"当たり前の行為"だと認識する。

 それを止めるべき大人までも虐める側に回った時、その悍ましさは想像に難くない。

 

 その結果があの時の千景なんだ。

 

「その村の者達は、一体どこまで……!」

 

 ひなたも怒りに肩を震わせていた。

 俺だって、叶うなら今すぐにでも村の連中を斬ってやりたいくらいにどうしようもなく殺意がわく。

 

「何が原因でそうなったのか、郡様がどんな目にあったのか、それだけは私の口からは言えません。ですが、今もなおそれで郡様が苦しんでいるのなら、それを救えるのは今傍に居る勇者の皆様だけです」

 

 巫女だった者達でさえ、勇者と会う事は許されない。

 誰よりも大切に思っているのに、美佳はそんな人の所に行く事すら出来ない。瞳に滲む涙を見れば、彼女がどれだけ悔しい思いをしているのか伝わってくる。

 

「不躾な願いだと分かっています。その上で、どうかお願いします。郡様を守ってあげてください」

 

 深々と頭を下げた美佳に、俺は凛として返答する。

 

「当たり前だ。拒まれたって離れたりしない。約束するよ。全ての戦いが終わった時、君と会うチカっちが屈託なく笑っていられるようにすると……」

 

 最初からそのつもりだ。

 救うなんて軽々しく語っていいような言葉じゃないけど、そんな大層な事すらしなければならない。

 

「大丈夫、ぐんちゃんは絶対に私が守るよ!」

 

「はい。この場に居ない若葉ちゃんや、球子さんに杏さんもきっと同じ事を言うでしょう。私も出来る限りの事をします」

 

 聞く前は怖かった気持ちもあったけど、知ってよかったと思う。もしもあのまま、見て見ぬふりをしていたら取り返しの付かない事態になっていたかもしれない。

 

 千景に関する事は改めて、この場の人間だけの秘密という事にした。

 話の重さ的にも、他のメンバーに知らせるにはまだ時期が早すぎる。それでもいずれは話す事になるが、それは千景自身の意思が明確に固まった時であるべきだ。本来なら、今回美佳に聞きに来たのだって道徳的な行為ではないのだから……

 

 まずは少しずつ、千景の傷を癒して行く。そして、出来るだけ彼女自身が心の中で折り合いを付けられるように手助けする。

 帰り道を歩む中、三人で密かに誓った。

 

 

 

 夕日が沈み始め、色を変えていく街並み。

 新たな道へと歩き出した勇者達の行く手を阻むように、世界の時間は止まりバーテックスが四国へと襲来した。




今回は非常に難しい内容でした
多分ゆゆゆ×SAOで一番シリアスな話になったと思う
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