結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第二十三話:郡千景

 

 背中合わせのコンビネーションで、それまでの何倍もの速度でバーテックスを撃破する。

 互い息遣いはゲームや普段の訓練を通して知っている。これによって二人は即席とは思えない連携を見せる。そして、討伐した数がやがて百を越え始めた時、バーテックスの動きに変化が起こる。

 

「バーテックスが……集まってる……」

 

 殿を残して融合を開始するバーテックス。進化体を形成しようとしているのだ。

 

「本番はここからだな」

 

 進化体の力は通常個体は比べ物にならない。勇者であっても討伐には死の危険を伴う。完成した進化体は、通常個体を巨大化させたような様相だった。

 

「うおぉ、まるで中盤に出て来るボスの第二形態」

 

「なに馬鹿なこと言ってるのよ……まあ、言いたいことは分かるけど……」

 

 キリトの言葉に千景は呆れたようにため息をつく。しかし、巨大化による強化がRPGの常套句というのは千景にとっても共通認識のようで、少なからずの理解も示していた。

 今回の進化体もただ単にパワーアップしただけなら幾分か楽だったのだが、そんな考えを嘲笑うかのように巨大になった口から無数の矢が降り注いだ。

 

「やっぱりか!?」

 

 杏や球子、友奈も矢の雨から逃げまどっている。かく言うキリトと千景も、矢を回避するので手一杯になっていた。

 

「これじゃあまともに近づけないぞ!」

 

 せめて、無理やり先行する事も出来なくはないがそれはキリトが万全の状態の話だ。先程までの戦闘で消耗している今それをやるのは余りにもリスクが高い。杏のクロスボウは射程圏外、球子の旋盤刃も同様に届かない、ゼロ距離まで接近する必要がある友奈も打つ手なし、若葉は恐らく前線の維持で手一杯のはずだ。

 勇者達が攻めあぐねる中、解決の策を見出したのは千景だった。

 

「あいつは……私が殺す……!」

 

「え、ちょっと待て!チカっち!?」

 

 キリトが驚愕の声を上げる。千景は瞑想するように意識を集中させ、神樹の中にある精霊の情報にアクセスし、自らの体に宿す。

 樹海に咲く大輪の彼岸花。その紅い光の中から現れたのは、白い外套に身を包んだ千景の姿だった。勇者の切り札、精霊の力の全力全開を引き出すこれを以って千景はバーテックスへと特攻する。そこに迎え撃つ矢が千景の体に次々と突き刺さった。

 

「ぐんちゃぁぁぁぁあん!!」

 

 鮮血を散らしてぐったりと樹海に落ちていく千景の姿に、悲痛な叫びを上げた友奈。

 

「いや、これは……」

 

 そんな中で、千景の精霊の能力を知るキリトは戦々恐々とする。

 その予感の通り、矢に貫かれたはずの千景は消滅し、今度は"別の"千景がバーテックスに特攻していた。

 

「分身の術!?ぐんちゃんは忍者だったの?」

 

「そんな訳あるか」

 

 驚愕した友奈の所にキリトが飛んできた。

 

「え?キリちゃん、どういう事か知ってるの?」

 

「チカっちには、精霊『七人岬(しちにんみさき)』の加護が宿ってる。あの状態になったチカっちは七つの場所に同時に存在し、一人倒されても、二人倒されても、『七』という数字は絶体に減る事はない。つまり、こうなった彼女は実質的に不死身って事だ。俺も、実際に見るのは初めてだけど……」

 

「へー、ぐんちゃん凄い!」

 

 そんな二人の会話に、千景は得もしれぬ感覚に陥っていた。

 

「高嶋さんと桐ヶ谷さんはいつも変わらないわね……」

 

 それがあの二人の美点なのだが、戦場ではもう少し危機感を持つべきだろう。

 と、その間にも七人の千景は着実に進化体へと肉薄する。七人同時に『大葉刈(おおはがり)』の霊力を宿す呪いの大鎌を振りかぶる。

 

「終わりよ」

 

 振り降ろされた七つの刃に穿たれて、巨大な進化体バーテックスは散り散りになって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 四国を襲った二百体以上のバーテックスは全て殲滅された。

