結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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遅くなってすみません


第二十八話:焦り

 

 三度目のバーテックスも退け、球子が肩の脱臼で数週間の安静を余儀なくされた以外には特に被害はなく。丸亀城には元来の平和な雰囲気が戻ってきていた。

 翌日が丁度休日だったのもあって、各々が戦いの傷や披露を癒す中で、俺は訓練場に足を運んでいた。

 

 千景や友奈を誘っても良かったが、たまには一人で剣を振るのも悪くない。と、思ったのだが、どうやら休日の訓練場にはまさかの先客が居る様だった。

 

「あれは、杏か?」

 

 的に向かってひたすらに矢を居る姿は間違いなく杏だった。

 訓練場に入ると、彼女の方も気が付いたようで一度弓を下した。

 

「キリトさん……こんな休日に訓練なんて、熱心なんですね?」

 

「あぁ、ちょっと体を動かそうと思って……熱心で言うなら、杏の方もだろ。いつからやってるんだ?」

 

 現在の時刻はちょうど昼前の十一時で、見たところ数分前に始めたといった様子でもない。

 

「えっと、多分三時間ほど前からだったと思います」

 

「三時間!?随分と早いな。……そう言えば、今日は球子は一緒に居ないのか?」

 

 いつも杏と一緒に居る少女の名前を口にすると、杏は分かりやすくため息を付いた。

 

「タマっち先輩は……昨日、私の注意を無視して無理に左腕を使おうとした結果、見事に痛めて今日は一日中病院です」

 

「えぇ、嘘だろ……」

 

 医師に散々釘を刺されていたはずなのに結局は我慢できなかったのだろう。実際、怪我した当日中にすでにギプスを邪魔だとか言って取ろうとしてたし、今更この程度は驚く事でもない。ただ、杏の苦労が浮かばれないというか、何というか……

 

「どうせ暇なら本でも読もうかなって思ったんですけど、そんな気分にもなれなくて……気付いたらここに居たんです」

 

 杏が見詰める先には数本の矢が刺さった弓術用の的があった。刺さった矢は全て真ん中であるのを見るに、やはり彼女の射撃の腕はピカイチだ。しかし、本人はその結果とは裏腹に納得いかない顔をしていた。

 

「私、前の戦いも、その前の戦いも……勇者に目覚めた頃からずっと、タマっち先輩に守られてきました。最近になって少しは戦えるようになったけど、まだまだ皆やタマっち先輩が居なければ満足に自分の身を守る事も出来ません」

 

「それで、こんな休日の朝から何時間も?気持ちは分かるけど、ちょっと焦り過ぎなんじゃないのか?」

 

 休日まで煮詰めて訓練をすれば、勿論それなりの成果を得られるだろう。しかし、同時に焦りは心身のバランスを崩す事にも繋がる。要するに、鍛錬にはメリハリが大事なのだ。ただ闇雲に技を磨いたからって、それがすぐに実を結ぶような簡単な話でもない。

 だからこそ、鍛えの日光と癒しの水で丹寧に育てていく必要がある。どんな天才であろうと、これだけは変わらない。

 

 しかし、杏は俺の言葉に首を横に振った。

 

「言ったんです。もう守られるだけじゃないって……私があまり戦いに向いてないのは分かってます。だけど、せめてタマっち先輩や皆の事をちゃんと守れるようになりたいんです!」

 

 誰かを守るために強くなるのは、自分一人が生き残るために強くなるよりも何倍も辛く険しい事だ。今の杏には、きっとこれ程までに重く大切な願いはないだろうに、現実と理想とのギャップが余計に自分を苦しめる。

 

 ――ジレンマだな……

 

 杏はスタートラインに立ったばかりで、まだ自分がどのように成長するべきかも計りかねている。

 

「……杏は優しい子だな。君の志は立派だし、俺だって出来る事なら何だって手伝うよ。ただ、武力を磨く事だけが強くなる方法じゃないって事は知っていて欲しいかな」

 

「え、それってどういう……」

 

 首をかしげている杏に、俺は分かりやすく話を纏める。

 

