結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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遅くなりました


第七話:キリト

 

 俺は三人の勇者の指導役として共に戦う事になった。役割が明確になったのと同時に、再び『師匠』として剣を教える立場になったことには因果的な物を感じている。しかし、それよりもまだ忘れてはいけない重要な事柄が残っていた。

 

「それはいいですけど……あの、そもそも俺の住む場所の話ってどうなったんですか?」

 

 話が一区切りした事ので、元々気になっていた事について切り出す。俺のそんな言葉に真っ先に反応したのは園子だった。

 

「え?桐ヶ谷さんの家、まだ見付かってないの~?」

 

「ああ、その事についてもこの場で話すって言われてて……困ったことに、まだ住む場所が無い状態なんだよ」

 

 その問いに首肯すると、事情を知らない銀と須美は何のことだか分からない様子だった。

 

「そういえば、二人は知らないんだったな。実は……」

 

 俺は出来る限り、彼女達に事情を話した。

 話せない部分は適当にぼかして伝える形になるが――それでも帰る場所がない事、ここに来た経緯が不明な事などをかいつまんで話す。元々、ある程度の事情を知っている園子にとっては殆どが既知の事だが、この場で初めて聞く銀と須美に取っては不可思議な内容だと思う。

 最終的には大赦の認識通り、神樹様からの遣いという事にして説明を終えると、二人共思いおもいの言葉を口にした。

 

「だから、お役目の事も……」

 

「そんな事情があったなんて、全然知らなかった」

 

 俺の素性を知るのは、大赦の一部の人間だけだ。それも、この世界に辿り着くに至った理由に関しては未だに詳しくは分かっていない。大赦からも『神樹様がこの世界に招いた』との要領を得ない回答に留まっていた。

 だからこそ、彼女達に俺の全てを明かすのはもう少し先になる。少なくともこの世界の真相と隠された部分を全て知るまでは、不確かなことを伝えて悪戯に混乱させたくはない。

 

「それで、改めて聞きますけど、俺の住むところって決まったんですか?」

 

「勿論、そちらに関しても手配済みよ。何分急な事だったから、手続きと準備に時間が掛かったけど……桐ヶ谷さんの住む場所は無事に決まったわ」

 

 その一言に俺は安堵した。別に後一日くらいならこの施設に泊っても良かったけど、ここは何だか空気感が妙なのもあって一日でも早く安住の地が欲しかった。一人暮らし初心者ではあるけど、その辺りはどうにかなるだろう。

 

「それじゃあ……」

 

 俺はてっきりマンションの一部屋でも宛がわれると思っていた。大赦の反応や待遇を考えれば、それくらいはきっとしてくれるのだろうと……。もっとも、そんな俺の予想はあらぬ方向へと通り過ぎてしまう事になる。

 

「桐ヶ谷さんには、今日から乃木さんの家でお世話になってもらう事になりました」

 

 安芸は何の気もなく、さも当然のようにそう言い放った。それはもう、余りにも変わりない口調で言うものだから、聞き逃しそうになった程である。しかしその圧倒的に不可解な事実を聞き逃すわけもなく、俺の脳内は困惑によって思考回路の八割型を支配されることになった。

 

「………は?」

 

 思わず、そんな間の抜けた声が出てしまった。

 自慢じゃないが、これでもそれなりに現実離れした人生を送ってきた自信はある。今回の事だって、それらの経験があるからこそここまで冷静で居られているのだ。そんなご時世、大抵の事では驚かないだろうと高を括っていた。そんな張りぼての自信は今この瞬間、乾いた粘土のようにボロボロにされてしまったわけだが……

 

 ここで分かった事だけど、人間は予想を遥かに越えた事態が起こると何一つ言葉を発せなくなってしまうみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 事前に確認しなかった俺も悪いが、一体誰がこんな事になるなんて予想できただろうか。いや、そもそも本当に俺は悪かったのだろうか?

 

 夕暮れに沈み出す町を見て、ふとスマホを開き時間を確認する。見れば、大赦の施設に入ってからまだ三十分程しか経っていないにも関わらず、俺の精神は不釣り合いな程に疲弊していた。

 傍では園子と銀、そして須美の三人が仲良く談笑しながら歩いている。

 そんな和やかな雰囲気の中で約一名がこうなってしまったのは無論、安芸の先程の一言が原因なのだが……俺は当然、その場で抗議をした。

 

『いや、ちょっと待ってくれ!普通俺みたいなのに与える住居って、マンションの一部屋とかそう言うのだろ?』

 

『精神年齢はともかく、実年齢がどう考えても中学生の貴方を一人暮らしさせる事は出来ません。桐ヶ谷さんの立場を考えれば、尚更もしもの事があっては困るの』

 

 ――という感じで、取り付く島もなかった。よくよく考えて見れば女子中学生(外見は)を一人で住まわせるのは拙いという理屈は分かる。その上で聞きたい、何故そんな事になったのか。

 言葉一つで納得できる訳もなく、俺はあれこれと頭の中で文句を捻り出す。

 

『ぐっ……なら、どうして園子の家なんだ?』

 

『乃木家は大赦の中でもかなり格式高い家柄なの。それもあって何かと都合がいいし、同時に乃木さん達との親睦も深まればと思っての事よ』

 

 思えば最初から怪しかった。

 取って付けたような理由で園子たちを集めたのも、諸々の事は夕方まで待てって言うのも、全てはこれを押し通す為だったに違いない。俺が一人暮らしを所望したい理由は色々とあるけど、それ以上に乃木家でお世話になる事に対して最もらしい反論をする手っ取り早い方法は、俺の元の性別を挙げる事だった。しかし傍に三人が居る状態でそれをする事は出来ない、俺とした事がまんまと嵌められた訳だ。