 討伐数のレーティングは上から順に若葉、千景、キリト。過半数を若葉が倒したものの進化体の撃破を単独で成し遂げた千景にも、称賛の声が上がった。

 

「計らずしも……かしらね」

 

 訓練場で千景は自嘲気味に言葉をこぼした。

 あれだけ欲しかった称賛の声を貰い、当然、嬉しかった気持ちはある。けれど同時に、こんな物の為に命を落としかけた事への後悔とかが彼女の胸中に押し寄せていた。

 褒めてもらえるのは純粋に嬉しいけど、別にそれ以上に何かある訳じゃない。

 

 千景は活躍すれば多くの人から愛して貰えると思っていた。しかしそれによって愛されるのは『勇者』の郡千景であり、ありのままの彼女が認められる訳じゃない。結局のところ、『勇者』じゃない千景に心からの愛情が注がれなければ、真に満たされる事はないのだ。得られるのは形ばかりの称賛と、空虚な心の虚無感のみ。

 以前の千景からすれば、別にそれでもよかった。形だけでも愛して貰えるなら、褒めて貰えるならそれで良かった。そして、例えその為に死ぬことも厭わなかっただろう。でも、今は違う。

 

 何者でもない自分に『価値がある』と言ってくれた。

 身近な人間から面と向かって、そんな風に言われたらそれ以外の事なんてどうでも良くなった。

 

 友奈とキリトは、無条件に自身を肯定してくれる。

 今でも時々、称賛に飢える事はあるけれど、今はそれで十分やっていける。

 

 

 

 千景は訓練場で、何度も何度も大鎌を振る。そこに声を掛ける人物が居た。

 

「ぐーんちゃん!」

 

「高嶋さん……それに桐ヶ谷さんも……」

 

 声の主は聞き間違えるはずもない、千景にとって心の支えの一人である友奈で、その隣にもう一人の支えであるキリトが居た。

 

「おっす、チカっち。自主訓練中か?」

 

「うん……もっと強くなりたいから……」

 

 先の戦いにおいて、千景は改めてキリトと若葉の強さを思い知らされた。

 討伐数こそ今回は千景の方が多かったが、キリトが居なければあの場で自分は間違いなく死んでいた。その本来なら絶体絶命の状況で、なおもキリトは強かに戦い抜いた。

 そして、最終的に誰一人として欠けずに勝利する事が出来た。

 今この時点で、キリトと千景の力の差は明らかで、千景はそれを認識し決心した。

 

 誰よりも強くなって、今度は自分が友奈やキリトを守ると。

 

 今の時点で戦闘能力が頭一つ抜けているキリトは、この丸亀組のエースに近い存在だ。しかし、それと同時にこの状況には言い知れない危うさもある。もしもキリトが何らかの理由で挫けた時、果たして今の自分が一転して守る側になれるのか?

 ――答えは否だ。

 実際のところ、千景の大鎌は守りを捨てた攻撃の武器と言っていい。殺傷力に関して言えば、若葉の刀やキリトの二刀流にも劣らない。だが、事実として、二人と千景の間には決定的な差が存在している。これは恐らく、武器への習熟度と戦いそのものへの経験だ。

 

 若葉は幼い頃から乃木家の息女として居合の英才教育を受けてきた。故に彼女は自らの相棒である刀を体の一部同然に動かせる。

 そして、キリトに関しては技術こそ若葉に一歩劣るものの、三年前から日夜バーテックスと戦い続けてきた事による圧倒的な経験値がある。だからこそ、どんな時でも常に的確な行動を取れる。

 その一方で、千景はまだ大きく重い鎌を扱い慣れておらず、バーテックスと戦い初めてから日も浅いため経験も乏しい。

 

 差があるならば、それを埋める努力をするしかない。

 誰よりもこの鎌を振り、先陣を切ってバーテックスと戦う。勿論、これは先の戦いのような無茶苦茶な特攻をするという話ではない。

 

「ぐんちゃん、少しいいかな?」

 

