四国の地に樹海の帳が下りる。
壁を超えて襲来するバーテックスを相手に、勇者達は応戦する。
初陣の時よりも遥かに数の多いバーテックスの大群を前にしても、もう彼女達は恐怖する事はない。
若葉とキリトを先陣として斬り込む中、戦況は優勢とも劣勢とも取りがたい。千景は大鎌でバーテックスを屠る。以前のように萎縮している様子はない。しかし、彼女の胸中には黒い靄(もや)のような物が渦巻いていた。
『郡さんは勇者なんだから』、高知に行った際に元担任だった教師から言われた言葉だ。
それ以外にも不可解な言動は多数見受けられ、千景はそれだけがどうしても気掛かりだった。まるで汚い物でも見るかのように虐げていた千景に対して、教師の言葉遣いはまるで誇らしい教え子に向ける物のように優しかった。
それ以外にも、帰郷した千景に対して向けられる村人達の視線が以前とは異なっていた事を千景は確信していた。
歪みに歪み切った千景は、それでも冷静な頭で解釈した。
「私が勇者として頑張れば、皆あんな風に……」
村の人だけじゃない。
初陣の際にも、バーテックス撃退の報を受けた世間は勇者達を絶賛し、敬った。
その感覚が千景にはこれ以上ないくらいに新鮮で、心地よかった。
鎌を振るえば、ゲームのモンスターを倒すのと同じくらい簡単にあのバーテックスを倒せる。
こうして誰よりも多くのバーテックスを倒せば、初陣の後に若葉とキリトの両名が受けた名誉を今度は自分が受ける事が出来る。
――誰よりも、多く倒せば!
それが正解か、間違いかは今の千景にとって重要じゃなかった。
大鎌を携えて一際大きく跳躍すると、二人の剣士と同じ最前線に斬り込む。
――もっと、もっと、もっともっともっと!!
一心不乱に鎌を振る千景の目には、バーテックス以外には何も映らない。
千景は彼女自身が気付かないうちに、若葉より、キリトよりも前に足を踏み出していた。そこは杏の援護も他の者達の救援も受けられない距離で、どれだけ先陣を張ろうと若葉とキリトが決して踏み越えなかった一線。しかし、それを千景は踏み越えてしまった。
「チカっち!前に出過ぎだ!!」
響いたキリトの声で、千景はようやく我に返った。
「あ……」
そして、自身を取り囲む無数のバーテックスを見て己の致命的なミスを確信した。
■
樹海化によって一変した四国の大地を駆ける。
後衛では杏と球子が、中衛では友奈と千景が戦っている中で俺と若葉は初陣時と同様に大群に正面から斬り込む。
――前よりもかなり数が多いな。
二倍、三倍、或いはそれ以上の数のバーテックスが押し寄せる。絶え間なく両の手の剣で最高練度のソードスキルを出し続け、バーテックスを切り裂いていく。撃ち漏らした奴は後衛が引き受けてくれる為、こっちも集中しやすい。まだ危なかしい所はあるけど、しっかりとパーティーとして纏まり、各々が役割を果たせている。
進化体にだけ気を付けながらこのまま殲滅しよう。そう考えた瞬間、視界の端に見慣れた長い黒髪と大鎌の軌跡が映る。
「あれは、チカっち?」
ついさっきまで友奈と同じ中衛でバーテックスを相手していたはずの彼女が、なぜ最前線まで出てきているのか。
疑問が脳内を埋め尽くす間にも、千景は凄まじい速度でバーテックスを屠りながら前進していく。傍から見れば、心強い使い手の参戦かのように思えるが、俺は言いようのない不安を抱いた。
――前に出過ぎている……!