 

 結局、そんな雑魚手札で安芸に口論で勝てるわけもなく、俺の移住先は問答無用で乃木家に決定してしまったのである。

 そして、当の本人である乃木園子と言えば……

 

「まさか、わたしの家が桐ヶ谷さんの家になっちゃうなんてね~」

 

 園子もこの事については知らなかったみたいだけど、彼女自身はこんな感じで特に気にしていない様子だった。

 

「俺は一人暮らしが良かったんだけどな……」

 

「確かに、年齢的に一人暮らしはさせられないって言うのは真っ当なようで、理由としては少し弱い気もしますよね?」

 

 須美はそう言って自身の考えを述べた。

 文面だけ読み取ればその通りだと思うけど、これはそれほど簡単な話でもない。こんな風に無理矢理にでも俺を自由にしておきたくない理由は分からないでもない。俺が大赦を完全には信用していないように、大赦にとっても俺という存在は完全なイレギュラーであり、ブラックボックスもいい所なのだ。大方『いざという時に何をしでかすか分からない奴を野放しには出来ない』みたいな感じなんじゃないだろうか。

 

「俺もそう思う。向こうは何を考えているのやら」

 

 それでもこんなのは憶測に過ぎない。安芸が語った理由も別に嘘ではないだろうし、決まってしまった以上そこを考察しても意味はない。脳のリソースは有限だ、考えてもどうしようもない事は考えない方がいい。

 

「あたしはちょっと羨ましいかな。友達と一緒に暮らすのって、何か楽しそうだし!」

 

 銀の言葉に反応したのは園子だった。

 

「うん!一緒に住めば、その分もっと仲良くなれそうだよね~」

 

 本当なら言いたい事は山ほどあるが、一先ず彼女達の前でこれ以上文句を垂れるのは止そう。いま園子が言ったように悪い事ばかりでもないんだ、そこを享受してこそ彼女たちの指導役だ。

 

「まあ、仲良くってのは俺も良いと思うよ。これから一緒に戦っていく仲間なんだし、お互い信頼出来ているに越したことはないからな」

 

 俺の心の中に『ソロプレイヤー・キリト』としての一面は未だ確かに存在している。それを無くす事は出来ないが、今の俺は『キリト』であると同時に『この世界の桐ヶ谷和葉』でもあるんだ。彼女達と関わっている間は、せめてこの世界に生きる一人の人間として振る舞って行くべきだろう。

 

「それに、園子は最初からこんな感じだけど、二人も別に敬語なんか使わなくていいんだぞ?年上って言っても、正確には二か三しか変わらないんだし……」

 

 俺も自然な流れとは言え、既に彼女達の事を呼び捨てにしている。だから、出来れば彼女達にもそういった堅苦しい雰囲気ではなく友達のような感覚で接して欲しかった。

 

「それなら、わたし良い案ある~!桐ヶ谷さんにも何かあだ名を付ければいいんだよ~!」

 

 妙案ありとばかりに園子はそう提案した。銀も賛成だと言わんばかりに頷く。

 

「お、それいいな!桐ヶ谷さんは、何か呼ばれたい名前とかありま――あるの、ですか?」

 

「あぁ難しかったらそのままでもいいよ。けどあだ名か……」

 

 早速言葉遣いを変えようとした結果、もっとおかしな言葉遣いになってしまった銀に微笑を浮かべつつ考える。どうせなら、親しみが込められて、かつ呼びやすい物が良い。俺が呼ばれてしっくりくる呼び名、これはきっと考える必要すらない程にすぐに俺の頭に思い浮かんだ。

 

「そうだな……キリト、なんてのはどうかな?」

 

「きり、と?一見、男の人のような印象を受けるのですが、何か意味が?」

 

 須美の問いに俺は首肯して説明する。

 

「ああ、昔から仲間にはそう呼ばれていたんだよ。だからなんだろうけど、これが一番しっくりくる。ダメか?」

 

 確かに女の子っぽさの欠片もないし、ましてや俺の本名を文字ったものなので、キリの部分しか繋がりがない。もっと別のを考えた方が良いかと思ったけど、結局どこの世界に行ったって変わらない。俺が剣士である限りは、戦いが終わるか命が終わるまでこの名前を名乗り続ける。

 

「キリト……わたしは良いと思うな~。何かこう、不思議としっくり来るし~!」

 

「確かに、桐ヶ谷さんって口調も男っぽいし、そういう意味じゃ別に違和感ないよな」

 

 どうやら、違和感なく浸透したみたいだった。そう思って安堵していると園子が言った。

 

「ねぇ、それじゃあさ~!キリトさんもわたしの事、そのっちって呼んでよ~!」

 

 突然の事に一瞬言葉が詰まったが、それは彼女なりに俺との距離を縮めようとしてくれているからなんだとすぐに分かった。それなら、俺は年長者として彼女の気持ちを無下には出来ない。

 

「おう、分かった。それなら俺がキリトで、園子はその……そのっち、これでいいか?」

 

 実際にあだ名で呼ぶとなると何だか少し気恥ずかしいけど、多分こういうのは慣れだ。

 

「バッチグーだよ~!これからよろしくね~、キリトさん!」

 

 園子はそれを聞いて、満足気に頷いたのだった。

 右も左も分からず、何もかもが違う別世界に飛ばされて久しく、他愛ない会話をこうも楽しめているのは彼女達と巡り会えたからだ。ならば、俺だって命懸けでこの光景を守るために戦う。以前のように、この世界の為だなんて大きな尺度で語るつもりはない。ただ一つ、シンプルに目の前の存在を守るためだけに剣を振る。




次話は明日出ます
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