結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第二十二話:守るよ

 

 彼岸花より赤く、血の様に紅い光が白い闇を祓う。

 黒い裾を靡かせて軽やかに目の前に着地した少女は、ボロボロでここに来るまでに相当な無理を通したのだろう。

 

「チカっち、無事か!」

 

 肩越しに視線を寄越すキリトに、千景は言葉を発せなかった。

 これは今わの際に見る一種の走馬灯のような物なんじゃないかと疑いたくなる。しかし、膝をつく千景を守るように目の前に立ちはだかり、無数のバーテックス達を睨む黒い瞳と、二本の剣を構える出で立ちは本物の"キリト"なのだ。

 

「何で、あなたが……桐ヶ谷さんがここに?」

 

 ようやく口から出たのはそんな疑問で、キリトは呆然とする千景に普段と何ら変わりない笑みで答えた。

 

「友達が危ない状況で、助けに来るのなんて当たり前だろ?」

 

 その返答は彼女らしく真っ直ぐな物で、千景は顔を俯かせる。

 

「でも、私にそんな価値……」

 

 勇者としてバーテックスを倒す。これだけが今の千景に取って唯一の存在意義であり、虐げられ続けた自分自身を肯定できる要素なのだ。それすらも出来ない役立たずに、これ程に強い剣士に『友達』と呼ばれる価値はあるのか。千景には分からなかった。

 

「価値ならある」

 

 キッパリと言い放った。

 否定するでもなく、上辺だけの言葉で誤魔化す訳でもない。

 

「救われる価値も、資格も、チカっちにはちゃんとあるよ」

 

「それは、私が勇者だから?」

 

 キリトは首を横に振る。

 

「違う。勇者かどうか、そんなのは大して重要じゃない。大切なのは俺と君がこれまでどれだけの時間を共にし、分かち合ったかなんだ。訓練、ゲーム、普段の他愛ない話をした時間でも何でもいい。そう言ったチカっちと過ごしたこれまでの時間全てに、どんなレアアイテムよりも大きな価値があると俺は信じてる」

 

 キリトの言う、一緒に過ごした時間。

 まだほんの二ヵ月程度の仲なのに、確かに自分でも驚くほどに一緒に過ごしていた時間は長かったように思う。

 

「だから、俺はチカっちを守る。例え君にどんな過去や事情があろうと、俺の目の届く範囲にいる限り守り続ける。他でもない大切な友達として……」

 

 キリトが襲い来るバーテックスへの応戦を開始する。

 窮地は脱したものの、キリトだってここに来るまでに少なくない傷を負ってしまっている。疲弊が著しいはずなのに、一度たりとも凄まじい気迫と技量でバーテックスを倒していく。

 

「っ!させるか!」

 

 ならば、先に手負いの者から仕留めようと千景に迫ったバーテックスに、キリトは咄嗟の判断で左手に持っていた白銀の剣を投げる。

 直剣は寸分違わずバーテックスに突き刺さり仕留める。しかし、それによって剣一本になったキリトは押され始めた。やがて、嚙みつこうと死角に回ったバーテックスが彼女に迫る。

 

「桐ヶ谷さん!」

 

 絶体絶命かに思えても、尚この剣士は強い。キリトは敢えて体勢を大きく崩す事でバーテックスの突進を躱すと、右手を閃かせて剣でバーテックスを突く。だが無理な体勢からの刺突は浅く倒すには至らない。

 

「セヤァ!」

 

▽体術技▽

エンブレイザー

 

 ならばと剣を持たない左手を手刀の形にし、霞む程の速さで突き出す。

 

「落ちろッ!」

 

 手をより深く突き刺して、バーテックスをえぐる。これによって限界を迎えたバーテックスは沈黙した。

 

「強い……」

 

 剣技だけでなく体術まで絡めた戦闘。

 若葉も不意を突かれた際にバーテックスを食い破ったりしていたが、それとは違った意味で凄まじい。個々単一の戦闘能力は、あの若葉すらも上回るかもしれない。それ程に固く、鋭い。