「射撃や剣の技量をあげれば、確かに自分が強くなる事は出来るし、ある程度は仲間を守る事にも繋がる。でも、それはあくまで自分一人(・・・・)が強くなるだけに過ぎない。いいか?誰一人欠けずに戦い抜く為には、皆で手を取り合い力を合わせる必要があるんだ」

 

「つまりは、個人の強さよりも仲間同士での連携の方が重要。という事ですか?」

 

「その通り。そして、これは今の俺達にとっての一番の弱点でもある」

 

 これは初陣の時からずっと感じていた事でもある。

 現在の四国を守る勇者の布陣は、前衛に若葉が単独で立ち、次鋒に千景と俺、中衛に友奈と球子、後衛から杏が援護と言った形になっている。――と、こうして書き起こせばあたかも理にかなった配置の様に見えるが、その実は各々がバラバラに動いているハリボテの陣形でしかない。

 お互いのフォローはおろか、事前の打ち合わせや作戦らしい作戦も無く、ただ闇雲に侵攻してくるバーテックスを各個撃破しているだけ。極め付けはリーダーであるはずの若葉がその立場を放棄して、周りを(かえり)みない単独専攻を敢行していると来た。それに、若葉が強すぎるせいでこの戦い方が現時点で最適解になってしまっているのも良くない。

 恐らく、今この問題に気が付いているのはひなたくらいだろう。

 

 しかし、これからもバーテックスの侵攻はドンドン苛烈になっていく事が予想される。こんな戦い方をしていてはいつか必ず誰かしらが死ぬ。

 『切り札』も、一歩間違えれば使用者が自滅しかねない諸刃の剣。ハッキリ言ってまずい、本当に超マズイ。

 

「杏から見て、今の俺達はまともに連携が取り合えているように見えるか?」

 

「……いえ、見えません」

 

「だろ?まあ、俺が言いたいのはそういう事だ。その点、杏は皆よりもこう言った事に関しては秀でていると思ってる。冷静で、繊細で、賢くて、前の戦闘で見せた戦略眼も悪くない。ここを磨けば、多分俺なんかよりも余程皆を守れる強い勇者になれるよ」

 

「それは、私に皆に指示を飛ばす指揮官になれって事ですか?無理ですよ!そんなのに私に出来っこないです……」

 

 指揮官、この言葉に重みを感じるのは仕方がない。そこは、俺や周りの人間が背中を押してやればいい。

 

「いや、杏になら出来るよ。少なくとも俺はそう確信してる。……これから先、どんな厳しい戦いが待ち受けているか分からないけど、今はまだ俺達にも色々と準備する時間が残されている。焦らなくていい。幾らでも悩み、考えればいい。大切なのは、君が、君自身の才能を否定せず、ゆっくり育てて行く事なんだ」

 

 杏は若葉や球子みたいにはなれないけど、かと言って俺や皆が杏のようになれるわけじゃない。

 それぞれが自分の長所を伸ばし、才能をフルに活かし、助け合う事でその力は何倍にも膨れ上がる。そうして、数多の攻略組メンバー達はあの鋼鉄の浮遊城を七十五層まで踏破した。

 

「自分自身の才能……そんなの、本当に私なんかにあるんでしょうか?」

 

「あるよ。何と言っても、神樹が直々に選んだ勇者なんだ。その点に関しては自信を持っていいと思うぜ?」

 

 言うと、杏は少しの間考えるような仕草をした。その後、顔を上げた杏の表情にもう迷いはなかった。どうやら、成長の方向性は決まったらしい。

 

「……ありがとうございます!キリトさん。まだ分からない事だらけですけど、私も自分にやれる事をやってみます!」

 

「おう、頑張れよ」

 

 そう言って杏は訓練場を後にした。

 人が居なくなった訓練場で、俺は一つ息を吐くと裏口の方に視線を向けて言い放った。

 

「……もう行ったぞ。タマっち(・・・・)

 

 数秒後、そこからおずおずと言った様子で出てきたのは左腕にギプスをした土居球子だった。

 

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