大鎌は重要なダメージディーラーであり、前に出ること自体は間違いではない。しかし、今の千景は戦略的に前に出ているというよりも、どちらかと言えば『勇み足』に近しいように思える。僅かに垣間見える表情と、戦い方や普段とは似ても似つかない鬼気迫る様子。
それは記憶の中、SAOでのフロアボス戦において何度も見た仲間の死に際と同じだ。
「っ!まずい」
千景はとうとう、杏の援護射撃も俺と若葉の救助も届かない領域に踏み込んでしまった。
「チカっち!前に出過ぎだ!!」
叫んだものの、それに千景が気付いて冷静に戻った時には既に遅かった。
まるで罠に掛かった少女を逃がさないとばかりに四方八方に展開したバーテックスが、千景を取り囲む。
「ちっ、退け!!」
語気を強めて千景の下に向かおうとするが、厚い包囲網は内からも外からも簡単に破れるものではなくそれは完全な分断を意味している。
「くそ!早く行かないと、チカっちが……!」
しかし、この乱戦の中で事態に気付いているのは友奈と俺だけ。
チームワークを詰め切れていなかった事がここで足を引っ張る。友奈は千景の危機的状況に気付き、必死に前に出ようとしてくれているが如何せん敵の数が多すぎる。
最悪の未来が脳裏に過る。
「まだだ……」
剣を握る手に一層力を込める。
「まだだ!!」
意思を叫びで示し、二本の剣を最速かつ最高の集中で振る。
▽二刀流8連撃技▽
ナイトメアレイン
赤い八の剣閃が空間を刻む。
多少のリスクは度外視して、目の前のバーテックスにだけ集中する。
「ハアァァァア!」
幾度もバーテックスを斬り伏せ、赤いライトエフェクトが刀身から消えた最後の一閃でバーテックスの壁に穴が空いた。
■
失敗だ。
千景はまるで他人事のように自身の危機的状況を俯瞰する。
「っ!」
全方位から襲い来るバーテックスは幾ら倒しても減る気配がない。
終わりの見えない持久戦は着実に精神を摩耗させ、体力を削っていく。それも相手に死角を与えないように全ての方向をカバーし続けるのは熟練の剣士であっても至難の業だ。まだ経験の浅い千景からすれば尚の事、それは顕著に現れる。
「痛ッ!?」
脇腹に鈍痛が走った。
痛みを認識した時には体が吹き飛ばされて、地を転がっていた。
「この!」
それでも咄嗟の反応で体勢を整えて、追撃してきたバーテックスを倒す。
ここに来て初めての被弾。この綻びは着実に広がり続け、凌ぐ腕、捌く足、動かし続ける体に生傷が増えていく。
「嫌だ、まだ……」
――まだ死にたくない。
こんな所で終わりたくない
その一心で鎌を振り続ける。誰にも褒めて貰っていない。こんな場所で、そんなつまらない死に方で終わるのなんて許容できる訳がない。諦めるには、千景にはまだ未練が多すぎた。
しかし、その必死の抵抗を嘲笑うかの様にバーテックスの巨体は千景を捉えた。
「うあ"あぁぁぁぁああ!」
それまで直撃だけでは避けて来た千景が、遂に貰ってしまった手痛い一撃。
致命傷という程ではないが、それでも怯ませるには十分なダメージ。その隙を見逃さず、バーテックスが殺到する。
視界一杯に埋め尽くす白の怪物を前にして、千景は呆然とした。
――嗚呼、私、こんな所で終わりなんだ。
千景は諦めの境地に立たされて、目を伏せる。
思えば、良い事一つない最悪の人生だった。家庭は崩壊し、村の人間からは虐げられ、勇者として見出されても尚、未練がましくそんな者達からの形だけの称賛を求めた。自分を含めて何者も大切に出来ない、哀れな女。その最期が化物に食われる事だと言われて、納得してしまう自分が心底忌まわしい。
「ごめん、なさい」
昔からそうやって謝ってばかりだったな。
でも、それだってこれが最後なんだ。目を閉じようとした。最大の痛みを覚悟した。
その瞬間、
「チカっち!!」
バーテックスの渦巻く白い海の中で剣撃の閃光が煌めいた。
キリト追加に応じて敵の数とか原作多いんだけどハードモード過ぎかも