 訓練を再開した千景を見ていた友奈が、千景に手を伸ばした。

 それを見て、体が強張る。これは虐められてきた後遺症のようなものだ。しかし、その手が優しく添えられて強張りは解ける。

 

「武器はこう持って、もっとこう。スバーン!って感じで振るった方がいいと思う!」

 

 友奈は千景の手に自分の手を添えて、一緒に大鎌を振る。

 キリトがくすりと笑う。

 

「ず、ズバーン……?」

 

「そう、ズバーン!」

 

 耐え切れなくなったキリトが吹き出した。

 

「ハハハっ、流石にそれじゃあ分からないだろ」

 

「えー、そうかな?」

 

 感覚派な友奈に技術的な指導者は向いていない。キリトは人差し指を立てて、まるで生徒に授業をするように言う。

 

「まあ、思い切りを持った方がいいって事には同感かな。大鎌は防御力が低い分、攻撃力に特化した武器だし、下手にリスクを減らそうとするよりも大胆に立ちまわった方が効果的だと思う」

 

 キリトの知ってる中にも鎌使いごく少数だが、中でも最も強かった紫髪の鎌使いは、防御面での諸さを帳消しにする程の絶え間ない連撃で莫大なリターンを獲得していた。

 

「攻撃は最大の防御……という事かしら……?」

 

「簡単に言うとな」

 

 言葉にするのは簡単だが、実践するとなると難しい。

 キリトの二刀流や若葉の居合も防御力はそこまで高くないのに、あの強さなのだ。二人も人間である以上ミスをする事だってあるだろうし、常に完璧に立ち回れている訳ではないはず。

 

 考え込む千景に、キリトは笑いかける。

 

「そう難しく考える事ないさ。元々一朝一夕で手に入る技術でもないし、これから少しずつ育んでいけばいい。それに……」

 

「……何?」

 

 一度言葉を切った事が気になって答えを急かすと、キリトは口を開いた。

 

「……俺、前の戦いで一番活躍したのはチカっちだと思うんだ」

 

「それ私も思ってた!この前のぐんちゃん、凄かったよね!」

 

「え?」

 

 二人の言葉に千景は困惑する。

 千景からすれば、前の戦いは反省点も多く褒められた物ではないと思っていたからだ。

 

「無茶な事をしたのは反省すべきだけど、それ以上にあの時のチカっちは誰よりも前に出て戦っていた。結果、たった一人で進化体を倒して見せただろ?それは若葉の活躍にだって決して劣るもんじゃない」

 

「そうだよ!私の所に来ようとしてたバーテックスは殆どぐんちゃんが倒してくれてたし、タマちゃん達が見逃してたバーテックスも全部ぐんちゃんが倒してしてた!」

 

「……っ!」

 

 千景がどれだけ頑張っていたか、どんな思いで戦っていたか、ちゃんと見ていてくれた人達が居た。

 大切な友人や戦友として、二人は片時だって千景を蔑ろにしなかった。それだけが、千景にとってはどんな称賛よりも重要で、嬉しかった。

 

「えへへ、ぐんちゃんの手はあったかいね?今日は寒いから、ずっとこうしてたいな」

 

 極めつけはこの笑顔なのだ。

 

「……うん……」

 

 千景の瞳から暖かな雫が頬を伝った。

 実家に帰省した時の様な、辛いものじゃない。もっと温かくて、心の奥底から溢れるような優しい涙だ。

 

「えぇ!?ちょ、泣いてるのか?えっと、とにかくごめん!チカっち……」

 

「私も、何か悪いこと言っちゃったかな!?ごめん!」

 

 二人してあたふたと謝っている様すらも微笑ましくて、千景は微笑み首を横に振った。

 

「ううん……違うの。これは……」

 

 きょとんとする友奈とキリト。泣きながらもこれまでに見せた事のないような満面の笑みで、千景は言った。

 

「ありがとう……高嶋さん、桐ヶ谷さん」

 

 昔の傷はもう痛くない。

 ただ身近に居る大切な人を思って、生きて行けば……

 




これにて前半の千景編は一旦の区切りです
残っている伏線や要素の消化はのわゆ本編後半へと引き継がれていきます
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