 剣筋は恐ろしく速い上に、剣戟の光が描く軌跡は正に芸術。

 

 これだけ近くでその強さを目の当たりにするのは初めてだった。

 訓練の時とは比べ物にならない、鬼神の如き強さ。自分と同じ長い黒髪が舞う様すらも美しい。

 

「こんなにも強いのに、あなたは……何でそんなに必死なるのよ……」

 

 人間、自分が優秀である事を知れば少なからず傲慢になるものだ。

 でも、戦っている時のキリトの表情は、背後から何かに追いかけられているみたいに必死なのだ。それはまるで、目に見えない何かを無意識に恐れている様にも見える。

 他人の悪意をその身に受け続け、またその悪意から必死(・・)に目を閉ざし、耳を塞ぎ、逃げてきた千景だからこそ分かる。その耐え難い孤独と絶望が……

 

 それを理解した瞬間、胸の中にあった黒い靄(もや)がすっと消えていく様な感覚を覚えた。

 

 ――そうか。この人も、私と同じように何かが怖いんだ。

 

 ならば、キリトのこの圧倒的な強さの真髄は、卓越した技術でも、常人離れした反応速度でもない。自分の弱さにも、恐怖にも、臆さず抗い続ける精神なんだ。

 千景はまだそこまで強くはなれない。しかし、震えながらでも武器を持ち、立ち上がり戦う事なら今の自分にだって出来るはずだ。

 

「私……だって!」

 

 大鎌を携え、傍に落ちているキリトの剣を拾い上げる。

 今もなおたった一本の剣でバーテックスと渡り合い続けるキリトの下へ走った。

 

 

 

 

 

 

 剣一本を捨てたのはまずかったかも知れない。

 だが、あのままでは千景が危なかったし結局あそこではああするしかなかった。

 

「こいつら……!いくら何でも、多すぎだろ!?」

 

 剣一本になったからって負けるつもりはないが、とは言え二刀流の時より捌くのが難しくなったのは確かだ。

 体術スキルで無理やり仕留める場面も増えた。バーテックスの数が減ってる感覚は全く無いし、このままでは流石にマズイ。若葉たちの救援を期待したい所だが、果たしてそれまで持ち堪えられるか……

 額に冷たい汗が伝う。それが地面に落ちたと同時、背後から少女の声が響いた。

 

「桐ヶ谷さん!伏せて!」

 

「ッ!」

 

 咄嗟に姿勢を低くする。

 すると、死角から姿を表したバーテックスが大鎌の一撃で両断された。

 

「チカっち!」

 

 名を呼ぶ。

 艶のある黒髪が舞い、躍り出た小柄な少女はその体格には不釣り合いな大鎌を"片手"で振り抜いていた。そこに間髪入れずに襲ってくるバーテックスを今度は片方の手に持っている白銀の剣で一閃する。

 殆ど同時に二体のバーテックスを倒した千景は、俺の目の前に降り立った。

 

「……剣は苦手なんじゃなかったのか?」

 

 そう聞いた俺に、千景は白銀の剣を差し出しながら不機嫌そうに答える。

 

「だから返す。やっぱり使いにくいわ」

 

 そういう割に危なげなくバーテックスを葬っていたが、あの剣技はとても苦手だと自称する人間が繰り出した物だとは思えない。

 

「ハイハイ、サンキューな」

 

 白銀の剣を受け取る。

 見た感じ、千景の表情に先程までのような陰りはない。気持ちの整理がついたのだろうか。詳しいところは俺にも分からないけど、とにかくもう千景は大丈夫そうだ。

 

「背中は任せるぞ?」

 

「言われなくても……」

 

 彼岸花の勇者と背中を合わせる。

 互いを信頼し、見据えるは目の前の敵のみ。俺と千景はここに来て反撃を開始した。

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